椎名誠のレビュー一覧
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【感想あるいは思ったこと】
自分自身のことも振り返りつつ日記を読み返すように読む。79歳になり旅にあまりでなくなったが、それでも原稿仕事は相変わらず引きも切らずの状態であることがわかる。お孫さんも大学生ということがわかり私小説とは違う日常の生活がつづられているが、この時期はやはり目黒考二さんが亡くなったことが一番大きなことだったようだ。
彼が亡くなったことで心神喪失とまで行かずともかなり不安定な中で体調を崩すことも多かったことがわかる。そして作家としての集大成を託された思いなども繰り返し述べられている。
やはりカバー写真が全てのような気がする。やるせない感じがする。 -
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映画『四万十』 河合雅史『未来の年表』 全体は荘重な静けさの中で森閑としている 啓典『クルアーン(コーラン)』 土葬を主とするのは、自分が復活したとき骨だけでなく肉体を持ってそれを迎えたい、という意識が強いからなのだろう。 当然仏壇もないし、戒名なんてのはハナから論外だ。 アッラーを模ったものが一切許されないイスラム教では、そういう眼前の「祈りの対象」というものがちっとも存在しないぶん、イスラム教徒等の思いや願いは、遠い宇宙空間の彼方に静かに確実に向かっているようで、寧ろ不思議に安定した実感があるのが不思議だった。 そしてそれ等は長らくタイの田舎等でよく見られた遺体放棄に絡む恐怖症らしい その名残りは「窪」とか「谷」「沼」「林」等の付いている地名に残されている。 その頃島ではまだ食べられていた大きな赤海亀を持ってきて カロウト式 大阪・一心寺の「お骨佛」 フューネラルビジネスフェア二〇一八
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ネタバレ脳梗塞をきっかけに、40代にして死を意識し始めました。
もちろん、死に対する意識は長らく持っていました。小学生で飼っていた猫が死んだとき、大学生で友人を亡くしたとき、30前後に立て続けに3回ほど入院をしたとき。
そしてこの度、脳の血管のバイパス手術ということでまあ死んでも何らおかしくない、と勝手に考え、当地でWillを書いたり、銀行口座・保険等を減らす、また一覧にしてPCのデスクトップに置き、妻や息子に何かあったらこれをあけろと指示したり。つまり、マジで死ぬことを意識したということです。
無駄なものを減らし、無駄なことに時間も使いたくない、大切な人と時間を過ごしたい、と思うようになりました。
結局バイパス手術はあれ?というくらいスンナリ終わり、当地に戻ってきて、あっという間に周囲にも心配されなくなり、嬉しいのか嬉しくないのか良く分かりませんが、とりあえずBAU(Business As Usual)になりました。
そんな時に、会社を辞めてしまった姉さん的な人に快気祝いランチをしていただいたときに借りたのが本作。
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椎名誠さんというとエッセイストと旅人の良いとこどりみたいな飄々としたおじさん、という印象でした。
で、彼ももう80ですよ。そりゃあ死について考えますわな。
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本作、椎名氏による死にまつわるエッセイ集であります。
これがまたとても幅広い内容。
墓にまつわる話、より詳細に言えば墓に骨ツボを保存するのってどうなの?という疑問。また骨を砕いて仏様の像を作っている寺院の話。古来の亡骸の処分方法と地名、キリスト教の埋葬やムスリムの埋葬、自然葬、海外の葬送方法(鳥葬とか)などなど。
年齢からすれば私なぞよりもぐっと死に近いわけで、ある意味真摯な言葉で死の周辺を捉えています。でも飄々とした表現は拭うべくもなく、椎名節とでも言うような何とも言えないリズムの筆致であります。
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その中で河合雅司氏の「未来の年表」に言及されている部分が幾つかあり、やはりかの本のインパクトは大きかったかと実感。
火葬場が増えない、火葬待ち〇日みたいな未来がくる、という将来です。それを見越して遺体安置サービスみたいな業ができるのだろうとか。
また地方から檀家制度が崩壊し、墓が維持できないという将来が見える中、もう墓とか持つのも、そして盛大に葬式をやるのもやめたいという椎名氏の気持ち。まあそうですよね。
私も自然葬みたいにサクっと海に散骨をしてほしいなあとか思います。
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ちょっと足らないなあと思ったのは、財産処分については殆ど触れていないこと(北海道の別荘を処分した話はありましたが)。
おそらく子さん方も立派に出世されているのだとは思います。でも、椎名氏も都心に不動産をもっていることを想定しますと、加えて動産なども相応あることを想定しますと(著作権なんぞも相続税の対象になるのかな?)、それらを相続するのにとてつもない税金がかかることが想定されます。
きっとイニシャルで数百万から、下手すると数千万の税金がかかります。
加えて晩婚化が進む昨今、場合によっては相続を受ける当の子供たちは、相続税の支払い時がまさに孫(子の子)の教育資金で首が回らない時期、という可能性もあります。
旅・自然・自由みたいなイメージと全くかけ離れますが、お金や財産のことにまで踏み込んで共有いただけたらもう一段椎名氏的にエポックメイキングな作品になったかも、とふと思いました。
自分の親の痴呆症が進むにつれ、財産の処分(それがたとえ少なくても)については本人が家族の前でコンセンサスを取るのが一番良いなあというのが今の私の感情であります。
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ということで椎名氏の死にまつわるエッセイでした。
お葬式、お墓、死について考えるきっかけとなるような一冊でありました。重たくない作品なので気になる方はまずは手に取って読んでみると良いかとは思います。 -
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全部で49篇のエッセイが詰まっている。世界各地の風俗や世界観を一枚の写真とともに当時の情景と思い出をつづっている。ちょっとした時間に読むにはちょうどいい文量と言えばいいだろうか。掲載していた先を見て非常に納得。東スポに2016年9月から2019年3月まで連載していたものを新日本出版社から単行本として2019年9月に出版されたものを2023年10月にKADOKAWAから文庫化されたものだった。
新聞の紙面での掲載であれば、コラム欄での読み切りサイズだろう。本当に読みやすく写真を見て全く知らない異国の地へ思いを馳せることができて楽しかった。
たぶん、文庫だから良かったかも。バス停で、寝る前に、起きてすぐ、この気軽さが今の自分には何だか馴染む。 -
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あの”怪しい探検隊”も齢、今年80歳かぁ。
一緒に”本の雑誌”を立ち上げた目黒考二が亡くなり、さぞ気落ちしたことは想像に固くない。
それでも年齢の割りによく飲み、よく仕事を兼ねてよく外出してるようでまだまだお元気そうで嬉しい。
日記よりも巻末の”さらば友よ”が滅法面白かった。
椎名誠の青春記、20代はじめの生きていたのが奇跡というくらいの自動車事故、著者は助手席でみぞれまじりの雨が降ったあとのアイスバーンみたいな道路を免許取り立ての悪友が時速100キロでとばしてたっていくからよく誰も殺さずっふたりとも瀕死の重体を負いながら生きてたよね。
これ以外にもバイクで大きな事故を起こしてるみたいだし。
強運の持ち主といおうか命知らずだね。
この事故のあと実家で療養してる時に今までにないくらい文学系の本を読み漁ったみたいだからその時に書く素養ができたのかもね。
おまけに実家では母親が舞踊教室を開いていてそこの生徒さんと不倫してたとは!
で高橋という偽名を使って芦ノ湖の配達の住み込みバイトをして(一ヶ月くらいで辞めたみたいだけど)ここで知り合った人たちがみないい人でまかないも美味しそうで著者じゃなかったらそのままここで一生暮らすのもありなんじゃと思ったよ。
昭和の古き良き時代って感じがしたわ。
あと千葉の昔からの友だち、高橋コロッケくん、なんていい奴なの。家出(芦ノ湖に)の時も理由も聞かず一緒についていてくれたりどんな誘いでも著者の誘いは断らなかったとか。なんであんなこころやさしい男がいたのかと著者も言ってる。
私もよんでいて感動したよ。高橋コロッケくん(実家が精肉店)も椎名さん同様、達者でいてほしいと願わずにいられない。 -
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僕が20歳の頃、あけすけで、体当たりでことにあたる著者が好きだった。
本の雑誌も好きだったし、こんな大人になれれば良いな、なんて思っていた。
青年だった僕が60代を迎える今、本書を読むと、どうもがっかり感が激しい。テレビの状況に文句を言うが、テレビづけになっている生活が哀しいし、あちこちでビールを飲む姿も底が浅く見える。飲む機会の周辺の仕事ぶりが見えず、ビールを飲んでいることだけが印象に残るのだ。
80歳を迎えられる著者に何を期待するのかと怒られそうだが、僕のアイドルだったのだ。表紙も自身のお姿で、相変わらず男前な立ち姿がいっそうがっかりにつながっている。 -
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作家であり旅人でもある椎名誠さんが、息子(岳くん)との出来事を記した、私小説エッセイの短編集。
全体としてとても読みやすく、ほっこりした。しかし息子の名前に"岳"とは、よほど山登りが好きなんだなあ。
父子のまさに"男同士"の関係は読んでいてとても爽やか且つ微笑ましかった。
すごいなと思ったのが、椎名さんの文章。くどくどしてなくて、キレイ。優しくて的確で正直。教科書に載るのも頷ける。それとも作家を職業にしてる人は、みんなこんなふうに完成した文章を書くのだろうか。
特に、終盤のシベリアからの電話でのやりとり、不安定な回線と椎名さんの心理描写は印象的だった。旅行記は苦手だけど、この方が綴った旅行記なら読んでみたい。かもしれない。
本書を読んで教育論のようなものを感じる読者が結構多いらしい。ネットで読み漁った感想やレビューの中には「自分に男の子が産まれたらこう育てたい」とか、逆に「固定観念を押しつけられたような気がした」という感想を見かけた。
椎名さんが岳くんをとても好意的に書いているから、子育て論的なものを感じる人がいるのかもしれない。まず全体を通して「ほら、岳はいい少年だろ!」というのがビシビシ伝わってくる。
そして確かに、「周りはこうだったが私はこうした」「こういう教育の風潮はいかがなものかと思う」って記述はあった。
しかし、だからといって「私の教育でこんなにいい少年が育ちました!男の子はみんなこう育てるのがいいんだよ!」と読むのは乱暴すぎる。
椎名さん自身が幼少期に受けた教育を振り返る場面もあったし、椎名さんが教育について言いたいことはおそらく「それぞれ!」で間違いない。右に倣えの型に嵌めた教育を批判しているのであって、自分が岳くんに与えた教育が全ての子供にとって良いなどとは一言も言っていない。
どんな教育が"良い教育"なのかは、当然ながら、それぞれの親の考え、子供本人の性格、向き不向きなどによるだろう。あとは時代の風潮も多少は影響するかも。(岳物語は1985年に出版された著書)
この私小説から学ぶ教育論があるとすれば、『風潮にとらわれず子供の個性に合った教育を!』程度のことじゃなかろうか。
で、この私小説のメインテーマは教育論じゃないとして。
あとがきや解説が言うには「親の想像を超える、少年期の著しい成長」というのがテーマだそうだ。
この物語の中で、保育園児だった岳くんは小学5年生になる。
親が全てである幼少期、子供はずっと親を追いかけるし、何があっても親を頼る。食事、遊び、生活、移動さえ親頼み。親の目が届く範囲で新しいものに触れる。
しかし大きくなるにつれて自分で解決できることも増え、いつの間にか親の知らないところで新しいものに触れ、彼の世界は広がって、親の存在が占める割合はどんどん小さくなっていく。幼児期から少年期への移行。
これを最も象徴してるのが釣りの話。岳くんの世界が親の世界を抜け始めたと確信する話で、頼る頼られるの力関係も完全に逆転している。あとは長旅から帰った椎名さんを出迎える態度が変わったというエピソード。まさに驚くべき速さで、子供は親のいない場所へと世界を広げていく。
一方で椎名さんは、どんどん世界を広げ自立していく子供を無意識に引き止めようとしている。自分の存在が子供の中でどんどん小さなものになっていくのを、認めたくない気持ちがあるような。
これは坊主にするしないの話で強く感じたこと。もちろん子供の成長は嬉しいし見守りたいのが大前提だろうけど、子供の成長を素直に喜べない気持ちが椎名さんの中に、少しだけど絶対にある。
でも嫌そうな顔してるのに坊主に刈り上げちゃ可哀そうだよ椎名さん。子供はいつまでも親の管理下にはいない。親の帰りを喜んでいた小さな子供は、釣りを楽しむひとりの少年になりつつある。
という、幼児期から少年期における親子関係の転換期を描いたお話だった。親子関係って面白い。私が親になったら違う感じ方をするのかも。そしたらまた読もうかな。 -
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【きっかけ】
毎度思うが贔屓にしている作家の本が読めるのは幸せだ。
集英社のナツイチ企画のころに購入した。
【感想】
さて、この本はサンデー毎日に連載しているエッセイをまとめたもの。
記事に関しては2016-17年というコロナ禍前であり著者が車の運転もしているし、色々ある前のことが書いてあり、なかなか70歳でこの勢いという感じで楽しみながら読めた。
エッセイは、機知に富んだ内容が勝負どころだと思うが、緩急を織り交ぜたゆるさが読んでいい気晴らしになった(懐かしい昭和軽薄体!)。
【終わりに】
ところでこの文庫の刷数が凄い。奥付の初版が2021年11月25日であるが、既に4刷になっている。集英社文庫の夏の催しであるナツイチに選ばれているのでそのせいなのだろうか。その刷数が読んで気になった。 -
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ネタバレあらゆる飲食物のなかで「ビールが一番好きだ」だが、飲食店で冷やしすぎて、水滴の付いたキリンレモンのコップで出されるビールには反感を持つ、食物ではラーメンが好きだが、これは急いで食うことが必要で、読書と相性が悪い。食べつつ、「国分寺書店のオババはなぜ持ち込んだ段ボール箱を一瞥もせず俺(筆者)を無視したのであろうか」
一見とりとめないが、オババは売りに来た若者に「こんな全集の端本ばかり持ち込んでどうするんだい」と冷遇し、店は見渡してみれば全集の全巻揃いがひしめくというハイクラスインテレクチュアル御用達らしかった。
「制服」というものが嫌いなのは、鉄道乗務員が「乗車券を拝見します」と回ってきて、小銭で乗越運賃を取ることや、公務員が安価な官舎に入居していることにも向けられるが、ときには腕力に訴えても秩序を維持する機能は認めている。