椎名誠のレビュー一覧
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メコン川を下る紀行文。
昔からこうしているからこう暮らしている、という人々がいたり、政策で集団移転してきた人がいたりというその国々ならでは事情に接した時間も多かったようだが(例えばp.42)、一方で、日本企業が関与するプロジェクトで森林破壊の事例に接することも多かったといい、ラオスでの保水力現象により洪水リスクが高まっているとの指摘には寂しい思いをした(p.62)
コーンパペンの滝をラオスの人々は「メコンが折れるところ」と呼んでいるようだが、森林の先で突然出現するその滝の濁流の描写には臨場感があった(p.87)。そしてまたその滝を迂回するためフランスの時代に敷設されたというメコン軽便鉄道の機関車が放置されて残されているというのも興味深かった(最後は日本軍が破壊したものとのこと)(p.103)。
「何もないコン島の豊かな日々」という章もまた魅力的で、「何十年も動かない同じ漁をしていて、網を持っている」という父親の網漁(p.111)は、メコン地域の暮らし方の象徴であるようにも思った。プロレスのテレビ放送に集まる人々を目にして、かつて昭和の日本でも同様だったという風に著者も重ね合わせているが、「日本人の時間とラオスの人々の時間がはっきり別のサイクルで流れているのを知る」(p.127)というのも的を得た表現だし、ともするとあと20,30年もすると今の日本のようになってしまうのかなと思うとまた少し寂しさを覚えたものである。
巨大なトンレサップ湖にはいつか旅してみたいと思うが、水上生活は「最低」と医師が言うのには心が刺さった。水上の監獄みたいなものだとも。陸の方で働き口があったらすぐにでも辞めたいとも。精神的な閉塞ストレスが極限まできているとも。そして水の衛生の観点からも、便所から3mを離れていないところから組んでいる赤黒い水でその夜のスープを作っているというのも、ある種のこの地域の人々の身体の強さを感じる。(p.152-153)
さてベトナムのメコンデルタに下ってきて養魚場経営を一帯でみるようになったようだが、トンレサップでもみたこと密接な関係があるということも興味深い。養魚場経営は、フランスからの独立直後、自由主義社会だった南ベトナムでは早くから行われていたがベトナム戦争が始まってできなくなったため、戦火を逃れてカンボジアのメコン川やトンレサップにいきそこで経営するようになった、けれど1975年のポルポト政権下、ベトナム人は迫害を受けて戦争終結後にまたメコンデルタに帰ってきたということらしい。ただ社会主義国になっていたベトナムでは大規模な個人経営は認められず、そのころのチャウドック周辺では百軒ぐらいが小規模に仕事を許されていた程度だった。その後1986年のドイモイ政策で開放経済に移行、国が個人経営の資金を安い金利で貸してくれるようになったために急速に養魚場経営者がふえて現在チャウドック周辺には約2000軒養魚場があるとのことで、完全な過当競争で生き残り競争に入っている、と。戦争によってベトナムとカンボジアを行き来したわけだが、両地域の繋がり(特に養魚場経営者)がわかる説明だった。(p.199-200)
なおメコンデルタでは、蛇はめでたい生き物とされており結婚式などではごく普通に食べられているとのこと(p.202)。
それ以外でも、「豊かな川」と感じさせる多くのエピソードに満ちていて読みごたえが意外にあったし、漁の多くが「待つ」漁であるということも不思議な魅力であると感じたようだ。それゆえの、自然体のさりげなさい逞しさというのは良い表現だ。逆に言えば、狩猟民族のように常に移動していなくても、じっと待っているだけでめざすものを入手できるということであり、肥沃な大河らしい話である。(p.246)
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最後に、解説を石川直樹さんが書いている。椎名さんの著作を多く読み、影響を受けていたというのもまた面白い話である。 -
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「椎名誠」の私小説『かえっていく場所』を読みました。
『南洋犬座―100絵100話』、『家族のあしあと』、『春画』に続き、「椎名誠」作品です。
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かけがえのない、あの場所へ──。
家族、友人、忘れ得ぬ土地……。
三十年住んだ武蔵野の地を離れ、妻とふたりで都心へと居を移した「私」。
ゆっくりと確実に変化していく日常と、家族の形。近づいてくる老いと沈殿していく疲れを自覚しながら、相変わらず取材旅行に駆けまわる毎日だ。
そんなとき、古い友人の悪い報せが「私」を大きく揺るがせる…。
『岳物語』から二十余年。
たくさんの出会いと別れとを、静かなまなざしですくいとる「椎名」的私小説の集大成。
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「椎名誠」が、雑誌『すばる』の2001年(平成12年)1月号から2002年(平成13年)8月号に連載していた作品12篇を収録した短篇集で私小説として『春画』に続く作品です、、、
「椎名誠」本人も『春画』に比べ「少し気分が上昇し、かなり明るめの従来の私小説路線に入っていった短編集」と語っており、やや明るい私小説路線に戻ろうとしているものの… やはり、他の私小説と読み比べると暗い部類に入る内容でしたね。
■1 桜の木が枯れました。
■2 高曇りの下のユーウツ
■3 窓のむこうの洗濯物
■4 東京の白い夜景
■5 冬の椿の山の上
■6 屋上男の見る風景
■7 エルデネ村の狼狩り
■8 アザラシのためのコンサート
■9 波止場食堂のノラ犬たち
■10 雪山の宴。キタキツネの夜。
■11 イイダコの水鉄砲
■12 プンタ・アレーナスの金物屋
■解説 吉田伸子
住み慣れた武蔵野から都心への引っ越し、新しい3階建ての自宅の屋上、取材を中心とした、沖縄、モンゴル、スコットランド、ミャンマー、チリ・パタゴニア等々への旅行… 国内や世界各地で、時を変え、場所を変え、考える様々な出来事、、、
人生に訪れる幾多の邂逅と別離、歓びや悲しみ、不安定な心模様が綴られた作品… 人生の影の部分の印象が強く残る作品ですが、人間のココロって、実際は常に明るく元気な訳じゃないから、過去の作品よりも、素直に描かれた作品なのかもしれませんね。
その中でも、特に印象に残ったのは「野田知佑」との関係が綻んでいくことかな(名前は明記されてないけど…)、、、
「野田知佑」の生き方にも、若い頃に憧れたことがあるので、ちょっと残念でした。 -
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著者の中には紺色制服着用職、特に公務員に対する反感と、ジャーナリズムに対する世直しのほのかな期待が同居する。
しかしジャーナリズムに対する期待はとあるパーティーでのウニ寿司攻防戦に敗れたことによって崩壊する。
自らの生活に必要なのはジャーナリズムではなく著者が敵とさえ思っていた紺色制服着用職の人々であると気づく。
国分寺の古書店の女将はやたらと客を叱り飛ばす嫌な店主であったがしかしそれは真っ当な叱責であり客を大切にする本来の書店の姿なのだとも気づくのだ。
著者自身が名付けた「昭和軽薄体」なる文章には少々慣れが必要だが、体制に牙を向くような若い著者のバイタリティーを感じる。 -
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読書力養成読書9冊目。
椎名誠さんの文章を読むのは初めてではありませんが、著書を読んだのはこれが初めてです。
読み終えたときにまず浮かんできた言葉は、青春グラフィティ。主人公の津田尚介が、市立羽賀高校に入学し、「まあいいやどうだって」と思いながらも教師たちと出会い、友達と出会い、そして柔道と出会って柔道部に入り、通学電車で見かける「さの・あつこ」に胸を躍らせ、他校の生徒らと殴り合いの喧嘩をする、これを青春と呼ばずしてなんと呼びましょう。
本書は椎名さんの自伝的小説で、〈記憶の中の実際の体験をそのまま書い〉たそうです。ですから登場人物も、名前は違えど実在の人物。この後彼らはどうなったか、「あとがき」で知ることができて感無量でした。
彼らがどんなに大けがをしても、親は決して出てこないのが時代を感じさせます。こんなん今だったら、すぐさま親が学校やら相手の生徒の家やらに怒鳴り込んでいくところでしょうけど、男の子を持つ親は当時、「子供ならケガしてなんぼ」くらいに思っていたところがあったのではないでしょうか。
椎名誠さんはとにかくたくさんの著書があり、大量の文章を書いていらっしゃるので、情景描写や心理描写はさすがだと思いました。常にコミカルな明るさが漂っていて、楽しく読めました。
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自身の旅にまつわるエッセイ。
最初の2章くらいまでは、旅先での不思議体験が色々と紹介されているけれど、次くらいから普通の(‥‥とは言っても普通じゃないところが椎名さんの旅なのだけれど)旅のエッセイとなっている。
しかし、オバケ系じゃなくてもすごい旅ばかりなのだ。
普通の人じゃなかなか体験できなさそうな貴重な体験を色々されている。
泊まる場所もホテルばかりではなく、そういった宿泊施設がない場所では、廃墟で泊まれそうなところに案内してもらったり、民泊させてもらったり。
日本の便利な生活に慣れてしまうと、カルチャーショックが大きすぎるだろうが(特に排泄系)、そんな旅の中でも、ステキだな~と思ったのが、モンゴルのパオに泊まって生活していた話。
まさに自然に逆らわず、あるがままの自然と一体になって暮らしている様子が印象に残った。 -
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山登りが好きな両親がつけた名前、ってだけでソッコー読みたくなった本でしたが、山の話はでてこないです。笑笑
ただ、山登りが好きなお父さんだけど、釣りにハマった息子に釣りに付き合わされるっていう構図で話は進みます。
リアルな実体験、息子とわたしの話なのですが、読んでいて、、、息子の成長、青年期への緩やかな流れが、作者が旅小説を書く人で、年の数ヶ月海外へ行って帰ってきてることもあり、帰るたびに変化してる息子との対面。
家にいて仕事をするため、小さなころは送り迎えはお父さんがしていたので、公園でのコミュニティやら、仲良しのお友達、ママ友などをこんなふうに思った。という冷静な視点でゆったり分析しているのが読んでて、
あーなんかわかるなぁ。
4歳の息子が行きと帰りに手を繋ぎながら、保育園での話、夢みたいなあったらいいなの話、かと思えば、!?っと驚くような大人の発言をしたり。
そんな今、わたしが息子と共に感じてる色々が本を通じてなぞられていて、ホクホクと気持ちが暖かくなるようでした。
きっと息子が大きくなってしまって読んでも、あーそうそううちの息子も!ってなってまた違ったホクホクが訪れそうな一冊でした!!!
こんなふうに日常を過ごしたこと、思ったこと綴れたらいいのになぁ。