上田惇生のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
ネタバレこのドラッカーの著作は2002年に書かれているが全く古くない。
ドラッカーは急激な変化では大きな流れを知りそれを機会としなければならないとしている
①少子高齢化(最も重要な要因)
→アメリカは移民を受け入れている文化があり有利
ヨーロッパでは成功してない
→就業年齢数の拡大により文化と市場が多様化する
②知識社会へ
→知識はより公共のものとなりアクセス可能となる
継続学習が求められより競争社会となる
非競争社会のコミュニティがセーフティネットとなる
テクノロジストの出現(知識は陳腐化するが技能は劣
化しない)
③製造業の転身
→農業保護化の道も工業も辿る事となる可能性がある
→製造業を主体とする企業は流通企業へと転身しなけれ
ばならない
④IT革命後の世界
→eコマースが従来の企業を駆逐しつつある
→これからはITリテラシーより情報リテラシーが求めら
れる
⑤新たな社会コミュニティの創出
→田舎にはコミュニティはあるが強制と束縛があり、都
市は匿名の社会しかない。資本主義社会は経済以外の
事はほったらかしにして来た。企業や政府はコミュニ
ティを作り出す事は出来ない。NPOだけがそれを可能
にするだろう。
-
Posted by ブクログ
わけあって、経営学の大古典「現代の経営」を読むハメに。
変化の早い経営の世界で、1954年に書かれた本を読むのは、あまり気が進まないし、「現代の経営」といえば、「目標管理」を提唱した本。「管理」の好きでない私が、気乗りしないのは、分かっていただけるだろうか。
が、読んでみてびっくり、ここには全く古びれない経営が述べられているのだ。このなかには、ステークホルダー経営もCSR経営もバランス・スコア・カードもあるし、社員のモチベーション向上や計画を実践に移すための社員のプランニングへの参画もある。全く恐るべき本である。ちなみに「目標管理」もそれぞれが自発性をもって取り組むべきもので、いわゆる「管理」ではないのだ。
というわけで、経営学の本を1冊だけ読むとしたら、「現代の経営」という話は嘘ではなかった(翻訳では2冊に分かれているけど)
それでも、評価が最高の星5つではないのは、
・事例等が古くてピンとこない、
・冷戦期に書かれていて、時代背景の文脈を読み取ることが必要、
・記述が哲学的、社会学的すぎて、実務的にはやや分かりにくい、
・「べき論」としては分かるけど、それをどうしたら実現できる、分かりにくい、など
今日の読者にとっての読みやすさという面から。
あと、ドラッカーって、やっぱりウェーバーとかシュンペーターにつながるドイツ人だなと思った。個人的には、英米的な実証主義的な経営学の本を中心に読んでいるので、その辺の読みにくさも1点減点には影響しているかな。
つまり、内容としては、当然の星5つということ。
ちなみに、原題は、the practice of managementで、「現代」という意味はない。経営とは、理論ではなく、実践されるべきものなのだ。 -
Posted by ブクログ
数世紀続いた資本主義が終わりつつあるのではないか、という気分の今日この頃、冷戦終結後、つまり「共産主義」後の93年に書かれたドラッカーの「資本主義」後の社会論を読んでみる。
が、驚くべきことが書いてある訳ではなく、これからの社会では、「資本」ではなく「知識」が中心となる、という、今となっては、常識に属する事かな?
といっても、93年にこれが常識であったかというと、そうではないわけで、ドラッカーの慧眼に改めて感服する、ということなのだろう。
だけど、今読んでも面白いなと思ったポイントは、
・ブローデルの見解などを踏まえつつ、数世紀にわたる資本主義の歴史的なパースペクティブのなかで議論されていること
・資本主義だけでなく、国民国家という政治体制についても、議論がおよび、ポスト国民国家というパースペクティブがあること
・そのなかで、マルクスやケインズ、そしてテイラー(ドラッカーによれば近代を作った人間の一人)などの思想家の位置づけがなされていること
・そして、社会論だけでなく、個人としてのあり方、教養のあり方について論じてあること
などである。
知識社会においては、当然、知識が中心なので、知識人、教養が大切。今日における教養とは、古典に関する知識ではない。専門的知識を除外しての教養とはありえない。なぜなら、社会において価値ある知識とは専門知識だから。
が、専門知識それ自体は、教養ではない。教養とは、自分の専門知識以外の専門知識を理解する能力のことである。
そして、そうした能力なしには、自分の専門知識それ自体もほとんど意味がなくなる。なぜなら、他の分野での新しい知識によって、自分の分野で革命的な変化が起こるということが、今日では、常態であるからだ。
これまた、当たり前のことだが、そのとおりだと思う。 -
Posted by ブクログ
"ドラッカーの3冊目(1946年)。
前2作で、ファシズムの分析から、第2次大戦後の社会における企業の重要性を提案したことに続き、3作目でついに「企業」自体が分析の対象としてでてくる。
GMを内部で観察したことを踏まえつつ、経営学的に組織論を語るみたいな部分もあるけど、全体としては、まだ社会経済学者という立ち位置からの作品かな?あるいは、社会経済学から、マネジメント学(?)に移行する最中、マネジメント学が生まれる瞬間の作品か?
この作品の8年後に「現代の経営」がでて、ここではすっかり完成度の高いマネジメント論になっていることを考えれば、「企業とは何か」の今なにかが生まれようとしている感じは面白い。「傍観者の時代」と最初の3冊を読むことで、ドラッカーのマネジメントがでてきた思想的な背景が分かる。
ドラッカーは、スゴいけど、なんだかあまり好きになれない著者だったのだが、最初の3冊を読むことで、読めてくるものが変ってくる。
GMの事例をもとに、大企業のなかでの事業部制とか、企業内部での分権化を推奨(?)するなかで、分権化することで効率的になる場合とならない場合がある、という説明がある。が、問題は、経済的な効率性ではなくて、どちらがリーダーを多く育てるか、というのが最大のポイントであり、基本、分権化を進めるべきである、という部分に衝撃をうけた!市場経済がいいか、計画経済がいいか、ということを選択するのが、経済的効率性の問題ではなく、思想信念の問題であるように、分権化するかどうかというのも思想の問題である、と。。。
あらためて、ドラッカーの思想の中核は、「全体主義を繰り返さないためには、失業をなくし、人々が人間性をもって働けるようにしなければならない。そして、その役割を担うのは企業であり、その企業を普通の人がしっかりと運営できるようなマネジメントが重要である」ということにあると確認した。
一方、「経済の時代」は終わったというニュアンスが強かった前2作と比べると、経済成長や企業の利益の重要性、というか必要性が強調されてきているニュアンスもあり、戦時から平時に変る中で、現実的に機能するマネジメントを模索している感じもある。この後に続くマネジメントの本に比べると、試行錯誤的な部分もあるが、ここから何かが始まるという「始まり」の本なんだな〜。" -
Posted by ブクログ
ネタバレ何がニューソサエティをもたらすのか。何がニューソサエティを形作るのか。その社会では絆をいかに創造するか。 P. ドラッカーは、それは組織を通して個人の強みを活かした社会貢献であるといい、そのための、教養と生涯学習の重要性を訴える。
20世紀の変化の本質は、知識社会の出現である。そこで働く知識労働者は、その本質からして専門家でなければならない。知識は専門化することによって成果をあげる。しかし、専門化した知識はそれだけでは役に立たない。組織との関わりが不可欠である(組織社会)。そこでは「マネジメント」が中心的な機関となる。その本質は知識を生産的にすることにある。人の強みを生産的なものとし、弱みを意味のないものとしなければならない。ここで重要なことは、組織を通して社会に対して貢献するということだ。社会は「一人ひとりの人間に『位置づけ』と『役割』を与え、そこにある権力が『正統性』をもつとき、はじめて機能する」(p.4)のである。
知識社会では、家族、村、教区などの昔ながらのコミュニティは、ほとんどが消える。そのものの多くは、新しい社会結合体としての組織、NPOの役割が大きくなる。NPOは意義ある市民性の回復の核として、企業、政府に次ぐ、三つ目の社会セクターとなる。そもそも知識労働者は、仕事を超え、組織を超え、さらには自らの専門を超えた意味ある社会生活、人間関係、貢献も必要とする。この社会セクターが、社会サービスとコミュニティという紐帯を提供し、能動的な市民性を回復するという。
専門職に就く学生には「一般教養」が必要である。しかしこの書では一般教養とは何かを明らかにしていない。そこで次の阿部謹也氏の定義が参考になる。「教養とは、自分が社会の中でどのような位置にあり、社会のために何ができるかを知っている状態、あるいはそれを知ろうと努力している状態である」(「『教養』とは何か」講談社)。つまり、個人と社会との関係を考えることが、教養の前提となるのである。
知識社会の大学には、教育と研究に加えて、知識を行動に移し、成果をもたらすという機能(社会貢献)が加わった。現代社会の動力源としての知識は、適用され仕事に使われて初めて意味を持つ。従って大学は、応用分野のニーズを中心として学部の再編成が必要。応用こそ知識の目的であり、それが経済と社会の基盤となり、あらゆる社会的な行動の原理そのものとなるのである。
学校は枢要な社会的機関として、学生、生徒一人ひとりに対し、自信と能力を与え、学習の方法を身につけさせ、組織と共に働く能力を身につけさせ、貢献し成果をあげさせなければならない。同時に、継続学習の能力や意欲も欠かせない。これが知識社会における学校の社会的責務である。 -
Posted by ブクログ
日本の競争力を回復するため、イノベーションの必要性が官民あげて叫ばれている。とくにIoT、AIを活用した業界を破壊するイノベーションが米国を中心に生まれていることから、彼らの手法に学べとデザイン思考、リーンスタートアップなどが大流行である。
このような流行は2010年ごろからだろうか。
だが20年以上前に、あのドラッカーがイノベーションについて記したのが本書である。
イノベーションを体系的に行う手段として次のような内容が説明されている。
・まず人口、経済、技術など7つの機会を分析する
だがイノベーションは理論的な分析であるとともに知覚的な認識であるとして、
・実際に外に出て、見て、問い、聞く
という左脳と右脳の両方を使うことを強調し、実行する際には
・焦点を絞り単純な構造にする
なぜならば新しいことは何が起こるのか分からないので単純でないと修正がきかないからだ。
表現は違うが、本質的には現代で言われていることと同じではないか。
本書はさらに、イノベーションのための組織、評価基準、ベンチャーの扱いなど多岐にわたって鋭い論考が述べられ、既存企業がイノベーションをうまく利用するための指針となる。
新しい本もよいが、この古典から学べることの方が多いと感じる。 -
Posted by ブクログ
ネタバレこのブログを見ている方、特にビジネススクールに通っている方に質問。
「起業が成功するための、一番の要素は何か?」答えは「創業者を含めた、社員の体力」である。
したがって、振替伝票を500枚切っただけで、翌日14時間も睡眠を取った大野なんぞ、ベンチャーなんか絶対に無理である。
サイバーエージェントの藤田社長は創業時、一週間で110時間働くことを自らに課したそうだし、子会社の社長に若手を抜擢する理由として、「不可能な事でも、体力で可能にすることがよくあるからだそうだ。」
楽天のCEO三木谷氏もその点は重々承知で、楽天市場に出店を募る時、頑張っていることを新規開拓先に見せつける為に、予めスーツ姿で筋トレをして、汗だくで商談をしたとのことだ。
私も某大学から「大野~ウチのビジネススクールにも、ビジネスオタクの生徒がいて、ビジネススクールを出たら、起業出来ると思っている奴がいるんだ。一度講釈を垂れてくんないかな~」と非公式のオファーがあった。
私はそれにこう答えて、話は流れた。「本物のビジネスをしたかったら、ガチ難しいTOEFLとGMATを受けて、アメリカ行って寝る暇も惜しんで勉強してこい」と。
ちょっと、前置きが長くなったが稲森さんも起業時から徹夜、徹夜の連続である。
「京セラは京都の会社だから、同じ京都の日本電産みたいなノリちゃうん?」と言われる方もおられるであろうが、トップが仕事に頑張ると部下の士気も挙がるのである。
本書では稲森さんの代名詞である「アメーバ経営」云々については、述べてない。
しかし、'稲森和夫 'の本質が分かる本である。
京セラ創業、第二電電設立、京都商工会議所会頭就任等、余すところなく稲森さんの歴史が幼少時代から語られている。
残念ながら、JAL再生については、少し前の書籍ということで入っていない。
しかし、現役の経営者で実績からいって、五本の指に入るであろう稲森氏の足跡を辿るには、十分な本である。
一読をお薦めします。 -
Posted by ブクログ
著者の上田惇生氏は、ドラッカー自身からもっとも親しい友人、日本での分身と言われる、ドラッカー学会代表。ドラッカーの主要著作の全てを邦訳し、「はじめて読むドラッカー」4部作である「プロフェッショナルの条件(自己実現編)」、「チェンジ・リーダーの条件(マネジメント編)」、「イノベーターの条件(社会編)」、「テクノロジストの条件(技術編)」、「ドラッカー名言集」4部作である「仕事の哲学」、「変革の哲学」、「歴史の哲学」、「経営の哲学」なども編集している。
本書は、著者が「週刊ダイヤモンド」で2003年から始めた連載「経営学の巨人の名言・至言~3分間のドラッカー」の中から160編を編纂し、ドラッカーの生誕100年に当たる2009年に出版したもの。
「13歳のとき、宗教の先生のフリーグラー牧師が、何によって覚えられたいかね、と聞いた。誰も答えられなかった。すると、「今答えられると思って聞いたわけではない。でも50になっても答えられなければ、人生を無駄に過ごしたことになるよ」と言った」(『非営利組織の経営』より)
「私は、成果をあげる人のタイプなどというものは存在しないことに、かなり前に気づいた。私が知っている成果をあげる人は、気質と能力、行動と方法、性格と知識と関心など、あらゆることにおいて千差万別だった。共通点は、なすべきことをなす能力だけだった」(『経営者』の条件』より)
「最高のキャリアは、自らの強み、仕事の仕方、価値観を知り、機会をつかむよう用意をした者だけが手にする。なぜならば、自らの得るべき所を知ることによって、普通の人が卓越した仕事を行うようになるからである」(『明日を支配するもの』より)
「マネジメントには二つの仕事がある。第一に、部分の和よりも大きな全体、すなわち投入した資源の総和よりも大きなものを生み出す総体を創造することである。第二に、自らのあらゆる決定と行動において、すぐに必要とされるものと遠い将来に必要とされるものとをバランスさせることである」(『マネジメント』より)
「戦略的な意思決定では、範囲、複雑さ、重要さがどうであっても、初めから答えを得ようとしてはならない。重要なことは、正しい答えを見つけることではない。正しい問いを見つけることである」(『現代の経営』より)
「明日というものは、無名の人たちによって今日つくられる」(『マネジメント・フロンティア』より) 等
マネジメントの巨人の膨大な思想のエッセンスを知ることができる。
(2010年2月了) -
Posted by ブクログ
いかなるミッションが有効でいかなるミッションが無効化。そしてミッションは何か。ミッションの価値は文章の美しさではなく、正しい行動をもたらすことにある。
なすべきもののうちうまくいっているものをさらにうまく行う。
大学が都市問題の解決に取り組んだ。(無能ぶりを晒しただけ、大学の価値観は政治的な問題に不向きだった、政治力学を理解できなかった)
病院が保健教育に取り組んだ。予防は不得意だった。得意なのは発症した病気を処置することだけだった。
1機会・ニーズを知るべき
2自らの手にする人的資源、資金、そしてなにより能力によって世の中をかえ、自らの基準となり得るものは何かを考えなくてはならない。自らの基準となり得るためには優れた仕事を行うことができなければならない。成果に新たな次元を持ち込むことができなくてはならない。
3何を大事に思うかを考えなくてはならない。つまりミッションは非人格たり得ない。私はコミットメントなしにうまくいった例を知らない。
問うべきは3点
1「機会は何か」「ニーズはなにか」
2「我々向きの機会はなにか」「我々ならば良い仕事ができるか」「我々は卓越しているか」「我々の強みにあっているか」
3「心底価値を感じているか」
万事がうまくいかなくなるきっかけは失敗した時ではなく、成功している時の慢心。
変化は脅威でなくチャンス。
大学や大学院の多くは、高学歴者の継続教育が贅沢でも単なる収入源でもPRでもないことを知っている。継続教育は今日の知識社会の中では中核的機能である。それらの大学や大学院はすでに医師、技術者、経営者を学生として迎え入れるべく教授陣を整備している。(これがイノベーションの道具になる)
新しいことをする部署は独立した部門として組織されなければならない。日常の問題解決に優先されないように。しかし無縁にしてはならない。(相互作用を維持する)
イノベーションを成功させるには戦略が必要。新しいものを世に生かすための戦略。それは機会を体現する人を見つけること(ロールモデル?)理解力があり、新しいものを歓迎し、意欲があり、地位も影響力もある人物が絡むことが必要。するとだれもそこには何かがあると思う。
重要なこと、新しいものにはそれに惚れ込んだ人間のコミットが必要だ。本気の人はパートタイムではやってくれない。
リーダーは独裁者ではない。強力なリーダーは規範となるべき人。組織内の人たち、特に若い人たちが真似するに値する人を選ぶ。(この人の真似をさせたい、と子供に対して思えるような人をリーダにすべき。そしてそういう人が成功する場所に居るべき)
非営利組織は一つのステークホルダーを満足させるだけでよい、という贅沢はゆるされない。上場企業は株主の満足が優先。しかしNPOには関係者が多く存在する(とくに政治、公共)
NPOのリーダーたるもの、なみの仕事ぶりで満足するわけにはいかない。大義にコミットしているからして並外れた仕事ぶりを要求される。組織の役割について大きなビジョンをもち自らではなく、自らの役割について考えることができなければならない。自らを重視するリーダーは自らを殺し、組織を殺す。
リーダーとなったら一年で成果を上げなくてはならない。組織のミッションと価値観に沿った役割(3こ)をはたさなければならない。
1役割がリーダー自身と適合しなければならない。喜劇俳優がハムレットを演じることはできない。
2なされるべき課題と適合しなければならない
3寄せられる期待と適合しなければならない
リーダーが使うことができるもの(組織内の人材、彼らにかす要求)
何を要求すべきかは分析、知覚あるいはその双方によって知ることができる。
仕事の重要性にくらべれば、自分など取るに足りないことを認識する必要。(客観性、分離感)自らを仕事の下に置かなくてはならない。仕事はリーダー自身よりも重要であって、リーダーとは別個のもの。自分がいなくなったとにも組織が崩れないようにまでするのが仕事。
チャーチルの強みはどこまでも後進の政治家を育て、後押ししたこと。人の強みに脅かされることのない真のリーダー。これに対し、ローズヴェルトは自立の兆しを見せるものは全て切り捨てた。成果に焦点を当てること。
リーダーの仕事。個別の問題と全体の問題、短期的問題と長期的な問題など二つのバランスをとること。
全体に気をとられすぎると、助けを待つ孤独な若者という個の人間としての存在を忘れてしまう。
難しいのは集中と多様化のバランス。最大の成果は集中することによってのみ得られる。ただそこにはリスクが伴う。間違ったことに集中したままでいるリスクがある。あるいは大事なことを忘れるリスク。想像力の発揮に必要な遊びの部分を失うリスクがある。あらゆる仕事が陳腐化する。したがって多様な視点を確保しておかなければいけない。
さらに重要なバランス(難しい)は慎重さと迅速さのバランス。すなわちタイミング。分別と中庸が必要。早とちりなら3ヶ月と思っているものを5ヶ月、のんびりなら「いそげ」?
リーダーがしてはいけないこと
1人の意見を聞かない
決定する前には人に相談。成果を上げるため、自分をわかってもらうためには時間を使わなくてはならない。
2組織内の個性を恐れること
汎用な者にかしづかれるより、自分を押しのけようとする有能な者に取り囲まれる方がリスクは小さい
後継者を一人で選んではならない。自分のコピーを選ばない。
3手柄を独り占めすること、部下を悪く言うこと
ー人口構造の変化を先取り(少子高齢、人口減少による移民流入)
ー人の可能性を引き出す(人がすでに持っているものを引き出す、目標達成と同時に人を育てる組織であれ)可能性と現実を結びつける
そこで働くメリットがあるような組織であれ(機会の提供、とくに自己実現)
多くを要求すると仕事の質も人間力も向上する
大事なことは失敗しても第2、第3のチャンスを与えること、そして多くを要求する場合には先生役を用意すること(恩師)
人を育てている人を見つけて認める、褒める。
リーダーの評価軸はカリスマ性ではない。変化にどう対応できるか、もめ事にどう対応できるか、関係者のニーズにどう応えられるか、そして継承。
われわれは繰り返しミッションを見直していく必要が有る。人口構造が変化したが故に、あるいは成果を上げなくなったものを廃棄しなければならない。さらには目標を達成したが故にミッションそのものを見直していく必要が有る。
典型例:義務教育のあり方
目標を達成したが故に何を期待すべきかを再考しなければいけない。今日も止められているのは10人中9人がいけなかった頃のものとはちがう。
ミッションの見直しにあたっては、外の世界からスタートすることが決定的に重要。組織内からスタートして資源の投資先を考えていたのでは、資源の浪費にしかならない。機会、つまりニーズを知るには外を見なければならない。
ミッションは長期目標からスタートしなければならない。
ジョン・ダン「永遠なるものへは、明日への一歩からスタートしてはならない。それは一歩の積み重ねではない」長期目標をたてて、逆に辿って「今何をすべきか」を考えるべき。短期行動は長期の目標につながるか、寄り道につながるか、目的を見失っていないかを考えなければならない。
リーダーは私人ではなく、何かを代表する存在。
非営利組織のマーケティングは構想段階から組み込んでおくべき。非営利組織は目に見えないものを提供する。
(結果というのは「いじめ」や「不登校」の減少かな、成果の定義が重要そう。)
寄付金集めに追われていては存在意義が危うくなる。
成果の定義(セグメント毎に成果の定義は分けた方がいいかも。
例えば学校で言えば不登校、いじめの数値化、精神科系の病院の通院頻度、入院患者数、会社で言えば成果がどれほど上がるかというところか)
NPOはひとを変えるためのチェンジエージェント。
その成果はひとの変化、すなわち行動、環境、ビジョン、健康、希望、そして能力と可能性の変化となって現れる。
ーひとが自己実現できるような組織、もしくはチェンジメーカーとして受け手の自己実現を手助け
ーそしてなにより評価軸をセグメント毎にいかに設定するか。である
大義は「自分の問題をなるべく自分の力で解決できるような力をつけさせるような教育」いわば自立、そして情報編集力。を日本全体に広める。
組織が腐っている時、自分が所を得ていない時、あるいは成果が認められない時にはやめることが正しい道。出世は大した問題ではない。重要なことは公正であり、公平であること。さもなければ、やがて自らを二流の存在としてみる。
学ぶべきことがなくなると、人間の大きさが一挙に小さくなる。
日常化した毎日が心地よくなった時こそ、違った行動を行うよう自らを駆り立てる必要がある。「燃え尽きた」は大抵飽きただけ。
仕事から学び続けるには、自分の期待に成果をフィードバックさせなければならない。重要な活動は何かを知らなくてはいけない。
知識、勤労、にもかかわらず成果をあげるひととそうでないひとの差。才能ではない。
「習慣的姿勢と基礎的な方法」を身につけているかどうか。
成果を上げるために
1行うべきことをきめる
優先すべきこと、集中すべきことをきめる。そして自分の強みを知ること。
上司を真似ることではなく、自らが持っているものを知り、それを使って成果を上げること。
強み?理論型かな。
自らの成長につながる最も効果的な方法は自らの予期せぬ成功を見つけ、その予期せぬ成功を追求すること。
(一般理論の構築、地道な情報収集、哲学的思考能力かな。あとは相互作用の感度が高いとこ。販売をするとよく売れるのはそこかも。それから自分を消す技術=客観的視点。リフレキシビリティ。
女性や知識人は非営利の方が向いてるかも。 -
Posted by ブクログ
はじめて読むドラッカーシリーズの社会編であるが、初めて読んだ時は理解が及ばず、書評が書けなかった。その後、ドラッカー本をあれこれと読んできたので、改めて今回、読み直してみた。
以前と比べるとかなり理解できるようになったが、それでもPart3の「模索する政治」は難しい。しかし、現代社会を理解するうえで最も重要なのは、この章ではないかと思う。特に第1章では理性主義のリベラリズムに対して次のように述べている。「理論については過激、行動は遅疑逡巡、反対するときは強硬、権力を握れば無力、机上に置いては正しく、政治的には無能である」…。まるでどこかの政党のことを言っているようだ。
歴史は繰り返すという。複雑な現代社会を理解するためにもドラッカーのように空間的にも、時間的にも広い視座をもつ人の言説は参考になる。まだ理解が不十分な点が多いので、折を見て読み返してみたい。 -
Posted by ブクログ
ドラッカーの少し古い2002年くらいの一冊。まだIT革命がのちにどうなるかって状況の中で予言のように書かれた部分もあるので、今読むとその先の未来と照らし合わせながら読むことができておもしろかったです。これだけ世の中を俯瞰して自分は捉えることができているかなと振り返ってみると、やっぱ視野の狭さは否めないな。。森が見えてないなと思わされました。ミクロとマクロ、両方の視点をしっかり読みやすく書いてくれていて、いつもドラッカーがどうやって情報を整理していたのか気になりました。中身はまだ道半ばのことが多いけど、ある程度は予測の範疇かなと。トレンドを認識しながら、自分の進む道も考えていきたいなと思います。