Posted by ブクログ
2010年06月19日
“「右近少将、高彬さまに申し上げます。三条の内大臣のお邸、すべて焼失いたしました。三条の内大臣さま、御子息の融さま、御子女の瑠璃姫さまの行方は、まだわかっておりません。ただお一人、北の方さまは御無事ですが、煙で目を痛められた由」
「他には」
「不信な点が二、三あります。どうも放火らしいと専らの噂。そ...続きを読むして、唯一焼け残った門柱に、呪詛状と覚しき札が打ちつけられていたとか」
あたしは息をのんだ。
呪詛状って、なによ。なんで、うちが呪詛されるのよ!
「何と書いてあった」
「焼け残ったところだけで、よくはわからぬながら――」
使いの者の声が、一瞬、怯んだ。
「『瑠璃姫 怨』と読めると……」
その瞬間、ゆっくりとあたしの意識が遠のいていった。
「少将さま、ただちに右大臣邸に戻られて、参内の御用意を!宮中より、急ぎ参内するようにとの御内意がありました。一刻も早く」
薄れていく意識の向こうで、使いの者の声、高彬の鋭い声、真剣な顔、二の姫のすすり泣きがこちゃごちゃになって、やがて静かに、何もわからなくなった……。”
吉野君、意外と出番が早かった。
今回はちょっと涙目。
“あたしは不安に襲われて、叫んだ。
「吉野君、約束して。吉野まで、必ず生き延びるって!」
「来てくださってありがとう、瑠璃姫。あなたはいつも、思ったことは必ずやり通す人だった。逃げてみます、逃げられるところまで。あなたも無事に、ここを抜けてください」
吉野君はそう言うやいなや、渾身の力をこめて馬の脇腹をこぶしで突いた。
馬は狂ったようにいななき、走り出した。
「吉野君!吉野で会うのよ。生きていて。きっと生き延びて!」
叫びながら振り返ると、萩の袿は煙の中、あたしを見届けるように動かなかった。
「ばかーっ、見送ってる場合じゃないでしょ。逃げるのよーっ。早くっっ」
あとはもう、煙が喉にからみついて、叫ぶこともできなかった。”