今村翔吾のレビュー一覧
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吉原は東京では知る人ぞ知る三大遊郭のひとつ。
妓楼で起こる放火事件に源吾たちが解き明かすシリーズ6巻目。
吉原に集まる者は皆、生まれも育ちも「わけあり」だと真相が深くなるにつれて分かってくる。
華やか街の裏にある、憎しみや悲しみなどが様々な感情が渦巻いているんだなと。
深雪がいう
「女は惚れた男のためならば、悪に染まることも厭いません」
誰しもが恋をする時は男女関係なく、こういった気持ちになることがあるのではないかと思う。
同じ境遇から、お互いに心を惹かれ合い「男女」としての関係になり
『商売』という壁を超えた禁断の領域に足を踏み入れてしまった花魁・時里の恋愛感情、また今回の放火事件の犯人である人物も、生まれた経緯やその環境そのものが
犯罪へと翻弄されていってしまったのか…。
また今回主役でもある彦弥自身、過去の生い立ちもありながら、
どんな気持ちでこの事件と向き合っていたのだろうか…?
今まで読んできたシリーズの中では、個人的には
彼らの思いを汲み取ると切なさが身にしみた物語だったかと思います。 -
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ぼろ鳶組第7弾です。
色街の事件を解決して、さて次は。
田沼卿が始めた新たな施策。通称「鳶市」などと呼ばれる、新たに火消になろうととする者、組を移ろうとする者を集めて一斉に抽選するというドラフト会議みたいなお祭り騒ぎ。そこで、次の世代が出てきて、初々しい華やかな雰囲気で始まります。
火消の組間の実力差、確執を是正しようという試みで、本当に史実として行われたか分かりませんが、なんかあり得て感じます。
その裏で、「かの御人」がまた悪さを企みますね。今回、御仁の生活が垣間見れますが、生まれ持つ者の孤独、その怖さが滲み出てます。
鳶市が終わった最中、起こる火災。そして過去の大火の再現。この信じ難い現象により、またもや江戸に危機が迫ります。源吾たちは「狐火」の秀助が生きていたと疑いますが、その真相は!?さらにまた別の事件も起こり、火消界隈が相変わらずのてんやわんやに。
厄介な事象に立ち向かうためか、色んな火消組が出てきて、いつも以上に他の組との共闘が目立った気がします。「ぼろ」と揶揄された源吾たちが皆の信頼を受け協力を得る姿はなんとも嬉しいですね。
今回も魅力的な人物がてんこ盛り。火消だからなのか、みんな個性的です。目を引くのが晴太郎さん。アホさが伝わりますw
あと、眠り獅子の畑山さん。目覚める時はくるのか!?
前回から日名塚さんと面識ができて、火盗、公儀隠密と不穏な組織とつるみ出しましたね。いよいよきな臭いです。今後も目が離せません。
そんな中、我らが深雪様の心遣いに、ほっとします。いつものように、ズバッと言い放つ感じはありませんが、皆を見守る温かさが流石の存在感。 -
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高校生が即興で花を生ける「花生けバトル」を舞台にした青春小説。これは作家が上手いことを考えたものだと思ったら、実際にあるイベントだという。この小説の刊行が2018年、第1回全国高校生花生けバトルの開催が2017年だから、それを見て題材として面白いと思ったか。花が好きな女子高生と大衆演劇の役者として活躍する転校生を中心に展開するストーリーはなかなかの面白いものだった。自分には生花の知識は全くないが、花の名前や生花の技術等はきっちり書かれていて、場面場面で花々が美しく彩られる。
ちょっと残念かなと思ったのは学校内のゴタゴタなど盛り込みすぎで大会に進むあたり飛ばしすぎかな、大衆演劇の話も中途半端かな等々。まだ時代小説作家としての地位を確立する前の作家の作品としては、読みやすい話を軽くドラマチックに仕立て上げたのか、なんて感じがして。でも最後の方は一気読み。予想通りの結末、爽やかな青春物語でスッキリとした終わり方でした。 -
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前回の読書会でお借りした本、その2。
わたしにとっては「イクサガミ」シリーズでお馴染みの今村翔吾さん、お名前は知っていたものの著作は初読み。
プレゼンしてくださったメンバーによると、
豊臣秀吉の五奉行がメインとなる歴史お仕事小説だということだ。
序章は賤ヶ岳の戦い。
史実にも名高い、周囲を圧倒する俊速のトンボ帰りで柴田勝家を破ったその裏側、前線で戦う武辺とはまた違った、バックオフィスの四苦八苦を、石田三成視点で描くところから始まる。
続く1章は、秀吉肝入りの北野天満宮大茶会。
2章ではその1年後の肥後での刀狩り。
3章が伊達家との丁々発止がスリリングな太閤検地で、4章は明征伐を目指す朝鮮出兵のさなか、肥前名護屋で行われた大瓜畑遊び。
最終章が、秀吉人生最期の、醍醐寺で行われた花見会。
一見、血生臭く泥臭い合戦とは正反対に見える、時に地道で時に馬鹿馬鹿しいような政が、
五奉行それぞれの出自を描きつつ綴られていく。
600頁超えの長編大作だが、まったく飽きることなく読めてしまうのが凄い。
なにより、五奉行1人ずつの物語をうまく史実に織り込みながら練り上げられた構成が素晴らしい。
またこの辺りの歴史は、大河ドラマでもお馴染みなので、たくさん出てくる著名な大名、偉人のビジュアルが、自分が好きだった大河ドラマの役者さんで脳内再生されるのも面白かった。
それにしても、お仕事系小説にハマっていたこともあったが、最近あまり読めていなかったな。
歴史と掛け算された、合戦ではない縁の下の、いわゆる「政(まつりごと)」
人間のどうしようもない業や、仕事への譲れない矜持が、物語の中で良い塩梅の引っかかりや輝きをもたらしている。
裏方で巻き起こるさまざまな物語が単純に興味深く面白かった。
そしてラストの章は、残り数頁で思いがけず涙腺が崩壊した。まさかこんなに泣かされるとは!
あ、泣かされると言えば、各章でちょくちょく顔出す大谷吉継がかっこいいし、これまた章をおうごとに泣かしにくる。(ちなみに脳内変換はラブりんでした)
これを読んだ後、すぐにCOTEN RADIOの豊臣秀吉徳川家康編を聞き返したくもなった。
しかも今期の大河ドラマ豊臣兄弟とか、
このタイミング、超最高だわ!
日本史を学ぶことが改めて面白くなる、まさに極上のエンタメ歴史小説。
他の今村翔吾作品も俄然読んでみたくなりました。 -
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やっぱり最高!
ぼろ鳶シリーズは、もうこの一言に尽きます。
こちらはシリーズ初の外伝的短編集。
流人となった元火消頭取、京都の火消、町火消など、熱い男たちの活躍ともどかしい恋模様も楽しめました。
表題作「恋大蛇」が特に好き。
京都の火消しにしびれたし、その人を想う女性には源吾の妻・深雪を思わせる芯の強さを感じました。
このシリーズ、男も女も素敵すぎる!!
時代小説が苦手な人も、“ぼろ鳶シリーズ”は読みやすいと思う。しかも沼る可能性大なので、是非読んでみて欲しい。
最高のエンターテイメント時代小説だと思う。
ちょうど先週からTVでアニメが始まったので、そちらを先に見てから読むのも良いかも。 -
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うっかりお祭りの話と思って読み始めてしまった。
これは、豊臣政権を裏で支える五奉行のまつりごとのお語でした!
秀吉からの無理難題を叶えるため、
奉行職のトップ五人が九州から東北まで、文字通り東奔西走、身命を賭して任務に挑む。
五奉行の五人のキャラクターがなんとも個性的で魅力的。
普段はそれぞれの分野で個人プレーなのに、
いざとなると五奉行が結集して、
しかも次第に絆が深まってお互いを頼りに連携していくのが胸アツだったし、
一人一人が秀吉にちゃんと敬意と敬愛を持っているのも、なんかじーんときた。
そして毎度毎度、絶体絶命ピンチからの大逆転
...これは展開がわかっていても痛快。
いやいや五奉行だけじゃなく。
各地の有名人や大名たちもかなりのくせ者揃いで面白い。
五奉行の任務に立ちはだかる千利休に伊達政宗、そして徳川家康。このあたりのひりひりする舌戦や問答もなかなかどうして芯のある人物像のおかげで、読みごたえがあった。
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ぼろ鳶組第6弾。
今回は吉原が舞台。
色街ときたらこの人だろうということで(?)、彦弥の活躍が光ります。吉原で1、2を争う人気の花魁と仲よくなったり、流石の展開。
しかし、どんなに輝かしい街も人もその中には陰もあるもので、彼らの生い立ちや街の裏顔を知るにつれて、お話に物悲しさが強くなります。
また、吉原は江戸の中とはいえ、その外とは全然違う街。生活も言葉も違う世界で、火消への要求も異なり、むしろ火を消さないことが望まれる場合もあります。そこで不審火が続くわけで、今回も一筋縄ではいかない。
ですが、ここに救援にきた源吾たちはやっぱり諦めません。不可解な土地柄や事件の深い謎が立ち塞がりますが、敏腕刑事のように聞き込みで縦横無尽に駆け回り、はたまた火盗顔負けの推理を披露し、そして、その熱い想いでやる気のない吉原火消を叱咤します!
はたして不審火を止めることはできるのか。
今回も相変わらず面白い!
このシリーズ、自分の中で盛り上がっちゃうから少し疲れますねw
なので、5弾読み終わりから少し間を空けました。
今後もゆっくりなペースで余韻を味わいながら読んでいこうと思います。 -
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人が人であるということは、人であろうとするとは、どういうことなのか。
戦国の梟雄とされる松永久秀の、新たな一面を描いた物語。
ただ、文庫本独自の素晴らしさとして解説を執筆した北方謙三の文章が全てをさらっていく。
小説の存在意義。
これは本当にすごい。
解説だけでも、文庫を購入して読む価値がある。
【以下引用】
北方謙三による解説の一部。
小説を読む喜びは、悲しさとむなしさが伴っていることも、少なくない。人が生きていれば、悲しくむなしい、と言ってしまうことはできる。しかしその後に、自らの実人生に思わず眼を向けてしまう。悲しみもむなしさも、生きることの本質かもしれない。しかし、束の間、そこから眼をそらし、物語の中の悲しみを見つめる。悲しみの底に光があることを、どこかで信じられる。
小説はそのためにあるのかもしれない。