氷室冴子のレビュー一覧
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女だから、女性として、というような属性の押しつけは、男からだけではなく、女同士でも行われる。妻として。会社員として。部下として。上司として。人は、歳を重ねるにしたがって、他者からの押しつけだけでなく自らすすんで属性を増やし、会話の内容もその属性に沿ったもの中心になっていってしまう。それを大人になることだと思い、そのような会話を疎む人を、あなたは相変わらずね、と見下げようとする。著者の視線は、友人知人のまとう属性ではなく中身に向けられている。彼ら彼女らが、属性にまつわる話ばかり語ることに悲しみを感じている。思わず私自身のこれまでを省みてしまった。
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ネタバレ※7~8巻までの感想をまとめてこちらに。
瑠璃VS.帥の宮の続き。
帥の宮に殺されかけたものの、煌姫の勘の良さに救われ一命をとりとめた瑠璃姫。
しかし瑠璃姫にはつらい状況だよね…1年前、吉野君に命を狙われた時と状況ダブるから。
でもただでは起きない瑠璃姫。体力回復の合間にも、着々と帥の宮を追い詰めていく…。
そしてついに対峙の時!
いやー、扇落とすまで驚いてくれちゃってまぁ~気分いいわ!笑
けれども、帥の宮が東宮位簒奪を目論んでいたと知れば哀しむ人が多すぎる/世の中への影響が大きすぎる~と考えた瑠璃姫は、帥の宮の出家および都からの出奔を条件に、すべてを忘れると交渉を持ちかける。
帥の宮は約束したものの、「ひそかに愛してきた姫に別れを告げるために、時間が欲しい」と申し出て…
…って、ぇえ!?ってなるよねぇ。愛してきた姫て誰だよ!?って思うよねぇ。
でも次巻出るの1月?長いよーー!ヽ(;´Д`ヽ)(ノ;´Д`)ノ -
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ネタバレ※1~3巻までの感想をまとめてこちらに。
人妻編に突入!…絵が全ッ然ちがう衝撃w
まぁそれはさておき。
様々な苦難を乗り越え、晴れて夫婦となった瑠璃姫と高彬。
だけど新婚早々、煌姫が三条邸に居候することになったことで雲行きが怪しく…。
吉野で傷心から立ち直るきっかけをくれた峰男=守弥ということが分かったまでは良かったものの、その守弥が煌姫と組んで高彬と瑠璃姫の仲を裂こうと画策していたことまでバレてしまうし。
おまけに煌姫の策略で瑠璃の浮気を疑った高彬が三条邸に乗り込んできたりと、相変わらずのドタバタ劇。
さて。互いの利害のために帥の宮捕獲作戦でタッグを組むことになった、瑠璃・小萩・煌姫・守弥。
その先に何が待っているのか…!? -
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電話代がかかり過ぎて、これなら東京に住んだ方が安い!と、東京にやってきた筆者の抱腹絶倒エピソード集。
携帯が出てくる前の「イエ電」黄金時代。一人暮らし始めたて、自由に電話ができるようになった頃を思い出します。
30数年ぶりに復刊。
ダイヤル回し過ぎで指が痛い。
とか、もはや何だかわからない概念ですね。
速く回したい時とか、ダイヤルに圧かけて、確かに指が痛くなったりしたよね。
ハンズフリーで話せる、ヘッドセットタイプの通話機も出たばかり。レシーバー型受話器の登場なんかもまだまだ新鮮な頃だった。コードレスですら新鮮だったし。
旧文庫版の解説は夢枕獏が担当。こちらは同時代作家としての視点から。
新文庫版の解説は青山美智子が担当。中学生時代に氷室冴子にファンレターを出したら、直筆で返信があったそうで、解説がそのお便りへのアンサーとなっている。ちょっと泣ける。
こうやっていろいろ受け継がれていくわけですねえ。 -
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なんだか「女である」ということに疲れていた、そんな時に出会った一冊。
20代の頃は結婚しなきゃと焦りを感じていた。
そして結婚して5年経つ今、私は出産に対して焦りを感じている。
周りからの「子どもはまだ?」という言葉にひっそりと傷つき、プレッシャーを感じ、勝手に後ろめたさと劣等感を感じている。
子どもはほしい。でもその私自身の気持ちの他に、他者からの重圧から逃れたい、という気持ちがあることがはっきり否定できない。それが悲しい。
周りも私自身も、「この年頃の女はかくあるべき」という過去の価値観の呪いから脱し切れていないのだ。
こんなこともあった。
職場でわたしはある役員の書いた原稿の校正作業をした。特に命じられたわけではないが、私がやらなければ誰もやらず、そのまま世間に出版されてしまう。原稿を書いた役員の意図を損なわないよう、連絡を取りながら、通常業務の合間を縫ってやった。役員の方はその仕事を評価してとても感謝してくれた。
でもその後、私の直属の上司と私とで2人で話していた時に言われたことが忘れられない。
「あの人は女性に優しいからな。女性は得だね」
あの言葉にどんな意味が込められていたのかはわからない。もしかしたら嫉妬があったのかもしれない(ちなみにその役員の方は性別の差で態度を変えるよな人ではなかった)。
あの上司の言葉は、私のした仕事や私個人の存在を否定し、この本の言葉を借りるなら、逃れようのない私の〝女(性別)〟の部分だけを切り取って、かつ女性というものを見下したニュアンスを含ませて放たれた言葉だった。
奇しくも、そんな33歳(このエッセイを書いていた氷室さんと同じ歳)の今、エッセイを読み、私は幾分か救われた想いがした。著者は私が普段違和感を感じる〝女〟を取り巻く状況を冷静に言語化し、不条理なものを断じてくれていたから。
この本がリアルタイムで出版されてから数十年が経ち、女性(に限らず性別に関する意識や固定概念)を取り巻く環境は少しずつ変わっていると思う。
(特に若い世代は。上の世代はまだまだ変わっていない部分がたくさんあると思う。)
女性(に限らずすべての人)が、押し付けられるジェンダー観に傷ついたり違和感を感じることなく、〝いっぱしの女〟と意気込まず〝いっぱしの大人〟と言えるような、そんな世の中になってほしいし、私自身も変えていきたいな。