【感想・ネタバレ】イギリス人の患者のレビュー

あらすじ

王に名を消し去られた風、部族ひとつを溺れさせる砂の海、泳ぐ人々が壁一面に描かれた泉の洞窟――妖しくも美しい情景が、男の記憶には眠っていた。砂漠に墜落し燃え上がる飛行機から生き延びた彼は、顔も名前も失い、かつて野戦病院だった屋敷で暮らす。世界からとり残されたこの場所に、一人で男を看護する女性、両手の親指を失った泥棒、爆弾処理班の工兵と、戦争の癒えぬ傷を抱えた人人が留まり、男の物語に耳を傾ける。それぞれの哀しみは過去と現在を行き来し、記憶と交わりながら、豊饒な小説世界を展開していく。英国最高の文学賞、ブッカー賞五十年の歴史の頂点に輝く長編。/解説=石川美南

...続きを読む
\ レビュー投稿でポイントプレゼント / ※購入済みの作品が対象となります
レビューを書く

感情タグBEST3

Posted by ブクログ

「教皇選挙」を観て、レイフ・ファインズ熱が再燃。
自分的No.、最も美しく儚い姿だった「イングリッシュ・ペイシェント」を思い出した。
原作は読んでいなかったな、ということで手に取る。

本書の解説にもあるが、映画と小説はかなり別物であった。
なので、映画が好みだからと言ってこちらも気にいるかは別問題

しかしながら、小説にはこの形式でないとできないだろう展開・発展があり、その揺らぎが文庫版の訳者曰く「読む人を選ぶ本」だそうだが、私には合っていてすぐこの世界感に没入した。
話者がコロコロ変わる、時間が自在に行き来する、ということだったがその変化に反発せずについていけ、こちらも時間も空間も地図上の移動も自由に旅することができた。

なんという想像力だろう、こういう作品にあと何回出会えるだろう、と思う類の読書体験。特別な作品だった。

“飛行機屋”からしたら、そりゃないぜなエッセンスもあるだろうけど、そういうことを突っ込むのは野暮だろう。
もしそこを突っ込んだとして、この本の価値はそこではないし、これをベースにして作られたあの映画も色褪せはしないと思う。

冒頭から最後まで、脳内ではレイフ・ファインズが語り、あの美しい様々なシーンが絵になってあらわれた。
ハナとキップ、砂漠の風景、皆が住む廃墟など、印象的なことをあげたらキリがない。
映像になっていなかった要所も、まるで文字を追っている目と本の間にスクリーンが立ち上がり、映像が浮かぶような心を掴まれる描写ばかりで、行ったことのない砂漠の乾燥した熱風を受けたり、日陰では涼しく暗い洞窟で、水滴の垂れる音だけ聞こえているような静謐を感じたり、あらゆるものが五感に語りかけてくる本だった。

映画のことを言えば、あの時レイフ・ファインズは33,34歳だったらしい。
信じられない程の悩ましい色気!
美しい青い瞳と最高に切ないあの眼差し。たまらないね。

何がどうなったらあのような造形に仕上がるのか...
ヴォルデモートの姿しか知らない人は、ぜひ観てほしい姿だわ

0
2025年05月09日

Posted by ブクログ

読んでいる際の雰囲気が池澤夏樹さん著の”夏の朝の成層圏”に似ている気がしました。
両方ともなんとなくモヤモヤしている気持ちへの処方箋として良いのではと思います。

0
2024年11月30日

Posted by ブクログ

1992年のカナダ総督文学賞とブッカー賞受賞。2018年にブッカー賞50周年記念の歴代受賞作で最も優れた作品として、ゴールデン・マン・ブッカー賞受賞。『イングリッシュ・ペイシェント』の名で映画化され、アカデミー賞9部門受賞しています。

著者はスリランカ生まれのカナダ在住。カナダ文学ですぐに思い浮かぶのは、モンゴメリやマーガレット・アトウッドくらいでしたが、こんな凄い作家がいたのですね。

長らく新潮文庫で絶版でしたが、創元文芸文庫で復刊。東京創元社も、白背表紙の文芸文庫シリーズを始めて間もないので、ラインナップ充実を図ってのことでしょう。手に入りやすくなったのは喜ばしい限りです。

さて、詩的な書き出しから始まる物語は、いきなり衝撃的な描写で、METALLICAの名曲”One”のPV『ジョニーは戦場に行った』のトラウマ映像が脳裏をよぎりましたが、目が見えるし会話もできるので、酷い状態ながらもとりあえず一安心。

時は第二次世界大戦のイタリア。全身火傷を負った正体不明のイギリス人と思われる人物が、連合軍の野戦病院に運び込まれます。かつての尼僧院だった屋敷は、ドイツ軍が撤退する時に破壊し尽くし、建物内にも爆発物が残る危険な状態。負傷者と看護婦を安全な場所に移す決定が下されたとき、看護している若いカナダ人女性は、周囲の反対を聞かずにその廃墟のような屋敷に留まります。

そこへ女性の少女時代を知る、女性の父親の友人のおじさんと、爆発物処理のインド人工兵の青年が加わり、屋敷での生活が始まります。4人は、少しずつ互いの過去を語ることにより、距離感が縮まり親密になっていきます。そして、次第に”イギリス人の患者”や登場人物たちの過去が明らかになっていき…

戦争という特殊な状況の中で、異国で育った男女のそれぞれの過去が、まるで厳選された詩の言葉を織り交ぜたような美しい文章で綴られていき、時に時代を前後し、時に人物が入れ替わり、少しずつ少しずつ語られて行きます。そうして、印象的な場面が次々と現れて、次第に物語が積み上げられて明らかになって行く様や、美しい心象風景の描写の数々にとても引き込まれました。

また、美しいだけでなく、時には、ヘロドトスの『歴史』を仲間の前で朗読する”イギリス人の患者”の過去に関係する女性の「ほのめかし」でドキドキしたり、おじさんの泥棒失敗談でクスりと笑ったり、”イギリス人の患者”の親友の後半でのエピソードでグッときて涙腺を刺激されたりもしました。あと、”イギリス人の患者”が、キプリング『キム』を朗読する看護婦への読書指導もいいですね。

残念なところは、終盤での早急過ぎる変化。例えるなら,夏目漱石『虞美人草』の登場人物の性格が急変してエンディングに向かって行くようなと言えば伝わるでしょうか?伏線は散りばめられているだけに、もう少し繋がりが丁寧だといいのにと思いました。

それと、性的な描写で少し引いてしまうような記述があるので、誰かにおすすめはしづらいのが難点かな。とは言え、個人的には他のブッカー賞受賞作、J.M.クッツェー『恥辱』『マイケル・K』やカズオ・イシグロ『日の名残り』を超えたかもしれない。やはり、ブッカー賞歴代1位は順当でしょうね。

0
2024年04月07日

Posted by ブクログ

あー。すごい。すごい、これ。それ以外まず言葉が出ない。
ブッカー賞を受賞した中でも最も素晴らしい作品を選ぶという企画の中で選ばれた本作。ブッカー賞オブブッカー賞。

「イングリッシュ・ペーシェント」という題で映画化され、かつアカデミー賞も受賞したとのことだがその筋に疎い私はそんなことも知らず。
この小説が最初ですべてだったわけだが、すごい。

私が海外文学が好きな理由の一つに「絶対に日本人には書けない物語を書ける」ということがあるのだが(もちろんその理由で日本の文学も好きだけれども)、この小説は日本人には絶対書けない。
第二次世界大戦が舞台で、かつ、ヒロシマナガサキの描写が物語のキーになってもいるのだが、それでもこれは日本人には書けない。

イタリアで、戦禍から取り残された病院。そこに残った、飛行機が墜落したことで大火傷を負い顔を失った「イギリス人の患者」。その患者の面倒を見るべく、病院に残った若い看護師のハナ。
物語はその二人の、とても静かな描写から始まる。
なんとなく居心地の良い静寂を楽しむ物語なのかと思い読み進めると、ハナの亡き父の親友でもと泥棒(かつスパイ)のカラバッジョと、不発弾を処理する兵士のキップが屋敷にやってきてから途端に様相が変わる。
今までの静寂から打って変わり、様々な人間の様々な愛が語られるようになる。

突然の展開に若干面食らいながらも読み進めるうちに、これも本作の特徴ではあるのだが、そして作者が詩人であるということも大いに関係しているのだろう、体言止めと曖昧な時制(過去のことを現在形で綴る)を多用しながら視点がぐるぐると変わる不思議な体験をさせられながら、イギリス人やキップの過去が明らかにされていく。

そしてそれらの過去が明らかになり、いろんなことがつながったとき。そして読者が「うーん、なかなか壮大な愛の物語だったなあ」と思った瞬間に、またそれをひっくり返す。詳細は語らないが、ここでヒロシマナガサキ。

えっ、となり、急転直下。
でもここからなぜか涙が止まらなくなる。最終盤。
本当に涙が止まらなくなる。戦争の悲惨さとか、そういうことも含めて涙が止まらなくなる。

そして物語が終わる。読み終わった後、どう捉えるかは人それぞれだと思うのだけれども、私は「やっぱり壮大な愛の物語」だったかな、と思う。

これは、本当に素晴らしい。
人生で何冊とない一冊。

こういう出会いがあるから、読書はやめられない。
本当に素晴らしい小説だった。ブラボー。

0
2024年03月10日

Posted by ブクログ

ネタバレ

マイケル・オンダーチェのゴールデン・マン・ブッカー賞受賞作。新潮文庫から版元を代えての復刊。

第二次世界大戦終戦間際のイタリア。ドイツ軍が撤退した後、廃墟となった僧院に記憶がなく全身に火傷を負った患者と、その看護をする若い看護師が住んでいる。そこに看護師の父の友人と、爆弾の解体工が加わり、四人による生活が始まる。。。

美しい。ただひたすらに美しい小説。
詩的な文章により、四人の過去と主に北アフリカ地方の歴史が語られる。北アフリカの話は、描かれるほとんどに馴染みがないので理解できない描写も多いが、砂漠の幻想的な表現が非常に良く読んでいても飽きさせない。
特にイギリス人の患者の過去がほんのりわかり始めてからが面白く、そうかそういう話だったのかと、その悲劇の美しさに圧倒される。

訳者の人も解説で説明しているが、ラスト付近がちょっと駆け足か。余韻は良いのだが、そこだけが少し残念。
また場面転換が非常に多く、読む人を選ぶかもしれないが、ゆっくりと全身で味わう小説なんだと思って時間をかけて読んでみて欲しい。

0
2024年02月04日

Posted by ブクログ

ネタバレ

読書会の課題本で読みました。読むのに時間がかかって、主人公は砂漠に落ちて大火傷追ってベドウィンに助けてもらった後にイタリアの廃墟の病院で花と言う看護師と2人で療養しているところ、そこにカラバッジョ、インドのシーク教徒の名前なんだったっけ?爆弾処理が仕事。それぞれが戦争の傷を抱えつつも、戦争の空白地点みたいなところで、日々を過ごすところ、日本に原爆が落ちたり、そのことに憤ったインドの青年はその場を去るんだけど、その時の人々は原爆のことを知らないんだろうけど、もう知っている前提で書かれている。最後まで読み終わったら、詩人の書いた美しい物語だなと思えた。とにかく読みにくい。映画は評判は本を読んだ人にはイマイチみたいだけど併せて観ると筋が追えました。

0
2025年06月10日

Posted by ブクログ

ネタバレ

独特の文体に慣れるまですごく読みにくかった。

あまりに読みにくいので、ChatGPTに相談したところ、作者が詩人だから明確にストーリーを追うよりは、文章のイメージに浸るように読むのがおすすめって言われて、確かにそのほうが読みやすかった。

現代パートが自分には全然面白くなくて、序盤で挫折しそうになったけど、過去パートのエピソードが面白かったので中盤から持ち直しました。

あと、戦争の話だけど、不倫の物語を美しく書くところが着地点なのはなんだかなという感じ。古き良き文学作品にはよくあることだけれど。

0
2025年10月10日

Posted by ブクログ

漂うような不安定さ…が読後の第一の感想。
美しくはあるけれど、時間も場所も目まぐるしく変わり、浮かぶ画像もゆらゆらと揺蕩うようで。

この物語りは読むものを選ぶ。そう言われる所以が良くわかった。おそらくは、脈絡の無いような物語りと物語りが続き、かつ、過去と今とが入り乱れて、尚且つ、美しくはあるけれど難解な文章だ…読み始めて数ページで放り出したくなる人も多いと思う。

忍耐はいる。

映画化された「イングリッシュ・ペイシェント」はアカデミー賞を受賞し、一躍本書をも有名にしたようだが、原作とは大きく異なる点も多く、自分は見ないことにした。(アマプラでは吹き替え版が見られる)
実を言うと…読み始めてすぐに「あー、えらいものに手を出したな…」と思い始めて少しでも理解を早めようと映像の冒頭を見た…見てしまった。

本書ではすでに亡くなりミイラ化していると思われる「女」が、映像では眠っている?いや、注意すれば亡くなっていることはわかる…つまり、あたかも飛行中に亡くなった?或いは直近に…と思われる、姿形をとどめて、彼女の髪が風に乱れるシーンは美しいとさえ思える。。。そんな出だしであったので、あー、これは随分と違うのかな…と感じて…見るのをやめた。

ならば、独力で、と読み終える覚悟を決めた…笑。


好きか嫌いか、或いは、読めるか読めないか…
二つに分かれるだろう、という多くの感想通りに、詩的ではあるものの、個人的にはイマイチでした。

ブッカー賞の中のブッカー賞…というからには、、、との思い入れもあったので、そこは仕方なし。

他にも秀作は沢山ある。
カズオイシグロを抑えた…とは言えない…と、これもまた個人的には思います。

まあ、「不倫」を美談にしている時点で相容れないものはありますが。。。

0
2025年04月05日

Posted by ブクログ

ネタバレ

ブッカー賞の一番(?)になったと聞いて,読んでみた。難しかったけど(何回イングリッシュ・ペイシェントのウィキペディアを見たことか),没入感がすごい。話としても面白かった。「原爆投下をラジオで聞いてぶち切れする」はないだろうと思ったけど,解説で言われてるみたいに知識の下地があったらあり得るかなとか,プレスコードは日本だけで外国では詳しくオープンにされてたのかな(むしろ成果を喧伝されてたのかな),と考えると面白かった。映画でバッサリ切られているらしいのもなるほどなという感じ。
映画を見たことがないのは,なんか官能的自伝的な感じで興味もてなかったからな気がするが,原作が先で良かったよナイスな判断だったよ,と思う。ウィレム・デフォーはナイスキャスト!と思うけど(めっちゃ見たい),ジュリエット・ビノシュは違わないか?と思う。

0
2024年06月24日

Posted by ブクログ

強いイメージをよびおこす美しい小説には違いないのだが、消化しきれなかったかも。詩的散文か。実はわたくしのように詩がわからない人のための詩なのかもしれないが

なお、フォーサイスの漏らしたという感想は、わたくしとしてもそんなこと言っても仕方ないよなと思いつつも共感するところで、そうしたリアリズム二の次なところは引っかかるといえば引っかかる

エジプトあたりが舞台であったり、エスピオナージュ風味であったり、多層的な語りであったり、アレクサンドリア四重奏を思い出す。あの本も読んだ直後は消化できなかったと思ったが、自分の中で長く余韻を引いている感じがある。この小説もそうなればうれしい

ところで訳者あとがきにある「四人の物語が終わろうとする最後の最後に、作者オンダーチェ自身がひょいと顔をのぞかせたりもする」とは、どこを指しているのだろうか?十数年後のキップを作者に重ねているのかな?

0
2024年05月02日

「小説」ランキング