土屋政雄のレビュー一覧
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副題から分かるように全ての短編に音楽の要素が出てきますが、もうひとつの「夕暮れ」はどういうことだろうと思いながら読んでいました。訳者あとがきにも書かれていましたが、音楽以外にももうひとつ男女関係・夫婦関係の危機というモチーフも全ての短編に共通しています。登場人物皆もう若くなく、ある人は結婚した時の状況とはお互いの関係や自分の感情や人生に求めるものが変わっていたり…。こういう人生の盛りを過ぎてそれでも残りの人生を生きていく人々を「夕暮れ」という言葉で表現しているのでしょうかね。思えば『日の名残り』もそのような意味合いでしたか。
ひとつひとつ心にしんみりとした感覚を残す短編でおすすめです。 -
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1992年のカナダ総督文学賞とブッカー賞受賞。2018年にブッカー賞50周年記念の歴代受賞作で最も優れた作品として、ゴールデン・マン・ブッカー賞受賞。『イングリッシュ・ペイシェント』の名で映画化され、アカデミー賞9部門受賞しています。
著者はスリランカ生まれのカナダ在住。カナダ文学ですぐに思い浮かぶのは、モンゴメリやマーガレット・アトウッドくらいでしたが、こんな凄い作家がいたのですね。
長らく新潮文庫で絶版でしたが、創元文芸文庫で復刊。東京創元社も、白背表紙の文芸文庫シリーズを始めて間もないので、ラインナップ充実を図ってのことでしょう。手に入りやすくなったのは喜ばしい限りです。
さて、詩的な書き出しから始まる物語は、いきなり衝撃的な描写で、METALLICAの名曲”One”のPV『ジョニーは戦場に行った』のトラウマ映像が脳裏をよぎりましたが、目が見えるし会話もできるので、酷い状態ながらもとりあえず一安心。
時は第二次世界大戦のイタリア。全身火傷を負った正体不明のイギリス人と思われる人物が、連合軍の野戦病院に運び込まれます。かつての尼僧院だった屋敷は、ドイツ軍が撤退する時に破壊し尽くし、建物内にも爆発物が残る危険な状態。負傷者と看護婦を安全な場所に移す決定が下されたとき、看護している若いカナダ人女性は、周囲の反対を聞かずにその廃墟のような屋敷に留まります。
そこへ女性の少女時代を知る、女性の父親の友人のおじさんと、爆発物処理のインド人工兵の青年が加わり、屋敷での生活が始まります。4人は、少しずつ互いの過去を語ることにより、距離感が縮まり親密になっていきます。そして、次第に”イギリス人の患者”や登場人物たちの過去が明らかになっていき…
戦争という特殊な状況の中で、異国で育った男女のそれぞれの過去が、まるで厳選された詩の言葉を織り交ぜたような美しい文章で綴られていき、時に時代を前後し、時に人物が入れ替わり、少しずつ少しずつ語られて行きます。そうして、印象的な場面が次々と現れて、次第に物語が積み上げられて明らかになって行く様や、美しい心象風景の描写の数々にとても引き込まれました。
また、美しいだけでなく、時には、ヘロドトスの『歴史』を仲間の前で朗読する”イギリス人の患者”の過去に関係する女性の「ほのめかし」でドキドキしたり、おじさんの泥棒失敗談でクスりと笑ったり、”イギリス人の患者”の親友の後半でのエピソードでグッときて涙腺を刺激されたりもしました。あと、”イギリス人の患者”が、キプリング『キム』を朗読する看護婦への読書指導もいいですね。
残念なところは、終盤での早急過ぎる変化。例えるなら,夏目漱石『虞美人草』の登場人物の性格が急変してエンディングに向かって行くようなと言えば伝わるでしょうか?伏線は散りばめられているだけに、もう少し繋がりが丁寧だといいのにと思いました。
それと、性的な描写で少し引いてしまうような記述があるので、誰かにおすすめはしづらいのが難点かな。とは言え、個人的には他のブッカー賞受賞作、J.M.クッツェー『恥辱』『マイケル・K』やカズオ・イシグロ『日の名残り』を超えたかもしれない。やはり、ブッカー賞歴代1位は順当でしょうね。 -
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あー。すごい。すごい、これ。それ以外まず言葉が出ない。
ブッカー賞を受賞した中でも最も素晴らしい作品を選ぶという企画の中で選ばれた本作。ブッカー賞オブブッカー賞。
「イングリッシュ・ペーシェント」という題で映画化され、かつアカデミー賞も受賞したとのことだがその筋に疎い私はそんなことも知らず。
この小説が最初ですべてだったわけだが、すごい。
私が海外文学が好きな理由の一つに「絶対に日本人には書けない物語を書ける」ということがあるのだが(もちろんその理由で日本の文学も好きだけれども)、この小説は日本人には絶対書けない。
第二次世界大戦が舞台で、かつ、ヒロシマナガサキの描写が物語のキーになってもいるのだが、それでもこれは日本人には書けない。
イタリアで、戦禍から取り残された病院。そこに残った、飛行機が墜落したことで大火傷を負い顔を失った「イギリス人の患者」。その患者の面倒を見るべく、病院に残った若い看護師のハナ。
物語はその二人の、とても静かな描写から始まる。
なんとなく居心地の良い静寂を楽しむ物語なのかと思い読み進めると、ハナの亡き父の親友でもと泥棒(かつスパイ)のカラバッジョと、不発弾を処理する兵士のキップが屋敷にやってきてから途端に様相が変わる。
今までの静寂から打って変わり、様々な人間の様々な愛が語られるようになる。
突然の展開に若干面食らいながらも読み進めるうちに、これも本作の特徴ではあるのだが、そして作者が詩人であるということも大いに関係しているのだろう、体言止めと曖昧な時制(過去のことを現在形で綴る)を多用しながら視点がぐるぐると変わる不思議な体験をさせられながら、イギリス人やキップの過去が明らかにされていく。
そしてそれらの過去が明らかになり、いろんなことがつながったとき。そして読者が「うーん、なかなか壮大な愛の物語だったなあ」と思った瞬間に、またそれをひっくり返す。詳細は語らないが、ここでヒロシマナガサキ。
えっ、となり、急転直下。
でもここからなぜか涙が止まらなくなる。最終盤。
本当に涙が止まらなくなる。戦争の悲惨さとか、そういうことも含めて涙が止まらなくなる。
そして物語が終わる。読み終わった後、どう捉えるかは人それぞれだと思うのだけれども、私は「やっぱり壮大な愛の物語」だったかな、と思う。
これは、本当に素晴らしい。
人生で何冊とない一冊。
こういう出会いがあるから、読書はやめられない。
本当に素晴らしい小説だった。ブラボー。 -
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ネタバレマイケル・オンダーチェのゴールデン・マン・ブッカー賞受賞作。新潮文庫から版元を代えての復刊。
第二次世界大戦終戦間際のイタリア。ドイツ軍が撤退した後、廃墟となった僧院に記憶がなく全身に火傷を負った患者と、その看護をする若い看護師が住んでいる。そこに看護師の父の友人と、爆弾の解体工が加わり、四人による生活が始まる。。。
美しい。ただひたすらに美しい小説。
詩的な文章により、四人の過去と主に北アフリカ地方の歴史が語られる。北アフリカの話は、描かれるほとんどに馴染みがないので理解できない描写も多いが、砂漠の幻想的な表現が非常に良く読んでいても飽きさせない。
特にイギリス人の患者の過去がほんのりわかり始めてからが面白く、そうかそういう話だったのかと、その悲劇の美しさに圧倒される。
訳者の人も解説で説明しているが、ラスト付近がちょっと駆け足か。余韻は良いのだが、そこだけが少し残念。
また場面転換が非常に多く、読む人を選ぶかもしれないが、ゆっくりと全身で味わう小説なんだと思って時間をかけて読んでみて欲しい。 -
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ノーベル文学賞をとってからもう6年か。もともとノーベル賞に興味はなかったけれど、当時、カズオイシグロの受賞を聞いたときはびっくりした。
彼の作品は全部読んでいて、好きな作家の一人だったから。
映画『日の名残り』を観たのがきっかけで、カズオイシグロを知り、原作を読んだ。
そしていつものように、好きな作家の作品は出版された順番に読んでいきたいと思い、『遠い山なみの光』から順に読んでいった。
読めば読むほどはまっていく。
ノーベル文学賞受賞記念講演を収録した本作は、スピーチであるせいかとても読みやすい。でもぎゅっと大切なことが詰まっている。
『日の名残り』のくだりでは、まさに私が一番好きな部分について書かれていて、本を通して作家とつながった気がしてわくわくした(カズオイシグロさんに届いてますよーと伝えたい)。
本の存在の大切さ(というかなんというか)をあらためてかみしめた。
ということで、次は『日の名残り ノーベル賞記念版』を読もう。 -
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ウィスコンシン州にあるウェスティッシュ大学の硬式野球部が舞台となっています。小説の題名はアパリシオ・ロドリゲスという守備の名手が書いた本『守備の極意』から来ています。アパリシオは18シーズンセントルイス・カージナルスでプレーしたとあるので、実在した選手と思い込んで読んでいました。他の小説でもよくMLBの選手の名前がでてくるのでそう思ったのです。ここですこし考えました、作者が作り出した架空の選手ではないかと。フィクションなのでまったく問題ないのですが、そう考えると『守備の極意』の中身もちょっとおもしろいです。
例えば、
59「ゴロをさばくことは寛大な行動であり、理解の体現である。ボールに向かって動くのではなく、ボールとともに動く。下手な守備者は敵に立ち向かうようにボールに突っ込む。これは敵意である。真の内野手はボールの通り道を自己の通り道とし、それによってボールを理解し、自己を無にする。自意識こそすべての苦悩と下手な守備の根源である」
とやたら文学的で実用書としては役に立たない表現となっています。
アパリシオ・ロドリゲスという野球選手、ウェスティッシュ大学、応援歌まであるハープーナズという野球部そして野球教則本『野球の極意』の中身。
いろんな小説がありますが、小説家が細部にこだわって、読者の目に届かないところまで作り上げると物語がものすごく豊かになるという例だと思います。読者はそのへんのところは気にしないで楽しめば良いので気が楽です。
野球とならんで小説の核となってくるのがハーマン・メルビルの『白鯨』です。ウェスティッシュ大学周辺はそのなりたちから『白鯨』だらけなのが楽しい、『バートルビー』という酒場もあります。メルビルの長編小説『白鯨』と短編小説『バートルビー』はよくアメリカ文学の中に登場します。野球とメルビルの小説は多くの(主に白人だけかも)アメリカ人の生活の中心にあるのでしょう。 -
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まずは自画自賛から
いやー面白かった
そしてこの物語を面白いと感じられる自分、なかなかの読書人ではなかろうか
非常に読む側の技量を試される物語だと思いました
読む側の技量って何か知らんけども
多くのことを読み手の想像力に委ねてくるんです
それでいて空白が少ないんですね
非常に緻密に計算しつくした上で必要最小限のことしか語ってないんですが、とてもたくさんのことが込められていて、読者はその想像力の及ぶ範囲で様々なことが読み取れる文章に感じました
読む人によって怪奇物語であったり、謎解きミステリーであったり、恋愛物語であったりとくるくると姿を変える物語
そしてそれは全て意図して書かれている
さらに言えばいろんな人の感想を聞いてみたい物語でした
短い物語なんで是非とも手に取って頂きたいなと思いました
特に19世紀のイギリスの文化や階級社会なんかの歴史的背景に詳しい人が読んだらさらに色々なことが読み取れるんじゃないかと思い、またちょっと違う沼にはまりそうで恐いですw
それにしても『光文社古典新訳シリーズ』凄いなこれ
歴史に残る古典の名作を新訳で読むってことに完全に魅入られたてしまった気がします
どんどん読むぞ、待ってろ光文社! -
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19世紀から20世紀にかけて活躍したヘンリー・ジェイムズ中期の傑作。ゴシックホラーの様式を借りながら、無意識や語られぬもの=幽霊を巡って狂わされていく家庭教師とその家の子供2人。
Netflixでドラマ化されたように、単純にホラーとして読むことができる作品である一方で、怖いのは亡霊が出てくるからではなく、亡霊の出現を契機として破綻をきたしていく、家庭教師と2人の子供の顛末だろう。解説で言及されているように、それは19世紀末に登場したフロイト理論や心霊主義の影響を色濃く受けていて、どことなく亡霊によって狂わされていくマクベスを思い出させる。
著者のヘンリー・ジェイムズのお兄さんは哲学者のウィリアム・ジェイムズであり、とんでもなく文化資本を持つ家に生まれた人。解説によると『鳩の翼』『大使たち』『金色の盃』が後半期における傑作小説も面白いようなので、入手して読みたいと思う。今作自体も再読すると新たな発見がありそうなので、機を見て改めて読みたい。 -
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40代に入ってからすべてを捨てて絵を書き始め、後に伝説となった画家の生き様を若き作家を語り手として描く。
天才と狂気を感じるストリックランドの絵描きとしての人生、傍若無人な彼が関わる3人の女性との関係、パリとタヒチという文化と自然の対比など、重層的な構造をもつ小説。単純に、若い作家視点で語られるストリックランドのエピソードは、ミステリアスで引き込まれるし、恋愛小説としても読みごたえがある。しかし人生について、どの世代の人にとっても非常に考えさせられる要素が散りばめられており、何度も読み返す価値のある味わい深い作品でもある。本当に幸せな人生とは……人生に何を見い出すか……。ストリックランドだけでなく、その周辺にいる人々の様々なエピソードからも人生の意味を問いかけてくる。
傲慢で変人にしか見えなかったストリックランドの印象も、終盤では違った見え方もしてくる。そして彼が走り抜けた後半生に思いを馳せつつ、読者は自らの人生について考え込まざるをえなくなるのだ。読後すぐに他訳でも読んでみたいと思わせてくれた傑作。 -
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淡々とした中にあるインパクト
特殊な暮らしにおける日常の描写、心情が淡々と書かれているものの、ミステリーがちりばめられているよう不思議な小説でした。
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本当によくできていて、大いに泣いたし、未来が少し明るくて慰められた。
アフガニスタンの70年代から今を生きる2人の女性の物語。
アフガニスタンに共産主義者居たんだという驚きや、どのように情勢が変わっていったかよく分かるし、その中で翻弄されていく女性達の痛みや苦しみがひしひし伝わる。
遠い国の話だが、そんな彼女達の感情に共感できる事も多く、人間の普遍的なものを辿っていく小説でもある。
昔は、各国の小説はそれぞれの文化や歴史の差異を読んでいたが、今は見た目・境遇がちがっても本質的には同じだ、という同質性を読む時代、らしい。それだけ多様化してグローバルな時代になったということなんだろう。
所々に出てくるアフガニスタンの山岳地帯や料理の美しさ。今はなきバーミヤンの上に登って人や家畜が暮らす様子を眺める静かなひと時。
沢山の苦しみと確かな愛。
今の情勢ではとても足を踏み入れることはできないけど、いつか美しいアフガニスタンを見てみたい。
カーレド・ホッセイニは自らも医者であるからか、タリバンに支配されてる中でも必死に女性を助ける医師や、生まれてくる子供に罪は無いことを繰り返し書くなど、命の尊さと平等さ、人道的な事を入れていて、それが悲惨な状況を少し和らげてくれている。
とっても良い小説を読んだ。他の作品も読みたい。