山形浩生のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
経済学における革命ともいえるケインズ大先生の「一般理論」要約版です。
ただ、要約版で読みやすいとはいえ、内容はちょっと難しい。
訳者の山形浩生さん(私はこの方の文体が好きです)も言うように、消費、需要、雇用、投資とかの相互関係が分かりにくく、内容がいささかとっちらかってるのも大きな要因かと。
しかしながら、現在の経済と経済学を支える重要な考え方がたくさん示されており、世界を変えた一冊という評価も大いに頷けるものです。
一般理論を理解するためのエッセンスとして、訳者あとがきにあるポール・クルーグマン先生の結論要約をちょっと引用してみます。
・経済は、全体としての需要不足に苦しむことがあり得るし、また実際に苦しんでいる。それは非自発的な失業につながる。
・経済が需要不足を自動的になおす傾向なんてものがあるのかどうかも怪しい。あるにしてもそれは実にのろくて痛みを伴う形でしか機能しない。
・これに対して、需要を増やすための政府の政策は、失業をすばやく減らせる。
・ときにはお金の供給(マネーサプライ)を増やすだけでは民間部門に支出を増やすよう納得してもらえない。だから政府支出がその穴を埋めるために登場しなきゃいけない。
つまり、モノを作っても必ず需要されるとは限らない、という考えを打ち立て、古典派経済学者が信奉する「セイの法則」(供給が需要を作る)を否定し、「有効需要」(お金の支出の裏付けがある需要)という新たな理論を提唱して、これがケインジアンの理論の根幹となっていくわけです。
ケインズ大先生は、古典派経済学の理論は特殊な場合にだけ当てはまるものであり、一般の場合には当てはまらないので、もっと一般的な理論を展開するよ、と言って本書を「一般理論」と名付けました。
過去には「ケインズは死んだ」なんて言われることもありましたが、どっこい、その理論が今でも不死鳥の如く生き続けているということは、その狙いは正鵠を射たということなんだと思います。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ第1部 「Plurality」を“読まずに”読んだ体験として
本書を一文一文なぞるように読むのではなく、関連する理論や自分の実務経験と接続しながら“立体的に眺めた”というのが、今回の読み方だった。物理学の相対性理論や量子力学、三体問題、さらには生物学のエピジェネティクスといった、一見日常から遠い法則群が、実は社会や民主主義とフラクタルに相似である、という直感からスタートしている。そのうえで、自律分散システムやAI、インターネットの設計史(ウィーナー、リックライダー、ジンメル、八木・宇田アンテナ、光ファイバ)を、自分の手元のゲーミングPC上の環境構築や、自治体の「課長」の権限感覚と重ねながら読んだ。結果として、Plurality を「2025年版『なめらかな社会とその敵』であり、構造的本質はほとんど変わっていない」と理解するに至ったのが、今回の読書体験の核になっている。
第2部 本書が提示する構造と、私の読み替え
本書の第4章「自由」は、権利やオペレーティングシステム、IDと人物性、団体、契約、アクセスといった要素を「社会OS」として再設計する章だと理解した。ここでのポイントは、自由を抽象的な価値として語るのではなく、ID設計やアクセス制御という実装可能なレベルで分解し直していることだ。一方、第5章「民主主義」では、協働テクノロジー、没入型共有現実、拡張熟議、適応型管理行政、⿻投票、社会市場などを、「OS上で動く社会アプリ/アルゴリズム群」として扱っているように見える。私はこの構造を、自分なりに「Yakusoku(事前の約束)と Nattoku(結果への納得)を、大人数にスケールさせるための技術カタログ」として読み替えた。議論の本質はやり方ではなく、先にルールを合わせ、そのプロセスに沿って進めた結果に当事者が納得できるかどうかである。その前提に立てば、拡張熟議とは、少人数で成立していた Yakusoku と Nattoku を、AIやネットワークを使って何万人にも破綻なく適用する試みだと整理できる。
第3部 自律分散社会のオーケストレーションとしてのPlurality
この本を支えるもう一つの軸として、私は「オーケストレーション」という言葉を当てはめた。自分のPCでは、Whisper と Pyannote を組み合わせ、OBSで録画した複数会議の音声から話者分離文字起こしを自動生成するパイプラインを動かしている。CUDA や Python ライブラリを含め、環境構築だけでかなりの手間がかかったが、本質は個々のコンポーネントの優秀さではなく、それらをどうつなぎ、運用するかにある。同じ構図は政治にも見える。これまでの民主主義は、政党と議席数という「数」が力であり、法は一枚岩のテキストだった。これからは、法は実装可能なオファリングの集合であり、それらを適切に組み合わせて現場で動かすオーケストレーション能力が、首長や課長に求められる。Plurality は、そのための思想面でのOS設計書だと感じる。特に、自分が作った「VUCA世界の未知の奥(Michinoku)における、事前の約束(Yakusoku)と納得(Nattoku)が、社会の合意形成のカギとなる」というフレーズに、本書の議論がきれいに乗る手応えがあった。細部を読み込みたい箇所としては、第4章冒頭の権利とOS、IDと人物性の節、第5章の拡張熟議と適応型管理行政、⿻投票と社会市場の節が挙げられる。そこを押さえれば、Plurality を自分の現場に実装するための解像度が一段上がるだろう。 -
Posted by ブクログ
原題は「A Tract on Monetary Reform」というもので、「貨幣改革論」などとも訳されているようです。
ケインズ大先生が、かの「雇用・利子および貨幣の一般理論」(The General Theory of Employment, Interest and Money)を世に送り出したのは1936年ですが、本書はその13年前、第一次大戦後の1923年に発表されました。
当時は、一部の国において戦後の激しいインフレやデフレに悩まされていた時代であり、お金(貨幣)が経済に与える影響について考察する内容です。
特に目を引くのは、やはりインフレとデフレに対する考え方でした。
お金の価値の変動はすなわちインフレかデフレかということで、両方とも良いものではなく、それぞれに困る人たちはいるので、物価は安定するのが当然望ましいが、どっちかと言えばデフレの方が有害ですよね、というのが本書で繰り返される主張です。
デフレ(お金の価値が上がる)は金利生活者にとっては望ましいが、債務者や生産者を苦しめ、生産活動を停滞させてしまう。
一方、インフレ(お金の価値が下がる)は、お金を有する金利生活者には厳しいが、相対的にモノの価値が上がるので、モノを作る生産者にとって望ましく、生産活動が促進される(インフレの限度はあるものの)、ということ。
デフレは経済全体を停滞させてしまう、という一貫したメッセージは、一世紀経ったいまでも大いに価値のあるものだと思います。
ケインズ大先生の著作だけあって、やはり難しい部分は多かった。
金本位制などもはや歴史上の出来事にも紙面が割かれていたため、本書の内容を理解できた、とはとても言えませんが、難しくも面白い一冊でした。
また、山形浩生さんによる巻末の訳者解説は、本書のポイントを押さえていてとても分かりやすく、これだけでも読む価値はあります。
「一般理論」も読みかけで放置しているので、そろそろ再開したいと思います。 -
Posted by ブクログ
今回、私は「プルラリティ」という言葉がなかなか理解できませんでした。
また、audibleで聞き始めたので、難解な言葉や慣れないカタカナ単語が出てくると、わからないままどんどん進んでしまい、一周聞いただけではなかなか内容が頭に入ってきませんでした。結局、3、4周ほど繰り返し聞きました。
これまでの自分といえばまるでぎゅうぎゅう詰めの歩行者天国を流されるまま歩いていたような感覚でした。そして身動きできないことに疑問も持っていませんでした。この本が提示する「色々な考え方を認めながら、一つのより良い方向を見つけてゆく」という考え方はとても新鮮です。意見が違うは分断だと思って言いました。
ぎゅうぎゅう詰めの歩行者天国で、頭にタケコプターをつけてもらったような感覚、
もう少し俯瞰して世の中を見てみようという視点をもらえたような気がします。
まだまだこの本の中には気づきや発見があるように思いますので、audibleで聞き直して、理解を深めていければと思います。 -
購入済み
論文形式でさまざまな服従に関する実験とその結果が書いてあります。
実験結果には疑問符が付いているものの、考え方などは確かにと納得させられる内容だと思います。