土屋政雄のレビュー一覧
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カズオ・イシグロ氏がノーベル文学賞を受賞した際のスピーチ。彼の真面目で優しい性格がよくわかるが、内に秘める情熱も見え隠れする。
よく知られている通り、彼は5歳まで日本で暮らした後、日本人の両親と渡英し移民した。その後大人になるまで日本に行くことはなかったが、彼の心の中には常に(想像による)日本があったという。その「記憶」をとどめようと書いた小説が評価された。
日本への憧憬を持ちつつもイギリスをいかに愛しているかが綴られている。また、小説と全く関係のないことから、ハッとするアイデアが浮かび、それが自分のスタイルを決定的に変えたことも書いてあった。
彼の小説は胸がじんわりと痛むものも多いが好きだ。「日の名残り」がまた読みたくなった。 -
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ネタバレ『存在のすべてを』の登場人物が読んでいた本というのでどんな本か読んでみた。『存在の~』はいまいちだったけど、この本は最高だった!
空想上(ゴーギャンがモチーフになってるとかなってないとか?)の芸術家を追って一人の作家がまとめた物語という設定なんだけど、ただただ原田マハさんのようにきれいに積み重ねられた物語だけでなく、モームの哲学を楽しむことができた。いつものことながら文章表現も豊かで巧みであるので行間もなく延々と文字が連ねられていても全く負担にならず面白いようにページが進んでしまう。
このタイトルも意味深で、ついついwikiでその意味まで調べてしまうと、ああ、なるほど深いわぁってなる。ストリックランドの生き方を羨ましいとは思わないが好きなことのためにすべてを投げ出して突き進める人生は素晴らしい。
この光文社の古典新訳シリーズは昔からの名作を現代語訳として読みやすくしているせいもあってスムーズに頭に入ってくるから間のある時にちょいちょい挟ませてもらっている。このシリーズなら『罪と罰』も完読できそうな気がするから今度挑戦してみるかな。 -
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わー!わぁぁああーーー!
読後、リアルに叫びました。そうなるのか!そうくるのかぁ!!
世界観がゴシックホラーで、イギリスのあのじめっとしたそれでいて美しい田舎の空気感が感じ取れるので、大好物でした。
言葉の使い方も絶妙で、ねじの回転が一回転でも多く回れば、そりゃぎりっと奥に押し込まれるよね!そんなふうに表現するの、すごいね!!って、驚きばっかり。
気になる表現は山のようにあるし、平凡な自分には永遠に生まれないような言い回しにはただただ、感心するのみです。
おもしろかった。もし、ラストネタバレされてたとしても、きっと同じように驚いて叫んでた気がします。 -
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有名な『月と六ペンス』。思わせぶりなタイトルなので、どういう意味だろうと何十年か気になったままだったので読んでみた。
答えは本篇にはなく、解説にあった。
P406
題名『月と六ペンス』は、前作『人間の絆』についての書評が「タイムズ文芸付録」に掲載されたときの文句をモームが使ったもの。その書評には、「ほかの多くの青年と同様、主人公フィリップは『月』に憧れつづけ、その結果、足もとにある『六ペンス』銀貨には気づかなかった」と書かれていた。これを読んだモームが、「月」は理想を、「六ペンス」は現実をあらわす比喩として、『月と六ペンス』のストリックランドに応用できると考えたものと思われる。
病気になったストリックランド(ゴーギャンがモデルらしいが、似たところは少ないらしい)が、献身的に世話をしてくれた三流画家兼一流の目利きであるストルーブから、まずアトリエを、ついで愛妻を、結果的には家も奪ったうえ、そのストルーブの妻を自殺に追い込んでしまい、かつ、まったく悪びれない、というとんでもない人格に驚いた。
妻の死後、ストリックランドによる妻の裸婦像を見つけたストルーブが、スクレイパーでキャンバスを切り裂こうとして、思い止まり、芸術を守る、というシーンは、壮絶だった。
とんでもない人格なのに、数少ない理解者の好意で何とか絵を描き続け、最後に大作をものにするも、描いた先が自宅の壁で、死後遺言によりすぐに焼かれてしまうのは何とも勿体無い。芸術家たるもの、作品は後世に残したいだろうに。こうした理解し難い点が多いので、感情移入も難しいが、それでもほぼ一気に読めたのが不思議。。
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イギリスの女流作家。初期の“Jacobʼs Room”(1922)あたりから伝統小説のプロットや性格概念に対して実験的再検討を試み、”Mrs. Dalloway”(1925)や”To the Lighthouse”(1927)などで刻々と移り変わる人物の意識の流れを叙述していく方法を確立
ウルフは外側のリアリズム、すなわち人間の外面的なものをいかに現実らしく書くかを重視した19世紀のリアリズムを否定し、独自の新たなリアリズムを作り出そうとした。
いわゆる実験小説と呼ばれる彼女の三つの作品、『ジェイコブの部屋』『灯台へ』『ダロウェイ夫人』を比較してみると、それぞれの作品における客観的時間の長短は極端に異なっている。
『ジェイコブの部屋』→ジェイコブの幼少期から戦争に出て死ぬまでの20年間
『灯台へ』→10年を挟んだ前後それぞれ1日づつ
『ダロウェイ夫人』→朝起きてからパーティーまでの10数時間人物を外側からでなく、内側から描こうとする。
『灯台へ』においてもウルフはこの方法を採用しているが、実験第一作『ジェイコブの部屋』では多数の人物を登場させ、各場面でそれらの人々の目に映るジェイコブを描いたが、それに比べると、彼女の技法の用い方はその時より効果的になっている。 -
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淡くて美しい、まさにロンドンの6月のような文章。ラベンダーやヒヤシンスの香りが漂ってくるよう。
一方、権威への恐怖や自分の狂気への恐怖、同性愛に違い感情等も描かれているのが意外だった。
細部を読む小説だと思う。
ウルフは難しいと言われている通り、最初は、意識の流れや事実を流れるように織り交ぜて描く手法に戸惑った。
でも、普段自分達の意識や考えもそんなものだし、そういう小説として距離を取って読むと途端に細部の美しさが花開いた。
『ダロウェイ夫人』が発表されたのは1925年。大正14年。日本では普通選挙法が施行された年。
私の祖母はすでに生まれている。
その時イギリスでは、第一世界大戦の深い爪痕を、特にミドル〜ロークラスに残しながらも、
(ハイクラスが始めた戦争だろうが、実際に打撃を受けるのは彼らではなく、そして彼らに戦死した者達の死は意味を及ぼさない、なんてこともこの小説の中には示されている)
一方では豪奢で19世紀的なパーティが開かれている。
そのパーティの主であるクラリッサが、パーティの日の1日、ロンドン内を散歩し、起こった出来事と考えを流れるように描いている。
ウルフの「時」の描き方が好き。
「広場の濃い茂みのあちこちには、強烈な光がまだしがみついている。夕方が蒼ざめ、薄れていく。」
「夕方をそこに串刺しにした。引き止められる夕方。」
ビッグベンの刻の音とともに。
時をこんな言葉と共に感じられるなんて、なんて贅沢。