百田尚樹のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
文章がコミカルで読みやすかった。
ウシガエルに侵入されたときの元老院の喋る内容が面白かった。
内容はよくできてて面白かったけど、韓国や中国の人に対して失礼すぎる内容だとおもった。でも、こういう韓国や中国の人たちを嫌うような考え方の人も本当にいるのかもしれないと思うと面白いなと思った。
自分の知識ではこの本に書いてある内容のどの部分が正しくてどの部分が間違っているのかは判断できない。
自分がこの本に登場するとしたら何も考えないで遊んで暮らしてて、いざ攻められたときは戦っても犠牲者が増えるだけだから戦わないでいいのではッて言ってるカエルかなと思った。。
あとがきを読んで、公明党が連立政権から抜けて、自民が維新と組んだ理由が分かった気がする。憲法改正が絡んでたのか。まあ、公明党という怪しげな政党が与党から抜けたのはよかったのかなと思う。 -
Posted by ブクログ
最近の出光丸のニュースに対して、「海賊と呼ばれた男」とコメントしてる人がちらほらいて、知りたい!と思ったので手に取ってみました。
どこまで脚色かわからないですが、最近あまりない気概のある男が描かれていて読んでいて胸が熱くなりました。
国岡商店のルールの中では、現代の価値観とそぐわないものもあり難しいだろうなと思うとこはあっても、長いものに巻かれない、お金に流されないところなど現代でも大事にすべき価値観が重要視されていて、心地良かったです。
特にいいなと思ったのは、宇佐美幸吉の父親です。
恩返しをしろ!と檄を飛ばしたのが良い。
最近の親は甘いので、甘ったれた子供が量産され、それが歳を重ねても仁義もへったくれもなく私欲のためにしか動かない(ブーメランです、自分も含まれてます)。
きちんと子供に叱れて、筋の通ったことが言えるだけで立派だ〜と感心してしまいました。
今の親も子供も、その人たちだけが悪いとは思えません。国岡みたいについていきたかったり、信用できる人がいないからなあなあになってしまうのかなと思います。
さらに資本主義の加速でずる賢い方法で稼ぐ人が多くて、真面目に働くのが馬鹿らしいっていうのは仕方ない思いかなと思います。
国岡が、品薄になっても金額を上げないやり方は清々しいけれど現代では絶対安く仕入れて高く売るヤーみたいな人が現れるだろうし、仲介業者が入って懲らしめることができないだろうなと。
発展したかに見えて、権力のある人が居座り続けやすくなり、ずる賢い人が罰せられない世の中になっているのがなんだかなあ。
国岡や、国岡を支持した従業員、銀行、周りの人たちみたいな気概ある人の意見がきちんと通らなくて、やりづらい世の中になってしまっている。
むしろ、それらを煩わしく思う人たちが裏でてぐすね引いてるのかもしれないけど、大半の人は何も考えずに権力にペコペコしてしまった結果な気がする。
中抜き業者とか、謎に人数が膨れ上がって許可取るのに大変でスピード感がないとか、今でもそうだし…。
これから世界がどうなっていくのか不安だ。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ全体的にテンポがいい。
特に整形をして綺麗になっていく過程を読んでいて全く苦にならなかった。
最後のエピローグ、色々捉え方がありそう。
主人公は痛い死に方をしておきながら顔が全く苦しそうではなかったから、満たされたと思われるかもしれない。けれど主人公がずっと好きだった人は、死に際に立ち会っていないかのように偽装した。おそらく一緒にいたことをバレたくないと思ったのだろう(_・ω・)_不倫。終盤にかけて体調が悪くなり、殺されるほど愛されたいという願望を持っていた主人公。一生消えることのないスタンプを押したい。けど最終的には押させることができなかった。
結局は報われなかったのではないでしょうか。 -
Posted by ブクログ
「いつもの彼」です。
このおっさんの本を読むとき必ず思うのは「極端だな」ですが、根本の考え方はすごく共感出来ます。
隣国をディスり、野党をディスり、メディアをディスり、無知な国民をディスっています。
何故そんなにもディスるのか。
答えは明確です。
著者は天皇を愛し、与党(自民党)を愛し、そして何より日本国を心底愛しているのです。
それ故に日本に住む我々日本人に「喝」を入れずにはいられないのです。
自分は右でも左でもありませんが、日本という国が好きですし、子供が3人いますが、彼らが大人になったときために、より良い日本であって欲しいと切に願っています。
海外生活が長かったということもあり、外側から日本を見た際に、これほど素晴らしい国は他にないと思ったのを覚えています。
そんな美しい日本を大切にしたいという気持ちが「極端に」伝わってくる一冊です。 -
Posted by ブクログ
私の感想として。
冒頭で百田尚樹は、現在の国会には歴史を深く理解している人物がいないのではないかと問題提起する。日本を良くしたいという言葉は繰り返される一方で、この三十年、日本は長い停滞から完全に抜け出せずにいる。その現実を前に、「何が誤っていたのか」「どうすればこの国の未来を照らすことができるのか」という問いが、本書全体を貫いているように感じられた。
本書の特徴は、単なる政策論にとどまらず、日本という国の成り立ちと精神性にまで踏み込んでいる点にある。百田氏が歴史上の人物や先人たちを語る場面には、不思議と読者自身の誇りを喚起する力がある。日本人は古来より、精神的価値や共同体意識を重んじ、先人の叡智を受け継ぎながら、皇室という存在を守り続けてきた。その積み重ねこそが、日本という国の輪郭を形作ってきたのだという認識が、随所に示されている。
とりわけ印象的なのは、「愛国」という言葉の捉え直しである。百田氏によれば、この語は千年以上の歴史を持ち、本来は自国の歴史や文化を尊び、大切に思う自然な感情を指すものだという。現代においてはしばしば誤解や先入観を伴って語られるこの言葉が、本書ではより根源的な意味に立ち返って提示されている点は示唆的であった。
また、現在の日本が直面している現実にも言及される。対外的には依然として豊かな国に見える一方で、実質GDPの伸びは鈍く、食料や資源の多くを海外に依存している構造的な課題を抱えている。かつての日本は幾多の災害や困難を乗り越え、そのたびに復興を遂げてきたが、現代においてはそうした国民的な結束や当事者意識が希薄になっているのではないか、という問題意識が提示されているように思われる。
そして個人的に強く心を打たれたのは、百田氏自身の在り方である。本書の執筆以前、氏は癌の告知を受けていたという。七十歳を目前にしたその現実は、決して軽いものではない。それにもかかわらず筆を執り続けた背景には、単なる責任感では言い尽くせない、内側から突き上げるような衝動があったのではないか。
その姿は、吉田松陰の辞世の句「かくすれば かくなるものと しりながら やむにやまれぬ 大和魂」
を想起させる。結果を理解しながらも、それでもなお行動せずにはいられない。その切実さが、百田氏の言葉に独特の重みを与えているように感じられた。
最終的に本書が読者へ突きつけるのは、極めて単純でありながら重い問いである。すなわち、この国の未来を形作るのは誰なのか、という問いだ。政治家を選ぶのは国民であり、その選択が国家の方向を決定づける。だからこそ私たちは、メディアや一時的な空気に流されるのではなく、自らの意思と責任において政治と向き合わなければならない。
本書は、単なる政治的主張の書ではない。
それは、日本という国をどのように捉え、これからをどう生きるのかを、静かに、しかし確かに問いかけてくる一冊である。