作品一覧

  • メノン
    4.3
    「徳は教えられうるか」というメノンの問は、ソクラテスによって、その前に把握されるべき「徳とはそもそも何であるか」という問に置きかえられ、「徳」の定義への試みがはじまる……。「哲人政治家の教育」という、主著『国家』の中心テーゼであり、プラトンが生涯をかけて追求した実践的課題につながる重要な短篇。

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  • ソポクレス オイディプス王
    4.3
    1巻627円 (税込)
    オイディプスが先王殺害犯人の探索を烈しい呪いの言葉とともに命ずる発端から恐るべき真相発見の破局へとすべてを集中させてゆく緊密な劇的構成。発端の自信に満ちた誇り高い王オイディプスと運命の逆転に打ちひしがれた弱い人間オイディプスとの鮮やかな対比。数多いギリシア悲劇のなかでも、古来傑作の誉れ高い作品である。

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  • パイドロス
    4.0
    真実そのものの把握なしには真実らしく語ることさえ本来的に不可能であることを立証し、「哲学」の立場から鋭く当時の弁論術を批判したのがこの対話編である。本書はプラトンの代表作の一つであって、特に『ソクラテスの弁明』をはじめとする前期著作群を『テアイテトス』以降の著作に結びつけてゆく重要な役割を担っている。

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  • 国家 上
    4.1
    1~2巻1,507~1,573円 (税込)
    ソクラテスは国家の名において処刑された。それを契機としてプラトンは、師が説きつづけた正義の徳の実現には人間の魂の在り方だけでなく、国家そのものを原理的に問わねばならぬと考えるに至る。この課題の追求の末に提示されるのが、本書の中心テーゼをなすあの哲人統治の思想に他ならなかった。プラトン対話篇中の最高峰。

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ユーザーレビュー

  • ソポクレス オイディプス王

    Posted by ブクログ

    ネタバレ


    ■ 要 約
    ・荒廃しているテバイの国、神託によれば、その理由は先王ライオス殺しの罪人がこの国に居るためであり、これを罰することが必要との事
    ・先王ライオス亡き後、スフィンクスからテバイを救い、新たな王となった英雄オイディプス王は、国を救うため真実を明らかにしていくが、実はオイディプスこそが先王ライオスの子にして、ライオス殺しの犯人であり、母であるイオカステを妻として子を儲けていた事を知る。
    ・真実を知ったイオカステは自らの命を断ち、絶望したオイディプス王は自分の両目を潰して家臣らに自らを罰するよう願う。

    ■ 核心テーマ
    →人間は自己について正しく認識しようとするが、その自己認識は時に決定的

    0
    2026年03月29日
  • 国家 下

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    ネタバレ

    『国家』は、ソクラテスと対話相手との哲学的問答により、『正義とは何か』を主題として論を進める対話篇であり、その過程において理想の国家像とイデア論に基づく認識論が考察される。そして、正義を実現するには、善のイデアを認識した哲人による統治が必要であるとの結論に至る。(哲人が単に優れているからではなく、善のイデアを認識しない限り、そもそも正義を正しく認識すること自体が不可能であるという認識論的前提から導かれる結論である。)

    ここでいう哲人とは、有名な洞窟の比喩で表されるように、低い認識(洞窟に映る影を見ている状態)から真の認識(洞窟の外に出てイデアを認識する状態)へと段階的に向上し、最終的に善のイ

    0
    2026年03月29日
  • ソポクレス オイディプス王

    Posted by ブクログ

    ああ!知っているということは、なんというおそろしいことであろうか──知っても何の益もないときには。

    神々の名にかけてたのむ、知っていることがあるのならば、どうかそっぽを向かないでくれ。われらみな歎願者となって、おんみの前にこうしてひざまずいているものを。

    0
    2026年02月21日
  • 国家 下

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    哲学的問答法というのはわれわれにとって、もろもろの学問の上に、いわば最後の仕上げとなる冠石のように置かれているのであって、もはや他の学問をこれよりも上に置くことは許されず、習得すべき学問についての論究はすでにこれをもって完結したと、こう君には思われないかね?

    0
    2026年02月16日
  • 国家 上

    Posted by ブクログ

    哲学的問答法というのはわれわれにとって、もろもろの学問の上に、いわば最後の仕上げとなる冠石のように置かれているのであって、もはや他の学問をこれよりも上に置くことは許されず、習得すべき学問についての論究はすでにこれをもって完結したと、こう君には思われないかね?

    0
    2026年02月16日

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