土屋政雄のレビュー一覧
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過剰なまでの遠慮ともてなしとこだわりには日本と通じるものを感じる。ただ翻訳文だからか、「執事なのにその言い方は無礼では!?」みたいな箇所もときどきある。日本とイギリスの文化の対称性の分析とかで深めるのも面白そう。
この本を読んで、品格は何に宿るのかを考えた。主人公が毎日こだわり抜いて磨いた銀器が要人の機嫌をよくするのに一役買ったことを、自分の仕事が世界情勢の好転に少しでも寄与したと誇っているシーンがあって、毎日積み重ねたこだわりや努力が実を結んだときにこう思えることこそが報いであって、そのために自分が是とすることを粛々と継続することは、どのような立場にあっても高貴なのだと思った。モットーと言い -
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苦しいほど切ない。
作中、いくつも希望が生まれては消え、展示館を通じて提供までの猶予を得られるかもしれないという最大の希望がただの噂にすぎなかったと知る。
主要な登場人物であるキャシー、トミー、ルースはそれぞれの性格が細部まで描かれており、漫画やアニメのキャラクターのような「仲良し3人組」になりきらない部分にリアルさを感じた。
全員がとても人間臭い部分を持っていて、3人それぞれに自然と感情移入してしまう。
だからこそ、終盤は物語を読み進めるのが辛くなってくる。
ヘールシャムの生徒たちも、保護官も、マダムも登場人物が優しい人ばかりで、その優しさが社会の仕組みや時代の流れにかき消されてしまうという -
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ネタバレクローンとは言えど、提供者という抗えない運命に生まれた彼らを思うと、どうしても「最初から真実を伝えるべきだ」というルーシーの考えに共感してしまう。でも同時に、「せめて子ども時代だけは普通の幸せを」というエミリ先生の想いも否定しきれない。どちらも人間的で、だからこそ苦しい。
キャシーとトミーも、もっと早く愛し合ってほしかったと悔やんでしまう。気づいたときにはもう遅い残酷さが胸に残る。
しかし結局、彼らと我々は与えられた時間の長さと扱いが違うだけで、誰もが終わりに向かっている。だからこそ、日々の中で大切なことや想いを分かち合いながら生きたい。何も知らない、伝えないまま終わるのではなく、不完全で -
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初めて手にした時には、展開の乏しさに、あえなく挫折。今回、リトライして、完読。引き込まれるには、かなり読み進める必要がある。
時は1956年、舞台はイングランド。執事スティーブンスの6日間の小旅行、そこに15~35年前の出来事の回想がはさまる。
スタイルがやや型にはまりすぎている気もする(執事らしさの演出なのかもしれない)。途中、ドーリントン邸での秘密裏の国際的会合など、どこかモームを思わせるところもある。何度も出てくる執事の品格の議論では、お茶大のあの先生の顔が浮かんでしまった。
解説は丸谷才一。イギリス文学史とイギリスの時代的変化の文脈で本作品を論じている。恋愛小説として読んでしまったが、 -
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ネタバレ全く前知識なく読んだ方が良いです。
これは。
読めば読むほど、そういうこと?!と、
色々なことが分かっていって、読むのが止まらない。
本当に止まらなくなります。
どんどん心の鉛が増えていく感じもあるけど、一生私の中に残り続けるだろうなという印象深いシーンもどんどん出てきて、カズオ・イシグロさんの天才的な表現力を痛感します。
私の今年に読んで良かった本ベスト10に入ると思います。
それどころか、もし誰かに「どういう本が好きなの?」と聞かれたら、「土屋政雄訳、カズオ・イシグロの『わたしを離さないで』」とまず答えてしまうかもしれないです。
それくらい良かった。面白かった。
本ってすごい。
バケモノ -
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ネタバレ先日読んだ『わたしを離さないで』から2冊目のカズオイシグロ。免疫(?)がついた状態だったので語り手をかなり疑いながら読んでいました笑
スティーブンスの自己イメージは完璧主義なプロフェッショナルなんだと思うけど、それとは裏腹に人間らしいところが垣間見れてなかなか愛おしいおじさんだった…ミス・ケントン惹かれていたらしい(スティーブンスの独白によるとだけど)のも理解できるかな。
ラストのシーンは閉鎖的だった空間がひらけてふっと風が通り抜けるような感覚があり、かわいそうとも尊いとも笑いともつかない、色々な感情がないまぜになり泣けてしまった。
イギリスとナチスドイツの関係やスエズ危機など、歴史に疎 -
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愛と平和は、雌竜が吐く霧によって保たれている。夫婦の愛と社会の平和は、忘却によって保たれている。
雌竜の霧。いい表現だ。
それはともかくカズオ・イシグロが導き出す現実は、身も蓋もないぐらいに厳しい。『私を離さないで』を読んだ後、目の前が真っ暗になるような思いをしたが、この『忘れられた巨人』も同様の読後感を持った。アーサー王物語も古代ブリテンの歴史も知識がほとんどないまま、ファンタジー的な物語なのかと思って読み進めていたが、終盤の終盤に一気に心が鬱になりかけた。
夫婦の旅の目的地は、三途の川の向こうの死の世界だ、と私は読んだ。結局、死は一人で迎えるしかないものである。最後の場面、主人公の決 -
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生まれた時から自分の使命が決まっている。見ず知らずの人のために生きて、覚悟して、自分で選択して終わりを迎える。どんな気持ちなのだろうか。
私はこれまで、自分のことは全て自分で選択してきた。それがどれだけ恵まれている環境だったのかと改めて感じた。親にも、夫にも、感謝しかない。
医学のために存在するクローンの人権についても考えさせられた。現代の医学では、「臓器だけ」だけ作る、よりも「人間」の方が作りやすいんだって。誰かが犠牲にならなくてはいけない世界。今後もより良くなることを願うばかり。研究者の方、日々ありがとうございます。
キャシーとルースは、私と親友Aにとても似ていて何度も思い出さずにはいら -
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ネタバレ自分のためじゃくてジョジーのためだけに全てを尽くすクララが持ってるのは、果たして人間的な心なのか。思いやりや憐憫は確かに心の一側面ではあるやろうけど、保身、嫉妬、依怗みたいな醜い感覚が排除されてるそれを心と呼んで良いのかは難しい。
とはいえそんなクララが、人間を特別たらしめるものを看破してるのが何よりも尊い。
お日さまとの約束とかいう、信仰に近い論理に心からの希望を見出してる感じ、映画『A.I.』と同じくSF作品の中でファンタジーに解決策を見出す矛盾と無力感があった。このパターン心が苦しいからやめて欲しい。
最後の店長の「B3型には愛情を感じられなかった」という言葉、人間に近づき過ぎたもの -
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映画公開時に、映画を見て小説も読んだんだけどまったく理解してなかった、と思う。
カズオ・イシグロのノーベル賞受賞(受賞から数年経っちゃってるけど)でちゃんと読んでみることにした。
1956年、オックスフォードの由緒正しいお屋敷ダーリントンホールに勤める初老の執事スティーブンスは、今のご主人ファラディ氏の休暇に伴い小旅行を計画した。ダーリントンホールは以前は名門貴族ダーリントン卿の持ち物だったが、卿の死後アメリカ人富豪ファラディ氏が屋敷を買い取り、スティーブンスはそのまま新しいご主人に仕えている。政財界に携わり世界の情勢に影響力を持つイギリス人貴族と、戦後の自由なアメリカ人。ご主人の違いにも悩