土屋政雄のレビュー一覧
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淡々とした調子で主人公の口から過去のエピソードが語られるなかで、前半は主人公たちが置かれている立場や運命が少しずつ明らかにされていく。
寝る前に読んでいたら、その静かな不気味さに背中がゾクゾクしてきて、いい歳して寝つくのが怖くなった日もあった。
ヘールシャムを出てからは、特殊な環境に置かれた主人公たちが、狭い人間関係の中で葛藤する様子に焦点が当てられていて、後半は不気味さは薄れ、切なさや歯痒さを感じることが多かった。
個人的にはトミーが人として好き。1番人間らしさを感じた。
ルーシー先生の葛藤にも胸にくるものがあった。ルーシー先生が学校を去る前に、トミーを助けようとして以前伝えた言葉を訂正したのはどうしてなのか、そこのルーシー先生の真意が読み取れなかった。
原著を読んでいないけど、とても読みやすくて、本当に女性が語っているような口調で、架空の話なのにとてもリアル。翻訳もすごかったのだと思う。
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Posted by ブクログ
読み終わって最初に出てきた感想は、「面白かった」とか「感動した」とかよりも、「なんだこれ、めちゃくちゃうまいな」
この小説、とにかく時間軸が行ったり来たりする。
キャシーが今のことを話していたと思ったら、突然ヘールシャム時代の話になって、そこからまた別の記憶に飛んでいく。
でも、不思議と読みにくいわけではない。
むしろ、その行ったり来たりに付き合っているうちに、こっちの頭の中に少しずつ物語ができあがっていく感じがする。
特に印象に残ったのが、「そのときはよく理解できなかったけど、なぜか頭には残っていた」みたいなことが何度も出てくるところ。
登場人物たちは、何も知らされていなかったわけじゃない。
ある程度は教えられている。
ただ、まだ本当の意味を理解できない時期に教えられている。
だから、大人になってから「あのとき言われていたのは、こういうことだったのか」と意味がつながっていく。
これが読んでいる側にも起こる。
何気なく書かれていた一言や出来事が、何十ページか後になって急に意味を持ち始める。
時間軸だけじゃなくて、「理解する順番」までめちゃくちゃにされる。
それがものすごくうまい。
登場人物もみんな好きだった。
特にトミーにはかなり愛着が湧いた。
子どものころは癇癪を起こしたり、周囲とうまく合わせられなかったりするけれど、その不器用さも含めて一番まっすぐな人に見える。
嬉しいと嬉しいし、傷つけば傷つく。
うまく取り繕えない。
だから読んでいるうちに、自然とトミーのことが気になるようになった。
一方でルースは、たぶん誰の中にもある嫌な部分を、少し大きくして描いたような人物だと思う。
自分を大きく見せたり、知らないことを知っているように振る舞ったり、人間関係の中で優位に立とうとしたりする。
正直、読んでいて嫌だなと思うところもある。
でも、完全には嫌いになれない。
「自分には価値があると思いたい」とか、「仲間外れになりたくない」とか、「自分が愛されていることを確認したい」とか。
そういうものって、程度の差はあっても多分みんな持っている。
だからルースを見ていると、人の嫌な部分を見せられているというより、自分の中にもあるものを少し拡大して見せられている感じがした。
そしてキャシー。
一番冷静で、一番まともに見えるけれど、この人もやっぱりどこか欠けている。
感情がないわけではない。
むしろかなり細かく人を見ている。
でも、大事なことに対して驚くほど強く抵抗しない。
傷ついても少し距離を取る。
好きな人がいても強く奪いにいかない。
自分の運命についても、基本的には決められた枠の中で受け入れていく。
ただ、それを弱さと言ってしまうのも違う気がする。
もしかするとキャシーは、何かを失うことに耐えるために、物事を少し離れたところから見る癖がついているのかもしれない。
だから、この小説は悲しい出来事がたくさん起きているのに、キャシー自身は「私はこんなに悲しかった」とはあまり言わない。
代わりに、「あのときルースがこう言った」とか、「そういえばこんなことがあった」と淡々と思い出していく。
その淡々とした語りの中に、ものすごく大きな感情が埋まっている。
たぶんこの小説は、登場人物だけじゃなくて、小説そのものも「何かが欠けている」ように作られているんだと思う。
世界について細かく説明しない。
登場人物の感情も全部は説明しない。
何が正しくて何が間違っているのかも作者は言わない。
時間もバラバラ。
重要なことも少しずつしか教えてくれない。
だから読者が、その足りない部分を自分で埋めながら読んでいくことになる。
そして気づいたころには、キャシーやトミーやルースの人生が、自分の記憶みたいに頭の中に残っている。
読み終わって、「感動した」という言葉だけでは何か違うと思った。
もちろん悲しいし、考えさせられる。
でも、それ以上に、
「こういうふうに小説って書けるのか」
という驚きが残った。
理解できないことを、理解できるようになる少し前に置いておく。
意味の分からない記憶を先に渡しておいて、あとからその意味を変える。
読者の頭の中まで使って物語を完成させていく。
読み終わった今、一番しっくりくる感想はやっぱり
「なんだこれ。うますぎる。」 -
Posted by ブクログ
たまたま目に触れた一冊を読んでみた。
何とも言えない感情に包まれ、心を大きく揺さぶられた。
「日の名残り」以来のカズオ・イシグロ。
冗長なフィクションとも感じる退屈な前半部から一変し、中盤以降は突如、驚きと戦慄の連続だった。
びっくりするほど重要な情報が、あっさりと告げられる。
隔絶された施設で平穏な学生生活を送っていた子どもたちは、実は臓器提供をするためだけに生きていたのだ。
子どもたちは毎月の健康診断を欠かさず、外部の大人たちによる「教育」を受け、平凡な生活を送っている。
ささいなことに悩み、喧嘩し、恋をして、未来に希望を持ちながら生きている。
やがて、その時が来ることなどつゆ知らず。
施設を卒業した子どもたちは、臓器「提供者」になる。
そして「提供者」の世話をする「介護者」もまた子どもたちから選ばれる。
「介護者」もいずれ「提供者」になり、役割が終われば、この世に別れを告げる。
何という運命であろうか。
「提供者」の臓器は医学の進歩のために使われ、新たな薬や治療法が開発される。
これまで治らなかった病気が治るようになり、人類は今までより長く生きられるようになる。
外の人間は誰も臓器提供者の存在を知らず、あるいは、知らないふりをして普通に生きている。
まるで科学と医学の進歩のためには仕方がない、人類が背負うべき合理的な犠牲とでも言うかのように。
これは、フィクションであってほしい。
でも、もしかしたら、世界のどこかでこんなことが起きているのかもしれない。
私たちは都合の悪いことにフタをして、見ないようにしているだけなのかもしれない。
人類の業の深さを思い知る。 -
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物語のたどり着いた先にある、何か収まりの良さ、居心地の良さ。そんな物事を、いつも読者は期待しているのかもしれない。ぼくも、そのひとりには違いない。ジメジメした感情なんて寄せ付けない“割り切りかた”が示された結末。
“AF”が何者かなんて、もうどうでもよくて、少なからず読者であるぼくが寄せていた感情の、その相手はジョジーでありリックであり、クリシーでありポールでもあり、店長さんや、メラニアやヘレンや、ヘンリーですら、あったのではないか。
つまり、ぼくは読者であり、同時にクララそのものだったのかもしれない。クララには感情があったけれど、それは抑圧されていて、客観的で俯瞰されていて、だからこそ、その“感情”のあり方が胸に迫った。
あくまでも“道具”に過ぎないからこそ、皆がそれを理解していたからこそ、AFへ抱く思いは、この上なく潔かった。清々しく思えた。高度な機能、性能を誇る“道具”の、道具としての“寿命”は、じつは儚い。“寿命”を迎えた“道具”は“引退”せざるを得ないものだ。
けれど、ぼくには到底、そんな割り切り方ができそうもない。いつまでそばに居てほしい、そんな思いからは、解放されそうもない。
人の、人としてのあり方は、決して割り切ることができないし、でも、相互理解や親密さを“道具”に見出す、そんな“感傷”を“道具”に対して抱くことは、ぼくの“甘さ”に他ならず、もしかしたら大きな過ちかもしれない。
ときに美しく、ときに危うい、その“甘さ”。
廃品置き場の場面は、その両義性を、静かに、鋭く突きつけてくる。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ面白いよりすごいなって作品
印象に残ってるのは、最後にエミリ先生とキャシーが話すシーン。人間はどんなに正義を掲げても理念があっても、良いことをしているつもりでも1つの立場をとって発言したり行動すると、一気にエゴになるんじゃないかと思わされました。あの人たちは確かに善人で、ヘールシャムの生徒に一種の幸せを与えたと実感している。でも、求めてるのはそれじゃない。人の勝手な善意に振り回されるキャシー達を見て、絶望と虚無感と、終わりを迎えることに変わらない彼女達にとってあの人達の善意は何の意味もないと思わされるのがすごい作品だなと。
それでも思い出のヘールシャムと仲間は確かに存在はしているのに。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ良かった!!!さすがカズオイシグロ、全然裏切らない。
病気の子どもをAIロボットに学習させて、もしも死んでしまったらそのロボットに成り切ってもらおう、という計画。その計画を巡って、その人たらしめる唯一無二の何かはあるのか?という疑問の答えが、その人自身にはないかもしれないけど、周りの人からのその人への想いは、絶対何にも代えられないものだ(だからロボットには代替できない)、という結論だったのが、何となくわかる気がするし、ジーンとしみじみ良いなあと思う。
あとカズオイシグロの書く子どもは、ただ可愛いだけの存在ではないところが好きだ。子ども同士の微妙な関係とか、他の人の前では別人になってしまうところとか、すごくリアルだし子ども社会も残酷なのよ、と訴えてくる。わかる。子どもの絶対、は絶対では無いけど、その瞬間だけは絶対だという事も描かれてて、好きなポイントの一つだなあと思う。
親になったらまた読みたいかも知れない。
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Posted by ブクログ
ネタバレ約ネバ
どんな本か忘れないためだけに書いた感想です。読まなくて大丈夫です。
提供されることが普通であると、内臓が悪くなったら“提供者”の内臓をもらえると当たり前に思えてしまう世界怖すぎる。
マダムや先生たちは、提供者たちが家畜ではなく価値のある人であることを世界に伝えるために、絵を描かせていたのね。
技術が進歩し始めた時くらい、内臓移植ができるようになったくらいの時代に、人間という、提供者という家畜のようなものが生まれなくて(日本だから知らないだけかもしれないけど)よかったと思う。
もし戦争中だったら、相手国の捕虜とかとっ捕まえて提供者にしてそうだな。