山形浩生のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ人間から虐げられていた動物たちが反乱を起こして理想の共和国を築こうとするものの、指導者となった豚の独裁によって、結局はかつてと変わらない(あるいはそれ以上に過酷な)支配体制へと変質していく過程を描いた寓話小説
【登場人物(キャラクターとメタファー)】
①指導者の豚たち(支配階級)
・老メジャー(Old Major):カール・マルクス、ウラジーミル・レーニン
12歳の中年豚(ミドルホワイト種)
賢く穏やかな外見で、すべての動物から深く尊敬されていた
人間による支配を「泥棒」と呼び、動物たちに反乱を説いて世を去る
老メジャーが語った「人間を排除すればすべての動物が平等で豊かな社会を築ける」という理想思想(動物主義)は、マルクス主義(共産主義思想)そのもの
・ナポレオン(Napoleon):ヨシフ・スターリン(ソビエト連邦の独裁者)
バークシャー種の大きな雄豚
獰猛な外見で、寡黙だが「自分の考えを押し通す」男として定評があった
密かに犬たちを獰猛な護衛犬へと育て上げ、武力によって農場を独裁支配する
都合の良い「歴史の改ざん」や武力(犬)を用いた「大粛清」によって反対派を次々と処刑し、自らを神格化していった過程が、ソビエトを武力で支配したスターリンと重なる
・スノーボール(Snowball):レフ・トロツキー
ナポレオンよりも陽気で、早口の演説が得意な独創的な豚
風車建設を計画し、動物たちのために数々の「委員会」や読み書きクラスを組織するなど、知的なリーダーシップを発揮する
スノーボールが農場を追放された後、すべてのトラブルや陰謀の責任をなすりつけられ、歴史から彼の功績(「牛舎の戦い」での活躍など)が改ざんされて消し去られた描写は、スターリンとの権力闘争に敗れてソ連を追放されたトロツキーと重なる
・スクイーラー(Squealer):ソ連のプロパガンダ機関(政府機関紙「プラウダ」など)
小柄で太った豚
甲高い声で喋り、難しい説明をする際には尻尾を振って左右に跳ね回る、極めて優れた説得力を持つ演説家
他の動物からは「黒を白に変えることができる」と評されている
指導者(ナポレオン)のいかなる横暴や贅沢も「すべて動物たちのためである」と言葉巧みに美化し、無知な労働者たちを洗脳し、壁の戒律を都合よく書き換え続けた「情報統制と世論誘導」の象徴
②農場の動物たち(労働者・一般市民)
・ボクサー(Boxer):従順で真面目な「プロレタリアート(労働者階級)」
巨大で非常に力強い馬車馬
少し頭は悪いが、粘り強く真面目な性格で、「俺がもっと働けばいい」「ナポレオンは常に正しい」という口癖のもと、風車建設などの重労働を身を粉にして支え続けた
ボクサーは、革命の理想を信じて国家に尽くしたものの、最後は年金も与えられず、豚たちによって馬の解体業者へ売り飛ばされてしまう、最も悲劇的な搾取の象徴
・クローバー(Clover):違和感を抱きつつも、抵抗の手段を持たない「一般市民層」
ボクサーを親身に看病する優しい中年期の雌の馬車馬
現状の農場の変化(粛清や不平等)に漠然とした悲しみや違和感を抱くが、自分の言葉でそれらを表現する知性(ボキャブラリー)が足りず、従うことしかできない
現状への批判的な思考力やそれを表現する言語能力を奪われ、全体主義に絡め取られていく無力な一般大衆を象徴している
・ベンジャミン(Benjamin):冷笑的で沈黙を守る「知識人・高齢市民」
気難しく滅多に笑わない、農場で最も年寄りのロバ
豚と同じくらい字が読める知性を持つが、「文字を読めて得なことは何もない」と静観し、反乱に対しても冷淡
「状況が良くなろうが悪くなろうが、人生の厳しさは変わらない」という諦念を持ち、全体主義の欺瞞を見抜きながらも何もしようとしない冷笑的な層を象徴している
しかし、親友のボクサーが解体業者へ連れ去られる土壇場になって初めて、必死に声を上げて周囲に警告を促した
・モリー(Mollie):革命に非協力的な「プチブルジョワ(中産階級・資産家層)」
バカで白い雌馬
働くことよりも、角砂糖を食べることや、たてがみに人間からもらった赤いリボンを飾ってうっとりすることに関心がある
反乱後、労働を嫌がって農場から脱走し、別の人間に飼われて満足そうに暮らした
革命運動によってそれまでのささやかな特権や贅沢を奪われることを嫌い、革命から離脱して西側諸国や旧体制の庇護へと逃れていった亡命者たちの象徴
・モーゼス(Moses):宗教(ロシア正教会)
ジョーンズ氏のペットだった飼いならされた渡りガラス
働こうとせず、死後にすべての動物が行くという神秘の国「シュガーキャンディーマウンテン(砂糖菓子の山)」についておとぎ話を聞かせる
豚たちは彼の話を「大嘘」と叩きつつも、なぜか農場に置くことを許し、ビールを支給し続ける
過酷な現実から民衆の不満をそらすための「天国の話(阿片としての宗教)」の象徴
初期の革命政府(豚たち)はこれを否定するが、やがて独裁が深刻化すると、労働者の不満のガス抜きのために教会・宗教勢力(モーゼス)を黙認し、体制維持に利用した
③周辺の人間たち(対外的な国家)
・ジョーンズ氏(Mr. Jones):ロシア皇帝ニコライ2世、旧支配階級・資本家
マナー農場の元の主
酒に溺れて荒れ、動物たちに餌をやらずに追放される
搾取を繰り返し、最後は自らの怠慢と無能によって国(農場)を追われ、二度と戻れなくなった旧体制の象徴
・ピルキントン氏(Mr. Pilkington):イギリスやアメリカなどの「西側民主主義国家」
隣の「フォックスウッド農場」の主
農場は荒れているが、本人は気楽で、釣りや狩りに大半の時間を費やしている
物語の最後、ピルキントンとナポレオンが和解のゲーム(テヘラン会談)を行いながらも、お互いに「スペードのエース」を同時に出して大喧嘩になるラストシーンは、第二次世界大戦後の米ソ冷戦の到来を予言している
・フレデリック氏(Mr. Frederick):アドルフ・ヒトラー(ナチス・ドイツ)
隣の「ピンチフィールド農場」の主
小規模ながらもしっかり手入れの行き届いた農場を経営しており、抜け目なく、動物に残酷な虐待をしていると噂されている
ナポレオンを偽札で欺いて材木を奪い、風車を爆破した
不可侵条約を結ぶフリ(材木取引)をしながら、突然裏切ってソ連に侵攻した独ソ戦(風車爆破の戦闘)を象徴している
【要約】
①反乱と「動物農場」の誕生
マナー農場の老豚メジャーは、人間こそがすべての搾取の元凶であり、人間を追い出せば動物たちは自由で平等な社会を築けると説き、反乱を促して世を去る
その後、農場主ジョーンズの怠慢をきっかけに、計画よりも早く動物たちの不意の反乱が成功し、人間たちは農場から追放される
農場は「動物農場」と改名され、最も知能の高い豚たち(特にスノーボールとナポレオンという2頭の若い豚)が指導的立場に立つ
彼らはメジャーの教えを「動物主義」という思想体系にまとめ、大納屋の壁に「すべての動物は平等である」を含む「7つの戒律」を書き記して、自分たちの手による自主運営をスタートさせる
②権力闘争と独裁体制の確立
農場の運営や風車建設をめぐり、行動的で雄弁なスノーボールと、寡黙ながら裏で根回しに長けたナポレオンの間で激しい意見対立が生じるようになる
スノーボールの風車計画案に対する決議の際、ナポレオンは密かに母犬から引き離して育てていた9頭の獰猛な犬を放ち、スノーボールを襲撃して農場から追放する
その後、ナポレオンは日曜日の会議をすべて廃止し、すべての意思決定を自身が率いる豚の特別委員会へと集約させ、恐怖による完全な独裁体制を確立する
③戒律の改ざんと粛清
ナポレオンをはじめとする豚たちは、かつて自分たちで禁じたはずの「人間との売買取引」や「農場屋敷への居住」を始め、ベッドでの睡眠、さらには酒(ウイスキー)を飲むといった特権や贅沢を貪るようになる
これらの行動に疑問や不満を漏らす動物たちに対し、豚の広報担当であるスクイーラーが言葉巧みな演説で丸め込み、壁の「7つの戒律」も豚の都合に合わせて「理由なくして他を殺してはならない」「シーツを敷いたベッドで眠ってはならない」などと密かに書き換えられていく
農場の様々なトラブルや風車の崩壊はすべて、追放されたスノーボールの陰謀のせいにされる
ナポレオンは犬の武力を用いて、かつてスノーボールの陰謀に協力した、あるいは不服従の意思を見せたとする動物たち(豚、鶏、羊など)に次々と自白を強要し、その場で犬に喉笛を引き裂かせる「大粛清」を断行する
農場で最も献身的に働き、どんな困難にも「俺がもっと働けばいい」「ナポレオンは常に正しい」と自分を追い込んできた馬のボクサーさえも、過労で倒れた末、豚たちによって病気治療の名目で馬の解体業者(肉粉・ニカワ製造業者)に売り飛ばされ、豚たちのウイスキー代へと変えられてしまう
④人間との同化と結末
年月が流れ、反乱以前の記憶を持つ動物はほとんどいなくなる
豚たちは、かつて敵と定義した人間のように「二本足」で歩くようになり、手に鞭を持ち、ジョーンズらの衣服を着るようになる
壁の戒律はすべて消され、ただ一つの歪んだ原則だけが残された
「すべての動物は平等である ただし一部の動物はもっと平等である」
農場名は元の「マナー農場」に戻され、豚たちは近隣の人間(農場主たち)を屋敷に招いて宴会を催し、対等な関係で友好を深める
最後、その様子を窓から覗いていた他の動物たちは、豚が人間のように見え、人間が豚のように見え、もはやどちらがどちらであるか区別がつかなくなっていることに気づき、物語は幕を閉じる -
Posted by ブクログ
アレゴリーに富んだディストピア寓話。短めで読みやすいのに色んな示唆に富んでる。
社会主義の批判ではなく、意思決定者に倫理が問われるという話だと受け取った。理念を実行するには体制が必要になる。そこには運営者の意思が介在するので、人格化された手段が理念にとって変わることが起こり得る。これを抑止するためのシステムが権力の外側に必要とされるが動物たちは盲目あるいは事勿れ主義でなす術がない。
世界には別々の軸上の問題がごちゃ混ぜになっていて、それを解きほぐしていけば、目的の設定された構造的な問題は解決可能だが、目的や在り方自体を問う倫理的な問題は解決が難しいのだと思う。
別の軸の問題を混同すると、焦点がずらされて障害の根本原因ではない理念自体への批判にすり替わってしまう。理念の善悪と、それを実現するシステムの善悪と、システムを運用する人間の善悪は、別々に評価する必要がある。
全体として、根源的な人の欲への警鐘を感じた。 -
Posted by ブクログ
大部だがそれだけの価値はある。結局、極度の格差を埋めるには所得と資産に対する累進課税及び企業経営の社会的共有それから抜け駆けさせないようなそれらの国際的取決めの強化だ。
たしかに。人間の歴史は格差を正当化するイデオロギーの歴史であり、格差は決して必然ではない。つまりは経済的公正を支えるための公正な投票の仕組み。すなわち富裕層が有利にならないように選挙にかかる資金の規制をすること。
バラモン左翼と商人右翼による大衆の嫌気が、世界的に自国中心的政党支持に繋がっていると。
多くの人に読んでほしい。そして、広めてほしい。世界の人々がより幸福になる社会を作る制度設計、その理念は既に存在しているのだと。あとは実践するだけなのだと。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ通称アイヒマン実験
有名大学の主宰する実験に参加した被験者が先生役となり、学習者が問題を間違える度に電撃を与えて痛覚と記憶学習の関係性を調査する。という表向きで、権威と自由意志との関係性を調査する。
ーーー
権威が保証されていた時、被害者が痛みを訴えても6割の人間は続行した
被害者の心臓に異変が起きていることを訴えられても5割の人間は続行した
権力者が被害者の位置を占め、被害者が権力者のように続行を命じた場合人々は直ぐにやめ、自分の道徳性を誇示し、命令した被害者の道徳性を批判した
権力者が同じく実験参加者でただの役割を与えられた人間に過ぎなかった時、被害者が静止を求めた時に被験者は直ぐにやめ、命令してくる人を道徳的に批判した
ーーー
また、被害者の解像度が上がれば上がるほど、"自分は無実の人間に危害を加えるような人間ではなく倫理的である"という自己像の崩壊や、共感性による痛みの伝播、もしくは別の社会的規範や権利との葛藤
というアンビバレンスな状態におちいり、発言のうちでは抵抗をしめしたり被害者を庇うような事をするが、行動に移した人は社会的地位が高く権威を感じにくい人や痛みのある経験から来る実感を伴った想像力のある人ばかりで、ほとんどの人は続行し、あまつさえ自己欺瞞的に「痛みを感じてるとは思わなかった」「別の実験だとわかっていた」などと述べる人もいた。そして聞いてもいない普段の自分の倫理的な振る舞いを主張する人も。
この本は続行した被験者を非道徳的な人間だと批判する方向ではなく、人間全般が構造という権威にいかに服従し暴力を行えるかということを人々に自覚させ、それによって内省させるという啓蒙活動を行う事が目的だと言うことは分かっている。
善悪を明確にしめしておらず、読者に投げかける風になっているのも。
だけど、自分はいかに多くの人間が、自尊心のために自分の記憶を捏造したり、解釈をこねくり回して正当化したりするかということを実験で目の当たりにできて興奮で震えながら本を読んだ。
また、自分は十中八九この権威に逆らうことはできないし、逆らうことが正しいとも思わないとも思った。自分が大きな価値を感じたのは、非服従した人間の多くは教育者や悲劇の経験者、(純緊張も考慮して)つまり被害者への同情と言うよりかは自分の信念や理想像の崩壊が許せなかったり、被害者への同情と言うよりかは過去の自己の投影が虐げられ続けることが許せなかったりしたものだ。やはり権力構造への服従自体で善悪は語れないとは思う。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ同じジョージ・オーウェルの『1984年』を読んで直ぐこの本も読んだ。
どちらも同じ20世紀半ば頃のソ連、スターリンの圧政、恐怖、独裁政治の時代を題材にしている。
動物農場は、より分かりやすくて短くてすぐ読める。
1984年は、より現実味があり、絶望感が濃いなと感じました。
現在日本でも政治や世界情勢への関心が強まったと感じています。
これらの本を読み、更に調べ考えて、
私達は常に目を開き『豚』が少しでも間違ったら何かしらの手を打たなければなりません。
私達は『頭の悪い羊』『間違っていても全力な馬』『不干渉なロバ』になってはいけません。
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Posted by ブクログ
こちらのジョージ・オーウェル氏は「一九八四年」の方で御存知の皆様もいらっしゃるのではないでしょうか?
私はどうも「星を継ぐもの」以来、SF的な作品に慎重になってしまいまして(笑)。
「狐には向かない職業」のヴェラに出会った事ですっかり気持ちは「シェイディ・ホロウ」の住人になってしまっておりました故、以前から気になっていたこちらの「動物農場」を購入致しました。
こちらの作品も、私は非常に楽しめました!!!
一説では当時の時代を風刺した作品だとも言われており、実際後書きにもそのような内容が書かれてはいるのですが、個人的には風刺うんぬんは関係無く普通にファンタジーとして楽しみました(笑)!!!
時代がどうとか世間がどうとか政治がどうとか風刺がどうとか、そう言った事は当時其処にいた訳でもなく情勢に詳しい訳でもなく体験した訳でも御座いませんので、何だか良く分からない小難しい解説は置いておいて、人間に対する教訓を動物達に置き換える事で大人だけではなく子供達にも伝わりやすい内容だと私は感じました。
アニメーション映画も制作されていたようで、チラッと予告編を検索して拝見致しましたが、カートゥーンアニメのようで非常に分かりやすく、全編通して見てみたいと思いました。
裏テーマとしては確かにその小難しい風刺が含まれているのかも分かりませんが、純粋に「動物の世界のファンタジー」として、私はとてもお気に入りの作品と相成りました。
スノーボールと、ボクサー…この二人に関してが、少々心残りで御座います。 -
Posted by ブクログ
本書は、経済学を再び「政治経済学」の座へと引き戻した記念碑的な著作です。著者は、18世紀以来の富と所得がどのように推移してきたかについて膨大な統計に基づいた客観的な考察を行い、そこから驚くべき教訓を導き出しました。議論の柱となるのは、格差拡大の根本的な力である「r > g」という不等式。これは、投資や相続から得られる資本収益率 (r)が、賃金上昇の源泉となる経済成長率 (g) を常に上回り続けるという構造を示しています。つまり、労働によって豊かになる速度よりも、資産が資産を生む速度の方が速いということです。歴史的に見れば、この不平等の拡大を止める力となったのは、良識ある政策ではなく、皮肉にも「2度の世界大戦」による物理的な資本の破壊と、戦後の異常に高い成長率のみであったことが明らかにされます。現代が直面している最大の問題は、世界が再び歴史的な低成長化へと向かっている点です。低成長下では、過去に蓄積された資産の影響力が相対的に強まり、個人の才能や努力よりも、相続や「出自そのもの」が人生の成否を決定してしまう。これは、近代民主主義が掲げてきた「実力主義(メリトクラシー)」という理想?の崩壊を意味します。著者はこの暗い未来を回避するため、資本所得に対する世界規模での累進税が有効であると提唱します。富の極端な集中を抑制し、再分配機能を回復させるための現実的な処方箋です。しかし、そこには巨大な壁が。タックスヘイブン等の存在により、富裕層の資本は容易に国境を越えて逃避できるため、一国のみでの実現は難しいでしょう。本書を読み終えて痛感するのは、格差は経済の自然法則によって解決されることはなく、政治的な介入なしには拡大の一途をたどるという事実です。私たちが「出自」に縛られない自由な社会を望むのであれば、この 「r > g」という呪縛にいかに政治が立ち向かうべきか、真剣に議論を始めなければならないでしょう。
「これから社会に出る若者へ」
r>gに立ち竦まないでください。絶望しないでください。何も持たない者にとっては労働での収入が現実的な武器になります。資本成長率を上回る成長を達成している組織に所属してください(その中で労働分配率の高い組織に所属してください)。稼げる間に可能な限り稼ぎ、節約に努め、余剰を収益性の資産に投資してください。道は必ず開けます。 -
Posted by ブクログ
本物のスパイ
現代外交でいまや公然の秘密になっているのは、大使館の現在の機能はスパイ活動のプラットフォームなのだとういことだ。なぜある国が、別の国の国土上に独立主権を持つ物理的な存在を確保すべきかという古くさい説明は、電気通信やジェット旅客機の台頭でもはや完全に古びてしまった。(本書引用)こういう記述を見ると、はやりこの筆者は内部の人なのだなあ、と感じてしまう。現代の本物のスパイが書いた本というだけで、読む価値は大いにある。それにしても、あらゆるデータが政府に筒抜けになってしまう現代の監視社会は、実に恐ろしい。それに実際にかかわっていた人が書いたのが、この本。 -
Posted by ブクログ
豚は誰か
本書に登場する豚がこのコロナ禍で誕生しつつあるように読んだ。知識は専門家に任せろと主張して囲い、解釈を恣意的に変え、他の価値を踏み躙り、人々の行動を制限し、人々を支配しようとする。今、この現実の世界で、専門家にしてやられてしまったのが政治家であることが、情けない。本当に情けない。ウイルスが人間ジョーンズ、豚ナポレオンが政府系専門家、豚スノーボールが政治家といった当てはめか。本書が結末で豚の王国の崩壊を描いていることを期待したが、叶わなかった。『1984』で描かれる全体主義国家も揺るぎなかった。揺らいだのは個人だった。相当まずい時代が来ている。本書を読んで改めて感じた。