山形浩生のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
【ぼくの世代がやった作業は諜報作業の再編と改良にとどまらない。諜報とは何なのかを完全に定義し直したのだ。ぼくたちにとって、それは秘密会合だの秘密情報交換場所だのの話ではなく、データについての話なのだった】(文中より引用)
アメリカ諜報界による大量監視について告発し、現在はモスクワで亡命生活を送るエドワード・スノーデン。彼が自らの生い立ちとともに、なぜそのような「謀叛」を起こすに至ったかを振り返った作品です。訳者は、シンクタンク勤務の傍ら翻訳業を営んでいた山形浩生。原題は、『Permanent Record』。
波乱に満ちた半生や内部告発に至る過程の叙述はストーリーとして抜群に興味深いのですが、何より技術の目まぐるしい進歩がインテリジェンス業界にどのような影響を与えたかを考える上で参考になる一冊。特に技術と法律の解離という問題は、諜報に限らずあらゆる分野で生じているんだろうなと感じました。
少々目まいを覚えるほどの使命感(というか気負い?)が伝わってくる文章でした☆5つ -
Posted by ブクログ
ネタバレ内部告発者として有名となったスノーデンについて、一人の人間としてのストーリーを伝えている本。いかに自分たちと共通する部分があるか、そしていかに強い信念と勇気、頭脳と愛情を持った人間であるか、ということを印象付ける。
国家が永久に私たちのプライベートな情報までも記録として収集し保管している、この事実への危機感や疑念を、あらためて抱く。本で書かれているように、2013年から法律や人々の意識の点でもよい変化がもたらされている一方で、より専門性を高め複雑化する政治と技術の関係性に、一般市民はどこまで何を知らされて、また何を知る必要があるのか、と不安にもなる。
社会の中でシステムの不全はいたるところで表面化しているけれども、システム全体を見て徹底的にその欠陥を見抜き、改善を求めることは、時間もかかるし、一貫性のある考えと行動がいる。そのシステムなるものが世界でも強大な権力である中で、スノーデンの取った行動とそれを可能とした明晰な知性は、現代に生きる民主主義国の市民としてのモデルでありリーダーであると思った。
★★★★★★★★★★★ -
Posted by ブクログ
ミルグラムの電気ショック実験。
これは、ナチスのアイヒマン実験とも呼ばれ、権威者による命令が個人を従属させ、殺人のような重大な結果をもたらしかねないことをシミュレーションしたもの。
解答者(役者)、被験者、指示者において、
ある単語の問題に対し、回答者が不正解だった場合、その被験者は低い電圧から徐々に大きいで電圧(疑似)電気ショックを与えていく経緯について分析した実験。
それぞれが置かれた立場、ヒエラルキー、権威によってどのような結果となる傾向なのか分析した実験。
『典型的な兵士が殺すのは殺せと言われたからで、かれは命令に従うのが自分の義務だと心得ている。被害者に電撃を加える行動は破壊的な衝動から生まれるではなく、被験者が社会的構造に統合されてしまい、そこから逃げられないから生じるのだ。』
当時のナチスが特殊だったわけではなく、現代の組織に於いてでも大なり小なり、同様のジレンマ(責任転嫁)が発生しているのは明白である。 -
Posted by ブクログ
これは本当の話。信じられないかも知れないが「国民英雄」の圧政粛清の時代には、かつての「建国の元勲」が次々と「祖国への裏切り・反革命勢力との内通」を公開自白したのち処刑されていったのだ。あまりにあからさまなので「(連合国の一角を)悪し様に言うのは好ましくない」として出版は拒否された。一応「ナポレオン」はスターリンであり、「養成した9匹の猛犬」はゲーペーウー、「スノーボール」はトロツキー。
誠実なインテリとして、メディア・リテラシー&記録の偽造・改竄されないことを訴えているようだが、一般大衆はそれほど物覚えが良くないし(記憶を頼りに権力に逆らうほど)正直でもない。
(本書のテーマ=スターリンによる’36〜38大量粛清を日本の教科書も緘黙)’37年に着想し’44年2月に脱稿したが、刊行する出版社はなかなか見つからず戦後となり、アメリカ版は46夏となりフランス語版はさらに遅れ「ナポレオン」を「カエサル」としてはと提案されてオーウェルは激怒したというあ。’47年、ドイツにあったウクライナ難民キャンプでウクライナ語版が頒布され別に序文が書かれた「ソ連には口出ししないが。社会主義者の矜持として、現状についてはきちんと伝えないと」現物は残っていないが英語に訳し戻したものが巻末付録。
(’36年結婚の直後スペイン内戦が勃発。対フランコ救国戦線に義勇兵として参加した体験は『カタロニア讃歌』にまとめられている)P178この戦争の初期、外国人は全般に、政府を支持する様々な政党同士の内部闘争には気がついていなかった。いくつかの偶然のおかげで、私が参加したのは多くの外国人の属する国際旅団ではなく、POUM民兵、つまりスペインのトロツキストたちの派閥だった。だから1937年半ば、共産主義者たちがスペイン政府を(すくなくとも部分的には)掌握し、トロツキスト狩りを開始したときには、二人とも{夫婦共}被害者側になっていた。一度も逮捕されず、生きてスペインを出られたのは本当に運がよかった。友人たちの多くは射殺され、そうでない人々は長い懲役を受けたり、あっさり姿を消したりした。スペインでのこうした人間狩りは、ソ連での大粛清とほぼ並行して行われていおり、いわばそれを補うものとなっていた。スペインでもロシアでも、糾弾の中身(つまりはファシストとの共謀)は同じで、そうした罪状はどう見てもウソだったと考えている。こうしたことをすべて体験できたのは、貴重な具体的教訓だった。民主国での啓蒙された人々の意見を、全体主義的なプロパガンダがどれほど簡単にコントロールできてしまうかを教えてくれたのだ。スペインでのこうした人間狩りは、ソ連での大粛清とほぼ並行して行われており、いわばそれを補うものとなっていた。スペインでもロシアでも、糾弾の中身(つまりはファシストとの共謀)は同じで、そうした罪状はどう見てもウソだったと考えている。こうしたことをすべて体験できたのは、貴重な具体的教訓だった。民主国での啓蒙された人々の意見を、全体主義的なプロパガンダがどれほど簡単にコントロールできてしまうかを教えてくれたのだ。妻も私も罪のない人々が単に異端の疑いをかけられただけで投獄されるのを見てきた。それなのにイギリスに帰ってみると、陰謀説が横行している。
結末で、支配階級の豚はニンゲンと晩餐会を開きカードゲームして、窓の外から見る動物たちにはニンゲンと見分けがつかなくなる。丁度、ナルニア国物語の最後で、アスランがライオンと見えなくなることの裏返しのように。 -
Posted by ブクログ
これは、凄い一冊です。上巻の本書ではヒトラーが総統に就任する直前からの1940年までのナチスドイツの経済状況を詳細なデータを基に、分析しています。例えば、ヒトラーの公共事業では高速道路の「アウトバーン」が有名ですが、それも詳細な雇用データによると、公共事業と呼べるほどの雇用は生み出しておらず、経済政策としては、殆ど成り立っていないことが本書では分かります。その他、ドイツが常に外貨不足で苦しんでいる状態で、幾つもの苦肉の策を編み出しては、失敗していく様が詳細に著されており、只々瞠目しました。蛇足ですが、本書の文章はやや難解な印象を受けるので読みにくさを感じる方は多いかもしれません。
-
Posted by ブクログ
2019年にノーベル経済学賞を受賞した、インドの経済学者アビジット・バナジーとフランス人経済学者エスター・デュフロ(二人はご夫婦だそうです)の共著のこの本を頑張って読んでみました。
この本では経済、教育、農業、政治を通し、人間の心理まで考えます。
言葉が非常に丁寧で、貧乏な国や地域の問題を読者の多くがいるであろう先進国の人たちも身近に感じることができるような説明になっています。
そもそも「貧乏な国、家庭はずっと貧乏である」、つまり貧困の罠に囚われるということはあるのかということは、長年議論されています。
貧しいことに対して他者(他国)からの援助は必要なのか。この問題は「貧困に囚われているなら、一つの世代に“どん!”と後押しをするべきだ」という意見もあるし、「そのようなおせっかいはその国の自由市場を奪う」という意見もあります。
それぞれ調査結果により勘案されてはいますが、数字だけではわからないその国や人の事情があり、それを現地調査しなければいけません。
例えば「マラリアを予防すれば医療費はかからないし将来的に働き手にもなり、経済的に向上する」と分かっていても、蚊を避けるための蚊帳をお金を出して買う人が少ないとする。この結果をどう読み取るか。「蚊帳を買わない人は貧乏な人だ。将来的に良いことだと分かっていてもお金がない」と言う場合もあれば、「蚊帳を買わない人はお金持ちだ。コネで無料で回してもらえるから」という場合もあるというわけです。
こちらの本では、例えば2つの地域に別々のアプローチをして効果を確認したり、数字だけでは見えない実情を現地で調査したりしています。
私自身は世界情勢政治経済がとても苦手なので根本が分かっていなかったり理解できないことも相当ありますが、
しかしこの本を読んで貧しいことへの問題について非常に身近だと感じたことは多々あります。
❐食よりも大切なもの。
・1日1食しか食べられない家庭があったとして、収入が上がった(または補助する)としても、1日2食になるのではなくて、その1食が少し良いものになるということ。
人間は味気のないものをたくさん食べるよりも、ちょっといいものを(高いもの)買いたがる。
⇒私達が「安月給だけどスマホは必需品」と思うのなら貧困の人たちも「1日1食しか食べられないけれどカラーテレビは必需品」と同じように思うのです。
❐教育支援のこと
・子供が複数いる家では、収入が上がったとしても全部の子供を学校に行かせるのではなく、一番できる子供をより上の教育(高価な学校)により高度な教育を与えたがる。
・学校を作っても、子供自身が行きたがらない。
・学校を作っても教師がいない、またはやる気がなければ意味がない。
・「この学校に入りこの技術を身につけたらこの会社で雇い、給料はどのくらいです」と現実的に示せば就学率は上がる。しかし「そこまでおせっかいするのか。その国が精神的に独立しない」ということもある。
❐貯蓄の難しさ
・全員が先の見えない大成功のために努力をしたいわけではない。自分の知っている範囲での成功で良いという考えもあるとなると、貯蓄や融資を利用するほどでもない。
・家庭内で夫のほうが妻より決定権があると、女性の意見は取り入れられづらい。
・融資を受けた場合、返却する、しない、は地域ごとになる。たとえば一つの村はほぼ全員が返し、一つの村はほぼ全員が返さない。人間は周りと同じ行動になる。
・人は、明日の自分は今日よりも立派になっていると錯覚する。
⇒「今日はケーキを食べて、ダイエットは明日から★」が実行できない私たちにも心当たりがありすぎますねorz
・1年間肥料を無料配布し、現実的に収益が上がった。しかしその村で翌年の肥料を買う人は少なかった。現実的に成功を体験したし、収穫直後は「翌年も肥料を買います!」と言ったにも関わらず。調査したら「肥料がある店が遠すぎて行けなかった」「肥料を買いに行くまでに、別のものが必要になり、肥料代がなくなった」
⇒似たような心当たりはありすぎますねorz
ではなぜ「分かっているけれど教育を受けない」「分かっているけれど貯蓄できない」「人は堅実な医療行為を受けるため貯蓄や保険を利用せず、呪いや即効性のある注射を信用する」のか。
それは、教育や貯蓄や保険によった良い結果が現れるのは長い先であり、成功するかもわからないので「賭け」になります。そのため「大変だけれど将来のため勉強しよう」「目の前のお酒を我慢して貯蓄しよう」ということが難しいわけです。…いや、これまさに自分orz
さらには途上国では「安心できる」「強制的な」社会システムが構築されておらず、確実性がないということもあります。
そして先進国では、教育、医療、保険、法律などの「後押し」「おせっかい」を知らず知らずのうちに受けて生きているのです。(同じ国の中での貧富の差も、根本はその「おせっかい」に手が届かないということ??)
…とこのように、貧乏な国の問題と言われると、戦争が〜旱魃が〜などの事情に原因があると思ったり、どうして蚊帳を買わないの?などと考えてしまいますが、
貯蓄や保険や教育などまさに私達と同じ考え方であり、人間の考え方は変わらないのだなと思います。
この本では、どうすればよいというような解決はないし、私自身も自分がすぐできる効果的な行動もわかりませんが、
「貧乏人の経済学」を身近なものとして感じ、そして今自分が所属している社会のシステムを見回してみよう、という気持ちになります。 -
Posted by ブクログ
これはフィクションではなく現実の出来事なのである。
それを理解するにはあまりにも壮大で、(少なくとも私にとっては)非現実的で、衝撃的な一冊だった。
最終章にある、監視システムの拡大により懸念される市民得点の計算は犯罪者の予測システムは、アニメPSYCHO-PASSの描く未来の日本そのものであり、2つの作品は私の中で完全にリンクした。
PSYCHO-PASSでは、個人の犯罪係数の測定、その係数が(罪を犯してなかろうが)向上すると、処刑対象になる。その支配下の中、個人ではなく集団での犯罪(個人の犯罪係数はあがらない)の場合の倫理、
個人に自覚のない形で連携犯罪がなされる場合の対処方法、先天的に犯罪係数が測定できない人への対処方法についてテーマを設定し、物語が進んでいく。
一個人がここまでのことをやり遂げるその信念と素直さ
国家の中での統率力の低下(テクノロジーを理解している、かつ全体像を把握している人がいない)
人は愛によってここまでも勇気づけられ、自分を信じることができる
私の少ないボキャブラリィではとても表わせない内容だった。 -
Posted by ブクログ
心理学の文献ではしばしば登場する「ミルグラム実験」について、ミルグラム教授ご本人が書かれた報告書。
「アイヒマン実験」とも呼ばれるこの本は2008年に新訳として再版されるまでは約10年は絶版だったそうだ。
2012年には文庫化されたが、357ページで1300円という価格となっている。高すぎるのではと思い読み始めたら、疑念はすぐに払拭された。実験の全貌、ミルグラム教授の分析等、事細かく書かれている。被験者を募集するための広告、役割や条件を変えての全18種類の実験内容、被験者のナマの声等、読み応えは充分。
更によかったのが訳者山形氏による「訳者あとがき」である。通常のあとがきに加え、「蛇足 服従実験批判」とのタイトルで本書の分析・考察に情け容赦ない根本的批判を展開する。訳者がこんなに批判しちゃっていいの?とも思ったが、権威からの命令が責任回避や思考停止に陥ってしまう危険性を検証した本書に対し、訳者自ら、ミルグラム実験という「権威」を否定することでオチをつけたのでは、とも考えてしまった。 -
Posted by ブクログ
インターネットを語る上で、もはや古典でありながら未だにその価値は全く色あせない名著。久しぶりに読み返したくなり再読するが、やはり面白い。
今やクリエイティブ・コモンズの擁護者としても知られる法学者ローレンス・レッシグの代表作である本作「CODE Version2.0」は、1999年に発表された「CODE」の事例を幾つかアップデートした上で2006年に刊行されている。本書は一言で表すなら、インターネットを巡る”規制”の総体を4つのディメンジョンで示したうえで、特に「アーキテクチャ」を構築するソフトウェア、即ちコードが最も重要であることを看破した点にある。
我々は日常的な用法として、”規制”という言葉を用いるときに、国や行政といった立法権を持つ主体が法律や省令、ガイドラインのような文書で人々の行動を特定の方向にインセンティブ付けする、という姿を想起することが多い。しかし、レッシグの”規制”の概念はもっと広範なものであり、一般的に我々がイメージする”法”以外に、”規範”、”市場”、そして”アーキテクチャ”の4点から構成される。
例えば、かつてのNapsterのようなMP3のP2Pダウンロードに対する規制は以下のような総体として示される。
・法による規制:著作権法などによる罰則規定
・規範による規制:教育や業界団体を通じたP2PのMP3ダウンロードが不法であるというキャンペーンと世論形成
・市場による規制:AppleによるiTunes Music Storeのように1曲1ドルという安価な価格設定を通じた公式MP3のマーケットプレースへの誘導
・アーキテクチャによる規制:CCCDのようにMP3へのファイル変換を禁じる技術の導入
そして重要なのは、
・この4つは独立して存在しているのではなく、相互依存性を持つ。特に法が規範・市場・アーキテクチャに働きかけることで、一見して法が強制しているようには見えないが、何らかの立法主体の思惑が実は強く反映されていることが往々にして起こり得る
・インターネットでは最後のアーキテクチャによる規制が最も人々の行動を束縛する。なぜならば、リアルワールドにおいては建築・デザインといった実空間の操作によってしか行えなかったアーキテクチャの変更は、インターネットにおいてはソフトウェアのコードを変更するだけの労力で実現できてしまう
という点を鮮やかに描き出した点にある。
1999年にレッシグが描いたこの規制の総体は、そこから20年が経過した現代において、どのような重要性と示唆をもたらすのか?例えば、それは1999年と比較して明らかに強大になりすぎた特定のプラットフォーマーの影響力をどのようにバランスさせるのか、という点で、GDPRのような法による規制以外のアプローチが有効であることを含意するだろう。それについては、またいつか。 -
Posted by ブクログ
通称「アイヒマン実験」の報告にあたる本著。ここで得られた実験報告は人は権威に対して服従する生き物であるという、目を背けたくなるような結果だったということ。厳密にいえば、この実験で行われた手法の正確さについて異論等もあるようだが、いずれにせよ確実なことは、権威という目に見えないパワーの強大さ。そして人間がそれに対して、社会システムの構造上指示に従わざるを得ないところにいるという点は否定しにくいのではないだろうか。
日々、家庭、学校、会社、社会・・・あらゆる生活の場に権威は存在しており、その権威に服従して生きている。こう考えると、自分はさも奴隷かのように感じてしまうが、そうではなくて視点を変えてみれば、相手への信頼にほかならないとも言えなくもない。
ただ、なんというか、協調や空気を読むことを大事と見ないしている日本においては、この実験を行ったらかなりの率で服従する人が多いような気がしてならないし、私自身、服従してしまう側なんだろうな・・・と思いながら読んでいたら、背筋がゾッとした。