田辺聖子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
1985年刊行とのことで、その時代背景を鑑みれば、この短編に出てくる女性たちは、今と比べて窮屈な社会だと思うのに…何故かみなユーモアを感じるし、自由に生きてるなぁと。
大阪弁だと温かみ感じるなぁ。
そして田辺聖子はファッション関係の仕事に精通しているのかしら。やたらとアパレル関連のエピソードが出てくる気がします。
不倫、年下を弄ぶ女、バツイチ子持ち、略奪愛、金持ち社長、現実逃避の恋…、中年の恋
幸せって人それぞれなんだと、改めて感じます。
タイトルが全部よい。
◾️お茶が熱くてのめません
あぐりがなんやかんや、元カレ吉岡を意識して情を捨てきれない様がおかしい。無邪気な男ってずるいね。ダメだよこんな男。
詐欺で会社を倒産させてしまった吉岡の話を、作品のネタとして買わないか?という、なんともアホなお願いだった。
「茶は熱いうちに飲め」とは言うものの、熱すぎて飲めず、喉も渇いてイライラするあぐり。
お茶を飲むのも、恋焦がれた相手も、タイミングが合わなければならないのですね。
◾️うすうす知っていた
彼氏なしで結婚には程遠い、夢みがちの姉。妹の結婚報告を機に、自分が実は目を逸らしていた問題と向き合う。歳は下でも、いつの間にか大人びてしっかり者になってた妹。気づいていたけど、知らぬふりをしていたけど、うすうす知っていた笑
安物のフリフリの服を好むのは勝手だけどね、でもなんか、いい加減お姉ちゃん現実見なよ!ってなるよね。
◾️恋の棺
禁断の恋は、最初で最後のセックスのみで葬る。
最高の思い出になるだろうし、甥っ子からしても、そりゃ忘れられない経験になるだろうなぁ。
年上女が年下男を弄んでいるようで、実は本気にならぬよう「二重人格」になって、熱い想いを隠しているんだろうな。
そして、元夫に言われた「二重人格」という言葉に、傷ついたんだなと。
◾️それだけのこと
人前では仲良しを演じているが、仕事人間の夫に本当は寂しさを感じている妻。仮面夫婦。
そんな心の寂しさを埋めてくれる堀サン。チキという指人形を介してのコミュニケーションしてる一見バカップルがかわいいよ。
それだけのこと、とタイトルに示すけれど、主人公にしたらそんな小さな事ではないはず。なんだか少し切ない。
◾️荷造りはもうすませて
無い物ねだりとはまさにこういうこと。
夫は元嫁との間に子がいる。
再婚の自分は子無しで、夫婦水入らずな暮らし。
きっと元嫁からみたら、羨ましい暮らしだろうよ。
◾️いけどられて
生け捕られて
って事ですよね。略奪ってことですよね。
この稔って男最低すぎて笑っちゃう。そんなに梨枝からしたら魅力的なのかしら。他所で子供作って出ていく男に弁当作ってあげる梨枝も梨枝だわ!
◾️ジョゼと虎と魚たち
高飛車で素直じゃないけど、
大阪弁で言う「帰ったらいやや」は可愛すぎる。
ジョゼにとって怖い生き物、虎。そんな虎に会うのは、好きな人ができたとき。怖くてもすがれるから。と言うジョゼは、気丈そうに見せてるけど、本当は怖がり。虎が象徴するのは、障がい者のジョゼに向けられる偏見や悪意。
そして「死んだモン」になったと言うジョゼは、幸せ=死と感じており、それは社会から隔離して恒夫と二人きりで過ごす永遠の世界なのだ。
彼女にとって社会で生活すること、すなわち生きること=絶望なのかもしれない。
もともと映画が大好きで、その後にこの原作を読んだわけだけど、原作の儚い世界観はきちんと再現されてて、やはり映画も素晴らしい。
◾️男たちはマフィンが嫌い
恋人の別荘で待ちぼうけをしているミミの元に、恋人の甥の連が来る。空腹がちの若い子にはいいだろうと、簡単な割に見ばよく、美味しそうなレーズンマフィンも作っておくのだが、「そういうの、きらいやねン」と言われてしまう。
見ばよくでき、簡単に作れるマフィン、実はミミ自身もあまり好きではない。ミミの自己満足のために作っていたということに、気づく。
マフィンはぶりっ子、酔い潰れる若い娘、くねくねした女、の象徴なのかしら?
◾️雪の降るまで
51歳大庭、この人ただのエロジジイだと思うんだけど…以和子は夢中で惚れている。
京都の古いお宿でスロモーに出される食事。
艶かしく大人な情事、冬の静かな夜、あぁ、アダルトだわ。
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「嘆きつつ独り寝る夜のあくる間は いかに久しきものとかは知る」という有名な
和歌の作者である蜻蛉日記の著者(田辺聖子氏は「蜻蛉」と一貫してこの人を呼ぶことで統一している)を田辺氏は同じ女性文学者という立場できっと理解できる面があると信じているようだ。「蜻蛉」が女性、しかも文学素養の高い人という点が共通しているということだろうが、かなり親和性を感じていると感じた。日本の大物有力政治家である藤原兼家を振り回す我の強い女性、しかし女心の揺れにあることを田辺氏は鋭く見抜いており、説得力がある。これは8回の講義の記録のようだが、蜻蛉日記がこれほど明け透けに男女間のことを書き、そして権力者ともなった兼家のありのまま?の親しみ易い姿を書き、小説のような世界がそこにあることに初めて教えられた気がする。源氏物語、枕草子に言及する場面も多く、それらに先立つ数十年前の記録であって、恐らく源氏物語の逸話に影響したであろうという説明は本当にそう思う。源氏物語の「玉鬘」のモデルは蜻蛉の養女にあったのかも!この女性が日本の悪女の代表のように呼ばれるのはあまりにも不当で気の毒に感じる。 -
Posted by ブクログ
『ブスの愚痴録』という面白そうなタイトルに惹かれて手に取った作品。
「ブス」や「愚痴」なんてマイナスのイメージが強いけど田辺聖子さんが書くと面白そう。
どんなブスが登場するのか、外見ブス?中身がブス?読んでみてのお楽しみ。
ブスなんて今ならハラスメントに触れてしまうような言葉だけど、そこはさすが昭和ならではで不適切でも多少はOK?(連載は昭和)
読み進めると「あれっ」ちょっと違う、ブスの愚痴ではなくブスへの愚痴だった。
この作品って男性の視点で描かれているんだけど著者は女性作家なのに男性の心理がリアルで「男の気持ちがなんでそこまでわかるの?」と思わされるほどの筆力が凄い!
また文章も著者持ち前の底抜けの明るさと軽快な関西弁(田辺大阪弁)がマッチして嫌味でなくコミカルで面白おかしく読み進められちゃうのも魅力のひとつ。
ブスや醜女がテーマの九つの短編集
とあるがそこまでブスは多く登場しない。
ただ共通するのは女性は逞しい。
印象に残ったのが『泣き上戸の天女』
何歳になっても気持ちは乙女、「籍を入れよう」と言った次の日に居なくなってしまった。
その理由がなんとも滑稽で、主人公の男がつくづく「天女やなぁ」「歳月に古びぬ女の可愛いらしさを持っていたトモエ」と思いを馳せる姿が悲壮感はなく面白がって居るところが良かった。
トモエは「独り生きた女の碑」に属していた。
戦争に若い男性をとられ結婚の夢を奪われたり、夫を亡くしたりと幸せを奪われた女性達が居る。「一人の花婿にトラック一杯の花嫁」と以前読んだ『女達の太平洋戦争』に描かれているのを思い出した。
まだこの年代の女性達には地続きなんだなと感じた。
女性には逞しさの他に何歳になっても可愛いらしさを持っていて貰いたいと思うのは男の我が儘なんだろうな。