川端康成のレビュー一覧
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表題作だけ読んでの感想です.....旅という非日常の中で特に心も浮き立ってる時は恋に落ちやすくなっていると思います。
前半は旅もまだ折り返しではなく出会って恋に落ちたばかりの相手との今後に胸踊らせときめいてるのが伝わりました。
後半は踊り子が男性という事を知ったのと同じ頃合にに旅も終わりが見えました。旅ではなく日常で出会ってても恋に落ちたのだろうか気になりました。
ごく短編ですが恋の始まりと終わりの情景が伝わってきました。
踊り子の性別についてですが声変わり云々の台詞後の場面転換は「暗転」だと思いました。また最後主人公が船で男性のマントの中で穏やかになっている描写が有るので踊り子は男性 -
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湿り気、夢、女
解説にもあるけど意識の流れ(水の流れ)
「どなたです。」
「お客さまですから、お母さま、あげないでちょうだい。」
「先生です。」と久子は小さいが張りのある声できっぱりと言った。そのとたんに銀平は狂わしい幸福の火を浴びたように、びんと立った。ピストルでも持っていたら、うしろから久子をうったかもしれない。玉は久子の胸を貫いて、扉の向うの母 にあたった。久子は銀平の方へ倒れ母は向うへ倒れた。久子と母は扉をへだてて向 い合っているから、二人ともうしろへのけざまに倒れたわけだ。しかし久子は倒れながらなにかきれいに身をまわして向きかわると、銀平の脛に抱きついた。久子の傷口から噴き出す血が -
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川端康成文学忌、川端忌
1952年日本芸術院賞受賞で
ノーベル文学賞対象作品だそうです。
北鎌倉円覚寺の茶室が小説の舞台のひとつとなっています。川端康成は、当時の寺にあった庵で寝泊まりして書いたそうです。
ストーリーは、謎めいた流れがあり
崩れた家庭の拠所を探し続けているような
どこに向かっていくのかわからない。
昭和なら許されたかもしれない不倫。
亡き父親の愛人だった女性との情交。
その愛人の娘への情愛。
幾つかの茶道具が男女の仲を象徴していたのかと思う。
庭で割られた志野茶碗は、別れを
売却された茶碗は、絶縁を
所有続けた水差しは、未練を
続編の「浜千鳥」続千羽鶴が併録されているけれ -
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川端康成のノロケです
学生時代に同室の少年と添い寝していた思い出が綴られています
唇まで許していたとありますが、挿入描写とかはなかったです
とことん愛撫描写で留まっており、性欲が指先に集まっていました
回想を見るなり、川端康成は体育会系気質な作家だと思いました
少年から向けられる思慕に痛く快感を覚えられているようで、気持ちよさそうでした
少年はまるで神のごとく偶像のように敬意を向けられ、それを受け止めている様子から、器が人と違うなと思いました
自分に陶酔しているワケではなく、少年のもつ信仰心に萌えているところが作家性なのかなとおもいました
翻って少年が帰依している宗教は平熱でディスってお -
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ネタバレ四季折々の神社仏閣や伝統的なお祭り、西陣織や北山杉など古都の風情がたっぷりに描かれている。はんなりした京言葉も優しく響く。古き良き京都…なんとまぁ美しいのだろう。
複雑な生い立ちを抱えた千重子と苗子。祇園祭の夜に運命の出会いを果たし、双子であるお互いの存在を知る事となる。捨てられた子と捨てられなかった子。育ての親だが裕福に育てられた千重子と実の親だが早くに死に別れ、貧しく働くしかなかった苗子。
どちらが幸せだったのだろうか。
初めて枕を並べ一晩を過ごすが、姉妹一緒の時間はそう長くは無かった…。
千重子の幸せを願い、邪魔にならないように身を引く苗子が奥ゆかしい。その気持ちを理解し見送るしかなかっ -
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初読。課題本。
タイトルと冒頭と粗筋は聞いたことがあったが、思っているのと若干違う話だった。正直近代文学は表現を追うのに必死で話が入って来ながち。
主人公である都会人の富裕層島村と、若い温泉芸者駒子、そして美しい声の娘葉子が中心人物。
島村は本人も言っている通り親の遺産を食い潰して無為徒食の日々を送っているとの事だったので、対照的に温泉街で必死に生きる駒子や葉子を俯瞰するには丁度良い位置なのかもしれない。文中で頻繁に出て来る、駒子に向けた 離れている時は恋しく思うのに、近付いた途端突き放すような言動は、彼が「バレエの論文を書いていながら、バレエを直に見たことがない」という人物像に象徴されている -
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自分は九州出身なので、“雪国”ってだけで静謐な異界に突入した気分ですが、雪国出身の人だと感じ方が違うのかな?でもトンネル抜けちゃったりすると、そこはもう異界ですね。そう言えば伊豆の踊り子でも冒頭でトンネル超えてましたね。
前半では「川端康成って歳とっただけで、やってることは伊豆の踊り子の頃と変わんないじゃん」と言う身も蓋もない感想が頭を過ります。大人になってズルく図太くなっていますね。時代性なのか主人公の出自によるものなのか、鈍感な一面は相変わらずです。一方で駒子にはある種の純粋さも垣間見えます。駒子に見送られて雪国を離れるまでで話が一つ完結している感じ。
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