プラトンのレビュー一覧
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飲みながらエロス(愛とか女神とか。決して肉欲的なものだけを意味するものでは無い)について語っているのを眺める本。ソクラテス登場回。めっちゃエロスについて語ってるけど、ソクラテスの問いもなかなかのもの。エロス云々より無知の知でソクラテスがひたすら問い詰めるのはこんな感じなのかと思った。結構鋭い。そしてソクラテス崇めすぎやろwと思える信者もいる。あと、面白かったのは婦人もソクラテスに文句あっかと言わんばかりに独自論を展開する。強い。古代ギリシャの力強さを感じた。
そしてエロスについて。正直読みづらいので中身まではしっかり入ってない。ただ、本当にその人の為を思って、見返りを求めずに行動することなんだと思った。あとは、フロムの「愛するということ」で衝撃を受けた、愛する人に気づいた時に孤独を感じるということ。恋は「欠乏してるものを求める」ということに胸がズキンとした。愛に気づいた時、やはり孤独だったんだな。エロスを素晴らしいという理由もわかる。 -
Posted by ブクログ
プラトン哲学のうち、初期に書かれた戯曲。「アレテーは教えられるか?」を問う若者メノンに対し、「そもそも自分はアレテーが何かすら知らない。よって、アレテーは教えられるかを知る由もない」とソクラテスが答える。メノンにアレテーとは何か問い、反駁し続ける事で、事物の本質を自分の頭で考え、「想起」する重要性を読者に説いているように感じる。
この本を読み、自分の今までの学習はメノン寄りの考え、つまり川上から川下に水が流れるように、智慧者から教わるもの(正当化)に近しいものだったと感じる。プラトンはこれを否定し、生まれる前に人はあらゆる事を既に知っており、学習や経験によって想起する事が知であると解いているが、確かにそのような考えも道理だと感じた。
後半に著者による解釈が述べられているが、非常に難解でよく分からなかった。哲学に関する探究を続ける事で、少しづつ理解し、本当にそうなのか考察できる様な気がするので、頭が痒くなるが哲学本の読書は続けたい。 -
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哲学史の教科書でプラトンの教説とされているイデア論。
それをもっともまとまった形で示している著作。
ソクラテス最期の日、肉体と魂とが切り離される死の直前という舞台設定にふさわしく、
魂が対話の主題として扱われる。
「魂と肉体」という対比を軸として、思考と感覚、不変と変転、絶対と相対、イデアと事物、真の原因と自然学的な原因など、さまざまな対比が重ねられて語られる。
この対比によって、いわゆるイデア論が図式的に提示されている。
魂についての論証は、当時の自然学の知見を意識して行われているので、今日の我々にとっては説得的ではない。
また、対話相手の提示する話も、それを承けたソクラテスとのやり取りも、他のプラトンの中長編と比べると少し精彩を欠く印象を受ける。
中期プラトンの考察をもっとも整った形で受け取ることができ、
これを読まずしては他のプラトンの著述の理解も浅くなるかもしれない重要な著作ではあろう。
しかし、魅力的な論敵を欠き、プラトンの他の著述に含まれるような奥行きや豊かさを感じない議論に少し興醒めな読後感を覚えてしまった。 -
Posted by ブクログ
古代ギリシャの哲学者・プラトンによる、師匠であるソクラテスの物語のひとつで、エロス論です。
舞台となるのは詩人・アガトン邸での饗宴(飲み会の一種)の席。アガトンが大勢の大衆を前に見事な詩を披露して優勝したお祝いの饗宴です。そこに出席した者たちが順々にエロスについて語っていきます。途中、演説の順番が来たアリストファネスのしゃっくりがとまらず、次の順番をひとつ飛ばしてもらうアクシデントがありますが、これはこの哲学議論物語にユーモアで彩ったアクセントなのかもしれません。
まずはじめのパイドロスの話からもうおもしろかった。
「自分がなにか恥ずべき状態に置かれている状態を愛する者に見られるとき、最も恥ずかしいと感じるのです」
つまり、臆病な振る舞い、醜いふるまい、そういったことをしなくなるために、エロスが働いていると説いているのです。これは僕個人にも思い当たるものです。思春期になったときに、それまではふつうに感じられていた周囲の友人たちの汚い言葉や言動そして行動と、それらに溶け込んでいた自分というものに疑問と嫌悪を感じるようになりました。そのことについて、僕は自分がただ好い格好をしたいだけであって、そういった醜いふるまいを避けるようになったのだろうと、やや自嘲気味に考えていたのですが、パイドロスの説に照らしてみると、きちんと言えることが出てきます。すなわち、次のようなことになる。愛する人と釣り合うため、相手からの尊敬を勝ち取るためには、醜いふるまいを捨てねばならない。そうしない振る舞いは、愛に背くことになる、と。古代ギリシャの時点で答えが出ていたんですね。そのあたりがはっきりしないまま僕は成人しましたし、ある程度見切りをつけるまでにもそれからかなりの時間を要しました。
解説によると、口火を切ったパイドロスの議論はレベルの高いものだとは言えないとされていました。確かに、他の者たちの議論に比べると、話が短く、奥行きだってそれほどではないかもしれない。でも、本書をこのあと堪能するための基点として、見事な視点をまず与えてくれていると言えるでしょう。きれいなスタートのきり方に感じられました。
そうしてパウサニアス、エリュクシマコス、アリストファネスの議論を経て、詩人・アガトンは彼の議論のなかで言います、エロスは「最も美しく、最もよき指導者」。醜さから逃れさせるのがエロスであり、美しいふるまいをさせるのがエロスだからだというパイドロスの議論から繋がる言葉でした。
そしてクライマックスとなるソクラテスの議論がはじまります。ソクラテスがディオティマという名前の女性から「エロスとはなにか」について教えを受けている場面を、ソクラテスが回想するかたちで議論を進めていきます。これまでの5人のよる議論よりも高次で力強い議論が展開されていくのでした。
そのなかでソクラテスが、あたかも0と1の間のものの話ととれる内容を話していて恐れ入りました。エロスは自分に欠けているものを求めているのだし、美しさを求めているのだから、ではエロスは醜いのか、という論理展開に対して、いや、美しさと醜さの中間に位置する精霊(ダイモン)なのだ、という答えがそれです。それでもって、精霊が、両極を繋ぐ役割を持つという議論にも結び付いていく。このあたりを類推して考えると、昨今の二分法的な考え方に大きく一石を投じる内容だと思えるのです。0と1だけじゃなく、白と黒だけでもない、量子論的なそれらの間の部分に着目する考えです。
さて、ソクラテスの議論は、エロスの究極の形にまで行きつきます。個別の肉体的な美への愛から、すべての肉体的美の共通性への愛へと目覚め、それから精神性の美に目覚めて心を愛するようになり、そこから発展して人間と社会のならわしのあいだにある美に気づくようになる。次には知識の美しさへの愛に進み、知恵を求めるはてしない愛の旅の中で、思想や言葉を生んでいく、その境地が愛の最終地点なのでした。これらは「美の梯子」と呼ばれ、有名な理論なのだそうです。
また、「美の梯子」の前には、子を産むことが愛の目的であることも明かされていました。永遠を求めるのがエロスであり、子孫を残すことは人間という種の永続のための行為です。また、生命というかたちではなく、ソクラテスが言うには「知恵をはじめとするさまざまな徳」を生むこともエロスによることだとされている。つまりは創作すること、クリエイトすることも、エロスが関係することなのだ、というのです。予期していないところで創作論にも結び付いて、わくわくしました。愛、知的好奇心、創作はみなエロスでつながっているものなのかもしれません。
というところですが、読みやすい翻訳でしたし内容もつよく興味を惹くものでした。
今読んでも新しい古代ギリシャ。紀元前の知が、2000年以上を超えて、現在を新たに照らしくれます。 -
Posted by ブクログ
これは解説無くして読めなかったな。パイデラスティアという風習がどんなものか全く想像できないし、それ以前に寝椅子で横になって食事っていうことすら???だったしな。(多少横になってたほうが消化にはいいのか?)
まあこの少年愛の理解は難しいだろうから、それはそういうものだということで受け入れて読む。
でも結局エロスは何なのかが、ディオティマなる巫女?の話で説得されて終わってしまった。うーむ、、もうちょっと考えてみたい。エロスについてはパイドロスでも議論されるみたいなのでそちらをみてみよう。
アルキビアデスのソクラテスに対する感情は、何となく理解できる。ああ、そう、美少年繋がりのせいかもしれないが、ドリアン・グレイを思い出した。弱さ。ガラスのような美しさ、透明さ、故の脆さ。 -
Posted by ブクログ
「いかなる神も信じておらず、アテネの青年をそそのかして伝統的な信仰から離脱させた」として、ソクラテスは「毒杯を自分で飲む」の刑に処されることに。友人クリトン「逃亡の準備したから逃げて。あなたは判決が間違っていると主張しているのに、なぜ刑罰を受けるのか」。ソクラテス「裁判は不正だが、脱獄もまた不正。脱獄は善ではない。不正されても、不正の仕返しをしてはいけない。ただ生きるのではなく、善く生きることが大切」。プラトンPlato『ソクラテスの弁明・クリトン』BC399 (97)
ポリス。人々は市民共同体として共通のルールの下で協力する一方で、名誉・名声を得る競争をしている。弁論術で他人を操作したいと望んでいる。しかし、私たちは名誉・名声よりも、魂に配慮すべき。魂は不死で、死後に審判を受ける。プラトンPlato『ゴルギアス』BC4世紀
昔々、人間には男男、女女、男女、の3種類の性があった。人間は球体の体をしていて、二つの性が背中合わせになっていた。二つが合体して倍の能力を持っていた人間は、慢心して神さえ恐れない振る舞いをした。神は罰として人間を2つに分離した。こうして(半身の)男と女が生まれた。人間はかつて合体していた半身を求めてやまない。それが愛である▼肉体的な愛よりも精神的な愛の方が優れている。肉体的な愛はなく精神的な愛のみの同性間の愛など。プラトン『饗宴』
※男女おとこおんな(アンドロギュノス)。
すぐれた人間による統治(アリストクラティア)が理想。すぐれた人格的な素質と卓越した実践能力の持ち主(哲人)が、経験や感覚の堕落した世界から人々を真理へ導く(5-17)。感覚の世界に生きる人々は洞窟の中で、灯に照らされて壁に映る影(偽の姿)を見ている(7-1)。統治する者は、彼ら蒙昧な民を洞窟から連れ出し、まばゆい光、真の姿を教える。すぐれた人間による劣った人間の支配であり、強者による弱者の支配ではない。すぐれた男とすぐれた女を交配させ、生まれた子は公営の育児所で育て、すぐれた人間集団を維持する▼統治する者は私有財産の保有を認められず、生きるのに必要な分だけ報酬が与えられ、民を幸せにするために奉仕する(3-22)。蒙昧な民は欲望の奴隷であるから政治に関わるべきではない▼民主政はダメ。平等で好きなように生きる自由が強調され、無秩序になる。民主政は貧者による政治に陥る。貧者は目先の欲望に囚われ、理性的な判断はできない。ペロポネソス戦争で民主政アテネは王政スパルタに負けた。師匠ソクラテスを処刑したのも民主派の連中だ。プラトンPlato『国家Republic』BC375 (96)
※アテネ・スパルタがペルシアを撃退BC449。ペリクレスBC443。アテネがスパルタに敗北(ペロポネソス戦争)BC431。衆愚政治。民主派による裁判でソクラテス刑死BC399。プラトン国家BC375。プラトン死去BC347。
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すべての人は徳への資質を備えているが、一部の人はとくに自然(環境)への適用に優れており、徳の獲得・精神の向上に熱心であり、より人間的に完成している。レオ・シュトラウスStrauss『自然権と歴史』1953 (60)
市民としての徳(節制・勇気・知恵・正義)を身に着けた人々による指導が理想。精神的に卓越した人々が指導することで、独裁や専制に対抗できる。レオ・シュトラウスStrauss『都市と人間』1964