落合陽一のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
内容は面白いし、納得できる部分も多い。
AIによる仕事の代替は当然やって来るものとして考えるべきだが、それはチャンスや救いと捉えるべきものであって、危機を感じたり悲観的になったりするのは、元々の自分のポジションを代替可能な社会の部品と考えているからであって、好きなことに没頭して何かを成し遂げるためにAIを使いこなす側の人間になるべきだという。奴隷なしで誰もがローマ帝国の市民のような生活ができる時代がくるということで、それはAIが手を持つようになるといよいよ実現するという。
ただ、堀江氏と落合氏が常に主張している内容が多く、真新しい内容はなかった。経済の話しは特に論理的に破綻しており、同感できなかったので、星は一つ減らして4つ。 -
Posted by ブクログ
デジタルネイチャーをはじめとして最近の他の著作が既読であったため、真新しい発見や驚きは少な目。
ただし個人的には、現在自分の望ましい働き方にシフトチェンジしていく方法と方向を模索中であったため、参考になる部分がいくつもあり、本書が発刊から4年が経ってしまっていたにもかかわらず良いタイミングで読めたと思う。
「集合知に取り込まれるとシステムに負けるため、そうならぬように暗黙知を積み重ね専門性を持つこと。」
自分はバランス重視のスタンスでこれまで来てしまっていて尖った強みや特技がない。その点についてはもはや諦念の境地だが、自分が趣味においても仕事においても社会の中で埋没してしまっているのはまさにこの専門性がないことにの影響であることは疑いようがない。
今後のより劇的な社会変化を考えると、専門性・変態性を思うままに掘り進めていく必要があることを強く理解した。
また「オリジナル以外の「もどき」もシステムに負けてしまう。よってオリジナルになること。」という教えもそれと繋がる学びだった。
オリジナルであっても発信した情報は即座に集合知の一部となるし、即座に模倣される。したがって継続的に研究し、常にその先へ進み続ける必要がある。
この進み続ける行為が暗黙知を拡大再生産し、自分ならではの文脈の中でオリジナリティへと発酵していく。これが魔法をかける側に立つための必要条件となる。
ニッチではなかったとしても、全体や平均とは違う自分なりの興味関心、固執する物事を今一度見つめ直して、そこを徹底的に研究するための時間を生み出していこう。 -
Posted by ブクログ
落合陽一氏をはじめ、他の著名で学識の高い人たちがChatGPTについて論じている一冊だが、落合陽一氏が圧倒的に先を行っていて他を周回遅れに引き離しているというか、他の御仁達と次元が違い過ぎて面喰った。
落合氏の研究・活用実績の充実度、現在進行形のアプローチの深度、そして大局的見地からの抽象度の高さが群を抜いていてインパクトが非常に強いだけに、2章以降が補足や前置きのような形になってしまっている。ただ僕は率直にそれぞれの意見に興味深い点や参考になる点があったので、総合的に見ても面白い本だった。
微分可能オントロジーとしてのポテンシャルを活用したり、共感覚が如くマルチモーダリティを活用したアウトプットを生み出そうとすると、ChatGPT単体として使うのでは足りなくて、LangChainやLlamaIndexやプラグインを活用したり、組み合わせたり、エンベディングのチューニングなどが必要となるため専門家でないとまだ厳しい。
とはいえ日々新しいサービスが生まれているため、自分なりの目的を持って新しいサービスを常に探し続ければ自分の生活を飛躍させるような出会いがきっと見つかるだろう。
「論文を書いているうちに新しい論文が生まれる」ほどのスピードなのだから、もはや全体像を把握できなくなっている。個人的にこれはもう充分シンギュラリティと呼んでいいと思う。
本書のタイトルに立ち戻ると、「ChatGPTは神か悪魔か」というものだが、本書で皆さんがいうようにChatGPTは使う人によって神にも悪魔にもなる、というのが結論だ。
見る人、活用する意思、自分で考える力の有無。こういったものによってChatGPTが素晴らしい相棒や先生になることもあれば、それを使う者に振り回されて職を追われたり恐怖を抱いたり支配されてしまう人からは悪魔と見える。
二極化が進むのはかなり確度が高く思われる。
少なくとも「何が起きているか分からない」では遅いし、文句すらいえない。使ったことがない人、知らない人は、少なくともこれ一冊くらいは読んでおく方が、実用面でも心理面でも有益だろう。 -
Posted by ブクログ
「未来なんてどうせ分からないし、予想しても当たらないことが多い。だから、自分の夢中になれることを見つけて、とにかく没頭して生きよう。」ホリエモンらしい意見が述べられていました。
確かに未来予測を聞いても凡人には理解し難い。どの仕事が残りやすいかなどは考えても仕方ないように思えました。
これからは以下のように人生を歩むことが最適かもです。
・仕事になりそうな趣味を3つほど見つけて、日々アウトプット。
・思考停止せず、意思決定する癖をつける。「今日の晩御飯はこれを食べよう!」みたいな軽いことからで問題なし。
・機械や人と差別化を図るために、ブルーオーシャン戦略を取る。
・大衆に呑まれて何となくみんなと同じ生活をして過ごすのもあり。 -
Posted by ブクログ
土岩さんが貸してくれたやつ
4時間くらいで読める
落合陽一はマジで何言ってるのか分からなかった。
山口周は毎度面白い
職業って、271種類くらいなんだな。
ここ50年で亡くなった職業はエレベーターガールだけ。
無意味な命題について「正しいか正しくないか」議論するのは時間の無駄
月野探査船に人間を載せるべきではないに対し、
「人間は非線形処理のできる最も安価なジェネラティブ・コンピューターシステムであり、その重量は70kg程度と非常に軽い」と返した
ジェネラティブ=生成力のある
つまり、「情報処理システムとして非常に軽くてしかも安い」
今の優秀な人って→ようは「正解を出すのが得意な人」
量販店で売られるとなれば高くても50万円。
偏差値の高い人を雇おうとすると500万円。
1日に8時間で週5
AIは365日24時間
40:168でしかもコストは1/10つまり生産性は40倍。
逆にAIが苦手なのは「フレーム問題」
いま、この状況で、この企業にしか通用しない という側面を持つような問題
人間が得意なヤツ。
中央値が好きな日本人。
中央値<>外れ値
日本軍、欧州で一般的な戦略論の模範的な意図である。
でもこれではマズい。
「相手が予想もしない、驚くべき、想定と全く異なるような発想でいて、大局的に見た時に合理性がある」戦略を取ることが望ましい
日本人にとってはつらい時代に突入することになるのかもしれない。
日本人は中央値が好きで、中央値で戦うことに安心するところがあるからです。
chatgptの登場によって、「中央値の戦略」がコモディティ化する。サウスウェストが実践したような「外れ値の戦略」が競争優位を生み出す。
思考の粘り強さと精神的タフネスが求められる。
「戦略には意外性が必要。意外性の無い戦略は先着とは言わない。」「他者から見て大胆と思えるような行動こそ未来を切り開く」
「あたしにはその勇気が~とか胆力が~」などと弱音を吐く人が少なくないが、
「勇気の話」「胆力の話」に逃げるような話じゃない。
胆力があるように見える人は、考え抜いた結果としてこうすれば必ずうまくいくはずだという信念をもち行動している。実際には彼らなりの勝算があって動いている。
そこでリベラルアーツなぜならリベラルアーツとはまさに「思考を束縛するものからの自由=リベラルになるための技術=アート」だからです。
人間に残された最後の仕事は「飾ること」byウィリアムモリス
極論、もり1すいわく「生きることは飾ることだ」
生産性と言う意味ではCHATGPTの活用は不可避
事業部の経営にどう活用していくか
情報のサイロ化
企業の情報をデータベース化を急ぐべき
原理的にはどんな企業でもデータドリブン経営が可能となった。それを活用できる企業は業績をどんどんn上げていく一方で、変化に対応できない企業の末路は悲惨なことになりかねない。
現在、生成AIの利用法はもっぱら文章作成の効率化に重点が置かれているが、生成AIの持つ可能性はそれよりずっと大きい。
API連携を行って独自の仕組みを作れば用途は大きく非ウロがるはずである。
APIの利用契約を結び、自治体向けビジネスCHATサービスを導入して職員が利用できるようにした。
CHATGPTをより広い範囲で活用するには、「自社のデータベースとGPT-4をWPI接続する」
AIブームによって、文系的な仕事としては
AIソリューションプランナーのような仕事が有望視される
開発者と企業の橋渡しをするような役割を担う人材です。
こういうアイディアは現場の仕事が分からなければ出てきません。こうした現場の声をまとめてアイデア西、開発者に提案していくAIソリューションプランナーのような仕事は重要になっていくはずです。
※人減らしのできないAIに価値はありません。
また、今のところAIには意思のようなものがありません。
chatgptは手前の分に、確率的にありそうな続きの文字を繋げているだけでり、真の意味での知性は持っていない
横須賀市のchatgpt活用の取り組みがアツい、らしい。
(世界を驚かせた行政らしからぬスピード感)
誰も高齢者を消費者としてみていない。金持ってるのに。
最後の二人厳しいwww
池田清彦、おもしろいな。
他人に迷惑をかけない限り何をやってもよいと説く生物学者の池田清彦さん(72)は、最も過激なリバタリアン(完全自由主義者)を自任する。
道徳の押しつけを嫌い個人の自由を尊重するリバタリアニズムに傾斜
「なぜ虫を採るのか」とよく聞かれます。「物事にはすべて意味がある」という考え方をする人が多くて困ります。意味を考えるのはホモサピエンスがかかる最も重い病気です。無意味な存在を許せなくなり、排除したくなることもあるからやっかいです。誰の役に立たなくても、人にはしたいことをひたすらする自由があります。
同調圧力から外れた少数派をたたく空気が強まっています。多数派の立場から「自粛しないヤツはけしからん」と同調を強要することに喜びを感じる「自粛警察」は、震災後の空気によく似ています。多数派に身を置いて「絆を大切に」とか誰も反対できない正義を声高に言う人は信用できないんです。
「相手のことを理解しましょう」というのも反対しにくい言葉ですが、これは、理解できなければ排除しても構わないという考え方と紙一重です。理解できなくても人それぞれでいいではないですか。ルールを守りさえすればうまくいくというコンプライアンス至上主義は、基本的に生物学とは相いれません。
ルールやマニュアルがないことにどう向き合い、同値会書していくか、それが人間の大きな価値だよね。
読んでてワクワクしてきた。
outlookに眠る大量の文章・メール・添付資料は
データになるよなぁ。それを全部学習させちゃいたいよな。