あらすじ
160万人が愛した女主人公(ヒロイン)乃里子が帰って来た! 乃里子、31歳。フリーのデザイナー、画家。自由な1人暮らし。金持ちの色男・剛、趣味人の渋い中年男・水野など、いい男たちに言い寄られ、恋も仕事も楽しんでいる。しかし、痛いくらい愛してる五郎にだけは、どうしても言い寄れない……。乃里子フリークが続出した、田辺恋愛小説の最高傑作。
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Posted by ブクログ
いい男たちに一人、二人と言い寄られ、自由な恋を楽しんでいるけれど、本当に愛している男にだけは、どうしても言い寄れない……恋のドキドキと切なさを同時進行で楽しめるって、こんなのアリ!?と、めちゃくちゃ面白かった。乃里子と一緒に感情ジェットコースターだよ。
Posted by ブクログ
水野が最高である。高橋一生で実写化してくれ。
いや、高橋一生は五郎のがしっくりくるかもしれない。なので水野は斎藤工も良いとおもったけど、小説内の水野像よりもたぶん斎藤工は顔面濃いのと身長が合わない。
海で助けてヒョイと助けてくれそうなのは斎藤工だけどね。あー、水野が出てくるシーンを読み返したい。
こうやって考えるのが楽しすぎます。水野にきゅんきゅんして生活潤いましたありがとうございます。
Posted by ブクログ
文章が好き、そして自分には同じ経験がなくても乃里子の気持ちはよく分かる
皆んなそれぞれ好ましくて、けれどなにか違うと思うところがある。誰かの代わりは誰かではつとまらない。本当に恋焦がれてる相手には言い寄れない
「水野を好きなのはまちがいないのだが、今はどうしてか、どんな男を持ってきても何かスキマがあって、風が通ること。その空洞の型はぴったり、五郎でないとうめられない型になっていた。」
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50年前の作品で時代は感じるけれど、時代が違っても感情は色褪せないのものですね。
脳みそぶち抜かれた。乃里子と一緒にハラハラドキドキして、一緒に失恋して絶望感に打ちひしがれてる。
小説に飲み込まれた気分、田辺聖子すごい。
乃里子、言い寄れなかったんじゃなくて、言い寄らせてもらえなかったよね。だってわりと直接的に迫ってたよね。五郎はのらりくらりと交わしている印象。そして美々には2回目で迫っていたと知ったときの絶望感たるや…ずっと感じつつ見ないふりしてたものの答え合わせされちゃって、読んでいて本当にショック受けたよ。田辺聖子すごい。
でも乃里子は強い子、ちゃんと現実認めて前向いてる。剛は、うーん、想ってくれてるんだろうけど私はあまり好きじゃないんだよね。どうなるやら。
続きが楽しみすぎる早く読みたい!!
Posted by ブクログ
主人公は、フリーのデザイナー兼画家として活躍し、自由気ままな一人暮らしをしている乃里子31歳。
乃里子は金持ちの色男中谷剛や渋い中年男水野など、いい男たちには言い寄られるけれど、大本命の五郎にだけは言い寄られず、乃里子自身も五郎には言い寄れないまま、五郎は友人の美々と思わぬ方向へ…。
物語の舞台はもちろん関西で、大阪から六甲山や淡路島を飛び回り、関西弁ならではの威勢のいい言葉で女の本音をズバズバッと書いてあって、揺れ動く乙女を軽妙に、男女の間柄を赤裸々に、懐かしい昭和の時代(昭和49年頃)に圧倒されながら面白く読むことができました。
大好きな人と結婚することを夢見ていたはずなのに、世の中とは皮肉なもので、何だか知らないうちに思わぬ事態が発生して、切なさや悔しさが一緒くたになって押し寄せてきて、そんな恋愛の意外性を思う存分味わえる田辺聖子さんならではの楽しい恋愛小説です。
Posted by ブクログ
古い本なのに古さを感じない。
ゴロちゃんが大好きだったのにあっさり取られちゃう感じがリアル。で、結局馬が合うゴウと一緒にいるのも。
女のリアルな感情がよく伝わる。
美々みたいな人もいるよね…
Posted by ブクログ
テンポの良い会話に、関西弁で言い寄る男たちの色っぽさ。まさに音が耳に浮かぶような小説だった。
自分が本気で望む人にはこれっぽちも言い寄れないのに、言い寄る気もない友達に取られてしまう。その切なさに唸りそうになった。
「ただ…彼のことを知ろうとワクワクしている自分の、いまの状態が好きである。」
Posted by ブクログ
好奇心旺盛な魅力で溢れている乃里子は30代の女性。女性というよりは「元気な女の子」という方がしっくりくるほどイキイキとしている。
そんな乃里子の色とりどりの恋は見ているだけで面白くて、関西弁にもユーモアがあり、たまにギョッとすることもあり、温かい痛みがじんわりと胸に広がっていくような読後感だった。
剛や水野、五郎や美々とのさまざまな恋愛模様の中に、女性の人生の充実した風景が多角的に落とし込んであるので、何度読み返しても違う味わいがあります。
Posted by ブクログ
友人に勧められて。面白かったー…というか身をつまされる部分が多すぎて怖いくらいだった…
五郎に対して
きっと、爪を噛みながら五郎を見ている私の目の中には、野卑で精悍な、情欲が跳梁していたと思う (P.72)
私は大笑いした。笑いながら。こんな話をする男に、どうやって言い寄るムードをつくるべきか、いそがしく考えていた。私と剛みたいに、うまく同時にもの好きで、同程度にめずらしもの好きで、同じ割合にSUKEBEであるばあいは、何もコトバはいらなくて、ただピンポン球を打ち返すような応酬のうちに、ムードがもり上るのであるが、五郎はそんなわけにはいかなそうだった。…私の希望は、五郎が私に惚れ、私に言い寄り、さらってくれることである、(剛が、強引に私にしたように) (p.75)
私は五郎と一緒にいたい。
死ぬまで一緒にいたい。
五郎より先に死にたい。
彼のやさしい言葉を、ほかの女に、いわせたくない。そうすると、やっぱり、結婚しかない。(p.209)
本当に言い寄れるのは、あんまり愛してない人間の場合である。失敗したってどうせモトモト、というような、間柄のときだけである。
言い寄って拒絶されたら、さしちがえて死のうというような、しんから惚れてる人間の場合は、究極のかたちは強姦致死になってしまう。…だが、女なら、どうしてくれるのだ。
失敗してモトモトというあつかましさも、強姦致死も、ほんとの惚れ方でない点に於ては、一緒だと、私は思うもんだ。
ほんとに好きなら、まず、相手の立場に立って考えてしまう。五郎は、私のことを、女として愛せないらしいので、そういう私が言い寄ったら、なお厭わしくなるのではないか、という恐れである。(p.244-5)
私がセッセと一生けんめい生きてるのに、誰も何ともいってくれない、私は美々みたいに泣きわめいたり地団太ふんだりできない性格なのだ、みんなそれをいいことにしてるんだ、と思い、ひがんでいたのを、兄さんが、はじめて「あたまを撫でて」くれたのだった。私は、涙ぐみそうだったが、こらえて黙っていた。(p.325)
私は、かなりの線をゆく厚顔しい女だと思うのに、一点、ヘンに遠慮ぶかいところがあるのであった。(p.327)
剛に対して
私はこんな男、どうしようもない、と思ってる。
結婚してくれるわけじゃなし、彼が私のことなんか、その他大勢の女の子、浮気相手だと持ってることを知ってる。だから私も、気を入れてつき合えない。そのくせ、剛といるといつも、しっくり気が合うのであった。(p.116)
暗い闇にひとりでいると、海の中にぽつんと漂っているようなもの淋しさを感じないではいられない。こんなことをして、若い時間がどんどん、たっていっちゃうのだ、ーなんて、星を見ながら考えたりする。女に、こんな、里心をおこさせるようでは男はダメである。女と男のデートなんて、ことに女の子は、ベッドへ入るまでの心ときめきがたのしみなのに。(p.119)
それらの品々は、私に、(あンた誰?ここは、あんたなんかのくる所じゃないわよ)
といっているように思われましたね。
私は、自分の考えに、自分で傷つけられた。
ゆうべはとても剛と、仲良くなり、一体になる気がして、ほんとうにどっちがどっちの体か分からないくらい、ひとつに溶けあう気がして、剛が好きだったのに、一夜あけると、冷静な知性をとり戻す所があるからふしぎである (p.128)
でも、もしかしたら、あの女は、剛の妻なのかもしれなかった。そして、私はどうかしてる、と我ながら思った。剛がそんな男であることは、ちゃんと知っててつき合っているのに、どうしてこう傷つけられた思いをするのか、今さら。(P.148)
でも私は、剛の話を本気で聞いたことなんか、いっぺんもなかった。剛は私の字引では、「面白半分」または「あそび半分」でつき合う男、となっていた。
それは、剛が、私をそう見ていることの裏返しである。(p.300)
「どッかへ泊ろうよ。神戸は面白いホテルが多いよ。ーええやろ?…」
「ああ。そんなこと、してると今にダメになるわ…」
私は小さく叫んだ。剛なんか、ちっとも好きではない。愛してるとは思わないのに、いちばん肌なれしていて、おちこみやすいのであった。こんなこと本意ではないと思いながらずるずるに、剛とは深みにはまってしまう。(p.301-2)
剛が帰ってから、私はしばらく仕事をしていたが、おなかが空いたので、外出て食べようと思った。こんなときは、その方がよかった!
私はうす手の白いセーターに、淡い色のコートを引っかけ、ブーツをはいて外へ出た。エレベーターは一人だった。
マンションを出ても一人、町のビルの中を歩いているときも一人。
私は苦しむときも嘔吐するときも、泣くときも一人なのだと思い返したりする。
二人で暮らすなんて、どういうことだろう?…この際、剛でも良い、一日でも二日でも暮らしたらまた人生はかわるかも(p.345)
水野に対して
男は、急にグラスをテーブルの上に置いて、むッとした顔で近寄ってきた。それで私は、何か、彼の不興を買うことをいうなり、するなり、したのだろうかと一瞬どきっとしたのだ。でもそれは、ある種の緊張のためだったらしくて、彼は椅子に坐っている私に、そのままかぶさるようにしてキスした。こういうとき、どうして中年男というのは、突然、態度を変えるのであろうか。エンジンが掛かるのが早いのだろうか。…中年男というのは、「生業と企業」のちがいを論じて三秒と経たないうちに、黙って、着ているものを剥いでしまう、こいつはまるで追い剥ぎである。(p.165)
それどころか、船が島の岸壁をはなれるとき、私は、もうはや、男に会いたくなっている私を発見した。…それは、好き、とか恋というよりほかに、何か強いひきつけられるような、慕わしさ、とでもいうようなもの、麻薬的な、まどわせる力に似ている。…私は彼の名刺ももらわなかったから、電話もアドレスも知らない。けれども、そういうことは、なぜか、どうでもいいことみたいに思える(p.172)
(今夜も、明日の晩も、あの男と寝たいナー)ということだ。
(寝られたらいいのにナー)ということだ。
そういうときに、女が仕事なんぞできるはずがなく、…(p.174)
それから、ふしぎに、あの水野夫人に対して、なんのうしろめたい気も、悪い気も、おこらないのに気付いた。
でもそれは、私に道徳観念がないせいではなく、私とあの男との間のことは、そういう世界とまたべつの、すっかりちがう世界だからだ。人間同士のルールにあてはまらないようなもの(p.188)
あの中年男が、じっくりと長い時間をかけて、ねっとりとした愛しかたをする、ああいう、あとでボーッとしてしまうような愛しかたは、剛にはできない。
悪いけれど、くらべてしまう。
水野という男はヘンな奴。私は、あの男によって、酩酊しきってボーッとなって、「堪能する」とか、「トドメを刺される」という言葉を学んだのだ。(p.194)
「何を固うなってる。おいで」と座蒲団を叩いた。
私がそこへいくと、彼は、
「もっとこっち」
それで、もっとそばへいくと、
「もっと」
パンタロンの膝をちょっとだけ、すすめると、肩に手をまわされて不安定に倒れかかったところを、キスされてしまった。いっぺんに島の別荘のつづきのような感じになった。
「会いとうて、会いとうて、もう、とうとう辛抱たまらんようになって」と水野は、魅力的な口もとで笑う。
「うそばっかし」と私がいったのは、(また、つづきをはじめましょう)ということと同義語である。…
「いや、会いたかった。仕事してもメシ食うても、あンたのことばっかり、考えてて助からんよ」などと、じっくり、おべんちゃらをいってくれる四十男というのは、ずっと甘美な情感である。(p.256-7)
「ヤッタルデーの坊ん坊んは無論、ほかの坊ん坊んともあんまり、ガタガタせんといて欲しい、困るなあ、こっちとしては」
「それはないでしょ、そんなこと、いえるはずはない、それはヒトリモンのいうことよ」
「そんなん、関係ない」
「関係ある!」
と私は、いつか見た水野夫人のことを思い出して、彼女は私に何をしたわけでもないのに、深刻な憎悪を感じた。…水野が彼の妻か、もしくは彼の情婦(きっと私のほかにもいそうな気がする)と持つ時間への嫉妬は、これはもう、血の滲みそうな、なまぐさい嫉妬である。(p.262)
「どうしたら面白いの?」
「映画みるとか、お茶飲むとか、それから…なんとなく、気がついたら、ここへ来てる、と。そういうふうにしたいの」…あんまり、ぴったりするので、私はいつも彼の裏側半分にいる女たちに嫉妬させられるぐらいである。
彼があんまり、やさしいと、かえって嫉妬する。(p.355-6)
それでも私はやっぱり、水野のもっている魅力には抵抗しがたいのだった。銃口のような目をピタリとあてられると、まるで心臓がねらわれたようにすくみあがってしまう。
そうして、力なく無条件降伏になってしまう。(p.359)
これからどうする、なんてこともいわない。…
いったって、どうしようもないこと、ちゃーんと知ってるのだ。
おたがいの過去や現在の情事をほじくり返したところで、何の足しにもならぬことをオトナだから知ってる。同様に、未来のことも口に出すだけマヤカシになることも知ってる。
それは冷淡とか、計算とか、理性的とかいうよりも、正直で、正確なのである。
私はそんなところが好きだ。
同様に水野が私を気に入ってるのも、私がそんな水野のよさを、よくわきまえてるからだろう。…
でも、水野と会うと、ほかの男とちがうのは、その愉しみの味が濃ければ濃いだけ、もうこれで終り、と心で思うところである。
いつも、会うのはこれが最後、という気にさせる。
私から連絡して会うこともないし、彼からいってきても会わない。それがなお、彼に対してふかいみれんと執着を燃やす。(p.360-2)
あ、そんな、いい顔して笑ってても、もうおしまいよ。そう思って、私は水野を見ている。…
「こんど、いつ会うの?」私はにっこりして聞いた。それは、もう会わない、ということの裏返しである。(p.362-3)
「時間、まだいい?」
私が聞いたら、
「なあんや。さっきは無理に引っぱり込んだくせに追い出すのか?」
「ちがうわ。一日いて欲しいけど、いられへんのでしょ?いられれば、いて欲しい」
「僕がいると、あんたも仕事でけへんよ」…(p.366-7)
ああ切ない!
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初めて田辺聖子さんの本を読んだ。
彼女の言葉の使い方がすごく好きになった。
虜になった!
感情の喜怒哀楽を軽快にコミカルに表現しているところにすごく惹かれた。読みやすかった。
乃里子の気持ちとてもわかる。
私も本当に好きになった人には、言い寄ることができません。
女性に対しても、男性に対しても。
この頃心から友達になりたい女性の人がいるのだけど、いつもなら誰彼構わず仲良くできるのが私の魅力なのに、彼女の前ではそれが全く使い物にならなくなる。
そんな中でこの本を読んでいたので、共感の嵐が鳴り止まなかった。。
それにしても、乃里子の考え方が好きだと感じる言動が多かった。
中でも一番心にキタのは、
『泣くか笑うか、どっちかの瀬戸際だったけれど、泣いたら化粧が崩れるから笑うことにしたのだ。』
というところ。
彼女にとってものすごく苦しくて、泣き叫びたいくらいなのに、それを化粧が落ちるからと笑うことで軽くしている感じがすごく素敵だった。
悲しい時に、悲しいと泣くことも大切だけれど、
悲しい時に笑ってみることで、気持ちが変化することってあると思う。
この後読む、二作がとても楽しみになりました。
まあ、でも個人的に剛はいやー!!
手を出す男なんて今の時代考えられない!
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池袋の喫茶 梟書房さんで出会った本。
全体のまったりしたたおやかな、でも何とも言えない乃里子をとりまく情景が面白い…
みんな大人びていい加減なようで そんなもんなんかない?
装丁も素敵。
Posted by ブクログ
共感しすぎてしんどくなった。
そして美々みたいなちょっとだらしなくて言うことがころころ変わるような子ってたまにいて、憧れないし私が男なら絶対付き合わないって思うけど、こういう子はうまく生きる方法が生まれつき身についてるなと感じる。でも嫌味がないから皆に好かれるし、私も嫌いじゃない。でも自分の好きな人がそういう子を好きになったら見る目ない!とキレたくなると思う。そしてこういう子には絶対に勝てないから耐えられる自信がない…
Posted by ブクログ
今回のタイトル「言い寄る」なかなか艶めかしい印象ではないか。
収録されている物語は田辺さんが昭和に執筆されたものだ、、
そうバブル経済に繋がる日本の成長期、男女の恋愛はこんな風に繰り広げられていたんだな、、と懐かしいやら、新鮮だったり。
そんなだから物語の中にはスマホなんて道具、登場する訳がない。
気持ちを伝える、相手の本当の心を知りたい、自分はこうしたいのに、、、そんな揺れ動きや上手く行かないじれったさを描くと田辺さんの物語はピカイチだ。
SNSを使って知りたい情報だけを都合良く入手できる時代じゃない。
近寄りたい人(本書の場合、言い寄りたい人)との心のすれ違いや、「そうじゃないんだってば~」のもどかしさが伝わってくる。
誰かが言っていた。
「東京ラブストリーのカンチとリカみたいだね。」
本当の気持ちはそうじゃないのに、「なんでそっち行っちゃうかな~」とじれったくなる。
そんな恋愛は現代はされていないかもしれない。
だからこそ、今の若者にも「これ、わかる?」って読んでみて頂きたい一冊である。
Posted by ブクログ
昭和48年に書かれたことが嘘みたいに思える作品。周りの男の人からモテてる乃里子なのに、自分が大好きな五郎には言い寄れないもどかしさ…、想像できるし切ないなあ…。続編が2つあるみたいだから、また読んでみたい。
Posted by ブクログ
“世の中には二種類の人間がある。
言い寄れる人と、言い寄れない人である。”
他の男に言い寄られて身体を重ねても、たったひとり、本当に愛している男に言い寄れなければ心は満たされない。恋の甘さと苦さを描くバランスが絶妙で、胸がぐちゃぐちゃにかき乱されてしまった。
男に身体を許すと心まで許した気になることも、本当に愛する男の前では狡い女になりたくないことも、田辺聖子さんには全て筒抜けであることがなんだかとても愉快だった。しょっぱい涙を舐め続けるぐらいなら、思い切って失敗してみて「くそが!」って地団駄踏みながら歩く方がよっぽど人生楽しく過ごせるのだろうな。失敗から始まる物語も、世の中にはたくさんあるのだから。
久しぶり
田辺さんの作品を久しぶりに読みました。20代にマイブームだったのですが、何だか若い頃のいろいろを思いだし、可笑しく、切なくもなりました。面白かったです。
Posted by ブクログ
ずっと読みたかったけど、自分の今の状況と似ている今こそ読む時だ!と思って読み始めた一冊。
私にも言い寄りたいけど、言い寄れない相手がいる。他の人には言い寄られるのに、この人からは言い寄られない。乃里子みたいに、周りの人に好意があるとバレたくなくて変に冷たくしたり、興味のないフリをしたり、素直になれない。私はこの小説を読む前にきっと最終的にゴロちゃんと上手く行くんだろうな、フラフラしてても結ばれる、王道ストーリーなんだろうなと思っていたけど、そうじゃなかった。ゴロちゃんの戸籍が汚れる前に、乃里子はなんで素直になれなかった?と思うけど、あんなシチュエーションはないけど実際素直になれない気持ちはわかる。私は自分からご飯に誘ったりもできない、向こうから誘ってくれたらいいのにな、と何回も思ったけど、上手く誘われなくてもう半年は過ぎた。大人になると尚更難しい気がする。コミュニティが同じだと周りの目もきになって、素直になれないで逆に冷たくなる。
でも、この小説を読んでやっぱり誰かに取れれたくはないなと思った。好きな相手がいるなら素直にならないともったいないなと。
いつか、この本を思い出すとき、私のこの恋は成立していて欲しいなと思う。そんな祈りを込めて星3つ。
Posted by ブクログ
好きすぎる人ほど言い寄れない。
だけど、傷心した末に慰めてくれる男と付き合うみたいな所がよく分かるし、今も昔もこういう恋愛観って変わらないのかなと思った
Posted by ブクログ
田辺さんの小説は関西弁の人しか出てこないのかと少し残念。
私は大阪に住んでいるけど読みづらい…
ただ内容はかなり好きでした!
好きな人にはグイグイ行けず、どうでもいい男の人には流されてしまう…。そんな友達がいたなぁと思いながら読みました。
Posted by ブクログ
初めて読む感じの恋愛小説だった。そんな昔の小説じゃないと思うけどなんかちょっと時代を感じる文体だった。
面白くて勢いのある主人公で、天真爛漫でモテるけどほんとに好きな人には臆病になっちゃう。
好きになりすぎない方が上手くできる恋愛の難しさに共感しながら苦しくもなりました。
Posted by ブクログ
恋愛っていつの時代もままならないなあ 自分と違う部分を持つ人にどうしようもなく惹かれるけど、結局は似たもの同士が上手くいくんだろうな
乃里子は自立した良い女かもしれないけど、移り気だし素直になれないし、純粋な彼とは釣り合わないと心のどこかでは感じていたんじゃないかなと思う
Posted by ブクログ
1974(昭和49)年初発。これは凄く昔、50年も前のことで、私もまだ5歳、テレビでは「ハイジ」「宇宙戦艦ヤマト」が放送開始された年だったようだ。
本作の主人公である30歳くらいの独身女性「乃理子」は、ふわふわと行き、気が向けば出会った男性と簡単に寝たりするのだが、当時はこの作品世界は幾らか衝撃的だったろうか? ほんの5年前の全共闘の時代には、こんな軽々しさは無かったような気がする。急速に国内の世相は「軽さ」へ向けて、80年代のあの様相に向かって邁進していたのだろう。
本作及び、本作を初めとする乃理子三部作は当時ヒットしたそうだ。これも時代の気分と合致していたのだろうと思う。
読んでいて主人公は繊細ではあるがどこかあっけらかんと明るくて(しかし林芙美子ほどではないか?)、文章も構成も緊密なものは感じられない。なので、呑気にプロムナードを歩くようなゆるい読書体験となった。もっとも、主人公が遭遇する失恋の衝撃は、なかなかに痛ましく印象に残った。
田辺聖子さんの描き出す世界はさほど古びてはいない感触があるが、50年後のこんにち、今の若い女性がこれを読んだらどのように感じるのだろう? そこが非常に知りたいところだ。
Posted by ブクログ
古い恋愛小説でした
昔ながらでありつつハイソサエティなノリを目指しているんですが、どうガンバっても古典に見えました
クドいほどの値踏みが広げられていて、でもそれが男の魅力的な紹介になっていました
駆け引きのテンポがサクサク進んで心地よく、3人の男性どれも男らしく魅力的でした
主人公以外の女はどこか頭が悪そうで、それは屈託のなさの裏返しで妬ましく映っていました
中盤での友人の妊娠にかけて、主人公が転落していく展開が好きでした
周囲のキャラの魅力が昇っていくに伴い、変化しない主人公は取り残されていって、そこからストーリーに引き込まれました
ラストの五郎と美々を受け入れるシーンにかけてマンションに帰る姿には、諦めの美しさがありました
当時は最先端なノリだったんでしょうが、令和に読むとオバサン臭い話回しだと思いました
男性像が表面的で、背伸びした少女漫画のようでした
Posted by ブクログ
好きな人が全く靡いてくれなくて、他の男の人たちと恋愛をしている女の人の話だった。話し言葉が関西弁で書かれていたからスルスル読めたけど、なかなか理解に苦しい振る舞いをする登場人物が多い。標準語ならびっくりしてしまったかもしれない。
Posted by ブクログ
誰1人共感できる登場人物がいないし、全く好きになれない、そのわりにはサクッと読み進めることができた。
自分的には結構な胸糞。
どうしても美々に対してイライラしてしまうが、友達である美々に、プライドの高さが邪魔をして自分の気持ちをきちんと伝えられてないのは乃里子のほうである。
言い寄ってくる男たちもどこが良いのかまったくわからない。
しかし50年近く前に書かれた作品ということを考えると、時代を感じさせない良作だと思った。
Posted by ブクログ
半世紀前の恋愛小説とは思えない。
主人公の行動には全く共感できないのに、心情には共感できるところが多かった。女心というやつなのか?(笑)
大阪弁でのテンポの良い流れが、コメディ映画を見ているようでした(*´艸`)
「ほんとに好きなら、まず、相手の立場にたって考えてしまう」これすごくわかるなー!