あらすじ
空前のバレエブームに沸く戦後。バレエ教室を主宰する波子の夢は、娘の品子をプリマドンナにすることだった。だが、夫は家に生活費を入れてくれず、暮らしは苦しくなっていく。追い詰められる波子の心の支えは、かつて彼女に思いを寄せた男、竹原だった――。終戦後の急速な体制の変化で社会や価値観が激変する時代に、寄る辺ない日本人の精神の揺らぎを、ある家族に仮託して凝縮させた傑作。(解説・池澤夏樹)※三島由紀夫による解説は収録しておりません。
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Posted by ブクログ
『舞姫』を読み終えて、最初に心に残ったのは、豊太郎よりもむしろエリスの人生だった。
最初は原文を読んでもほとんど理解できず、現代語訳や解説を聞きながら内容を追っていった。けれど、物語がわかってくるにつれて、「豊太郎はなぜエリスを置いて日本へ帰ったのだろう」と考えるようになった。
私は、豊太郎はエリスを愛していたと思う。
一緒に暮らし、読書をし、エリスを自分のそばに置いた。エリスも豊太郎を心から愛し、この人はずっと自分のそばにいてくれると信じていた。
だからこそ、豊太郎がエリスに十分な相談もないまま、日本へ帰ることを決めたことが、とても残酷に感じられた。
しかもエリスは妊娠していた。
豊太郎にとっては、仕事を失い、社会的な立場を失い、このままでは生活できないという現実があった。そして相沢から、日本へ帰れば再び仕事や地位を取り戻せる機会を示された。
そこで豊太郎は、エリスを選ぶのか、仕事を選ぶのかという状況に置かれる。
私はここで、「もし自分が豊太郎だったら、どうするだろう」と考えた。
愛する人と一緒にいたいと思っていても、生活が成り立たなくなったら?
もう一度、自分の力を発揮できる仕事に戻れると言われたら?
自分の人生を立て直すことができる道が目の前にあったら?
そう考えると、豊太郎を単純に悪い人だとは言い切れなくなった。
でも、だからといってエリスの人生を思うと、豊太郎の選択を簡単に許すこともできない。
エリスは、自分の人生を豊太郎と一緒に生きていくつもりだった。
ところが、自分の知らないところで、その未来が突然消えてしまった。
豊太郎は自分の人生を選んだ。
でも、その選択によって、エリスの人生まで大きく変えてしまった。
ここに、この作品の苦しさがあるように思う。
そして、私が一番気になったのが、「舞姫」というタイトルだった。
なぜ「エリス」ではなく、「舞姫」なのだろう。
私は、「舞姫」という言葉の中に、豊太郎のエリスへの特別な思いが残されているように感じた。
エリスという一人の外国人女性を、ただ「踊り子」としてではなく、「舞う姫」と呼ぶ。
そこには、豊太郎がエリスを愛し、自分にとって特別な女性として記憶に残したかった気持ちがあるのではないか。
もちろん、これが森鴎外自身の意図だったとは確認できない。
それでも私は、「舞姫」というタイトルそのものに、豊太郎のエリスへの愛情が込められているように感じた。
そして、物語がそこで終わっていることにも惹かれた。
もしかすると、エリスとのその後は、豊太郎自身の中だけに残された物語なのではないか。
誰にも見せることのできない、二人だけの物語。
そんなふうにも感じた。
『舞姫』を読んで、私は「豊太郎は正しかったのか、間違っていたのか」という答えを出したいわけではなくなった。
むしろ、
愛することと、愛する人を選ぶことは、同じではないのかもしれない。
そしてもう一つ、
愛することと、愛する人に選ばれることも、同じではない。
エリスは豊太郎を愛していた。
豊太郎もエリスを愛していたのだと思う。
それでも、二人は一緒に生きることを選べなかった。
愛していても、選ばないことがある。
愛していても、選ばれないことがある。
そのことを考えたとき、『舞姫』は昔の外国人との恋愛を描いた作品ではなく、「人は愛だけでは人生を決められないのかもしれない」という、とても現代にも通じる物語に感じられた。
そして私は、読書会でほかの人が豊太郎をどう見るのか、エリスの人生をどう受け止めるのかを聞いてみたい。
特に、
「豊太郎はエリスを愛していたと思うか?」
これは、ぜひ聞いてみたい。
Posted by ブクログ
川端康成も舞姫というタイトルの小説を書いていたことを知り驚いた。森鴎外のそれと、川端の伊豆の踊子とごっちゃになって読み始めた。そんな出会いだったが、内容に引き込まれた。
登場人物達の無常観というか、幸福な場面が一度も無いことに気づく。女達は皆幻想を愛しており、男達は自分を偉大だと思っている。きっと。