池田真紀子のレビュー一覧

  • コフィン・ダンサー 下

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    全作より面白かった!映画を見ているように場面がありありと浮かぶような描写。ストーリーも面白い。いっきに読んでしまった。

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    2023年01月25日
  • デジタル・ミニマリスト 本当に大切なことに集中する

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    この本が言いたいこと

    •むやみやたらと,ともすれば無自覚に新しいテクノロジー(主にSNS)を利用してはいけない.
    •なぜならそれらは人間が進化の過程で習得してきた能力のごく一部しか使用しないような「質の低い余暇活動」であり,真に価値のある過ごし方とは,「実体との関わり」を伴ったときにしか得られないからである.
    •「実体との関わり」とはすなわち,
    - 人間同士のコミュニケーションにおいては,同じ時間・空間を共有したFace-to-faceでの会話であり,
    - 趣味おいては,上記に加えて,リアルなモノと向き合う活動である.
    •「質の低い余暇活動」が必要なのであれば,それを予め1日のプランに組み込んだ上で,本当に大切なこと(=実体との関わり)と向き合う時間を過ごす方が,人生は充実していく.

    Review

    「この本が言いたいこと」で「はいはい,もうそういうのうんざり」とか「そんなこと今更改まって言われても」と感じたとしても,この本は個人の姿勢を咎めたいわけでも説教を垂れたいわけでもない.これを「追いやられた状況」と捉え,時代の強く大きな流れに対して,それに動じず大木のように構える生き方こそ人間らしいと説く,現代の哲学である.ただ,内容が内容なので,おそらく少なくとも普段から漠然とした問題意識がなければ,この本で語られていることを受け入れることは難しいと思う(自己選択バイアス).
    著者は「アテンション・エコノミー」を脅威として捉え,その脅威に対抗するために,①脅威の正体と,②征服されてはいけない理由と,③征服されないための生き方を述べている.③については,おそらくより一般的には「ミニマリスト」や「ミニマリズム」として知られた考え方の拡張であって,①と②は,日頃の生活に侵入してきた漠然とした違和感を説明している.

    アテンション・エコノミーという言葉を,私は知らなかった.初見では,アテンション・プリーズとかエコノミー・クラスとかいう言葉を連想して,なんとなく飛行機に関係するのかなあ,搭乗するのかなあ,なんて思ったわけではなく,この言葉は「注意経済」のルビとして登場した.(搭乗と登場をかけています.為念)
    アテンション・エコノミーとは,この本の定義によれば以下である.

    > 消費者の注意を集め,それを使いやすい形に包装し直したものを,広告業者に販売して金銭的利益を得ている企業

    GoogleやFacebookがわかりやすくコレだが,このビジネスモデル自体は新しいものではなく,1833年に1ペニー新聞というので始まったものだそうだ,新聞はカネの流れの中でも「媒体」となり,購読者にもWinを,広告業者にもWinをもたらした.
    GoogleやFacebookが提供するサービスに当てはめれば,多くの人がここでの「購読者」ということになる.私たちが検索した情報を,Googleがその他多数の企業に売る.多対1から1対多へ.そして,上述の定義における「使いやすい形に包装し直したもの」にも品質があるわけで,ではより高品質な私たちの情報とは何かといえば,そのパラメータの一つは「ビッグ・データ(圧倒的母数)」であろう.

    私たちの時間=彼らの$

    > テクノロジーは中立ではない.ユーザーに長時間使わせることを目的としている.

    そりゃあそうだ,という感じだが,これは元Google社員の言葉である.元,ということだから辞めたのだろうが,その背景とこの言葉の関連はわからない.だが要するに「新しいテクノロジーを使うとき,あなたたちは**不利**ですよ」ということだ.私たち個人がアテンション・エコノミーと戦っている,なんて大袈裟であるが,彼らは最先端の技術を結集し,全力で私たちの時間を奪いに来ている.その良し悪しは問題ではなく,そういうビジネスモデルの上にいると「認識する」ことが重要なのだ.
    最初は誰もが自覚的に使っていたはずだ.自覚的にその便利さを受け入れ,不可欠になってきたツールもあるだろう.しかし,その便利さに魅入られているうちに,無自覚に,つまりそのツールの使い方までもを,アテンション・エコノミーに明け渡していないだろうか,という懸念である.本当に価値を認めている活動が,デバイスによってくじかれてはいないだろうか,という懸念である.

    > スマホをチェックするのは”さあ,当たりは出るかな”と期待してスロットマシンのレバーを引くようなもの

    Facebook,Twitter,instagramやニュースアプリなど,常習的に使用してしまうアプリケーションはどれも2つの要素を基に設計されている.それは間歇強化と承認欲求である.
    ①間歇強化:予期しない報酬システム.じぶんの投稿へのフィードバックや,ニュースアプリを巡回しているときに見つけた面白そうな見出しのこと
    ②承認欲求:言わずもがな,社会的な承認という,”小粒ながら中毒性の高い黄金”

    UI/UXを突き詰めたとき,結果としてそこに行き着くことは全く不思議ではないし,必然である気がする.ユーザーにとって価値がある情報の精度を高めるために,とにかくデータを集めるために,まずは利用してもらう時間を増やそうとする.それがユーザーにとって無自覚的な利用状態であっても.私たちのデフォルト・モード・ネットワークに適合して支配するテクノロジーであったとしても.


    SNSのメリットは何か?と訊かれたら,何と答えるだろう,パッと思いつく私の答えは,

    •やむを得ず離れてしまった友人たちの近況を知ることができる
    •会話だけでは非効率な情報交換を,非同期にできる
    •「いいね」の送り合いで,気持ちが豊かになる

    となる.しかし,そんなメリットの総和は,無自覚的な利用という大きな損失な対して「割に合わない」のだと,なかなか手厳しく,言われたくなかったところを突いてくる.

    > ものの値段とは,短期的,長期的に見て,それを手に入れるのに費やさなくてはならない,私が生活と呼ぶものの量である

    これは「森で暮らしてみた」というようなことを書いたらしい本(※説明が雑なのは読んでいないからでそれ以上の意味はありません)[『ウォールデン』で著者のソローが悟った,「ソローの新経済論」と呼ばれるものだ.これに照らし合わせれば,私が列挙したようなメリットをその利用時間で割ると,そんなにありがたがるものですか?ということだ.そのメリットはずっと低いコストで手に入るか,そもそもなくても困らないものじゃないですか?と.そしてさらにまくし立てるように,次のロジックをぶつけてくる.

    収穫逓減の法則:あるプロセスに投入するリソースを増やしても,生産量は無限に増えるわけではない

    つまり,新しいテクノロジーを利用すればするほどもたらされる利益が増えるなんていうことはなく,頭打ちになっているにも関わらず,時間というリソースを費やしていないか?ということだ.ここまでくると,はいその通りです,ごめんなさいと謝るしかなくなる.無駄に動物の動画を観たり,私とは無関係な人の少し主張の強いツイートとそのやり取りをなんとなく見たりしてすみませんでした.
    と謝っていると,次は,それはあなたのせいではないよ,と言ってくれる.「そういう風に設計されている」と.ただそれを認めることも,恐怖を感じる.

    •新しいテクノロジーは目新しく楽しい存在のため,具体的にどれだけメリットがあるか気づきにくい
    •漠然とした姿勢で使ってもらえるように設計されている
    - Facebookの紹介文:コミュニティづくりを応援し,人と人がより身近になる世界を実現する

    2つ目はFacebookがユーザー数を拡げた結果,抽象的な表現にせざるを得なかっただけなのでは,とやや擁護してしまう気持ちが湧くが,もうFacebookのせいにしてしおう,Twitterのせいにしてしまおう.お前たちのせいでやるべきことができないではないか!

    自由になるために

    > シリコンヴァレーの投資家から最新のサービスを差し出されるたびに反射的に新規登録するのは自由とはかけ離れたものである

    そんな真似しませんよ,なんて思うが,おそらく私のiPhone内のアプリと隣人のiPhone内アプリと比べたら,同じアプリがインストールされている気がする,それは追いやられた結果かもしれない.ここでタイトルである「デジタル・ミニマリズム」がやっと登場する.

    デジタル・ミニマリズム

    > 自分が重きを置いていることがらにプラスになるか否かを基準に厳選した一握りのツールの最適化を図り,オンラインで費やす時間をそれだけに集中して,ほかのものを惜しまずに手放すようなテクノロジー利用の哲学

    具体的なステップは本書を読んでもらうこととして,重要なのはまずインストールされた数あるスマホのアプリの中から本当に必要なものだけを残した上で,さらに残したアプリも使用方法に制約を作る,ということだ.コツはこれを一気にやる.ということで,ほぼ無意識的に開いてしまうinstagramとtwitterを中心にアンインストールをした.たが,まったく見なくなるのも不安だったので,週末だけPCから見ることにした.結果としては,

    •instagramは私にとってまったく必要ないことがわかった
    •facebookも同じ
    •twitterはフォローする人を厳選して,毎日見る必要はない.
    •ニュースアプリはクリップするだけ.週末にまとめて読む.

    という感じになったはずだったが,twitterはChromeアプリでスマホからログインした結果,トップに表示されるようになってしまい,失敗.ニュースはまとめて見ませんでした.
    敗因を分析すると,これらをやめて何をするか,という明確な目的がなかった.当たり前だが,やってみるだけでは不十分だった.ということで,この時間で筋トレと読んだ本のアウトプットをしようと決意した(今ココ).

    広帯域コミュニケーション

    ここまで触れてこなかったが,著者がSNS上のやり取りを「価値が低い」と評しているのは,主に”いいね”の押し合いであり,この1bitのやり取りでコミュニケーションをとった気になってはいけないと言っている.人間が進化の過程で備えてきたコミュニケーション能力とは,五感をフル活用して多くの情報を同時並行して処理するもので,それこそが人間関係を豊かにする,というものだ.Twitterのありがたみを実感してきた私としては,「すでに一定レベル築かれた人間関係においては」という条件付きで同意できる.新しい繋がりを生みやすいという点で,SNSは価値があるものだと思う.(その辺は小島秀夫監督作品「Death Stranding」でも語られているところなので,全クリしたときにでも,このゲームの素晴らしさを書きたいと思う.)
    著者が勧めている「広帯域コミュニケーション」の一つにボードゲームがある.
    > ボードゲームは,デジタル世界と離れた独特の社交空間を作る

    たしかに,ボードゲームとゲームの楽しさは異なる.個人的には,オンラインでゲームをするよりも,ボードゲームをした方が楽しいと感じる.オンラインも,ただ一緒にやるよりも,ビデオチャットをしながらの方が楽しい.CPUを相手にするより,他のPLAYERを相手にする方が楽しい.つまり,リアルな要素が多いほどゲームは楽しい.それがより多くの感覚を使用する,ということでもたらされているのであれば,これまでの主張は正しいと思うし,ゲームやSNSなどのツールはあくまで補助的な存在であるということを忘れてはいけない気にさせてくれる.

    本当に大切なこと,を見つけること

    この本が示している「本当に大切なこと」は,一般論としては定義できないというのが私個人の考えで,たとえ低帯域なコミュニケーションであっても,その力が大きく感じることがある.それは良くも悪くも,伝送される情報量がわずかであっても,いくらでも「解釈する」ことができるからだと思う.だから,質が低いと定義されたコミュニケーション自体にあまり問題意識はない.せめて言うなら,必要なときがある程度だろう,という認識だ.
    一方で,本来自分が価値を認めていることが脅かされている状態は,断固として望ましくない.これは本書に書かれているとおりである.スマホが登場する前からそのような状態はあったから,全ての責任を新しいテクノロジーのせいにはできないとは思うが,極論を言ってしまえば「本当に大切なこと」があれば,脅かされる心配はないだろうということだ.これは非常に難しい.本当に大切なことを見つけるのが難しいから,「なんとなく手近で大切そうに見えること」を優先してしまうような気がする.
    この本で書かれたデジタル・ミニマリズムを押し進めながら,もう少し「本当に大切なこと」が何かを見つけてみようと思う.

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    2022年12月07日
  • ロードサイド・クロス 下

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    仮想世界と現実世界が混乱すると怖い
    めっちゃドキドキした
    そして気持ちよくやられました
    ジェフリー・ディーバーすごいな

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    2022年12月05日
  • スリーピング・ドール 下

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    キャサリン・ダンス 第1弾
    脱獄から始まった逃亡劇だけではなかった
    面白かった!
    その人目線で描写していたのも良かった

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    2022年11月29日
  • ファイナル・ツイスト

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    コルター・ショウが登場する3部作の最後。これまでいろいろ謎だったところに解決がもたらされます。今回は、兄のラッセルも参加し、非常に勢いのあるアクション・スパイミステリー仕立てで引き込まれました。全ての登場人物が怪しく、全ての場面も怪しい。ふんだんな仕掛けに脱帽です。実に映画化向きなのでは。

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    2022年11月21日
  • 真夜中の密室

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    久しぶりのリンカーン・ライムシリーズ。

    ウォッチメイカーを彷彿とさせる、解錠師ロックスミスとは何者なのか。
    さらに、ライムにしては珍しい事態や、政治絡みの駆け引きに巻き込まれたり、陰謀論者が動画サイトに現れ、世間を騒がせたり。

    今回もてんこ盛りの事件、事件、事件。
    そして、何重にも張り巡らされた伏線や仕掛けやどんでん返し。
    何度もどんでん返しで驚かされてきたのに、まだ返されるのか、という(笑)。

    あと、読者をひやひやさせる描写が上手いのよ。今更だけど。
    訳者あとがきによれば、すでに本国では新作の予定もあるようで、本当に長く楽しませてもらっているなと。

    膨大な数だけれど、1作目の『ボーン・コレクター』から読み直したい気持ち(毎回新作読む度に思う)。

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    2022年11月20日
  • ブラック・スクリーム 下

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    アーチャーは出てこなかった
    舞台はイタリア
    イタリア名に馴染むまでややかかった
    素敵なキャラクターが出てきた
    レインマンを思い出した
    間違いなく面白い

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    2022年11月19日
  • ファイト・クラブ〔新版〕

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    この本。最初から最後まで面白かったかと言えば、そうではなくて、どちらかといえば、後半から急速に面白くなってきたという具合でした。

    そのため、おそらく読む人を選ぶ作品であるだろうし、駄作と見られても仕方がない表現も一部あり、それらのデメリットを乗り越えた名作、という表現がこの作品について書ける、ネタバレなしの書評かな、と思います。


    実はこの作品、出会ったきっかけはMr.Childrenの『ファイトクラブ』という曲から始まり、実際にその映画があったことから映画を見て、原作を読んだ、という経緯を踏んでいます。

    大まかなあらすじと結末は、映画で既に知っているので、だからこそ、改めて読み切ることができたかもしれません。


    主人公の「ぼく」と、「ジョン・タイラー」。
    制度の中に生きる自分と、自由に生きる「タイラー」。
    タイトルである、「ファイトクラブ」はどのようにしてできて、そしてどのような結末を迎えるのか。


    世紀末の退廃感、主人公の不安を、ぐるぐる感じながら、刺激的な表現にちょっとクラっとしてしまいました。

    後半で明かされる、びっくり仰天な事実から加速する物語の面白さをぜひ。

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    2022年11月19日
  • 真夜中の密室

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    ネタバレ

    リンカーン・ライムシリーズの第十五作。

    いかにも犯人らしい登場人物が犯人で無いのが、
    ライムシリーズのお約束なのはよくわかっているので、
    驚きはするが動揺はしない。
    だが、
    アメリアやライムが危険な目に遭いそうになるのもお約束だというのに、
    毎回ハラハラしてしまう。
    自分が学習能力が無いのか、著者が凄腕なのか。

    ロックスミスと名乗る天才的な解錠師が、
    夜中に女性の部屋に侵入し、出て行く。
    物質的肉体的被害はないが、
    精神的な恐怖は底知れない。

    おりしも、ライムが政争に巻き込まれた結果、
    NY市警との契約を破棄されただけでなく、
    ライムに情報を流したり捜査を依頼した者には厳罰に処されることになるとは、
    今までにない展開で驚いた。

    当然、二転三転、予想外のストーリー展開なのだが、
    捜査に関わってはいけないにもかかわらず事件現場にいたライムの窮地を
    「オスカーもの」の演技で救った警視監が「悪者」だとは思わなかった。
    いいシーンだと思ってたのに。

    フェイクニュースに惑わされる人々は、
    アメリカの現実を反映しているのだろうが、
    ジェフリー・ディーヴァーの腕をもってしても、
    現実感がない、というか、
    そんな集団が存在していることが信じられない。
    いや、理解したくないだけなのかもしれない。

    罪を犯した元警官を仲間に引き入れるぐらいだったら、
    ブラスキーを出世させてあげても良かったのでは。
    今回も非常な危険な目にあってるし、
    ライムの教科書を隅から隅まで読んで、
    最新刊の第8版を発売前に送るとライムに言わせるぐらいなのに。

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    2022年11月10日
  • ブラック・スクリーム 下

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    安心のおもしろさ。イタリアを舞台に2人が活躍します。長く読んできたものにとっては、感慨深いものがありますね。2人のこれからの活躍に期待ですね。

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    2022年11月06日
  • スキン・コレクター 下

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    面白かった!
    どんどん引き込まれて最後まで!
    ボーンコレクターとウォッチメーカーを再読したくなった
    でもハードカバーが重たいな

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    2022年11月01日
  • 死亡告示 トラブル・イン・マインドII

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    短編集全6編。どれも捻りが効いていて面白い、さすがディーバー安心して読める。特に中編サイズの「永遠」はシリーズ化して欲しい欲しいくらいである。

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    2022年10月28日
  • 死亡告示 トラブル・イン・マインドII

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     短編集『フルスロットル』に続く『トラブル・イン・マインド』二分冊の後編。前編が、リンカーン・ライムの他、キャサリン・ダンス、ジョン・ペラムなど懐かしの主人公たちが活躍するのに比して、こちらは独立作品がほとんど。標題の『死亡告示』のみがリンカーン・ライムものだが、本書中では最も短いショートショートに限りなく近い短編。でもライムのアームチェアが表紙を飾っている。不思議だが出版社の意図が感じられ、それもまた理解できる。

     最初の一篇『プロット』は、スリラー作家の死を巡る短めの一篇だが、こちらと『死亡告示』は兄弟のような作品に見える。それと書く側の内なる深淵を覗き込んだら、えっ? となるようなひねりプロット。皮肉な真相には喜劇の一面も見える。

     次の『カウンセラー』は、オカルト&サイコ風味の語り口で始まる、とても奇妙でスーパーナチュラルな作品。こうした変化球も言わば広義でのディーヴァー節と言えるだろう。聞いたこともないような、全く奇妙なストーリーなのである。

     『兵器』はディーヴァーらしい大上段に構えた仕掛けとタイムリミット型サスペンスがブレンドした玩具のような作品である。それにしても結末がディーヴァーらしく後味が良い。

     『和解』は、父と子がどのように和解できるのか、はたまた距離が置かれたままの人生で終わるのかを、描くヒューマンなドラマ? さあ、そんなストレートに終わらないのが、ディーヴァーのおもちゃ箱的仕掛け。騙される快感は、本当にどこにでも潜んでいるのだから。

     『死亡告示』は、ディーヴァー死す、との死亡告知がタイトルになった実に小さく、かつ興味深い掌編。

     さて最後の一作『永遠』だが、これが凄い。本書の半分を占める230ページとなれば短編と言えるだろうか? ぼくの感覚では、限りなく長編に近い中編小説である。そして、長編小説なみにキャラが立っているので、是非、いつかシリーズ化して頂きなくなるような魅力的かつ個性的主人公なのである。

     その主人公とは数学の天才。何事も数学に置き換えて解き明かすその徹底ぶりが面白い。別に数学が苦手で嫌いなぼくのような読者でも楽しめたのだから、この主人公は是非再登場して頂きたい。その相棒刑事もなかなかいいやつでバディものとしても行けるし、犯罪者の側も、『カウンセラー』にも似たオカルト的サイコたちなので、この双方のツイストぶりが何とも傑作の匂い芬々といった空気なのである。

     短編集の掉尾を飾るこのラスト作品『永遠』を読むためだけでも本書の一読をお勧めしたい。ディーヴァーは、どこまでもディーヴァーなのであった。

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    2022年10月13日
  • 死亡告示 トラブル・イン・マインドII

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    最初の方のいくつかの短編はディーヴァーらしくないプロットや、フィリップ・K・ディックのような不思議な世界観の話。あれ?どうしたのかなと思って読みすすめた最後の「永遠」は、これぞディーバーの本領発揮といえる作品でした。短編ではなく中編のボリューム。
    主人公と仲間のキャラも出来上がっているし、どんでん返しがこれでもかと続く。リンカーン・ライム、コルター・ショウに続く新しいシリーズのお試し版として読者の反応を確かめるために発表したのではないかと思うほどの作品です。

    前半の短編があれ?だったことについて、訳者あとがきを読んで理解できました。
    「短編集1巻「フルスロットル」の著者まえがきにあるように、書き手がいつものジャンルから離れてみたいと考えたとき(中略)一編や二編よそのカテゴリーにお邪魔しても苦情は来ない」
    ディーバーだってたまに違う趣向の話を書いてみたいですよね。でも、読者が納得できるように最後にこれぞディーバーって作品を用意して満足させる。さすがです。

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    2022年10月07日
  • ファイナル・ツイスト

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    「こうなるといいな」っていうストーリーだった!
    「こうなるといいな」っていう結末だった!

    やっぱり凄いなディーヴァーは
    こんなタイプの物語も書けちゃうんだよ

    流浪の名探偵コルター・ショウは父を死に追いやった陰謀を最強で最高のバディと共に追う
    それは父の死の直後に姿を消した兄ラッセル・ショウだった!

    前二作を読んでショウの苦悩を共にしたので、この二人がみせる阿吽の呼吸がもう嬉しすぎてたまらないのよ!もう、上手いなー!
    前二作がいろいろな意味でちゃんと繋がってる
    全てがこの結末をむかえるために必要なことだったんだって思える

    しかも、このスピード感
    次から次へと「出来事」が「場所」が「人」が降ってくる(お、なんかいい表現じゃない?)

    そして物語の核になる秘密がよく考えられてて、ほんとにありそう!って思えました
    この辺も疎かにしないのもやっぱりさすがのディーヴァー

    ファーストシーズン三部作が終了
    というこはセカンドシーズンがあるってことですよね
    これからもショウのいやいやショウ一家の活躍が楽しみ!

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    2022年09月26日
  • ファイト・クラブ〔新版〕

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    私の人生はどこに向かっても、この本はバイブルとしたい。

    ファイトクラブの映画のレビューで「かっけえ、これは男の映画だ」というレビューが割と多く、とても残念に思っていた。映像にするとタイラーが格好良すぎて、過激なシーンの本質がお洒落さに変わってしまうんだなあと、メッセージ性があるストーリーなだけに、残念に感じていた。でもそれは監督であるデヴィット・フィンチャーの力量が、あまりにも凄まじいが故の事象だとも思う。

    小説だとカルピスの原液くらい濃く、何を言いたいかが切実に鋭利に伝わってきて良い。

    原作者のチャック・パラニュークが何を思って書いたのか、詩的な文や直接的な皮肉が混じった言葉で、独特の世界観を通して視えるのが面白い。

    この小説を読んだから、私はなにかしら人生を変えようとは思わないけど、自己崩壊を投影させて、現実の自分を見直すのにはいいのかなって思う。

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    2022年08月21日
  • ファイナル・ツイスト

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    ネタバレ

    追跡者コルター・ショウの第三弾。

    あまり細かいことは気にせず読む(読み飛ばす)タイプなので、
    全く気が付いていなかったが、
    ゲーム業界の事件とカルト集団への潜入が、
    それぞれ2週間前、1週間前のできごとだった。
    いくら「一つのところにとどまっていられない」コルターとしても、
    動きすぎというか、働きすぎ。

    今回は、長年、行方不明になっていた兄ラッセルが、
    コルターの絶体絶命の状況に現われ、
    タッグを組み父の残した秘密を探すことに。

    その秘密は、とある法律の裁定書だったが、
    正直、その法律の衝撃があまり理解できなかった。
    それは、アメリカに比べて日本が厳密な「法治国家」ではない、
    ということなのかもしれない。

    そんな国家的事件の合間に、
    行方不明の少女の捜索も進めていたし、
    前作で出会った女性、
    ヴィクトリアがコルターの母のところにとどまっているのもあって、
    あっという間の1冊だった。
    面白かった。

    その裁定書の重要性を説明してくれた法律の専門家が、
    「燃やしてしまえばいい」と言っていたのに対して、
    (それじゃあ、問題解決にならんだろう)と突っ込んでいたら、
    さすがジェフリー・ディーヴァー、
    上手に、しかも面白く解決していた。

    これでコルターの第一期が終了したらしい、
    早く次が読みたい。

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    2022年07月30日
  • ファイナル・ツイスト

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     コルター・ショー・シリーズ三部作の、いよいよ待ちに待った大団円。このシリーズの特徴は、何と言っても常に動き回り続け、父譲りのサバイバルのテクニックを駆使して悪と対決するという主人公の個性である。

     ディーヴァー作品の代表格、アームチェア・ディテクティヴの主人公リンカーン・ライムとは、まさに真逆である。それでいながらライムもコルター・ショーも、極端なまでの個性で娯楽小説の王道をゆくように事件に向き合ってゆくというキャラクター造形で、読者をとことん楽しませてくれる。

     三部作の一・二作目は、それぞれに独立した物語でありながら、コルター・ショーの父や兄のことは伏せられ、ぼかされ、ほのめかされていた。父を殺したのは兄ではないかという、もうひとつの大括弧でのミステリを暗示しつつ、コルターと言う主人公の仕事である失踪人探しを二つの事件の追跡により、二つの作品として書き綴ってきたわけだ。

     そして何よりも三作目にして一端大団円を迎えるのがいよいよの本書。やはり三作とも甲乙つけ難い面白さであるとは言え、この作品は別格の面白さだった。それはそう。ここまでの作品でさんざん暗示されて気を持たされていたコルターの家族に関わる真の敵の姿を、そして父の死の真相を本作では明らかにしてゆくのだから。

     何よりも兄ラッセルが満を持して登場するのはエポックである。コルターとは違う性格というところが面白いし、今回はダブルヒーローでの巨大悪との闘いとなる。

     ミステリーの核となる部分は、百年前の危険な文書をめぐるお宝探しの面白さである。そこに巨大悪の手先が次々と仕掛けてくる攻撃、というスリリングなアクション部分が相まって、ライム・シリーズよりも相当に迫力のあるファイティングやカーチェイスシーンなどが目立つ。

     舞台がカリフォルニアというのもの、ニューヨークのライムに慣らされたディーヴァー読者にとり新鮮である。こちらのショー・シリーズは前作が人里離れた山中でのカルト教団潜入の物語だったが、今回は海に面した都市部に展開する情報戦。このシリーズは、とりわけ舞台となる土地が毎回変わるところも有難い。初期シリーズのロケハンター、ジョン・ペラム・シリーズがそうであったように。一つ所にじっとしていられない主人公、コルター・ショー様々である。

     このシリーズがきっかけとなって、ぼくのディーヴァー過去作品読み返し活動がなぜか復活中。ツイストの連続にいよいよ飽きてきた頃を見計らって、ディーヴァーの方が劇的に作風に変化をつけてきた上、かくもラディカルなヒーローを作り出して勝負してくるのである。その作風転換にやられました。ディーヴァーの繰り出すマジカルな手法には、今後とも遠慮なくあやかり続けたいと思う。

     なお、三部作が終わって本シリーズは次のフェイズに入るとのこと。ディーヴァーとコルター・ショーは今度はどこにぼくらを誘ってくれるのだろうか。

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    2022年07月23日
  • 超没入 メールやチャットに邪魔されない、働き方の正解

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    本書は、メールに押しつぶされそうになっている仕事から、抜け出そうするヒントを提供してくれる本です。ですが、あくまでもヒントです。

    本書を貫くキーワードは、「大事なことに集中する」です。

    結論は、「常時接続に取り憑かれた現代の文化とうまくつきあいながらよりよい仕事をする方法がどこかにあるはずだという期待を抱いているのなら、いまこそその目をしっかりと開く時だ。」です。

    気になったことは以下です。

    メールはまとめて処理し、通知はオフにし、件名はもっとわかりやすくすべし。
    受信箱が未処理メールであふれかえって手に負えなくなっているなら、組織全体の行動様式を改善し、メールの返信にかかる時間を短縮するなどの手当てが必要である。

    「大事なことに集中する」こと、知識産業が集中力を過小評価している。その集中力の欠如は、価値ある成果を生み出す能力に想像以上の打撃を与えている。

    人間の脳は情報を並列処理しない ネットワークの切り替えは思考のスピードを低下させる 人は1つのタスクから別のタスクに注意を切り替えるたびに、認知リソースのすべてを切り替えると脳に命令をだしている

    彼が職務に優れた力を発揮したのは、重要な問題に集中する能力を備えていたおかげだった。

    4つの原則
    ①注意資本の原則:知識産業の生産性は、情報に継続的な価値を与え加えるワークフローを確立することにより、大幅な向上を望める
    ②工程の原則:洗練された生産工程のナレッジワークへの導入、業績を大幅に向上させるとともに、ストレスを軽減する。
    ③プロトコルの原則:職場で業務の調整をいつどのように行うかを最適化するルールの設計は、短期的には労力を要するが、長期的にははるかに生産的な業務という成果をえる
    ④専門化の原則:ナレッジワークでは、取り組む仕事の量を減らし、一つ一つの仕事の質を上げて結果に責任を負うことが、生産性を大幅に向上させるための土台となりうる。

    新しいワークフローはシングルタスクを促す。区切りのいいところまで片づけたら次を始めるようになる

    ドラッカーのいう「知識労働者を直接あるいは細かく監督することができない。知識労働者は自らをマネジメントしなければならない」は、業務の遂行と、仕事のワークフローの2つにタスクを分けることで改善はできる。業務の遂行は管理はできないが、仕事のワークフローについては、管理し改善を促すことができる

    業務アプローチを改善するためには、①タスク途中でコンテキストの切り替えを最小限にし、②コミュニケーションの過負荷を最小限にするようなワークフローを構築することだ

    ナレッジワークのリーダが抜本的な改革を実行に移すのは、人間の頭脳がもつ可能性をいっそう引き出すためでなくてはならない。

    効果的な生産工程には次のような共通の特徴がある。
     1 作業ごとの担当者と進捗を容易に確認できる
     2 散発的なコミュニケーションが最小限でも作業が進む
     3 工程の進行に合わせて担当者を更新する際の手続きがあらかじめきめられている
    つまり、優れた生産工程はいま何がどうなっているのかを最大限明確にすると同時に、そのタスクの完了に必要になる散発的なコミュニケーションを最小にする

    自動化に向いていそうな工程が見つかったら次のようなガイドラインに沿って進めると移行が容易となる
     1 分割 ⇒ 2 合図 ⇒ 3 受け渡しルート

    メールはつねに短くするというのは簡単なルールであるが、その効果は計り知れない

    コンピュータの登場は労働量を減少させるどころか、かえって仕事を増やした

    苦手は作業はアウトソーシングする
    責任と主体性のバランス 受け身で簡単で頭を使わなくてもできる仕事を捨て、主体的で、困難で、明確な目標があるクリエティブな仕事を選ぶことで、責任を負う

    メールを使わない職場のメリット ①人間と仕事をしている感じがする ②同僚との結束が強まる

    目次は、以下です。

    はじめに 注意散漫な集合精神
    第1部 メールの何がいけないのか
      1 メールは生産性を低下させる
      2 メールは人を不幸にする
      3 メールは意思を持つ
    第2部 メールのない世界へ 4つの原則
      4 注意資本の原則
      5 工程(プロセス)の原則
      6 プロトコルの原則
      7 専門化の原則
    21世紀の月探査ロケット打ち上げ
    あとがき

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    2022年07月13日
  • スキン・コレクター 上

    Posted by ブクログ

    これも前読んだな。単行本で。
    タトゥーでアレする話。パムちゃんかわいそう。
    推しはトム、クーパー、ボー・ハウマンです。あとフレッド・デルレイ!!

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    2022年07月10日