山本周五郎のレビュー一覧
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「落ち梅記」
武士の審議と友情。
「寒橋」
時三とお孝。
父の世話をする奉公人おたみは、父が亡くなり、体調を崩し実家へ帰ると子供を産む。
世間も妻も時三が間違いを起こしたと疑わず、本人の時三もそれを認めるが、実は…。
「人情裏長屋」
抜群の件の腕前を持ちながら裏長屋に住み四六時中飲んだくれる浪人松村信兵衛。
その長屋に移り住む子連れの浪人が、ある日子供を預かってほしいという。しかたなく信兵衛が育てることにするが、また子供を返してほしいと戻ってくる。
「なんの花か薫る」(再読)
喧嘩して娼家に逃げ込んできた武士、江口房之助をかくまったお新、房之助に一緒になりたいと言われたことを本気にし、最後に悲しい思いをする武士と娼婦の物語。
「かあちゃん」
近所づきあいも避けるほど一生懸命働き必死で生きていこうとする母と5人の子供たちの明るく力強い家族の物語。
「落ち葉の隣」
繁次 おひさ 参吉
「茶摘みは八十八夜から始まる」
五郎右衛門 平三郎 本田政利
「釣忍」
棒手振りの定次郎とおはん。ある日たずねてきた男は定次郎の兄で実は越前屋の跡取りだと告げる。黙って身を引こうとするおはん。 -
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「山本周五郎」の連作時代小説『小説日本婦道記』を読みました。
ここのところ「山本周五郎」の作品が続いています。
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千石どりの武家としての体面を保つために自分は極端につましい生活を送っていた「やす女」。
彼女の死によって初めて明らかになるその生活を描いた『松の花』をはじめ『梅咲きぬ』『尾花川』など11編を収める連作短編集。
厳しい武家の定めの中で、夫のため、子のために生き抜いた日本の妻や母の、清々しいまでの強靱さと、凜然たる美しさ、哀しさがあふれる感動的な作品である。
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1942年(昭和17年)6月から終戦後の1946年(昭和21年)までに、『日本婦道記』のタイトルで雑誌『婦人倶楽部』を中心に発表された連作31篇のうち、以下の11篇が収録されています。
■松の花
■箭竹
■梅咲きぬ
■不断草
■藪の蔭
■糸車
■風鈴
■尾花川
■桃の井戸
■墨丸
■二十三年
■解説・年譜 木村久邇典
『松の花』は再読でしたね… 厳しい武家社会の中で家族のために生き抜いた女性たちの、清々しいまでの強靱さと、凜然たる美しさや哀しさが溢れる物語、、、
そんな中で特に心に残ったのは、以下の6篇かな。
妻の死後、妻の酷く荒れていた手を握り、そして、生前のあまりに質素な暮らしぶりから、初めてその陰ながらの献身を知る『松の花』… 再読して良さがじんわりと感じられましたね、
不運な出来事で良人を亡くした女が、一人息子を育てるために勤労し、箭竹に「大願」の文字を彫りつけていたことが主君の目にとまったことから、その女性の生きざまが明らかになる『箭竹』、
夫の態度が豹変し、姑の態度もおかしくなり、結局は離縁という運びになってしまった女が、その後、それは故あってのことだと知り、実の両親からの義絶を覚悟した上で姑の面倒を見ようとする『不断草』、
年老いた父と弟と貧しい暮らしをする女は、実は養女だった… 現在は裕福な生家では、以前の貧しいときに養女へ遣った娘を呼び戻したいと願い、生家に呼び寄せるが馴染むことができず、貧しくて一椀の粥を啜りあっても、親と子がそろって暮らしてゆくことを選らび、の貧しい暮らしに戻る『糸車』、
訳があり下働きの女に暇を出さなくてはいけなくなったが、その女は離れたくないと言って聞かず、女の兄を説得して家に帰そうとするが、その道中、崖から落ちて頭を打ち、白痴のようになってしまい、口も利けなくなってしまう… やむを得ず、女を雇い続けることになるが、当主が亡くなり、その息子が当主となった際、あることを女に問い質し、衝撃の事実が判明する『二十三年』、
その他の作品も、それぞれ感じるところはあったんですけどねー 人の道というか、人の生きている目的や存在意義… パーパスというのかな、それを考えさせられ、現代人が忘れてしまったもの、無理矢理忘れようとしていることを思い起こさせる等、読み手の心を揺さぶる何かがあるのが魅力ですね。
『二十三年』の中で語られる、
「人間にとって大切なのは「どう生きたか」ではなく「どう生きるか」にある」
という言葉が印象に残りましたね。 -
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「山本周五郎」の短篇時代小説集『山本周五郎名品館Ⅲ 寒橋(さむさばし)』を読みました。
『山本周五郎名品館Ⅰ おたふく』に続き、「山本周五郎」の作品です。
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生涯、膨大な数の短編を遺した「山本周五郎」。
短編選集決定版の第三巻(全四巻)
武士の、同輩への友情と、許婚への断ち切れない愛情との葛藤を描く『落ち梅記』。
浪人の、赤ん坊に対する人情が愛情に変わっていくプロセスを描く『人情裏長屋』。
長屋住まいの一家の、究極の人情ともいうべきものを描く『かあちゃん』。
亭主への、また父の娘に対する「情」の交錯がドラマに複雑さを与える『寒橋』。
ほか、『なんの花か薫る』『あすなろう』『落葉の隣り』『茶摘は八十八夜から始まる』『釣忍』など、全九編。
巻末に「沢木耕太郎氏」による解説エッセイ『寒橋のまぼろし』を収録。
さまざまな「情」が乱反射する、「情」の万華鏡ともいうべき一冊。
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「山本周五郎」作品に深く傾倒する「沢木耕太郎」が、300篇にも達しようかという膨大な作品群を読み返して独自の視点と切り口で4巻36篇を選び、各巻の末尾に斬新かつ詳細な解説エッセイを執筆したアンソロジー作品の第2巻で、以下の9篇が収録されています。
■落ち梅記
■寒橋
■人情裏長屋
■なんの花か薫る
■かあちゃん
■あすなろう
■落葉の隣り
■茶摘は八十八夜から始まる
■釣忍
■解説エッセイ「寒橋のまぼろし」 沢木耕太郎
「沢木耕太郎」が選び抜いた巨匠「山本周五郎」名品ですからね… 面白くないわけないですよねー 本作品も、9篇とも愉しめましたね。
そんな中で特に心に残ったのは、
冤罪と知りつつ藩政を立て直すために黙って罪をかぶるという忠義に殉じた武士の、同輩への友情や、気持ちを抑え込みつつも断ち切れない許婚への愛情との葛藤を描いた『落ち梅記』、
裏長屋で人気者である浪人の、赤ん坊に対する人情が愛情に変わっていくプロセス… ひとりの浪人の胸のすく活躍と人情味あふれる子育ての物語を描いた『人情裏長屋』、
若侍をかくまった岡場所の女のシンデレラストーリーが迎える残酷な結末… 岡場所の女たちの好意が憎悪に変わる瞬間、薄情な若侍の無邪気な行動を描いた『なんの花か薫る』、
改易で岡崎藩にお預けとなった殿様の相伴役を買って出た男… 自らも痛みを抱いた武士の落魄した者への労りの情と、それによって甦る誇りの存在を描いた『茶摘は八十八夜から始まる』、
ですかね… 特に『なんの花か薫る』のやるせない、憤りを感じる結末は印象深かったですねー とても残酷だけど、薄情も情のひとつだとすれば、情を描いた見事な作品なのかもしれませんね。
「山本周五郎」の作品って、描かれている時代は違っても、登場人物に気持ちがシンクロして、心が揺さぶられるところがあるんですよね… 描かれているのは、人間としての普遍的なテーマなんでしょうね。 -
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「山本周五郎」の短篇時代小説集『山本周五郎名品館Ⅰ おたふく』を読みました。
久し振りに時代小説を読みたくなったんですよね。
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生涯、膨大な数の短編を遺した「山本周五郎」。
没後五十年を経た今なお、読み継がれる作品群の中から、選びに選ばれた名品。
短編傑作選の決定版!(全四巻)
第一巻に収録するのは、「周五郎」が日本女性の最も美しく貴い姿を集約させたともいえる『松の花』、その対極にある自らの性に翻弄される女『おさん』、酔っ払いだが腕のいい職人の父親を描く人情ものの傑作『ちゃん』、ほか『あだこ』、『晩秋』、『おたふく』、『菊千代抄』、『その木戸を通って』、『雨あがる』の全九篇。
巻末に「沢木耕太郎氏」による解説エッセイ『一丁目一番地のひと』を収録。
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「山本周五郎」作品に深く傾倒する「沢木耕太郎」が、300篇にも達しようかという膨大な作品群を読み返して独自の視点と切り口で4巻36篇を選び、各巻の末尾に斬新かつ詳細な解説エッセイを執筆したアンソロジー作品の第1巻で、以下の9篇が収録されています。
■あだこ
■晩秋
■おたふく
■菊千代抄
■その木戸を通って
■ちゃん
■松の花
■おさん
■雨あがる
■解説エッセイ「一丁目一番地のひと」 沢木耕太郎
「沢木耕太郎」が選び抜いた巨匠「山本周五郎」名品… 面白くないわけないですよねー
9篇とも愉しめました… 「山本周五郎」作品の入門書としてもオススメですね。
そんな中で特に心に残ったのは、
絶望した若い武士を立ち直らせるけなげな娘を描いた『あだこ』、
自刃した父の恨みを果たすため、冷酷な奸臣と言われた老臣を狙う娘を描き、最後の二人の縁側での対決は清々しい『晩秋』、
男として育てられた君主の哀しみ、痛ましい半生を描いた『菊千代抄』、
ずば抜けた武芸の力があるが、人の良さで浪人暮らしを脱せられない浪人とその妻を描いた『雨あがる』、
ですかね… でも、他の作品も面白かったからなー 味わい深い作品ばかりで、甲乙つけがたいですね、、、
市井に生きる庶民の哀歓、弱き者の意地、男と女の不思議な関係等々… 描かれているのは、現代にも通じるテーマだと思いますね。 -
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(山本周五郎ファンではなく、少年小説好きの感想です)
表題作「少年間諜X13号」に感じる寒々しさ、一種の凶気は果たして意図的な皮肉なのだろうか。
それとも「"時代の熱狂"」に流されたものなのだろうか。
「少年間諜~」では少年兵たちが自らの命を捨てて戦う。
主人公率いるのは死を厭わない少年兵だけの部隊だ。
「一人残らず死ぬんだ」は主人公が仲間を鼓舞する言葉である。
また後年「特攻」と呼ばれる、捨て身決死の戦術も描かれる。
狂気と熱気。愛国ありきの理不尽と無茶。始終それが続く。
「でも戦前ならそんな感じなのでは…?」と思われるかもしれないが、本作とほぼ同年(昭和9年)に書かれた平田晋策の作品などは無闇矢鱈な「決死」は描かれない。
同じ日米戦を描きながらも、戦うのはあくまで軍人=大人であり、彼らも矢鱈めったら死ぬことを美徳と叫ばない。
逆に敵に撃墜される味方をみて「可哀そうだ」と涙ぐむシーンもある。
また優秀な主人公たる少年少女も、敵要塞破壊を単身命じられたり、すぐさま地元勢力を率いて決死隊を組むという無茶苦茶な命令を受けることもない。
彼らは軍と行動を伴にして、時に役に立つだけの存在だ。
子供だから怖がることもあるし、ビックリすることもある。そんななかで勇気を奮い立たせたり、味方の無事を祈る。
平田晋策が軍事ジャーナリストであったということもあるのだろう、人物や作戦に突飛なところは少ない。(日本側の兵器はさすがにチートだが)
同じ年代の作品でも「捨て身」や「決死」は当たり前ではないのだ。
(なので、本書収録作が戦前軍国小説!と思われるのもあれなので、平田晋策作品なり山中峯太郎作品も読んでほしいなぁと思うことしきり)
この作品には熱病のようなものが見える。それは戦争末期の特攻や苛烈な標語の持つものに似ている。
要所要所で「勇敢に死ぬためにこんな無謀な作戦・戦法をとってるのか?」と思ってしまうようなシーンも多い。
素人目にみても「それは犠牲前提のやり方では?なぜ?」となる箇所が多々。
平田作品なら、秘密兵器を出さなくても犠牲者を強いることなくきちんと作戦だてて撃退するだろう。
そして「わが日本海軍はこれほど強いのだ、きちんと組織された我々だからアメリカにも負けないのだ」と説くだろう。
少年兵の犠牲を描かなくても。
死を厭うなという台詞、読者と同じ年頃の少年兵の死に様。
これらは、小国民を鼓舞するためだろう。
しかし、それは著者の本心なのか、時代にあわせたものなのか、それともこの狂気のような熱気は皮肉の現れなのか。
時代背景は承知の上で、戦前の少年小説・冒険小説を楽しんでいるが、そういう自分でも嫌悪感がともなう作品だった。
「生きてお国のために働くのも本当だ」というヒロイン?の言葉が作者の本心なのだ、と思うよかない。
あ、突飛なら突飛に降りきってくれたほうが面白いという立場からすれば、「血史ケルレン城」の少年軍事探偵・東くんはキャラもたって、相棒ともどもいいキャラだと思いますです。
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頭がよく経師屋としてもうでのたつ栄二と不器用て愚直なさぶの青春の描いた作品。
無実の罪をかぶった栄二のひねくれ加減が半端なく、意固地なまでに復讐心に囚われてしまうが寄場での人の親切に触れ次第に大人になっていく様は現代の若者の頑固さと幼さ、人との関わりを通して成長していく道筋と何ら変わりはないなと思いながら読んだ。
栄二を好いているおのぶが「亭主が仕事にあぶれたとき、女房が稼いでどうして悪いの、男だった女だっておなじ人間じゃないの、この世で男だけがえらいわけじゃないのよ」と仕事がなく女房のおすえに内職をさせていることをぼやいた時にいった言葉も女性である私には印象的な言葉だった。 -
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山本周五郎の短篇小説集『あんちゃん』を読みました。
『編傑作選4 しづやしづ』、『花杖記』に続き、山本周五郎の作品です。
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妹に対して道ならぬ行為をはたらき、それを悔いてグレていった兄の心の軌跡と、思いがけぬ結末を描く『あんちゃん』。
世継ぎのいない武家の習いとして、女であるにもかかわらず男だと偽って育てられた者の悲劇を追った『菊千代抄』。
ほかに『思い違い物語』『七日七夜』『ひとでなし』など、人間をつき動かす最も奥深い心理と生理に分け入り、人間関係の不思議さを凝視した秀作八編を収録。
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昭和10年(1935年)から昭和33年(1958年)に発表された作品8篇が収録されています。
■いさましい話
■菊千代抄
■思い違い物語
■七日七夜
■凌霄花
■あんちゃん
■ひとでなし
■薮落し
■解説 木村久邇典
収録されている8篇のうち『菊千代抄』だけは再読… 共感できる好みの作品と共感できない作品が半々だったかなー
藩政改革に意欲を燃やす藩主の意を受け、大幅な緊縮財政を断行するため勘定奉行として江戸から国元へ下向した笈川玄一郎が、よそ者扱いされ反発されながら、実父の助けもあり改革を成し遂げる『いさましい話』、
後継者を絶やさぬため男として育てられた姫君の哀しみ、苦悩し嫌悪感に苦しめられる痛ましい半生を描いた『菊千代抄』、
こっけいものの一篇でユーモアたっぷり… 軽率でおしゃべりで粗忽を繰り返す典木泰三は、あまりにも迷惑なので閑職である古い帳簿を計算しなおす検計係に飛ばされてしまうが、そこで、藩内の不正金を見事に暴いてしまう という、愛すべき憎めない人物造形と痛快な展開が愉しめる『思い違い物語』、
旗本三千石の四男坊という一生うだつのあがらぬ星の下に生まれた本田昌平の境涯をがらりと変えてしまう七日と七夜を描いた物語… 新吉原などで大失態を起こし、金を巻き上げられ、自自暴自棄になった昌平が、町人たちの心の優しさに触れ武家を捨てて門前仲町の居酒屋で夫婦になり立派に町人として独り立ちするという心温まる展開が印象的な『七日七夜』、
が好みでしたねー 小説を愉しみながら、ひとの生き方を教えられたような作品たちでしたね。 -
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菊千代抄を読んだ。
1945年に第二次世界大戦が終わった。
この小説が発表されたのは1950年。
小津安二郎の「東京物語」は1953年。
なぜここで俺「東京物語」を持ち出すのかというと、戦争を引きずった作品だからだ。
菊千代抄は、武家の物語だ。最近のトレンドであるLGBTがテーマでもある。
敗戦後、時代の空気は重かったのだろうか。もしくは、終戦後、ある種の開放感があったのだろうか。
菊千代が江戸にいた時代を戦時中に置き換えるなら、地方に移動した時代は戦後ではないか。暮らしは不自由だが、メンタルは自由に生きられたのかもしれない。
戦争が終わって、人は自由になった、という気持ちが、本作にはこめられているのではなかろうか。