歴史・時代小説 - 学研の検索結果
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<北条五代と戦国時代>百年の繁栄を支えた北条一族と家臣団目録
苛烈な戦国乱世にあって、約一〇〇年に渡り確固たる勢力を維持し続けた北条氏。その五代におよぶ繁栄を支えた、北条一族と家臣たちを紹介! 固い絆で結ばれた一族衆から、開祖早雲以来の宿将、関東の猛者たちを網羅。資料性の高い花押や印も数多く同時収録! -
<北条五代と戦国時代>北条五代 支配の鉄則
およそ百年、五代に渡り関東地方を支配した戦国北条氏。その統治政策を徹底検証! 上杉謙信・武田信玄・今川義元ら強力な大名たちと、互角以上に渡り合えた理由とは? 家系図など豊富な図表も収録。安定した勢力を維持するための鉄則に迫る! -
<豊臣秀吉と戦国時代>戦国武人列伝 文禄・慶長の役
文禄、慶長の二度に渡る朝鮮出兵を戦った秀吉軍団の武将たちを紹介! 主戦派の最右翼、加藤清正。まだ二十代ながら日本軍の中核をなした黒田長政、宇喜多秀家。朝鮮との縁も深い国際通、宗義智。各将の当時の政治状況と、合戦での戦いぶりをとは? -
<徳川家と江戸時代>個性派将軍!綱吉と吉宗
二五〇年以上に及ぶ徳川幕府の歴史上、もっとも強烈な個性の持ち主であった徳川綱吉。その綱吉から「吉」の字をもらった吉宗は、綱吉前半期の善政「天和の治」を自身の政治の参考にしたという。二人の個性派将軍が目指した理想の治世とは? -
文禄・慶長の役への野望と亀裂
朝鮮への侵攻が決定したとき、豊臣大名たちの胸にはさまざまな思惑が渦巻いた。「好戦派と厭戦派」「渡海組と残留組」「武功派と吏僚派」の3グループに分けることで見えてきた、豪壮秀吉軍団に入った深い亀裂と、次なる戦の予兆とは。 -
<剣豪と戦国時代>生涯不敗の剣聖 塚原卜伝
剣聖・塚原卜伝――合戦に臨むこと三七回、真剣での決闘一九回、ただの一度も不覚を取ることがなかったという。剣の道を究めんと邁進したその生涯を解説する! 卜伝に秘剣一つの太刀を伝授された、剣豪将軍・足利義輝についても同時収録! -
<剣豪と戦国時代>柳生宗矩と新陰流の極意
柳生宗矩は、どのようにして一介の剣豪から万石を領する大名に上り詰めたのか? 家康に見出され、秀忠への忠勤に励み、家光の信頼を獲得し、新陰流を将軍家御流儀の地位に押し上げるまでの経緯を徹底解説! 柳生新陰流の極意に迫る! -
<戦国時代>歴史を動かす快男児 傾奇者たちの戦国時代
衆目を集める派手な容姿と大胆不敵な行動――己の心のままに乱世を生きた漢たちのことを、人々は傾奇者と呼んだ。常識にとらわれない痛快な言動は時代を動かし、今なお多くの歴史ファンの心を掴んで離さない。そんな傾奇心あふれる六人の武将たちを紹介する! -
<武田信玄と戦国時代>信玄に学ぶリーダーの資質
戦略家武田信玄の戦いを徹底分析! 戦国最強と呼ばれた信玄だが、その強さの真髄は合戦指揮の巧みさだけにあるのではない。むしろ敗戦や苦境に陥ったときの施策こそ、信玄の叡智の真骨頂といえる。冷静沈着な戦いぶりに指導者のあるべき姿を学ぶ! -
<徳川家康と戦国時代>徳川四天王と三河武士団
長きにわたる雌伏の時を経て天下人となった徳川家康。そんな家康と苦楽を共にし、泰平の世の礎を築いた家臣団を紹介! 酒井忠次、本多忠勝ら徳川四天王をはじめ、屈強で知られた三河武士たち。幾多の難敵を退けた、結束力の秘密とは? -
<北条早雲と戦国時代>記憶に残る 新井城攻防戦
相模の名族、三浦氏。北条早雲はその最後の戦いにおいて、三浦義同・義意父子を新井城に追いつめた。当初は力攻めで押し切るはずだった早雲も、要害堅固な新井城を前に、作戦を変更せざるをえなかった。記録と記憶に残る、北条早雲最後の戦い。 -
<北条早雲と戦国時代>動乱の関東に早雲台頭す!
一四九一年、北条早雲伊豆に侵攻す! 戦国時代のはじまりを告げる事件の背景には、室町幕府による統治の失敗と、その後に訪れた擾乱に揺れる関東の情勢があった。複雑に入り組んだ関係を丁寧に解きほぐし、群雄割拠の戦国関東地方への理解を深める一冊! -
<北条早雲と戦国時代>背後に今川氏? 下剋上の内幕
戦国屈指の梟雄として知られる北条早雲。その台頭のきっかけとなった伊豆乱入の背景を分析! その過程で浮かび上がってきた、早雲と主家今川氏との本当の関係性とは? 今川氏の家臣として活躍した早雲が、戦国大名への道を歩むまでの軌跡を追う! -
<北条早雲と戦国時代>北条五代百年の基盤
およそ一〇〇年に渡り、関東一円に覇を唱え続けた戦国北条氏。その基礎を築いた開祖早雲の戦いを徹底検証! 伊豆乱入にはじまり、関東上杉氏との抗争から、名族・三浦氏との死闘までを網羅。戦国乱世の始まりを告げた下剋上の物語を堪能する! -
<山内一豊と戦国時代>賢妻と歩んだ凡将 山内一豊の出世物語
山内一豊――この男、特段智勇に優れたわけではない、だがこつこつと着実に功を重ねる辛抱強さを持っていた。そして幸運にも、利発な妻を娶ることができた。一豊と妻・千代は手を取り合い群雄割拠の乱世に挑む。天下人三代に仕えた“凡将”の出世物語! -
歴史群像デジタルアーカイブスカタログ
【無料カタログ】歴史群像デジタルアーカイブスを完全網羅! 織田信長、真田幸村ら英雄たちの戦いを分析した戦記や、武将や妻妾たちの人物像に迫る伝記、当時の時代背景や文化の解説など、多種多様な全470作品を一挙ご紹介いたします。 -
<明智光秀と戦国時代>明智光秀の三つの顔
本能寺での反逆ばかりが語られがちな明智光秀。しかし、史実を検証すると、将軍に仕える幕臣、織田家随一の家臣、一国を管理する統治者という「3つの顔」を持つ極めて優秀な戦国武将であることがわかる。光秀の足跡を辿りながら、その力量を調査する! -
<明智光秀と戦国時代>変わる武士たちの倫理観
自分の能力を引き出さない主人を裏切ることは当たり前。かつて戦国武士は、傭兵だった。「下剋上」が当然とされた世界はしかし、いつしか変わってしまい、「二君にまみえず」、一人の主人に仕え続ける美学へと反転した、その現場を探し当てる。 -
<明智光秀と戦国時代>知られざる光秀の素顔
現代の私たちが知る明智光秀像は、その多くを『信長公記』に拠っている。しかし吉田社の神官、吉田兼見による日記『兼見卿記』には、知られざる光秀像が映し出されていた。等身大の明智光秀とは一体どんな人物であったのだろうか。 -
<明智光秀と本能寺の変>明智 長宗我部 斎藤 信長打倒の動機
四国の長宗我部氏と深く繋がっていた明智光秀。その繋がりの中心にいたのは、斎藤利三だった。安定していた四国情勢は、織田信長の四国政策の転換によって急変する。光秀の謀反は、ここにおいて決定的となったのか? -
<明智光秀と本能寺の変>謀叛の成功から孤立へ
天正十年(一五八二)五月二十九日、織田信長は安土を発ち上洛の途についた。京滞在期間は、五日間の予定であった。これが信長にとって運命の五日間となる。六月二日早暁、本能寺炎上。明智光秀の謀叛は成功した。光秀を中心にみる本能寺の変の前後事情。 -
<足利義昭と近衛前久>室町幕府再興ならず/武家に憧れた流浪関白
悲願の将軍任官を果たした足利義昭だったが、その後待っていたのは、信長との確執、そして京からの追放であった。摂関家筆頭の名門の生まれながら、武家に憧れ、戦陣に従軍したという異色の経歴の持ち主、近衛前久。戦国を生きた二人の流浪の人生をみる。 -
<足利義昭と戦国時代>執念の信長包囲網
室町幕府最後の将軍足利義昭。織田信長に利用され傀儡と化した将軍職だったが、義昭の“打倒信長”の目標は潰えなかった。その執念は、毛利、武田、朝倉、浅井そして本願寺らを巻き込み一大信長包囲網を築くに至る。信長を苦しめ続けた義昭の執念にせまる。 -
<石田三成と関ヶ原合戦>西軍惨敗の原因となる三成の四大誤算
なぜ石田三成は大垣城を捨ててまで関ヶ原で野戦に挑んだのかなど、関ヶ原合戦の西軍にまつわる四つの謎について徹底解説。三成が企図していた驚くべき戦略と、西軍敗北の原因が見えてくる。 -
<石田三成と関ヶ原合戦>対照的だった朋友 増田長盛と大谷吉継
石田三成の挙兵に際し、対照的な行動をとった三成の朋友、増田長盛と大谷吉継を紹介! 家康弾劾状の発起人に名を連ねる一方で、家康方と内通していた長盛、友のため病をおして参戦した吉継。三成と共に豊臣政権を支えた二人が道を違えた理由とは? -
<石田三成と関ヶ原合戦>反三成の急先鋒! 加藤清正と福島正則
石田三成ら文吏派と、加藤清正、福島正則ら武功派――豊臣政権の両輪として活躍した彼らは、朝鮮出兵を境に対立。その憎悪は激しく燃え上がり、武功派による三成襲撃事件へと発展してしまう…。政権崩壊を招いた確執の原因を検証する! -
<石田三成と関ヶ原合戦>豊家護持の同志 小西行長と宇喜多秀家
石田三成と志を一つに、豊臣政権の存続に尽力した、小西行長と宇喜多秀家を紹介! 非武士の身分から大身の大名にまで出世した行長、秀吉の養子として厚い寵愛を受けた秀家――豊臣家からの恩顧に報いんと、家康に抵抗した男たちの生き様とは? -
<石田三成と関ヶ原合戦>三成の蹶起は義挙なのか?
日本戦史上最大の野戦、関ヶ原合戦を誘引した石田三成の蹶起を徹底分析! 「専横極まる徳川家康への対抗」「豊臣家の護持」など、義挙として語られがちな三成の行動に、正当性はあったのか? 当時の政治状況を精査し、歴史の真実をあぶり出す! -
<石田三成と戦国時代>激震!関ヶ原合戦 五大老編
豊臣秀吉、前田利家の死後、徳川家康の専横が顕著になるにつれ、五大老は分裂状態に陥った。家康との対決を決意した石田三成は、分裂状態を逆手に取り毛利・宇喜多らを反家康勢力に取り込んでいくが…。関ヶ原合戦に臨む五大老たちの思惑と野望とは? -
<石田三成と戦国時代>激震!関ヶ原合戦 五奉行編
行政手腕に優れ、豊臣政権の中枢を担った五奉行。その中でも秀吉が最も寵愛したのが石田三成である。秀吉の死後も豊臣家に忠誠を誓う三成であったが、他の四人の心は揺れ動いていた…。やがて迎えた関ヶ原合戦、五奉行たちが下した決断とは? -
<石田三成と戦国時代>豊家に殉じた生涯 峻厳なる能吏石田三成
秀吉をして「自分と同等の才能を持っている」と言わしめた石田三成。財政に才幹を発揮した三成は出世街道をひた走り、五奉行随一の実力者にまで上り詰める。能吏として東奔西走した青年期、家康との対立、そして運命の関ヶ原へ――三成の生涯を活写する! -
<今川氏と戦国時代>今川氏崩壊
「甲相駿三国同盟」によって安泰かに見えた今川家だが、隠居の身であった今川義元の死によって事態は急変した。家督を継いだ氏真は戦いを好まず、今川家は、家康、信玄の格好の餌食となった。繁栄を極めた今川氏、滅亡までのカウントダウン。 -
<今川義元と戦国時代>今川家の屋台骨 太原雪斎と岡部元信
義元の時代に今川家の隆盛に貢献した、太原雪斎と岡部元信を紹介! 智謀神の如しと畏れられた雪斎は、武田・北条家との三国同盟締結に尽力。猛将・岡部元信は小豆坂・桶狭間合戦で勇名を馳せた! 屋台骨として今川家を支えた両名の活躍を解説する。 -
<上杉景勝と戦国時代>サバイバル大名上杉景勝
幕末まで続く米沢藩上杉家の礎を築いた、上杉景勝のサバイバル戦術を大検証! 養父謙信の後継問題、秀吉への臣従とその後の躍進、そして家康との対立――幾多の困難に対し、景勝の下した決断とは? 頑固一徹、武門の意地を貫いた景勝の生涯の軌跡を追う! -
<上杉景勝と戦国時代>貫くは武門の意地 軍神の後継者上杉景勝
軍神・上杉謙信の跡を継いだ景勝は、次々と襲ってくる上杉家存続の危機に、忠臣・直江兼続とともに立ち向かい、その武威を天下に示す。戦国乱世の織豊時代から泰平の江戸時代までを生き抜き、戦国随一の武門の血脈を守った景勝の生涯に迫る! -
<上杉景勝と戦国時代>天下人の真意とは? 上杉景勝と二度の転封
近世武家社会の確立過程で頻繁に行われた転封(国替え)。特に、上杉景勝は関ヶ原合戦を挟んだわずか三年の間に豊臣秀吉、徳川家康両名から転封を命じられた珍しい武将である。二度の転封に秘められた天下人たちの狙いとは? 当時の政治情勢と合わせて解説! -
<上杉景勝と戦国時代>比較大将論 景勝vs家康
戦国後期を代表する名将、上杉景勝と徳川家康を徹底比較! 弱きを助け、悪しきは討つ――養父である軍神謙信の遺訓に従う上杉景勝と、天下への欲をむき出しにした徳川家康。両者はどのような経緯で対立し、武力衝突にまでいたったのか? -
<上杉家と江戸時代>頭痛のタネは吉良家 色部又四郎と上杉家懐事情
米沢藩主上杉綱憲の実父、吉良上野介への財政援助は藩の経済を大きく傾けた。米沢藩江戸家老の色部又四郎にとって気の休まらない日々が続くなか、上杉家を揺るがす大事件が発生する! 元禄赤穂事件の舞台裏を解説! -
<上杉謙信と戦国時代>関東管領を欲した真の理由
北条氏康が勢力を拡大するにつれ、名目ばかりとなった「関東公方―関東管領」体制。しかし、いまや古くなった支配体制を再構築しようとするものが現れる。上杉謙信である。もはや何の実権ももたない管領職を、謙信はなぜ欲したのか? -
<上杉謙信と戦国時代>関東侵攻をめぐる本音と建前
前関東管領・上杉憲政の失地回復を名目に、関東への侵攻を開始した謙信。しかし、その真の目的は別に存在した!? 上杉謙信・北条氏康・武田信玄らが覇を競った関東戦乱と、その裏で繰り広げられた駆け引きを分析。武将たちの本音と建前を探る! -
<上杉謙信と戦国時代>謙信上洛の秘密
地に落ちた“京の権威”と、守護代長尾家を相続し、波に乗る上杉謙信。対照的な二つの権力が、互いを引き寄せた。戦国まっただ中、本国を空にしてまで、上洛する必要がどこにあったのか。主役が目まぐるしく入れ替わる時代、謙信二度の上洛を位置づける。 -
<上杉謙信と戦国時代>歴史シミュレーション謙信健在 悲願の上洛戦
上杉謙信が死なず上洛戦を開始していたら――歴史の「もしも」をシミュレーション! 毛利・本願寺ら反信長勢力を糾合し、足利幕府再興を目指す中世の守護者・謙信と近世への改革者・信長との最終決戦の行方は? 謙信の義戦を詳細に予測! -
上杉謙信の生涯「1越後統一・2関東管領・3川中島、対織田」
信仰に厚く穏やかな生活を望みながらも、戦場においては鬼神の如し。相反する資質をもった上杉謙信。その生涯は合戦に東奔西走する日々だった。たび重なる内紛や関東出陣、そして武田信玄。果てることのない合戦を、義のために戦い続けた、上杉謙信全記録。 -
<宇喜多直家と戦国時代>毛利元就になれなかった備前の梟雄
宇喜多直家は、なりふり構わぬ権謀術を駆使してのし上がり、遂に主家であった浦上氏を滅亡させた。時代の苛酷さは直家を謀将に育てたが、同じ中国地方の英雄、毛利元就のようにはなれなかった。それは一体なぜなのか?備前の梟雄、宇喜多直家にせまる。 -
<宇喜多秀家と戦国時代>秀吉の秘蔵っ子 宇喜多秀家
秀吉の厚い寵愛を受けた俊英、宇喜多秀家の生涯を追う! 秀吉の養子となり、「秀」の字を受け継いだ秀家は、瞬く間に出世を重ね、文禄の役では日本軍の元帥を務めた。秀吉の死後も豊臣家への忠義は変わらず、西軍最大の兵力として関ヶ原合戦に参戦するが…。 -
<裏切りと戦国時代>上杉家叛臣列伝/松永久秀の意地
上杉謙信の泣き所は、その領国において、国人領主を主従関係に編成できなかった所にある。上杉家に叛逆した国衆三人、北条高広・大熊朝秀・本庄繁長を取り上げる。また、織田信長を幾度も裏切った戦国時代の梟雄、松永久秀の意地をみる。 -
大坂の陣・人物列伝「塙直之・長宗我部盛親」
抑えの利かぬ血気をもった転々流浪の戦国武将、塙直之。土佐大名から牢人へと転落していた、長宗我部盛親。秘めたる闘志を胸に、大坂の陣に参戦した二人には、一体どんな夢があったのだろうか。歴史的合戦に見果てぬ夢をみた二人の武将にせまる。