読み終わって、タイトルの「羊は安らかに草を食み」という曲を聴いてみた。これっ!良くSpotifyが私用に選曲してくれるやつやん^ ^最近作曲されたヒーリングミュージックかと思っていたらバッハと知って驚いていた。バッハといえば荘厳な教会音楽、数学的に神という高みに上っていくイメージをもっていたが、それはイメージの話。バッハって実はすごく優しいんだ。教会の門にたどり着くことも出来ない者の側にも神はいる、戦場で今日を必死に生き延びる者の側にも神はいるっていう優しい(バッハはドイツ人でルター派なのですね)とっても人間的な気持ちに溢れている。
益恵という86歳の女性がいる。認知症を患い、まもなく施設に入居が決まっているのだが、親友のアイ(80歳)と富士子(76歳)は益恵の夫の三千男に依頼される。益恵を連れて旅に出てほしいと。益恵が50代で三千男に出会う前に住んだ町を辿り、それぞれの地で交流のあった人達に合わせてあげて、益恵の「心のつかえ」を取り除いてあげてほしいと。益恵、アイ、富士子は50代くらいで町の俳句教室で出会った仲間であり、何度も一緒に旅行などしてきた親友である。かといって、80歳と76歳が認知症の86歳を連れて、東京から大津、松山、佐世保、国先島と旅行するのは並大抵のことではない。独身でキャリアウーマンだった富士子は手っ取り早く宿を予約したり、荷物を先に宅急便で送ったりと要領が良い。アイは最近詐欺に会い、それを責めながらもそれぞれに家庭の問題を抱えている息子、娘と電話で言い合いながら、「もう子供に煩わされるよりも自分の友達との友情のほうが大事」と心がきっぱり決まっていく。
益恵は戦中に家族と満州に住んでいたが、戦後引き上げの時の大混乱で家族全員を失い、命からがら帰国した経験を持つ。三人の旅のお供は益恵が元気な時に出版した句集。満州からの引き揚げの時の壮絶な思い出を句にした作品から益恵の過去を読者は知る。
旅の最後にたどり着いた国先島。長崎県の五島列島の一つである。益恵は満州で自分と同じ孤児の女の子と助け合いながら命を繋ぎ、日本に帰国してからも国先島でしばらくその親友と暮らしたのだった。
国先島の小さな教会でバッハの「羊は安らかに草を食み」が流れる。86歳となり認知症になった益恵さんの心は満州から引き上げてきた11歳の時のまま。優しく繋ぐ友の手。二人とも柔らかな手だったのだろうな。
読んでいる時、ずっと思っていたのは、自分も益恵さんたちの歳になった時に、自身の健康や家庭に問題はあっても、それはさておき優先的に出来る「友情」を大切にしたいということ。益恵たちは今の私くらいの歳で出会った俳句仲間との友情を優先し、家族になんと言われようと旅に出た。私も最近趣味を通して出会った友人や再会した友人を本当に本当に大切にしていこうと思う。そして、今私はアイの娘くらいの歳であり、母親との口論のシーンも良く分かるのであるが、いずれアイの立場になることも分かる。その時に「子供は子供、私は私」と自信を持っていえるアイデンティティと友情をちゃんと育んでおこうと思う。
そして、益恵と親友のカヨちゃんが経験で知った「命を繋ぐことの大切さ」。コンプライアンスとかハラスメントとか言葉は溢れている世の中だが、本当に命を繋ぐってどんなことなのか、言葉ばかりが溢れている今の世の私たちは知らないでいると思った。