町田そのこのレビュー一覧
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主人公は繊細で神経質だし、その相手は頑固でウジウジしてるし、まったくどうしようと思いながらなんとか読んだけど、まあ良かった。
そもそもあまり恋愛話が得意じゃないんだろうな。
第1話 中学校2年生の茜と碧生の初デートは近くの遊園地。
第2話 茜はヘアサロンのスタイリストとして働いている。ヘアサロンオーナー夫妻と住んでいる。中学3年生の夏、兄が人を殺した。無免許運転でガードレールに激突、同乗者が死んだのだ。母は首を吊った。
第3話 碧生は犬を拾ってきたが、父の意向で保健所に連れて行かれる。友達とゲームをしていたら、友達を追い出してしまった。
温という女性と、佑真が隣に住んでいる。今碧生はドラッグストアの物流倉庫で働いている。茜と会ったよとナマタからメッセージがある。父が脳梗塞でリハビリしているという。お見舞いに帰る。
第4話 結婚式で助けてくれた外岡玲央と萩まで一泊二日の旅に行くことになった。玲央には兄が人を殺したことを話した。玲央も傷害罪で実刑を受けていた。実家の始末をしなくてはならず、萩に行くという。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ先日、祖母を亡くした。
私は独身で、きょうだいもいない。
祖母が亡くなる一週間ほど前に、「あなたは一人だから心配」と言ったのを思い出した。
結婚したいとは思っていない。そこに私の幸せはない。それは祖母も理解していたと思う。いつも「こんなに可愛いのに彼氏がいない」と言われるのが嫌だったけれど、最後には「でもあなたの人生だもんね」と言ってくれた。
だけど私はきっと、一人で背負っていくこともできない。毎日不安で仕方がない。喪主なんてできる気がしない。逃げ出したくてたまらない。
私は仕事に誇りもなにも持っていないし、一発当てて退職したいと常に思っているが、佐久間さんの生き方を素敵だなと思った。だから、彼女の選んだ未来が幸せであると信じたい。
あと主題ではないのはわかっているが、クソ男が割と出てきてなかなか読み進められなかった。最後まで許せない奴も多くいて、だから私は誰かと一緒に過ごしていくことはきっとできないのだろうなと思った。 -
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初恋という、誰もがくすぐったくなるようなワードのある題名ですが、とても大人のお話でした。
少し前の自分なら、この物語の展開に少しだけ肩を落としていたかもしれません。
ですが、町田そのこ先生の考えの深さ、
叶って欲しいことほど叶えようとしていた頃より、叶うことが現実になった瞬間、その難しさに気付く。
そんな大人の、思った通りにいかない現実描写をよくもこんなにも、綺麗に深く考えられるな〜と、尊敬です。
碧生と茜の物語はふたりが歩む先は違えど、
2人の初恋は、時の経過と共に色褪せるのではなく、草木染めのように儚く優しい色のまま、ずっと彩り続けるんだろうなと思いました。
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初恋ずっと続く人って世界にどれだけいるのだろう。
自分の努力でどうにもならないことは自分のせいじゃない。この先の人生がどう繋がっているかなんて分からない。後から「あの時こうしておけばよかった」なんていくらでも思うけど、そもそも直面している今、この地点がどう分岐しているかなんて分からない。そもそも努力ってなんだ。誰のせいでもない強い引力に人はどう抗えばいいのか。13年という空白は人を強くもするし弱くもしていく。変わらないものなんて何一つないのに、昔の記憶だけで生きていけるものか。
でも、私がここまで生きてこられたのはあの初恋があったからなのは確実で、完成させることだけが気持ちの整理の仕方だけじゃない。そっと箱に入れて私の中に大事にしまっておくことで完成される。それでいいとも思う。(結末はぜひ読んでね) -
Posted by ブクログ
あらすじ:過去に深い傷を負い、海辺の町へ移り住んだ貴瑚。そこで出会ったのは、母親から虐待を受け、声を失った少年だった。かつて孤独の中で誰かに救われた貴瑚は、少年の境遇に自らを重ね、彼の声に耳を傾けようとする。誰にも届かない声を抱えた人々が、互いの存在を通して生きる意味を見いだしていく物語。
感想:これほどまでに、タイトルが物語の本質を美しく表現した作品があるだろうか。誰にも届かない52ヘルツの声。それは決して、虐待や孤独に苦しむ特定の誰かだけのものではない。本作が描くのは、救う者と救われる者の境界がいかに曖昧であるかという、人間の複雑さだ。
その象徴ともいえるのがアンさんの存在である。貴瑚を絶望から救い出した彼女は、常に穏やかで、他者の痛みに寄り添える人物として描かれる。しかし、その内側にある苦しみは容易には見えてこない。彼女の死があらかじめ示されている構成も巧みで、結末への驚きではなく、彼女の優しさを知るほどに、その孤独の深さを考えずにはいられなくなる。誰かを救えることは、その人自身が救われていることを意味しない。彼女の胸中をすべて理解することはできないからこそ、その事実が重く残る。
そして物語の終盤、かつて声を聞いてもらう側だった貴瑚が、今度は少年の声に耳を傾ける。しかし、彼女自身の傷が消えたわけではない。人は誰かを救いながら、同時に自分も救いを求めている。救う側か、救われる側か。そんな単純な二分法では語れない人間の姿が、タイトルの意味と最後まで見事に重なっていた。自分の苦しみに囚われ、身近な誰かの声を聞き逃してはいないだろうか。読み終えた今、そんな問いが静かに残る。受け取った優しさを次の誰かへつなぎたいと思わせてくれる、忘れがたい一冊だった。
町田そのこ -
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私たちは誰しもがそれぞれの弱さを抱えている。
その弱さを攻撃されたときのダメージもまたそれぞれなのだ。
自分だったらと想像し、痛みを理解しようとし、寄り添おうとするのは間違いではないが、そこには自分の物差しで人の苦しみを測っている危険性をわかってほしい。
この一節がこの一冊の内容を凝縮している。
登場人物はみな、弱さを抱えている。
でもそれは一つの側面でしか描かれていない。
現実世界でもそうだと思う。
苦しいなんてその人の感じ方すべてをそっくりそのまま理解するなんてできない。
できないということを理解しているか。
これはあくまでも自分の物差しで、自分の経験と価値観で、感じているものであると理解しているか。
それができるかできないかが本当の意味で優しい人なのだと思う。
どんどん引き込まれる、でも生々しくて読み進めたくもなくなる、そんな不思議な感覚があった。