津村記久子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
読んでばっかりよりは書いたほうがいいし、書いてばっかりよりは読んだほうがいいです。読んでばっかりだと、単なる読書家になってしまうというのはおわかりだと思いますが、(でも読書家でいるのは本当にすばらしいことですよ)、書いてばっかりでも、自分の慣れた文章の書き方、ものの考え方、内容の展開のさせ方にこり固まってしまって、あまり良くないように思います。
また、書いてばかりで他の人の文章を読まないと、自分だけがものすごくいいことを言っていて、自分だけが上手だという気分になりやすいという罠があるようにも思います。そのぐらい、文章を書くということは、書いてくれる人に対して優しい、誰にでも開かれた趣味だと私は考えています。
(P.91) -
Posted by ブクログ
津村記久子さん初見。短編集。
恥ずかしながらこれまで存じ上げず、世界観も作風も何もわからないのであくまでこの本だけの感想をと思いましたが
うーん…言語化しにくいです…
わざと誇張されているわけではないはずなのに、人間社会で拭いきれないグロテスク、狡さ、隠した本音(秘密)、憶測による歪曲、自己中心性、流されやすさ…不意にザラリとしたところに触れて、驚きと嫌な気分が少しずつ少しずつ混ざるような もやもやした感覚が、読んでいる間ずっと傍にいた感じがします。文庫うしろの紹介文やカバー絵が爽やかなだけに「あれ?」と言う気持ちで頁をめくっていました。
そんな作品群のなかで、人との出逢いによって何かに気づき、自分の足で立とうとする「サキの忘れ物」「隣のビル」が好きだったかな。偶然居合わせた人からのひとことで心が軽くなったり、急に腑に落ちたりした自分の経験をなぞっているのかもしれない。
ところでゲームブック形式のもの、ものすごく久しぶりに触れました。そうそう、楽しかったなこういうの。指を挟みながらページを行き来するこれはアナログの醍醐味かもしれません。 -
Posted by ブクログ
小説家や歌人などによる子どものお悩み相談会。
子どものお悩みというのが、子供側の事情を詳しく書いたものではなく「謙虚になるにはどうしたらいいですか?」「遅刻グセがなおりません」といった一行のみ。
だから、お悩みに対するアドバイスというより、それをテーマにしたエッセイのようなものだった。参考になるかどうかは、微妙だった笑。
作家さんたちの多くは、自分の経験について語っているのが、大人として読む側はおもしろかったな。
子どもと大人、どっちが読めば共感できたり面白く感じたりするんだろう。
一番最初に「夏休みの宿題ぎりぎり派はだめ?」というテーマについての角田光代さんの回答で、小学生の時絵が好きで美術部に入っていたが、夏休みの絵画の宿題ができずぎりぎりになってくまのぬいぐるみ(茶色)を書いたら絵が黒と茶色になってしまい、教師から「きったねー絵だな」と言われ、それから絵を描いていないという話が心に刺さった。
私の小学生の時も、美術の男性教師がとても個性的な人で、児童の絵について笑いながらバカにしてた。それも他の児童に同意を求めるように言うから同級生からもからかわれるんだ。私もやられて、恥ずかしくて鉛筆で必死に絵を消して描き直したっけな。・・・まさか同じ教師じゃないよね?
私は大人だから、大人の一言がが子どもにどんな影響を与えるのかということについて、自分の苦い思い出とともに、痛感した。
あと、津村記久子さんの同級生が、教師になったから自分の学生時代のことがよくわかるようになったというのも、なるほど。そうだよね。教師は、自分の学生時代のことを思い出して「あのときのことって・・・」と答え合わせができることもありそうだ。 -
いろんな仕事、いろんな世界があって、前向きな気持ちになれる話だった。
どの仕事においても主人公は誠実に自分がやれることをしっかり全うしてて、ある程度はどの環境でも順応できるシゴデキの人なんだろう。
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Posted by ブクログ
津村さんの作品は、これまで楽しく読んできた。
長編はこれが初めてかもしれない。
解体が噂される古びた雑居ビル「椿ビル」が舞台。
そこに入っている会社の事務員ネゴロ。
給料が安く、嫌みな上司や困った後輩に翻弄される以外は不服もないが、そのぬるさに不安も感じている。
そこに入っている学習塾に通う小学六年生のヒロシ。
去年いじめにあったせいで、母は母子家庭で大変なのにヒロシの中学受験を望んでいる。
ヒロシは絵を描くことに才能があり、勉強には全く身が入らない。
母親の心配をうっとうしがりながらも、母親の意思を理解し、それに合わせていこうとする大人な面を持っている。
そして、そこに入っている検査会社に勤める若手サラリーマンのフカボリ。
社会人生活も数年目で仕事に大きな不満もないかわりに、特段熱意も感じていない。
一人暮らしの家をシェルターのように感じている一方、ふと一人で暮らしていることに不安を感じたり、結婚についてもやもや考えたりしている。
こんな三人が、それぞれの持ち場からビルの倉庫の物置に息抜きにやってくる。
三人は直接顔を合わせることがないまま、そこにあるものを貸し借りしたりして、お互いの存在を知っていく。
水害が起こったり、そのせいで給水タンクの水が汚染され検疫の対象になったり、取り壊し工事がはじまりそうになったりと、いろいろな事件が起こる。
そして最後に、三人はお互いの存在と顔が一致する形で出会うことになる。
…ということなのだが。
私が津村さんの作品に惹かれるのは、自然なところ。
プロットや語りの技術で読者をひきずりまわしたり、ドラマチックなできごとが連続するするような派手派手しいことがないことが好きなのだ。
自分の読む状況がよくなかったせいかな?
他の本を読む合間に、切れ切れの時間で読んでいったせいで、あまり集中しきれなかったことがあるのかもしれない。
けれど、豪雨で屋上の貯水タンクが壊れ、雨水が入ったことでビルに菌が蔓延するという件がどうも腑に落ちない。
タンクの水が飲み水になっていたというならわかるけど。
雨水で病原菌が蔓延するなら、普段雨が降るたびに病人が出てしまうことになる。
これまで読んだ作品に比べ、ちょっと自分の波長には合わなかった気がする。 -
Posted by ブクログ
ネタバレp196「そうやって、自分が持っているものを見せて、「これを持っていないのはあんたが悪い」って言いたがる人はいます。」
p242「だから子育てで悩んでる最中の人もいれば、同じ歳なのに介護で悩んでたり今まさに恋愛で悩んでる人とかどんどんどんどん変わってくるものだから、その背景の細部を見ちゃうとイライラしちゃうんだけど(中略)それぞれに学びの段階とか時期が違ってて。その人は今、自分からしたら終わったような問題で悩んでるけど、反対に自分がまだ入り口にも立っていない物事を理解しているかもしれない、とかありますし、あの人はこの年なのにこうで!みたいに、自分の物差しで全部測ったらダメですよね。」