【感想・ネタバレ】国家 上のレビュー

あらすじ

ソクラテスは国家の名において処刑された。それを契機としてプラトンは、師が説きつづけた正義の徳の実現には人間の魂の在り方だけでなく、国家そのものを原理的に問わねばならぬと考えるに至る。この課題の追求の末に提示されるのが、本書の中心テーゼをなすあの哲人統治の思想に他ならなかった。プラトン対話篇中の最高峰。

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Posted by ブクログ

プラトンの本に対する書評などおこがましいので、書評ではなく純粋な読書感想を思いつくままに述べたいと思います。本書は1000年後も読み継がれている名著だと思います。

*日本語訳が読みやすいです。難しく、かつ微妙なニュアンスの表現をうまく日本語にされていて、本当に読みやすかったです。また巻末の解説が極めて有用でした。あの解説がなかったら理解度はかなり低くなっていたと思います。

*本書は「国家」という題名ですが、まず正義とは何かという命題からはいります。そしてそれを深掘りする過程において、理想の国家像を描き始めるということですが、テーマはかなり広く感じられます。ただ読み終わって改めて思い返すと、すべてが関連していたのだなということがうっすらわかってくるという感じでしょうか。本書は全編通じて対話形式になっていて、私自身ソクラテスの言っていることがよくわからないな、と思う個所があると、ちょうど対話の相手が「よくわかりませんが」と受け答えをしてくれて、ソクラテスが具体的な事例で説明してくれる(例:動物に当てはめたり具体的な職業で説明したり)というケースが何度もありました。

*上巻の最後では美を事例に、美の実在(イデア)と美をまとっているものの違いを理解できるかどうかが哲学者(愛知者)とそうでないものの違いである、と指摘されていますが、美に限らずあらゆる場面において本質は何かを理解できる力がいかに重要であるか、改めて痛感しました。

*最近読み始めた禅の思想とはまっこうから対立している面もあります。たとえば本書では「同一のものが同時に静止しまた動いているということはありえない」と述べられていますが、禅の思想では「ありうる」となります(「禅と日本文化」鈴木大拙、などを参照のこと)。ただしそもそも対立していると感じること自体がプラトン的であり、禅の思想では対立していないとみなされるのかもしれません。いずれにせよ、どちらが正しいということではなく、比較するのはおもしろいと思います。

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2023年04月26日

Posted by ブクログ

なぜ今まで読まなかったんだろう。
タイミングなのか。

とても分かりやすく書いてある。とはいえ、対話についていくことができるということで、それを「知った」とは言えないだろうけども。

この訳は現代的に思える(苦労しない日本語)けども、1979年が初版なんて、驚いた。

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2021年07月12日

Posted by ブクログ

「国家はどうあるべきか」のような明らかに答えが無い高レベルな問いに対して,つぎつぎと答えがつけられていく様は爽快.根拠は無いが指針を示してくれるものを見てスッキリしたい方にはおすすめ.

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2020年05月03日

Posted by ブクログ

ソクラテス先生の僕が考えた最強の国家の巻。

プラトン哲学の集大成の呼び声も高い本書。
正義とは何か?という導入部から始まっており、
理想の国についての議論に移っていくという流れだが、
扱うテーマは職務や結婚、戦争など多岐に渡っており、
男性も女性も分け隔てなく向いている職務に着き、
幸福を皆で共有し、それを実現するために支配者は
真理を追究する哲学者であるべきと結論を出している。

個人的に印象に残ったのは以下の二点。

一つ目は、神々の不道徳な逸話を問題視している点。
ギリシア神話の神々のやることがひどいというのは、
「図解雑学ギリシア神話」の感想に書いたが、
神々を人々の道徳の規範とすべきという点において、
プラトンも問題視していたということが分かる。
彼らの後継者であるローマ帝国の支配者が、
絶対的に正しいキリスト教の神を選択したのは、
当然の成り行きだったのかも知れない。

二つ目は、早くも男女平等を説いている点。
この時代英雄と言えば戦争で活躍した者だったが、
その権利を女性にも平等に与えようとしており、
女性が戦争の訓練をすることを滑稽だとしつつも、
スパルタの訓練法も最初は馬鹿にされていたが、
今では誰も笑わなくなったと言う論に舌を巻く。
ただ、ギリシア人のみで結束することを説き、
異民族は奴隷要員としているのは残念。

下巻ではどんな議論がなされるのか楽しみ。

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2018年09月23日

Posted by ブクログ

【政治学の参考文献】
古代ギリシャの哲学者・プラトン(前427~前347)の代表作。
理想国家について論及した世界最古の政治学の書と呼ばれるもので、後の西洋哲学に絶大な影響を与えたらしい。
真の政治は哲学(学問)に裏付けられていなければならず、政治的権力と哲学的精神とが一体化され、多くの人々の素質がこの二つのどちらかの方向へ別々に進むのを強制的に禁止しない限り、国々にとって人類にとって不幸の止む時はないという。

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2017年04月26日

Posted by ブクログ

人間に正義はないが、国家は、みんなが分業して暮らしているので、利害調整のために正義が必要だ。正義は人間のためにあるのではなく、国家のためにある。政治は私利私欲のない、暇な人が、善意でやるべきで、そういう人じゃないと正義の守護者になれない。正義にみられるのではなく、正義であることが国家の正義の本質だ。だから政治家は音楽や文芸に親しむ感受性の強い人が良い。そういう人は権力に敏感だから、仮に他国と戦争になっても、第三国を巻き込んで同盟工作をかける知性を発揮するはずなので、大丈夫だ。などとソクラテスが語りまくる。

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2014年11月12日

Posted by ブクログ

この時代に、ここまで考察している事に驚きを感じます。
これは紛れもなく、良書です。
今の政治家全員に精読していただきたい本ですね。

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2013年08月10日

Posted by ブクログ

・「熱でふくれあがった国家」(p141)を「理想国」に浄化するための方法を考察することが本書の中心テーマ。

・良い国家を作るためには良い教育が必要で、教育に悪影響を及ぼすものは徹底的に排除されなければならない。さらに、病弱な者は治療せずに死んでいくに任せ子孫も残してはならない一方で、有能な男女間には可能な限り多くの子種が作られるべきだ。そして、国家は有能な少数の者が支配するべきであり、国民全員が国家のために苦楽を共有すべきである。

・言論統制と優生思想と少数支配と滅私奉公とに基づいたこの「理想国」は、プラトンの死から幾千年後の20世紀になってようやく実現した。「もしそのような国制が実現したとすれば、その当の国家にとってすべてがうまく行くだろう」(p399)というプラトンの夢想は果たしてどうであったか。

・個人的には第2巻のグラウゴンの問いかけが本書最大の山場であるように思う(プラトンの中に既に社会契約説の萌芽があったことには驚いた)。「不正がバレなければ、正義よりも得ではないか」と冷厳たる事実を突きつけられたソクラテスは、真正面からこれに反論することはできず、倫理的見地から反駁せざるを得なかったという点も興味深い。

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2013年07月26日

Posted by ブクログ

プラトンの「国家」。

政治に関心のある僕としてはずっと読みたいと思っていた本で、周囲からは「難しい」と言われていたのでなかなか踏み出せなかったが、勇気を出してその扉を開いた。

構成は上下巻2冊で、さらにその中で大きな話を1巻(章)ごとに区切っている。

プラトンの理想国家について考察をソクラテスと周囲の人物の対話を中心に描写しており、ソクラテスの問答法がいかなるものかが分かる。

国家を統治するものはいかなるべき者がふさわしいか。
そういった人物をどう教育していくか。
そのようなことを議論しながら理想国家への道を模索している。

プラトンの考えは国家の守護者(統治者)は優れた哲学者がなるか、あるいは哲学者が守護者になるべきだとしている。
靴磨きが靴磨き以外の仕事をすることでその能力を発揮されないように、人には能力に合った相応しい役割があるという。
そしてそれぞれの民がそれぞれに相応しい役割を果たすことで国家に正義が成されるという。
では女性はどうか?
女性と男性は身体的な差異がある。しかし男性の中にも女性に近い人物や女性の中にも男性に近い能力を持った者もいる。よって女性も国防にあたってはその相応しき役割に準ずるべきだとする。
商人は節制を、軍人は勇気を、政治家は知恵を、それぞれ発揮することによって国家は正義を成すのである。

それではそのような優れた統治者をいかに育てうるのか?
まず第一に、生まれたときから触れる文学に気をつけさせるべきである。
神が悪魔に化けるとか、世の中が暗黒であるとか、そういった内容は避けるべきであって、勇気や正義に憧れを抱くようなものに触れさせるべきである。

では統治者は不幸ではないのか。
というものに関しては、利益の焦点はある一定の階層にあてるべきではなく、国家全体の利益に基づいて考えるべきであり、また優れた統治者は自身が国家の守護者としての行い自体が幸であると知るものである。


難解な論理展開と多様な例によってこの書をなかなかそのままにまとめることができなかったのは残念だ。
しかし現代の政治と比較してみたときに、「国家」から学べることは多分にあるはずだ。
マスメディアに踊らされ、国民は政治家の政策よりもスキャンダルばかりに関心を向け、政治家は政治家で政策以前に、政治家自身が国民の代表としての品位と道徳に欠けるのである。
「国家」のみならず古典は、現代の様々な問題について解決のヒントを与えてくれると思う。

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2012年02月04日

Posted by ブクログ

プラトンがソクラテスに仮託して語る国家の理想像、正義の本質。その議論は古代から今日に至るまで多くの人々に影響を与えてきた。今日の、建前上民主主義国家のなかで生きている我々にとっては、議論の前提となっている支配者/被支配者の二分法は非常に違和感があるが、この点を乗り越えていくことに『国家』の議論を批判的に継承していく鍵があるのではないか、と思う。

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2021年10月19日

Posted by ブクログ


 うーん。ソクラテスの問い詰めみたいな対話が馴染めない。。
 昔の人は老人を虐待することもあり、また現代と同じく、子どもを女の人が産むには20から40が適齢と書いてあり、対して時代が変わっても変わらないのだなと感じた。

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2026年02月02日

Posted by ブクログ

ネタバレ

教育とは

教育とは、視力を外から植えつける技術ではなくて、視力ははじめからもっているけれども、ただその向きが正しくなくて、見なければならぬ方向を見ていないから、その点を直すように工夫する技術なのだ。

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2026年01月28日

Posted by ブクログ

定番中の定番なので、少し違った読み方で感想を書いてみる。ソクラテスとの対話で序盤に登場するトラシュマコスのウザ絡みの意義についてだ。論破王ソクラテスの人に言わせて否定する弁論術を卑怯だと、相当な勢いで突っ込んでくる。今風に言えば成田悠輔やひろゆき相手に挑戦するみたいな感じだろう。

で、このトラシュマコスだが真正面から突っ込んで早々と本書から退場させてしまう。そのせいで議論の場が安全な空間に変質してしまい、そこからソクラテスの独壇場が始まる。

黙らされたことで「正義って、議論で勝ったほうの定義になるのか」という不信感が強まる。ソクラテスの論法はいわゆる勝ち負けを決する議論の進め方であり、必殺技は、「分からないという自覚」で黙らせる作戦。大体論破なんていうものは技術であり、矛盾をつく、反例をあげる、無知を晒すという感じで畳み込むのだが、このフルコンボが決まって相手がぐったりして見えたら負け、というだけで議論の本質ではない。

例えば、盗みが正義かという議論をするとしても、悪徳国家から盗んで貧しい人に分け与える正義の例によって例外を示して必ずしも不正とは言えないとか、技を盗むことは悪いのかとか、まあ適当な事を言って、どちらにもなる結論に対し、あなたは盗みが不正だと言い切ったから誤りだとやり込める手法が可能だ。

トラシュマコスは分かった顔で断言する。だが、断言してしまうと勝てないのだ。結果、ソクラテスが論理的に勝つのだが、本質と異なる勝敗は孤立に繋がっていく。

トラシュマコス的懐疑や怒りを受け止めずに進められるソクラテスの議論は、次第に対話ではなく独白に近づいていく。『国家』後半で展開される「イデア論」「哲人政治」などは、もはや誰もツッコミを入れない領域へ。この構造は、一見すると哲学的に高尚だが、市民との断絶を招くプロセスにもなっていく。

ソクラテスの処刑は「正義とは何か」という問いに対する一つの現実的回答だったとも言える。つまり、市民たちは論破され続けることで“トラシュマコス的感情”を内面化してしまい、「論理ではなく力で答える」選択に至った。皮肉にも、トラシュマコスの主張は最終的にアテナイの行動によって証明されてしまう。

哲学は“ウザ絡み”を受け入れるべきか。もしトラシュマコスが最後まで登場していたら、常にウザ絡みを受け入れながら、更新されていく、ソクラテスの独走が処刑に繋がらなかった可能性もあるかもしれない。マウントや論破は不要であり、思考の幅を広げるための壁打ちみたいなもの、として捉えるべきか。プラトン哲学からは、そういう事も学べる、という話。批判やウザ絡みと上手く付き合い、勝たなくても良いという構え方で。

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2025年04月14日

Posted by ブクログ

言わずとしれた大古典。難解と聞いていたものの、全体が理解困難なわけではなく、読んだ価値はあった。ソクラテスへの追従形式と言っても過言ではない記述形式と、時に繰り出されるトンデモ理論には失笑を禁じ得ない。犬に誓って。

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2024年06月16日

Posted by ブクログ

「正義とは何か、悪とは何か」を導き出すために、ソクラテスがその友人や弟子たちと対話していく話の、上巻。

これまで読んだ『ソクラテスの弁明・クリトン』と『パイドン』ではソクラテスの死の間際というタイミングであったのに対し、この国家は弁明・裁判から遡った時間軸になる。

そのためソクラテスの質問への回答や話しぶりではまだ悟りきったような部分がなく、それが故により親近感を湧きやすい。「死の直前」ならではの緊張感がないので落ち着いて読める印象がある。

「正義とは何か」、つまり「正しさとは何か」というのはテーマとして非常に難しい。人によって回答が違って当然と私には思われる。だからとてもこれと断言回答できない。

ソクラテスは、「正しい人間があるとすれば、正しい国家というものが分かれば、それを敷衍できる」といった論理で答えを探っていく。

では正しい国家とは何か。何がもっとも「良い」国家なのか。

理想の国家を定義するために、国家のサイズ、国家を構成する人々の仕事や役割、他国との関係性、婚姻や性交渉や出産育児、触れるべきOR触れてはならない音楽や娯楽の類などなど、微に入り細に入り最も理想的な国というものを定義していく。

この過程できっと紀元前当時の様々な生活様式、習慣、思想などの情報が現代まで残されてきたのだろう。貴重な情報源だ。

この理想の国家というのが、ソクラテスも上巻の終わり間際でいうように、実現可能とは言っていない。実現可能であるかどうかへの回答は難しすぎて、最大限実現に向かうにはどうしたらよいかという回答とさせてほしいし、それで十分なのではないか、という話をする。

事実、この理想の国家は、ヒトラーが真面目に捉えてしまって影響を受けたと思われるような、かなり非現実的な像が描かれる。

例えば「子供は生まれたらすぐに親から取り上げて、誰の子供であるかは絶対に知られてはならない。全子供が全大人の子供であり、特定の親子関係を持つべきではない」という実現が厳しい内容や、

「ギリシア人は内戦などによって敵を捕らえても奴隷にしてはならないが、ギリシア人以外では構わない」という差別に関わるもの、

「気持ちを明るくしたり奮い立たせる音階は使ってよいが、不協和音を用いた、悲哀や不安を表現するような音階は使ってはならず、そのような音楽を聴いてもいけない」という表現の自由や娯楽を制限するもの、

「優生な遺伝子を持つ子供は積極的に生み育て、優遇するべきで、そうでない遺伝子の子供は可能な限り少なくなるように仕向け、また当人たちにはそれを悟られてはいけない」という優生学の思想などである。

彼らは論理的に真面目に思考検討しているものの、今では物議を醸す露骨な男女差別的な発言も多い。

正義は立場によって変わる。国家の良し悪しも、その地理的特性や時代特性によって大きく変わるだろう。

本書から学べるのは、決して具体的なノウハウではない。
その論理的な思考法を一アイデアとして受け取ること。
当時の慣習や思想などの情報を得ること。
そして真摯に、目的となる困難な答えに向かって思考し、対話し続ける姿勢などである。
この姿勢こそ、一番心に刻んでいきたいものである。

本書の終わりでは哲人政治が遂に登場する。
最終的にどのような結末を迎えるのか、下巻を楽しみに次へ進もう。

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2024年01月08日

Posted by ブクログ

「いかなる神も信じておらず、アテネの青年をそそのかして伝統的な信仰から離脱させた」として、ソクラテスは「毒杯を自分で飲む」の刑に処されることに。友人クリトン「逃亡の準備したから逃げて。あなたは判決が間違っていると主張しているのに、なぜ刑罰を受けるのか」。ソクラテス「裁判は不正だが、脱獄もまた不正。脱獄は善ではない。不正されても、不正の仕返しをしてはいけない。ただ生きるのではなく、善く生きることが大切」。プラトンPlato『ソクラテスの弁明・クリトン』BC399

ポリス。人々は市民共同体として共通のルールの下で協力する一方で、名誉・名声を得る競争をしている。弁論術で他人を操作したいと望んでいる。しかし、私たちは名誉・名声よりも、魂に配慮すべき。魂は不死で、死後に審判を受ける。プラトンPlato『ゴルギアス』BC4世紀

昔々、人間には男男、女女、男女、の3種類の性があった。人間は球体の体をしていて、二つの性が背中合わせになっていた。二つが合体して倍の能力を持っていた人間は、慢心して神さえ恐れない振る舞いをした。神は罰として人間を2つに分離した。こうして(半身の)男と女が生まれた。人間はかつて合体していた半身を求めてやまない。それが愛である▼肉体的な愛よりも精神的な愛の方が優れている。肉体的な愛はなく精神的な愛のみの同性間の愛など。プラトン『饗宴』
※男女おとこおんな(アンドロギュノス)。

すぐれた人間による統治(アリストクラティア)が理想。すぐれた人格的な素質と卓越した実践能力の持ち主(哲人)が、経験や感覚の堕落した世界から人々を真理へ導く(5-17)。感覚の世界に生きる人々は洞窟の中で、灯に照らされて壁に映る影(偽の姿)を見ている(7-1)。統治する者は、彼ら蒙昧な民を洞窟から連れ出し、まばゆい光、真の姿を教える。すぐれた人間による劣った人間の支配であり、強者による弱者の支配ではない。すぐれた男とすぐれた女を交配させ、生まれた子は公営の育児所で育て、すぐれた人間集団を維持する▼統治する者は私有財産の保有を認められず、生きるのに必要な分だけ報酬が与えられ、民を幸せにするために奉仕する(3-22)。蒙昧な民は欲望の奴隷であるから政治に関わるべきではない▼民主政はダメ。平等で好きなように生きる自由が強調され、無秩序になる。民主政は貧者による政治に陥る。貧者は目先の欲望に囚われ、理性的な判断はできない。ペロポネソス戦争で民主政アテネは王政スパルタに負けた。師匠ソクラテスを処刑したのも民主派の連中だ。プラトンPlato『国家Republic』BC375
※アテネ・スパルタがペルシアを撃退BC449。ペリクレスBC443。アテネがスパルタに敗北(ペロポネソス戦争)BC431。衆愚政治。民主派による裁判でソクラテス刑死BC399。プラトン国家BC375。プラトン死去BC347。

**********

すべての人は徳への資質を備えているが、一部の人はとくに自然(環境)への適用に優れており、徳の獲得・精神の向上に熱心であり、より人間的に完成している。レオ・シュトラウスStrauss『自然権と歴史』1953

市民としての徳(節制・勇気・知恵・正義)を身に着けた人々による指導が理想。精神的に卓越した人々が指導することで、独裁や専制に対抗できる。レオ・シュトラウスStrauss『都市と人間』1964

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2025年08月11日

Posted by ブクログ

ネタバレ

対話の流れがはやすぎて時々迷子になった。
興味深かったのが、どんな人にも固有にもつ才能があり、それを見つけ出して国家のために役立てることの重要性を話していた。
知識という言葉はあくまでもカテゴリーという意味づけで〇〇の知識という使われ方をしていることを再確認した。

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2021年06月20日

Posted by ブクログ

個人の話から国家、そして下巻の宇宙にまで広がるスケールの大きさたるや。
壮大なものではありましたが、その国家がしっかりと個々の人間と対応していて、ある種の比喩になっているのが面白いです。
下巻まで通読することをお勧めしたいです。

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2020年11月03日

Posted by ブクログ

疲れるがすごい(まだ半分) 紀元前でこれか〜すごいわ。ギリシャ哲学と名前はよく聞くけれど、その一端に触れたのは始めて。理論として現在でも通用する、というか人間社会の本質を射抜いていることに驚嘆。
正直理解しきれないところ、屁理屈こねてるなーと思うところはたくさんあるけれど、電気もガスも当然無い、社会システムが未発達であったはずの時代において、これだけの事が考え抜かれていることに感嘆。

正義とは何か、という問から国家のあり方に入っていき、個人が自分のすべきことを徹底して行う社会、人物を共有する社会を理想としているけれど、これは社会主義につながる理解でいいんだろうか。

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2025年12月28日

Posted by ブクログ

 プラトンの『国家』、共産主義思想の原点であるとか、ナチズム的全体主義を正当化するために利用されたとか非常に悪名高いテキストなのだが、実際に読んでみると、なるほどと首肯する発言が多々あった。
 理想の国家、理想の王国は現実では不可能であることが、壮大な歴史的実験によって証明された。とはいえ、なぜ国家があるのか。国家のあるべき姿とは何か、その使命とは、という方向性については決して間違っていないと思う。ユートピア工学ではなく、ピースミール工学によってよりましな国家というものを創っていくしかないのだ。

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2012年02月09日

Posted by ブクログ

ソクラテスとその他の知者達の問答によって国家のあり方を問いただす。
その答弁がとても新鮮で興味をそそられました。
万物の起源、世界とは、追い求めていたタレスから始まる哲学が、ソクラテス=プラトンによって大きく転換していく様がよく分かる。
少年愛好とか論点が理解不可能な部分は時代の背景で仕方が無いとして、国家と人の類似やその内容は面白い。
『ギュゲスの指輪』のグラウコンの問いは心を捉えました。


09/3/11

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2017年09月17日

Posted by ブクログ

かかった時間
11時間!
プラトンのその他の著作は短いですが、本書は中々骨太でした。

概要
本作は、正義について説いた作品である。作中内での主要な問いは、以下の3つである。
・正義とは何か、正義が実現する状態はどのようか
・正義が実現する国家はどのようにして可能
・正義を守る人自体にもたらす便益は何か    
これらの問いを中心に、ソクラテスとその弟子の対話形式という形で論が展開される。
1. 正義とは何か
国家における正義とは、統治者と補助者と生産者の三階級が、それぞれ固有の特徴を発揮し、それに専念することを指す。そのような正義が実現した国家には、節制と勇気と知恵が存在する。勇気は軍人に宿り、知恵は政治を司る人々に宿る。そして、節制とは、各人が自分の職務以上に手出しや口出しをせず、特に政治分野において知恵のある人々に一任することに合意することを指す。これら3つの状態は、各人が適切な職務にあたるという正義が実現されてこそ、成しうることである。

そして、究極的には、国家の性格は国民の性格を反映したものと考えることができる。そのため、正義が実現する国家においては、人々の魂も同様に、各区分が適切に作用している。魂は3つに区分され、欲望、気概、理性に分けられる。理性が欲望を抑えることに全体が合意し、気概が理性をサポートする。このように個々人の魂が成熟することで、国家へと反映され、最終的に正義が実現されるようになる。
2. 正義が実現する国家はどのようにして可能か
プラトンは正義を国家で実現するために、妻・子供の共有や男女平等の労役や徴用、私有財産の廃止など様々な方策を提案する。
中でも最も有名なのが「哲人政治」である。
プラトンは、哲学者が国を統治する優秀君主制が最も正義が実現されやすい政治形態だとする。この優秀君主制は、名誉制や寡頭制、民主制、僭主制とは異なる政治体制として区別される。
統治者に哲学者を据えるのは、彼らが現象の背後にある真理(イデア)を把握することができるからだ。
読者が具体的な哲学者によるイデアの把握のイメージを持てるように、プラトンは洞窟にいる囚人の話を引き合いに出す。
暗い洞窟には囚人がいる。これは大衆の比喩だ。囚人の背後から光が照らしだされ、前には影絵が映し出されている。影絵が仮象で、照らされている物体がイデアと称される善そのものである。
囚人らは、影絵を常に見ることを強制されている。彼らは影が現実であり、実在するものだと認識している。一方で、哲学者は、洞窟から抜け出して、実在の世界を見た人と表現される。彼らは、影絵が真実ではなく、別に真実が存在していると知っており、囚人らに真実を伝える責務を担っている。

この例の囚人のように大衆は仮象に惑わされる。そのため、善のイデアを観照した哲人のみが、正義の規範を国家に持ち込むことが可能であり、責務として負っているのだ。
3. 正義を守る人自体にもたらす便益は何か
ここまでで、正義やそれが国家で実現している状態、その方法を明らかにした。しかし、正義を実現する上で大きな障害になりうるのは、個人の動機づけが困難であることだ。
実際、正義の意義は了解している人が多いが、いざ実践するとなると行動に移す人は少ない。それは、不正をする方が正義を実現するより余程容易く、より益をもたらすように感じられるからだ。
プラトンの対談相手は、それを示すために思考実験をしてみせる。もし自分の不正が明るみに出ないリングがあったら、誰もが不正に手を染め、報酬を得るだろうと言うのだ。
この問いに対して、プラトンは3通りの方法で説得を試みる。
①不正に手を染めている人の魂は自由ではなく、不幸せで惨めであるから。
不正に手を染めている人は、名誉欲や金銭欲などの欲望や気概が制御できず、支配されている状態である。それは、自由と程遠いため、不正は正に劣ると結論づけられる。
②正義の実現を求める過程では、知、名誉や金銭快楽を味わうことは可能であるが、名誉や金銭欲から行動する場合、知の快楽を味わうことはできないから。また、知の追求それ自体が最も快楽をもたらすから。
正義の実現には知の追求がかかせない。
そのため、当然ながら、正義を実現するプロセスで、知の快楽を味わうことはできる。それだけでなく、知を追い求めると、名誉や金銭ももたらされることがある。一方で、名誉や金銭を追い求めた場合、知の快楽を味わうことはできない。
また、経験や思慮、言論において、知を愛する人は最も優れているため、明瞭な判断力を持っていると考えられる。そのため、様々な快楽の中でも、彼らがよしとする知の快楽は最上位に置かれる。このように、知の追求は他の欲も満たす可能性があり、またそれ自体がよいものであるため、
③正不正への関与は来世の魂の運命を決定づけるから。
プラトンは、正不正によって来世で魂の裁きをうけると主張した。現生の人の目は誤魔化せても、あの世の神々の目を誤魔化すことは決してできない。そのため、粛々と正義の実現に取り組むことで、来世の魂をより優れたものにすべきと説いた。
補足  政治形態
プラトンは、優秀君主制こそ最も優れた政治形態だと主張した。この政治形態も永久に維持することはできず、優秀君主制→名誉制→寡頭制→民主制→僭主制の順番で悪化の一途を辿るという。
まず、名誉制への移行は、最適な出産のタイミングがズレることで、優秀ではない人間が産まれることによっておこる。具体的には、次世代の担い手が、知の追求ではなく、勝利や名誉の追求を重視するようになり、名誉制へと移行する。
次に、名誉制から寡頭制への移行は、富の蓄積による金銭欲重視への思考変化によって起こる。
そして、寡頭制から民主制への移行は、格差の進行による社会の分断の進行と持たざる者の鬱憤の爆発によって起こる。

最後に、民主制から僭主制への移行は、以下の二つの理由で引き起こされる。
①過度な自由への反動から隷属志向になりやすいこと
②民衆的主導者は自分の生存のために自らの権力を集中させることに勤しむようになること
民主的主導者は、票田である大衆のご機嫌取りのために、財産を持つものへの反乱の首謀者にならざるを得ない。そして、一度、彼らへの何らかの措置をとった場合、攻撃を続けるか、もしくは自分が攻撃されるかという選択肢しか残らない。最終的には、保身のために、周囲の攻撃を続けることになり、僭主制へと移行する。
感想
1. 読みづらい 
プラトンは、対話形式で論が展開されるので、平易で読みやすいと見せかけて、議論の現在地がわからなくなるのは私だけだろうか?
本来、議論の全体像を先に読者に提示するべきだと思う。具体的には、問いとその問いを解くために必要な論点を提示してから、各論点の具体的な議論に入るべきだ。そうすれば、読者は今の議論が何を解こうとしているのかを意識して読むことができる。
しかし、本作(というかプラトンの著作全体の傾向として)大きな問いしか明示されず、論点は議論が進むに従ってどんどん追加されていく。全体像が見えないめ、本文内の議論の大論点や中論点を忘れてしまい、何の議論をしているのかわからなくなることが多発した。スルスル油断して読んでいると、ある時点で結局何が言いたかったんだっけ?と立ち止まる必要性が生じ、結局複数回読まなくてはいけず、ストレスが大きかった。

また、論証の方法が類比が多く、とにかくこれが分かりにくい。類比とは、証明したい命題と類似の構造を持った事例を証明することで、同時に命題を証明する方法である。これを多用するせいで、証明したいこととはかけ離れた脈絡のない例がいきなり登場することが多い。ソクラテスの対話相手も「はい?」となってることが多いように見受けられたし、本当にやめて欲しい。
2. 現代に応用不可能なソリューションの比率が高く、実践的ではない
本作は、国家の政治形態や人材育成のあり方に関するアイデアを説く場面も多い。そして、そのアイデアが現実からかけ離れたものが多く、現代への示唆も個人的には少ないと感じてしまった。妻子共有とか、私有財産の否定とか、音楽体育の授業の徹底とか、詩人の追放とか。

アメリカのトップ大学の課題図書1位にも選ばれたことがあると聞いていたので、かなり期待していたのだが、予想以上に(個人的には)役に立たない解決策が沢山出てきて、読む気が失せてしまった。
3. テーマ設定の普遍性の高さ
いろいろ文句を言ってしまったが、テーマ設定については本当に素晴らしいと思う。本作が提示した「正義とは何か、正義を実現するものは、不正をするものより、本当に利益が大きいのだろうか」といった問いは、誰しも感じたことがあると思う。
こういう解かれるべき問いを見つける目利きはどうやって培われるのだろうか、と考える。マルクスもニーチェもプラトンもヴェーバーも、そもそもの問題設定が秀逸であることが、彼らの思想を偉大たらしめた一因だと思う。例えば、ヴェーバーは「利潤追求を第一義とする資本主義が、どうして禁欲主義で質素なプロテスタントの国々や地域を中心に発展したのか」という問い。こんなの問いの時点で偉大ですよね。

現代では、生成AIが解を導出してくれるようになったので、問題発見・設定力と実行力の重要性がますます高まっている。これは賛否両論あるけれど、トランプや参政党のイシューセッティング力は躍進の要因って言われたりするぐらいなので、やはり前者の能力は本当に重要だと感じる。
プラトンの場合は、ソクラテスが刑死したことが大きく影響したんだろうな。降りかかった不条理を問いに昇華できていて、きっと強くて立派な人だったんだろうと思う。
4. 「正義は不正よりお得だ」は論証できてない
前述した通り、「正義に向けて動く人は、不正をする人よりも得をするのか、損なのか」という問いに真っ向から勝負しているのが本作の魅力だ。
この問いは絶対みなさんどこかの場面で感じたことはあるはずだ。
例えば、
正義の実現に向けて動くと自分に実害がある場合:
小学校の時、いじめる側や黙認する側の方がクラスで生き生きとしている。そんな中で、わざわざ状況を変えるために動くべきなのか。
明らかに不正をしている人が利益を得ている場合:
詐欺師やそこまでいかなくとも倫理や環境に配慮していないインフルエンサーが大儲けしている一方で、真面目に働いて安月給。
某米国の内政や外交。自国の利益のためなら、他国への軍事介入もするし、国際協調の機関は抜ける。
「正義は不正と比較して、得か、損か?」の問いに対しては、1の状況であれば明らかに正義は損だし、2の状況であれば不正は得だと感じるだろう。これでは、積極的な正義に向けて動こうとは思わないわけである。
この問いに真っ向から向き合ったのがすごい。
しかし、肝心のプラトンの答えは釈然としなかった。
ざっと私の粗い読み取りだと、問いに対する答えは以下のようになっている。
①不正に手を染めている人の魂は自由ではなく、不幸せで惨めであるから。
②正義の実現を求める過程では、知、名誉や金銭快楽を味わうことは可能であるが、名誉や金銭欲から行動する場合、知の快楽を味わうことはできないから。また、知の追求それ自体が最も快楽をもたらすから。
③正不正への関与は来世の魂の運命を決定づけるから。
まず、③のような死生観は成人後だと変えることは難しい気がしている。また、科学主義が跋扈する現代では、この魂の概念は説得力に欠ける。悲しいことに、これが最大の理由として提示されていたような印象を受けたので、ここでプラトンの論の限界を感じてしまった。
①と②はもはや生き方の美学や志向の話で、全員が納得できるような説得力や普遍性は持ってないですよね。個人的には好きですし、やはり立派だなと思うので、寄せていければなあと思うんですが。
改めて、前回読んだニーチェの指摘が身に染みた。もはや全員共通の善や道徳は存在する時代に私たちは生きていない。そもそも善悪を重視するのか?善悪って何か?善く生きるべきか?それは、自分自身で探さなくてはならない。
今後の方針としては、以前読んだニコマコス倫理学の方がかなり腑に落ちた気がするので、再度挑戦したいと思っている。(優先度は低めだが)
あとはカントかなあ。。。
5. 思ったことを色々
①気概概念の興味深さ
魂は欲望、気概、理性の三種の区分があり、そのうち気概は怒りや激情を指すという。この気概部分は、理性の駆動が円滑になるように支援するらしい。この気概が欲望として否定的に捉えられるのではなくて、理性の駆動に役立つものとして切り出して分類されているのが興味深い。確かに理性だけだと推進力が弱いようにも感じた。
②富と堕落はセット
富の蓄積とそれに伴う堕落は、いつの時代でも憂慮されているという発見があった。ヴェーバーの著作でも、これが指摘されていた。
プラトンは、この富の蓄積が名誉制から寡頭制に堕落した原因だと喝破して、強く警戒していたようだ。政治家は卑属な名誉や金銭欲に目が眩んだ人がなってしまうと、国は不幸になるという。全体が幸せになることを考えるのが正義であって、政治家はそもそも前述した卑近な欲目当てでなるものではなく、無私な人が望ましいと言っている。それを防ぐためにも公人の私有財産の保有を制限することまで奨励している。
日本の政治家は名誉欲とか金銭欲でなる人いるんか?と思うが、某国の大統領とかはまさにこれですよね。そういう人を選ばないこと、大事。
③どの政治形態でも怖いしサイアク
高校の時に受けた政治経済の授業以来に、プラトンの政治形態の分類にお目にかかった。
プラトンは民主主義を最悪から2番目の政治形態として分類している。それは一番甚大な被害をもたらす僭主を生むのは民主主義だけだからだそう。この民主主義からの僭主制への移行に関する分析は非常に興味深いと思った。移行の特徴として、大衆が過度な自由への反動から隷属を欲するようになることや、財産を持つ層の攻撃者として指導者が選ばれることが挙げられていた。これは、歴史を見ていても起こることですよね。

私も僭主制が最悪であるということはプラトンと認識が一致しているので、以下のように気をつけたいと思った。選挙も近いですし!①僭主を生み出す政治形態であることを強く自覚し、注意深く選ぶこと②強いリーダーシップを無闇に求めない③明確に敵を設定して攻撃するような人は選ばない
そして、個人的には、政治形態は結局どれに行っても最悪だと思う。英会話の先生と話していたときに、最近のアメリカは寡頭制に例えられることを知って、個人的には民主主義よりこちらの方が胸糞が悪いと思った。ご存知の通り、アメリカは先進国内ではトップで格差がある。また、主要メディアも富裕層に大株主として所有されているケースが多く、情報操作されている可能性もあるそう。また、選挙活動への莫大な資金援助もある。このようにメディアやロビー活動を通じた政治の支配はどんどん進行しているそう。1年だけアメリカに留学した時も、この国凄いけどやばい、ロールモデルにしたらあかんとずっと思っていたので、日本がアメリカみたいにならないように強く願っているし、何かできることがあればしたい。プラトンのいうように、鍵は「富と堕落」をどう防ぐか、だと思う。
上下巻二冊分だったので、非常に長くなってしまいました...!
次回もプラトンでずっとレビューが書けてなかったゴルギアスを再度読み直して、紹介しようと思います

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2026年02月07日

Posted by ブクログ

ネタバレ

訳が藤沢令夫氏で非常に読みやすい。1979年の訳とは思えない。
最初の正義問答は面白かったけど、すぐにソクラテスの独り舞台となってしまう…というか、「パイドン」といい、プラトンが自分の思想を開陳する時にそうなっているんじゃないかということに気づいた。アカデメイアの講義もこんな感じで、ひたすらよいしょされながら話を続けていたのだろうか。

正義とは何か→国家における正義とは何か→個人における正義とは何かという感じで探究する中でプラトン理想の国家について語るのが上巻の主な内容。有名な「知恵・気概・節制・正義」や哲人政治などの要素も出てくる。
私有財産や貧富の差が国家を堕落させる、というところから始まる理想の国家の中身は非常に全体主義的なもので、徹底した優生政策(出来の悪い人間が作った子供は殺す!)と無菌室のような教育によりそれを実現させようとするものである。共産主義っぽいけど、共産主義のほうが真似ているのか、思考の始まりからただ似通っているのかは勉強不足で分からない。子供は誰が誰の子供か分からないように育てて資質によって職業を決定すると言っていたかと思えば、のちの軍隊の運営の箇所で当たり前に職業世襲っぽいことを言っていたりとその時その時のトピックで場当たり的に話をしている感は否めないのだが、プラトンの理想主義と、理想にわずかの傷も許さない完璧主義は伝わってくる。やはり人間の繁栄を志そうとすれば優生思想に行き着くのは自然な成り行きなのだろうか、ということを少し考えた。

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2023年12月09日

Posted by ブクログ

あまりに有名なので義務感から上巻だけ頑張って読んだが、知的刺激も新規性もなく極めて退屈であった。知識のない中高生が考える姿勢を学ぶために読む本としてはおすすめだが、現代を生きる成人が改めて読む必要は感じられなかった。もちろん歴史的背景から学問的価値の高さは述べるまでもないが、書籍としての価値は教養書として名を連ねるほどのものではないかと。

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2020年10月24日

Posted by ブクログ

ネタバレ

「お金の所有が最大の価値をもつのは、ほかならぬこのことに対してであると考える。……たとえ不本意ながらにせよ誰かを欺いたり嘘を言ったりしないとか、また、神に対してお供えすべきものをしないままで、あるいは人に対して金を借りたままで、びくびくしながらあの世へ去るといったことにないようにすること、このことのためにお金の所有は大いに役立つのである。」(26頁)


個人と国家の共通項を探し、一方を他方に当てはめている。
演繹のし過ぎ、というのは現代的な感覚だろうか。

優れた国家に必要な三つの徳…知恵、勇気、節制。
勇気と知恵は、国家のある特定の部分に存在するが、節制は国家の全体にいきわたっていて、支配関係について支配者と被支配者との間で合意されている状態(293頁~)。

上記3つの徳に匹敵するのが正義。
正義とは、自分が自分の仕事だけを果たすこと。

国家のためという観点から、男女の平等を肯定する(357頁~)。

望ましい国制を移行するためには、哲学者が王になって統治するという変革が必要である(404頁~)。

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2017年01月15日

Posted by ブクログ

ネタバレ

尊敬する先生に勧められて読んだ一冊。たぶん3割も理解できなかったのではないか。ちゃんと読む初めての哲学書だったが、かなり読みやすかった。どうも私はソクラテスの考えに賛同できないなあ。結構ずるくない、彼。言い返せないのが悔しい。

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2015年05月24日

Posted by ブクログ

対話という形式、わかりやすい翻訳だからまだ読みやすい。紀元前400年代の人の思想に触れていることに歴史の厚みを感じた。

なかなか友達にはしたくないプラトン。正義について調べるつもりが理想の国家の話に・・・。

女・子どもの共有とか、選民思想などかなり奇天烈な発想。ここまで読み継がれてきた理由には疑問が残るけど、頷ける所もあり、よくわからない魅力がある。

あと、ひとつひとつ言語や意味を突き詰めていく姿勢には学ぶものがある。

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2013年05月20日

Posted by ブクログ

正義とは何かという問で本書は始まる。

脚注によると、古代ギリシアでは「友を益し敵を害するのが正しいことだ」という考えが広く正義ととらえられていたようだが、プラトンはそうは思わなかったようだ(p42)。人を害することは不正なことだと言っている(害することによって、相手は正しくなるのではなく、不正になるから)。
個人にとっての正義を考える上で、より包括的な存在――国家――にとっての正義を考えていく。
そのために「理想的な国家」を創りだした。
この「理性的な」というのは、「国の全体ができるだけ幸福になるように」(p261)ということ。
理想的な国家には4つの性質があるらしい:「知恵」「勇気」「節制」そして「正義」
勇気は「恐ろしいものとそうでないものについての、正しい、法にかなった考えをあらゆる場面を通じて保持すること」(p289)のことを言う。
また、自身の中で「すぐれた本性をもつものが劣ったものを制御している場合」(p292)に、そこに節制があるという。
それで、正義とはそれぞれが自分の生まれ持った才能に合った役目を全うすることだという。自分の分を越えてはならない。

終盤は難しくて何を言っているのかよくわからなかった。


■ 余談
・序盤で書かれている、お金持ちになることの効用が興味深かった。「たとえ不本意ながらにせよ誰かを欺いたり嘘を言ったリしないとか、また、神に対してお供えすべきものをしないままで、あるいは人に対して金を借りたままで、びくびくしながらあの世へ去るといったことのないようにすること、このことのために、お金の所有は大いに役立つのである。」(p26;ケパロス)
・神に世俗的な振る舞いをさせるような詩は守護者の教育によくないから、そういうものはチェックして世に出ないように書いている(p172のあたり)。国が作るべき/作ってはならない物語のルールを規定すべきだとも書いている(p159)。国家検閲を推奨しているように見える。詩に厳しいのは、プラトンが詩を挫折した過去もあるから?
・病気になったからといって、仕事を奪ってでも延命させることは医者のやることではないといっている(p233のあたり)。怪我や病気で役に立たなくなった大工は、諦めてさっさと死ぬべきだという。
・男性の壮年期がp370において25歳~55歳となっているが、当時で55歳はまだ元気な部類だったのだろうか
・戦争をしても、それは善意を持って正すわけだと主張して、ギリシア人同士で奴隷にしたり、されたりすることは否定しているように思う(p398)

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2012年04月20日

Posted by ブクログ

正義とは何かという問で本書は始まる。

脚注によると、古代ギリシアでは「友を益し敵を害するのが正しいことだ」という考えが広く正義ととらえられていたようだが、プラトンはそうは思わなかったようだ(p42)。人を害することは不正なことだと言っている(害することによって、相手は正しくなるのではなく、不正になるから)。
個人にとっての正義を考える上で、より包括的な存在――国家――にとっての正義を考えていく。
そのために「理想的な国家」を創りだした。
この「理性的な」というのは、「国の全体ができるだけ幸福になるように」(p261)ということ。
理想的な国家には4つの性質があるらしい:「知恵」「勇気」「節制」そして「正義」
勇気は「恐ろしいものとそうでないものについての、正しい、法にかなった考えをあらゆる場面を通じて保持すること」(p289)のことを言う。
また、自身の中で「すぐれた本性をもつものが劣ったものを制御している場合」(p292)に、そこに節制があるという。
それで、正義とはそれぞれが自分の生まれ持った才能に合った役目を全うすることだという。自分の分を越えてはならない。

終盤は難しくて何を言っているのかよくわからなかった。


■ 余談
・序盤で書かれている、お金持ちになることの効用が興味深かった。「たとえ不本意ながらにせよ誰かを欺いたり嘘を言ったリしないとか、また、神に対してお供えすべきものをしないままで、あるいは人に対して金を借りたままで、びくびくしながらあの世へ去るといったことのないようにすること、このことのために、お金の所有は大いに役立つのである。」(p26;ケパロス)
・神に世俗的な振る舞いをさせるような詩は守護者の教育によくないから、そういうものはチェックして世に出ないように書いている(p172のあたり)。国が作るべき/作ってはならない物語のルールを規定すべきだとも書いている(p159)。国家検閲を推奨しているように見える。詩に厳しいのは、プラトンが詩を挫折した過去もあるから?
・病気になったからといって、仕事を奪ってでも延命させることは医者のやることではないといっている(p233のあたり)。怪我や病気で役に立たなくなった大工は、諦めてさっさと死ぬべきだという。
・男性の壮年期がp370において25歳〜55歳となっているが、当時で55歳はまだ元気な部類だったのだろうか
・戦争をしても、それは善意を持って正すわけだと主張して、ギリシア人同士で奴隷にしたり、されたりすることは否定しているように思う(p398)

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2012年04月21日

Posted by ブクログ

紀元前に書かれた世界最古の正義論。対話篇ということもあって読みやすく、議論も一つ一つ丁寧に進んでいくので話の流れにも迷わない。とはいえ、その論理と主張には首を傾げたくなく場合も多々あるのだが、途中でふと気がついた。この国家を読んでて感じる違和感って、西洋文化そのものに対する違和感と同類のものなんだよね。矛盾を矛盾として受け入れ、言葉にできない経験を重視する東洋思想の源流が老子から来ているのなら、矛盾を言葉と論理で徹底的に解消し、個人より社会を重視する西洋思想の原点がこの国家なんだと考えれば腑に落ちる。

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2012年04月05日

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