土屋政雄のレビュー一覧
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表紙と、そして『音楽と夕暮れをめぐる五つの物語』という副題から簡単に想像できる通り、この作品集には、人生の黄昏時の雰囲気漂う男女の別れを描いた短編が、五編収められている。
思えば夕暮れは、最もロマンチックな瞬間ではないだろうか。
一日で限られた特別な時間帯にだけ、目に映る独特の斜光。それは人によってはただの黄色い光線にしか映らないかもしれない。
だがよくよく考えてみると、その光線とそっくりそのままの夕陽が、将来再び僕らの下を訪れることは決してないのである。
そのような夕暮れ時に、同様にかけがえのない相手であったに違いない男女が、お互いに最後の別れを交わすのだ。
この作品集は、このような悲哀を求めている人に向いていると言えそうだ。
小説のイメージを示すのに、世俗的な表現として『喪失と再生の物語』というものがある。ここではただ『喪失』にのみ焦点が当てられていると言えるだろう。
しかしその雰囲気は決して暗くない。始終、どこかユーモラスというか喜劇的な空気が、そこかしこに漂っているのだ。
それゆえに読者は明るさと、何かしらの爽やかささえも持って、この短編集を閉じることもできるのではないだろうか。
才能はあるものの、あまりに感情的な男性を語り部に置き、時にヒロインや、その他の登場人物と感情をぶつけ合いながら、破局に進んでゆくという、退廃的ながらも情熱的な短編が多い。
短編集全体を包み込む喜劇的な雰囲気が、語り部たちのこの傾向にあることは、おそらく間違いないだろう。
彼らは他者の心理を読むことに長けているものの、「この人はこう思っているに違いない」と思い込んで、それで暴走してしまったりするのである。この傾向はとくに二編目、三編目、四編目の主人公に強い。
ここまでくると少し情緒不安定とも言えそうで、彼らの私生活がどこか案じられるのであるが、イシグロの世界の中では、彼らも彼らなりにうまく生きることができているようである。
僕の推測だが、彼ら語り手たちには、おそらく過去のイシグロの自己投影が多分に含まれているのだろう。
その意味でこの短編集は、イシグロ自身のサクセス・ストーリーを、僕らが垣間見るヒントになるかもしれない。
そして、このような特性が一読者である僕自身にも多少あるがゆえに、僕もこの本に安心して心を委ねることができた。
やはりイシグロは居心地のよい作家である。
これより以降、話の具体的なネタバレが少し入るので、今後読みたい方は気をつけてほしい。
個人的には五編目の『チェリスト』が好みだった。この作品だけ語り部と主人公が別人物である。
そして主人公ティボールは、心中に熱情を秘めている点では変わりないものの、それまでの主人公とは明らかに趣きを異にしている。
ティボールは、あたかもそれまでの激動的な主人公たちの領域を乗り超えて、ある種の悟りを開いたかのようだ。つまり非常に心穏やかなのである。
彼の内に秘められた熱情は、ただの感情の奔走としてではなく、柔らかく優しい形で表現されていく。
ロンドンの王立音楽院(日本でいえば東京藝術大学のようなところだろう)で英才教育を受け、アドリア海沿岸で粛々とチェロを弾く彼は、物語が進んで、一人のアメリカ人女性に魅力される。
このプロのチェリストを名乗る女性はきわめてミステリアスかつチャーミングだ。
彼女はティボールの演奏に数多くの有用な指摘をし、指導をしてくれるのだが、彼は次第に彼女を疑いはじめる。
だがそれと同時に、彼女の指摘や指導方針も的確であるため、彼は彼女とどう折り合いをつけるか困ってしまうのである。
そこに彼女の婚約者が現れ、、
いかがだろうか。この流れに何かワクワクするものがあったとしたら、あなたもきっとこの作品をうまく咀嚼できるだろう。
結論を言うと、僕は彼女がティボールを欺いていたとは思わない。
彼女が行動していなかったことは事実だとしても、その指導は少なくとも彼にとっては本物だったのだし、彼の眼には、彼女の才能も本物と映っていた。
その意味で彼女は、おそらく彼の中にこれからも棲み続けることだろう。
本物と偽物の相違とは、一体どこにあるのだろうか。
この考察の答えを出すのは難しいが、最後に一つの事例を示して、この感想文の括りとしよう。
昔に読んだ国語の教科書における、ある哲学者の言葉である。
「宵闇の樹木が人に見えたままだったとしたら、その樹木は、見た人にとっては、確かに人だったのである」
カズオ・イシグロの文章は一見すると平易だが、その内容は深く難解だ。
時にはその深遠な世界にどっぷりと浸ってみるのも、いい読書体験になるのではないだろうか。 -
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ネタバレ第一次世界大戦を終えたイギリスの、6月のある1日を描き出す作品。
「ダロウェイ夫人」が中心に据えられているが、作品の視点は周囲の人の頭の中を飛び回るような、独特の浮遊感で移り変わっていく。
大勢を招いたパーティを開くくらい精力的で、魅力的でもあるようなクラリッサ(ダロウェイ夫人)が内面で仄暗いものを飼っていて、誰かわからない人の自殺を知りなにかしら自分の中に落とし込むくだり、表面的にはなにひとつ変わらないこのことを真に迫って伝えてくるのは正に小説の力だと思う。
一番印象的だったのはヒュー。「完全無欠」ながら、本を読まない、ものを考えないと切って捨てる人もいるけれど、本人は本人の価値の置く世界で幸せに過ごしている。物事を考え過ぎないからこそ幸せでいられる、という暗喩のようでもある。
表現が芳醇で読んでいる間はとにかく至福の時間で、この内容で読ませるなんてほんとすごいと感嘆し通しだったけれど、最後の終わり方はえっえっこれで終わり??と何度も読み返してしまった。
この物語が終わるのには最上のタイミングだけれど、終わる予測をしてなかったので寂しい気持ち。
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カズオ・イシグロを読むのは、「日の名残り」について2冊目。「日の名残り」が長編であったのに対して、本書は、「音楽と夕暮れをめぐる」5つの連作短編集である。いずれも、書下ろしとのこと。
5編の短編は、物語としてとても面白いものであった。
どれも面白いが、どれか1つを選べ、と言われれば、私であれば「老歌手」を選ぶ。老いた歌手は、まだ年老いたとは言えない妻に、ベネチアの運河でゴンドラに乗り、妻のいる運河沿いのコンドミニアムに向かって歌う。愛し合っていながら、別れを選択するという不思議な世界に生きる2人の、しみじみとした物語として、私は読んだ。 -
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ネタバレ読書会の課題本で読みました。読むのに時間がかかって、主人公は砂漠に落ちて大火傷追ってベドウィンに助けてもらった後にイタリアの廃墟の病院で花と言う看護師と2人で療養しているところ、そこにカラバッジョ、インドのシーク教徒の名前なんだったっけ?爆弾処理が仕事。それぞれが戦争の傷を抱えつつも、戦争の空白地点みたいなところで、日々を過ごすところ、日本に原爆が落ちたり、そのことに憤ったインドの青年はその場を去るんだけど、その時の人々は原爆のことを知らないんだろうけど、もう知っている前提で書かれている。最後まで読み終わったら、詩人の書いた美しい物語だなと思えた。とにかく読みにくい。映画は評判は本を読んだ人にはイマイチみたいだけど併せて観ると筋が追えました。
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『ねじの回転』とは、うまいタイトルをつけたものです。ただ、終わり方が”ねじった”まま終わってしまうので、読者としては、まるでネジ舐めした状態で放置されてしまったかのよう。ただ、natsuさんがおもしろかったと書いていたとおり、先が気になって読んでしまう面白さで、とても楽しめました。
あらすじ:
物語は、あるクリスマス・イヴの夜、暖炉の前に集った男女が語り合う怪談話の最中でのこと。一人の男が不気味な出来事を綴ったある女性の手記を読み聞かせるところから始まります。その手記の筆者の女性は、かつて田舎の古い屋敷で、二人の子どもの家庭教師をしていました。彼女は働く条件として、雇い主である子どもたちの伯父から「いかなる事態が起こっても彼には一切連絡しない」ことをいい使っておりました。
屋敷に着いた彼女は、そこで働くグロース夫人と懇意になったり、教え子となる二人の美しい兄妹、マイルズとフローラにすぐに惹かれることになります。ただ、マイルズに関しては、学校に通っていたのに放校になって帰ってきたことが気掛かりではありましたが。
そんな中、彼女は屋敷で不穏な気配を感じるようになります。グロース夫人の語るところによると、この屋敷に勤めていた召使いのクイントと前任の女性家庭教師であるジェスルが不可解な死を遂げているとのこと。やがて彼女は、亡霊となった二人が子どもたちに取り憑いているのではと思い至り、子どもたちを守ろうと決意しますが……。
と、全体的に不穏な雰囲気と不思議な緊張感が終盤まで続くストーリー展開に引き寄せられますが、読み終えるとその結末は曖昧模糊とした亡霊の謎も相まって、なんだかスッキリしない。ただし、その亡霊を認識しているのが誰なのか、また大袈裟とも思える子どもへの偏愛、そして日記を書いた本人が既にこの世にいないこと、さらには日記に書かれている事を全て正しいと思うのは誤りなのではと思うと、『ねじの回転』のタイトルがしっくりきます。まるでゴシック・ホラーの形式で綴られた、著者のイタズラに翻弄されて、読者の”頭のねじ”の締まり具合を嘲笑われているかのようにも思われます。最初に”ネジ舐めした状態”と書いたのは、自分としては、P235を家庭教師が”本当にしてしまったこと”に書き変えると……可愛さ余って……ということなのかなと。あくまで個人的な推測ですけど、気狂いな家庭教師による○人じゃないかと思っていますが真相やいかに?ホームズが生きていた時代なので、ちゃんと仕事しなさいとまで思った自分は考えすぎでしょうか?それにしても、残酷なシーンも無ければ、読み手を怖がらせようとするわざとらしさも無いのに、妙に情景が脳裏に残る著者の書きようには感心しましたね。
ところで、古典の宿命で複数社から出版されている中で、光文社古典新訳文庫を選んだのはただの消去法です。新潮文庫は、2人の子どもの幽霊がこっちを見ていてヤダなと……読んでみて壮大な勘違いでしたが(笑)。
あと、岩波文庫は『デイジー・ミラー』とのカップリングで、タイトルが『ねじの回転 デイジー・ミラー』なのに、ページを開いたら『デイジー・ミラー』『ねじの回転』の順に掲載されていました。訳者は『アスパンの恋文』『ワシントン・スクエア』の行方さんなので好きですが、たまたま腹の虫の納まり具合が悪かったのか、頭に来て買うのをやめたという、なんともまあ、そんなこともあるのです。未読の『デイジー・ミラー』を読むときには岩波文庫にしようかな。 -
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カズオ・イシグロ氏がノーベル文学賞を受賞した際のスピーチ。彼の真面目で優しい性格がよくわかるが、内に秘める情熱も見え隠れする。
よく知られている通り、彼は5歳まで日本で暮らした後、日本人の両親と渡英し移民した。その後大人になるまで日本に行くことはなかったが、彼の心の中には常に(想像による)日本があったという。その「記憶」をとどめようと書いた小説が評価された。
日本への憧憬を持ちつつもイギリスをいかに愛しているかが綴られている。また、小説と全く関係のないことから、ハッとするアイデアが浮かび、それが自分のスタイルを決定的に変えたことも書いてあった。
彼の小説は胸がじんわりと痛むものも多いが好きだ。「日の名残り」がまた読みたくなった。 -
Posted by ブクログ
全体的な曇り空がずっと続いているようなノスタルジックな雰囲気を纏っている短編集。本作はクスっと笑えるシーンも多くて、新鮮な気持ちになった。
個人的には「降っても晴れても」がお気に入り。
まず主人公があまりに不憫すぎる。やる事なす事想像の上をいってて面白かった。それと対比するように、出てくるジャズの選曲がどれも本当に最高で。この話を読んでジャズにハマった。ぜひサラ・ボーンの“April in Paris”を聴きながら読んでギャップを楽しんでほしい。
それにしても土屋さんの訳は何度読んでも素敵だなぁ。一節読むだけでカズオ・イシグロの世界にどっぷり浸かれる。さらに読みやすい。次作も期待したい! -
Posted by ブクログ
カズオ・イシグロ初の短編集。面白かった。
作者らしい上品な文章と雰囲気は、ドタバタな場面でも損なわれていなくて妙に感心した。
整形したサックス奏者の彼が、うまくいっているといいなと思う。
そして、訳者あとがきで印象に残ったのは、カズオイシグロが、自作を様々な言葉に翻訳されることに不安やプレッシャーを感じているということ。
「インタビュー症候群」と命名されていたけど、新作を書いて最長2年をかけて世界各国をまわり、膨大なインタビューを受ける。そのときに、翻訳された言葉について不安を感じる場面があったのだろうか。
それにしても1、2年もかけて世界中をプロモーションするなんてすごすぎる。村上春樹さんはこれを最初から断って批判されたそうだけど、たしかに途方もないことだものなぁ。
そうなると毎年のように作品を発表している有名英語圏作家は超人なのだな。