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副題から分かるように全ての短編に音楽の要素が出てきますが、もうひとつの「夕暮れ」はどういうことだろうと思いながら読んでいました。訳者あとがきにも書かれていましたが、音楽以外にももうひとつ男女関係・夫婦関係の危機というモチーフも全ての短編に共通しています。登場人物皆もう若くなく、ある人は結婚した時の状況とはお互いの関係や自分の感情や人生に求めるものが変わっていたり…。こういう人生の盛りを過ぎてそれでも残りの人生を生きていく人々を「夕暮れ」という言葉で表現しているのでしょうかね。思えば『日の名残り』もそのような意味合いでしたか。
ひとつひとつ心にしんみりとした感覚を残す短編でおすすめです。
Posted by ブクログ
カズオ・イシグロ(1954-)は、『日の名残り』(1989年)で、イギリスで最も権威ある賞「ブッカー賞」を受賞した、世界的作家。長崎県長崎市で、日本人の両親の元に生まれましたが、5歳でイギリスに移住。成人までは日本国籍、その後、イギリスに帰化しています。2010年に映画化された『わたしを離さないで』で、また、2012年4月に、NHKで「カズオ・イシグロを探して」と題したドキュメンタリーが放送され、日本でもより知られるようになりました。
『夜想曲集』(2009年)は、「音楽と夕暮れをめぐる五つの物語」という副題が付いた、初の短編連作集。どの物語も、人生の後半や終盤にある人物が、自らの過去(=夕暮れ)を、ジャズ、クラシック、ポピュラーなどの音楽とともに振り返ります。
この連作短編集を読んで私は、自分が若い頃にこの本に出会ったならば、今とは違い、ストーリーの展開や場面設定の巧妙さにばかり感嘆しただろうと思います。しかし、人生も優に半ばを過ぎ、振り返る時間が堆積した今、私がこの短編集から読み得たのは、感情の渦に巻かれ、愚かしい選択を繰り返してきた人間の、それでも肯定する他ない人生への愛着でした。
いずれにせよ、これが私の人生だった。そしてこれからもそれは同じ――。作家と出身地を同じくする私は、身勝手にも、遠いイギリスからそんな激励をもらった気持ちなのです。(K)
紫雲国語塾通信〈紫のゆかり〉2012年1月号掲載。
Posted by ブクログ
表紙と、そして『音楽と夕暮れをめぐる五つの物語』という副題から簡単に想像できる通り、この作品集には、人生の黄昏時の雰囲気漂う男女の別れを描いた短編が、五編収められている。
思えば夕暮れは、最もロマンチックな瞬間ではないだろうか。
一日で限られた特別な時間帯にだけ、目に映る独特の斜光。それは人によってはただの黄色い光線にしか映らないかもしれない。
だがよくよく考えてみると、その光線とそっくりそのままの夕陽が、将来再び僕らの下を訪れることは決してないのである。
そのような夕暮れ時に、同様にかけがえのない相手であったに違いない男女が、お互いに最後の別れを交わすのだ。
この作品集は、このような悲哀を求めている人に向いていると言えそうだ。
小説のイメージを示すのに、世俗的な表現として『喪失と再生の物語』というものがある。ここではただ『喪失』にのみ焦点が当てられていると言えるだろう。
しかしその雰囲気は決して暗くない。始終、どこかユーモラスというか喜劇的な空気が、そこかしこに漂っているのだ。
それゆえに読者は明るさと、何かしらの爽やかささえも持って、この短編集を閉じることもできるのではないだろうか。
才能はあるものの、あまりに感情的な男性を語り部に置き、時にヒロインや、その他の登場人物と感情をぶつけ合いながら、破局に進んでゆくという、退廃的ながらも情熱的な短編が多い。
短編集全体を包み込む喜劇的な雰囲気が、語り部たちのこの傾向にあることは、おそらく間違いないだろう。
彼らは他者の心理を読むことに長けているものの、「この人はこう思っているに違いない」と思い込んで、それで暴走してしまったりするのである。この傾向はとくに二編目、三編目、四編目の主人公に強い。
ここまでくると少し情緒不安定とも言えそうで、彼らの私生活がどこか案じられるのであるが、イシグロの世界の中では、彼らも彼らなりにうまく生きることができているようである。
僕の推測だが、彼ら語り手たちには、おそらく過去のイシグロの自己投影が多分に含まれているのだろう。
その意味でこの短編集は、イシグロ自身のサクセス・ストーリーを、僕らが垣間見るヒントになるかもしれない。
そして、このような特性が一読者である僕自身にも多少あるがゆえに、僕もこの本に安心して心を委ねることができた。
やはりイシグロは居心地のよい作家である。
これより以降、話の具体的なネタバレが少し入るので、今後読みたい方は気をつけてほしい。
個人的には五編目の『チェリスト』が好みだった。この作品だけ語り部と主人公が別人物である。
そして主人公ティボールは、心中に熱情を秘めている点では変わりないものの、それまでの主人公とは明らかに趣きを異にしている。
ティボールは、あたかもそれまでの激動的な主人公たちの領域を乗り超えて、ある種の悟りを開いたかのようだ。つまり非常に心穏やかなのである。
彼の内に秘められた熱情は、ただの感情の奔走としてではなく、柔らかく優しい形で表現されていく。
ロンドンの王立音楽院(日本でいえば東京藝術大学のようなところだろう)で英才教育を受け、アドリア海沿岸で粛々とチェロを弾く彼は、物語が進んで、一人のアメリカ人女性に魅力される。
このプロのチェリストを名乗る女性はきわめてミステリアスかつチャーミングだ。
彼女はティボールの演奏に数多くの有用な指摘をし、指導をしてくれるのだが、彼は次第に彼女を疑いはじめる。
だがそれと同時に、彼女の指摘や指導方針も的確であるため、彼は彼女とどう折り合いをつけるか困ってしまうのである。
そこに彼女の婚約者が現れ、、
いかがだろうか。この流れに何かワクワクするものがあったとしたら、あなたもきっとこの作品をうまく咀嚼できるだろう。
結論を言うと、僕は彼女がティボールを欺いていたとは思わない。
彼女が行動していなかったことは事実だとしても、その指導は少なくとも彼にとっては本物だったのだし、彼の眼には、彼女の才能も本物と映っていた。
その意味で彼女は、おそらく彼の中にこれからも棲み続けることだろう。
本物と偽物の相違とは、一体どこにあるのだろうか。
この考察の答えを出すのは難しいが、最後に一つの事例を示して、この感想文の括りとしよう。
昔に読んだ国語の教科書における、ある哲学者の言葉である。
「宵闇の樹木が人に見えたままだったとしたら、その樹木は、見た人にとっては、確かに人だったのである」
カズオ・イシグロの文章は一見すると平易だが、その内容は深く難解だ。
時にはその深遠な世界にどっぷりと浸ってみるのも、いい読書体験になるのではないだろうか。
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