平田オリザのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
こういう、皆で何かをがんばる青春モノ、それもスポーツじゃなくて芸術系のものって結構好きだ。
今の自分たち(高校生の主人公)を表現するのはいじめとかそういう社会問題じゃなくてもっと、なかなか言葉にできないところにある、というのはすごく共感した。
本の中の劇では、それが無限の可能性とそれに対する不安とか、誰しもお互いに理解できないところがあるから独りだけど、違うところもリンクし合えばひとりじゃないこととか、理解できないものや理不尽なものを受け止めていかなきゃならないしんどさだったりした。
銀河鉄道というフィクションの台本を使うことで、そういう形にならない高校生の今を表せていたんやと思う。
私がファンタジーを好きなのは、そういう言葉にしにくい気持ちや感性を意外と、現実的な話よりもくっきりと可視化してくれるところにあると思った。 -
Posted by ブクログ
大学は勉強するところではない。大学とは、知識を商品のように学生に売るところではありません。知とはデジタルデータではなく、身体と感情を持った人間一人一人が身につけ、実践し、対話し、試行錯誤する中でしか役立たない。
あらかじめ用意された正解をたくさん覚えることが優秀だというのは、いわば知識ベースの勉強です。しかし、非常事態に対処するには、そんな勉強だけでは限界があります。そこで力を発揮するのが、物事をいろいろな角度から観察し、今までに知った事実と組み合わせて、全体の構造を考えるという知性ベースの学びです。
まだ答えがない問題への対処については、先生と生徒の立場は対等です。 -
Posted by ブクログ
<要約>
役割を演じる体験を通じて、自己と他者が違うことを知り、違うからこと対話と合意形成が重要だと学ぶのだ。
<感想>
同質の人間で構成された共同体では議論が発展しない。本来共同体とは、他者理解と合意形成を経て共通のルールを共有する集団である。その前段をすっ飛ばしてルールのみが存在する共同体にコミュニケーション能力は必要なくなる。それが日本の旧い会社組織である。これから国際化が始まる日本において必要とされるのはコミュニケーション能力であり、役割を演じるという体験が重要になるはずだ。
同じ価値観の人間の中に「異文化=フィクション」を持ち込むことが有効なのだ。
<アンダーライン>
・合意を形成するためには、インプット(感じ方)はバラバラでもいいのだけれど、アウトプット(表現)は統一しなければいけない。
★「伝えたい」という気持ちは「伝わらない」という体験からしか出てこない
・「この人の立場だったら何と言うと思う?」と誘導すると、非常に意見が出やすくなる -
Posted by ブクログ
ネタバレ高校演劇についての話。
正直なところ、これまで演劇部に明るいイメージがなかったのですが、随分印象が変わりました。私が普段目にするドラマ・映画・舞台につながる道の一つであるわけですよね。高校生のアツい部活の一つなわけです。
セリフ一つ、動きやタイミング一つにとてもこだわっているんだなぁと、(正に)舞台裏を知ることができました。
話自体はかなりサラサラ流れていきます。ラストシーンをどう変えたのかな?と興味深く読み進めました。
あのラストは、誰にでも(=観客)当てはまる普遍的なセリフであり、自分と友人との話であり、もうすぐ離れ離れになる三年生四人の話であり、吉岡先生と演劇部の話であり、そして、自分と自分との話であると思いました。
この演劇を実際に演じてほしい!是非とも観たい!と思います。 -
Posted by ブクログ
戯曲を書くにあたって、テーマを先に考えてはならない。これは従来の戯曲方法からすると、おかしなことらしい。だが、私から見ると、従来の方法のほうがはるかにおかしなことのように思えてならない。だって、あなたは絵を描くときに、テーマを考えてから風景を探しはしないだろう。ある風景に出会い、その風景を描写したいという表現の欲求が、あたに絵を描かせるのではないだろうか。もちろん、テーマが先にあり、そこから描く作家もいるだろうが、それはおそらく少数派なのではあるまいか。
私たちは、テーマがあって書き始めるわけではない。むしろ、テーマを見つけるために書き始めるのだ。それは、私たちの人生が、あらかじめ定められたテーマ、目標があって生きているわけではないのと似ているだろう。
ジョン・ロックの考えに従えば、まず私たちは、普通、次の二つの事柄を前提にして(誤解して)、他者とのコミュニケーションをとっている。
一、自分の考えは、当然、自分の考えている当の事物と一致しているものと信じている。(表象の一致…概念と事物が一致している)
二、自分がある言葉によって表明した考えや物事は、他人も同じ言葉によって表明すると考えている。(間主観性の一致…概念と言葉が一致している)
「遠いイメージから入る」という戯曲を書く際の一つの法則は、この「内的対話によるコンテクストの擦り合わせ」の端的な例である。表現者は、鑑賞者が日常生活で五感を通して行っているコンテクストの摺り合わせを、それに代わる何らかの情報を提供していくことにより代行させる。そして、鑑賞者が、主体的にコンテクストの共有を受け入れるように、その感覚を緩やかに導いていかなければならない。