土屋政雄のレビュー一覧
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明かすのも恥ずかしいが、途中まで実話だと思って読んでた。実在した画家と記者の話かと。もちろん、そうではないんだけど。
まあ、それぐらいリアリティのある、描写豊かで人間臭さのある文章だということで、自分を慰めておこう。
モームの本は初めて。
主人公の記者は傍から見ればかなりのひねくれ者。実際、人はこれぐらい当たり前にひねくれ者だけど。対象の画家は、これまたビックリするほどの変わり者。いや、本当は羨ましい。こんなに自分に正直な人がいるのか?と疑ってしまう程に。
日本では特に他人様に迷惑をかけないように言い聞かされて育つことが多いように感じるが、実際のところ何が迷惑なのかは分からない。自分だったら不快に感じること、その程度の基準でしかないだろう。でもそれって、不快なだけで物理的に迷惑かどうかは別問題なんだよね。
妻を奪い取ることは迷惑なのか?迷惑とはちょっと違う気もする。そう思うと、案外ことの画家は誰にも迷惑かけてないような気もしてくる。さて、どうなんだろう。 -
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ネタバレ語り手に一番共感した。若い人の感性はわからないしきっと素晴らしい物があるんだろうけど、きっと自分はそれが評価されなくなっても古い物にこだわり続けてる。それに絵のセンスも自分と全く一緒……。その辺通して、勝手にモームとお話出来たら絶対楽しいんだろうなあって想像してた!!
ストルーブとその妻の話が一番面白かった。どうして妻がストリックランドを好いたのか最初全然わかんなかったし、むしろストルーブみたいな人と私も結婚出来たらなあって思ってたけれど、妊娠していた話を聞いて印象が一変。でもストルーブみたいな可哀想なくらい滑稽な人、確かにこういう人どこかに居るよね……ってなる、本当に描くの上手い。ストリックランド夫人とかも。モームはふっと浮かぶ印象とか感覚を本当に上手に言葉に表すなあって思う。あと言葉も皮肉も入っているけれど、とっても美しい表現や的確でハッとさせられる言葉を使う。
私の勝手だし時代背景とかも絶対に解説者ほど詳しくないけれど、この本の巻末の解説には全然共感できなかった。未開の地にアメリカ製のストーブがあるのは悪意のある社会風刺的な皮肉じゃなくて、もっと純粋な悪意のないただの情景描写してたら案外面白い物があったからって雰囲気の皮肉?って印象を持った。私は言葉すっごく下手だし、モームに親近感湧きすぎてるのか神聖視しすぎかもしれないけれど……。 -
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ちびちびと古代・中世編を読み進めています。
この巻では、枕草子、源氏物語他、物語文学から説話集まで豪華な内容となっております。
「光源氏は恋愛の天才であり、どの女性にも完璧な対応をしている。もし一夫一妻制が厳格に守られている社会に住んでいたらーーあるいは、紫上を理想的な妻と思い定め、他の女性に見向きもしなかったらーー世界はそれだけ貧しくなっていたはずである」
なんかね、この言い回し。批判を浴びるかもしれませんが、好きです。
「『宇津保物語』で語られる宮廷生活の様子は、ある意味で『源氏物語』よりリアルである。宴席では、貴族たちが酔って騒ぐし、名前を聞くだけで食欲を無くしそうな料理を食べる(『源氏物語』では、誰も食べるというような下品なことをしない)」
なるほど。飯テロ小説もびっくり。
ご飯を食べる所を見られるのが苦手な私は、平安貴族だったのかもしれない。冗談です。
血生臭い争いが描かれることはなく、とにかく見目の麗しさと芸術的センスが備わっていることが、ある種の主人公像でありながら。
けれども、心は満たされず、いつも隣に儚さを潜ませている。
平安物語文学に見られる美しさとは何なのでしょうか……。 -
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ドイツの音楽家マックスリヒターが、ウルフ原作のバレエ音楽の作曲をしていて、この作品を知った。
世界的に有名な女流作家といえば他にブロンテ姉妹やオースティン、パールバックなどがいるけれど、ウルフの作品からは最も純度が高く痛々しいほどの女を感じる。
ブロンテ姉妹やオースティンの作品は、物語として筋が通っていて、長いながらも読者が型を見失わない作りになっている気がした。
ダロウェイ夫人の場合、一つ一つの動作や空気感の描写が優れているがゆえに全体像が見えにくい。
扱っている時間的な流れは小さいのに、絶えず繰り広げられる感情のスペクタクル。
まさに、有機的で予測がつかない女性の繊細な心を表していると思う。
面白い話なんて起承転結の型が分かってればある程度書けそう(それなりの才能があれば)だけど、このようにありのまま心情の波をなぞったような美しい作品は稀有だと思う。 -
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極めて明確に、簡潔に、美しく、イギリスの地で創作を開始した日本人の血を持つ作家が、半生を語った。ノーベル文学賞受賞記念講演。
始まりの2冊は日本を舞台にした英語の文学だった。次は、きわめてイギリス的な話なのに、世界的な世界観を描いた。らしい。
私はカズオ・イシグロの小説は読むまいとしてきた。人生は短く、読まなければならない本ははるかに多い。読み始めたならば、一冊だけで済むとは思えなかった。ただ、この小さな講演記録文章によって、世界基準とも言えるかもしれない文学を見渡す地図を貰った気がした。「遠い山なみの光」と「日の名残り」と「わたしを離さないで」を読んでもいいかもしれないと思い始めている。
最後に一つの呼びかけをー僭越ながらノーベル賞受賞者からの呼びかけをーお許しください。この世界の全体を正すことは困難です。ならば、せめて本を読み、書き、出版し、推薦し、批判し、授賞しつづけられるよう、私たちの住むこの「文学」という小さな一角だけでも、維持発展させていきましょう。不確かな未来に私たちが何か意味ある役割を果たしていくつもりならー今日と明日の作家から、それぞれのベストを引き出そうと願うならー私たちはもっと多様にならなければなりません。(95p)
「この世界」をどう見るのか、なぜ「全体を正すことは困難」なのか、「多様」とは何なのか、は此処に簡潔に語られている。
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「意識の流れ」という手法を使った作品を読むのは初めてだったが、なかなか好感を持った。他の作品とは違った種類のいわく言い難い感動や恍惚感があったように思う。
《クラリッサは、わたしを連れていって、と衝動的に思った。だが、次の瞬間、全五幕の芝居を見終わったような気分に変わった。とても感動的で興奮する芝居だった。自分もその中で一生を過ごした気分。ピーターと駆け落ちし、一緒に暮らした。でもその芝居も終わった。》P87
こことか凄い感動してしまった。刹那的な想像のほとばしりとその満足感。そしてその満足感が人の生きるエネルギー(行動するエネルギー)を生み出している事実。それをこんなにも鮮烈に捉えるとは。この一文を読むまで、無意識にうごめく日常的な空想が、人の生命活動とこんなにも密接に関わっているだなんて、意識したことがなかった。一挙に認識が降りてきた感じ。凄い衝撃を受けてしまった。「意識の流れ」の手法の面目躍如という気がする。なんというか全体的に、読んでいると時間感覚が外部から体内(意識内?)に戻ってくる感じがして、身を委ねたくなる。 -
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丁寧な文を書く人だし、丁寧に話す人だ。こんなジェントルマンな風情の作者も若い頃はたくさん迷いがあったんだなあと。若者は意外と社会のムードとか流行とか空気とかにとらわれすぎていて、真に追い詰められないと自分の本当にやりたいことや欲していることが見えないことがある。この方にとってのそれは、自分の記憶の中の日本をそれが消えてしまう前に書き残すことであり、それが道しるべとなって作家の道を歩き出した。でも作家デビュー後も常に新しい表現対象や方法を思索しチャレンジする姿勢にはこの方の人生に対する真摯な態度が見て取れます。とてもしなやかでしっかりした人だなあという印象を持ちました。
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ガスオ・イシグロのノーベル文学賞受賞記念講演を書籍化したもの。英語と日本語の対訳式なのは嬉しいが、99ページしかない本(つまり日本語はその半分)で1404円はさすがに高い。元を取るため英語でも読み直そうかな。
ただし中身は短いながらも充実したもの。彼を日本人作家のように扱う風潮は批判されて当然だが、同時に彼の文学の根幹をなすものが「記憶の中の日本」というファクターであることが、本作を読むとよく分かる。創作に関わる面では、タイトルにもなっているハワード・ホークスの映画『特急二十世紀の夜』にからめ、「登場人物」にも増して「登場人物同士の関係性」が面白くないと、物語は面白くならないことに気づくくだりが特に印象的。