プラトンのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
プラトン中期の作品。対話編
仲間内の宴の中でエロスについてそれぞれが賛美するという催しを始める。
アガトンのエロスについての賛美は現代の私たちの感覚からすれば退屈なものであるが、当時の弁論家たちの手法は音の響きの美しさなどで説得力を持たせたそうで、ギリシャ語で読めない以上はただ美しさだけを連ねて内容の無いものに見えてしまうのが残念だった。
少年愛について自己弁護的な賛美(当時社会的に妥当とされていなかった成人後にも関係を持つ行為を正当化するなど)をする者、喜劇作家アリストファネスのオレンジの片割れの由来となる神話など、それぞれの主張は当時の習慣や考え方を私たちに教えてくれる。
印象的だっ -
Posted by ブクログ
ユングは「夢はあるがままの姿で、内的な真実を事実を表現する」(みすず書房 ユング夢分析論)と言っている。そしてプラトンで語られていることは、夢で捕らえようとすることと似た印象を受けた。
少し混乱。森の中。
他の訳も読んでみよう。
この本は注釈がちょっと自分には向かなかった。光文社古典新訳の他のではあまりこんな風に感じなくて、むしろいいなあと思っていただけに残念。
対話に参加するための注釈であるだけでない、注釈者の意図を持ったものが多くて。一度注釈に目を通してしまうと、思考が中断されてしまって本文に戻りにくかった。授業などでプラトンやソクラテスについて学ぶと言う目的には良いのかもしれないけ -
Posted by ブクログ
難しい…と思いながら読み終わってしまい、投稿まで時間が空いてしまった!
難しいと感じる最大の理由は、「エロス」という神が一つの人物像(人ではないけど)なのか、それとも恋や愛という概念として語られるものなのかがなかなか掴めなかったことでした
ネットに上がっている要約に助けられながら振り返ります。笑
物語はソクラテス含む6人が、ギリシア神話のエロス神を称えるという形式で進んでいく。
エロス=恋(少年愛)に関して、6人が様々な意見を戦わせる。
・古さゆえにエロス神は「善さ」の源泉であり、徳と幸福をえるために最も強い力となる
・エロスには2種類あるが、世俗的な恋ではなく、理性的 -
Posted by ブクログ
愛についての本。運命の人ってフレーズは、元々2人がくっついていたけど、切り離されて、片割れを探しているって話が由来らしいよ。
純粋な愛は男性同士の愛ってのは面白いね。性的な何かも含めてなんだろうけど、それより人として好きって感覚なのかな。人まで見て好きになれるのが一番いいよね。
ソクラテスとアガトンの一説で、エロースは美を求める美しい神という主張に対して、美を求めるってことは、美を持たない。→対象に対して欲求する愛を持っているなら、それは、欲求する段階ではそれを持っていないことになる。
なぜなら、持っていないものを求めることだから。かけている物を欲求する感じ。
人間もエロースも、知恵と無知の -
Posted by ブクログ
男女の恋愛ではなく、少年愛が主なテーマ。
ギリシャ時代、少年愛こそが崇高なもので、女性に興味を持ってるような男はまだまだ人間としてレベル低いやつ、というような考えだったよう。
フェミニストとしては、この時代で既に女性は男性に都合の良いように定義づけられてきたのか、、と悲しく思った。
ただ、愛というものは、最終的には1つの対象に対するものではなく、広い後世の世代に対しての教育意欲を掻き立てる=社会全体への貢献欲に繋がる、という点は、
自分自身の感覚や、アドラー心理学とも共通していて、やはり、人の欲求は最終的にそこに至るのだなと再確認できた。
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Posted by ブクログ
ネタバレエロスとは何か、
エロスを讃美するとはどういうことか、
次々にいろんな人が語る饗宴。
エロスを語るのに、
一緒に飲みながらという場面は、適切なのかもしれませんね。
愛と美に魅せられ、
酔い、
熱くなり、
ほめたたえる。
愛に溺れるのでもなく、
酒に溺れるのでもなく、
美そのものへと到る道を行くがごとく。
ソクラテスは、
自分がいかにエロスを知らなかったかを説き、
そしてさらにはエロスのなんたるかを語る。
この世界で、いま、エロスの神は賛美されているだろうか。
”なぜといって独力でもしくは他の誘導によって愛の奥義に到る正しい道とは次のようなものであるからです。それはすなわち地上の個々 -
Posted by ブクログ
「○○とはなにか?」と問いがたてられ、いろいろ議論したあげく、「○○ということについて、わたしたちは知らない」ということが確認される、ソクラテス対話シリーズかな?
こうした「知らない」対話篇は、初期プラトンの特徴なんだけど、解説によると、中期に近い性質もあるとのこと。
たしかに、議論の展開が複雑というか、精緻で、いろいろな角度から問題にアプローチして、それぞれが論理的に間違っていることが証明されていく。
その手際は、なぜかデリダの脱構築を思い起こさせる。
プラトンのなかでは、比較的マイナーな作品とのことだが、議論されているのが「愛」とか、「知」で、知を愛するという意味の「フィロソフィー -
Posted by ブクログ
プラトンが、ソクラテスとプロタゴラスの対話を描いた本。
大いに繁栄していた紀元前5世紀のアテネ。これだけ抽象的、哲学的な対話がされていたというのは流石だなぁと、今更ながら思いました。
対話のテーマは、人間としての「徳(アレテー)」とは、人に教えることができるものなのか?というもの。
ソクラテスは「教えることはできない」立場、プロタゴラスは「教えることはできる」立場で対話が始まって、徳(アレテー)の性質について論じていたのですが…、最後は確かに意外な結末で終わってしまったなぁと感じました。読者にバトンを渡したってコトなのでしょうか。
文章は新訳のおかげで意外なほど読みやすく、ストレスに感じる箇 -
Posted by ブクログ
常日頃、反「プラトン主義」をキーワードにしている私であるが、プラトンを読むのは結構すきである。
それは、別に反論する相手を良く知ろうということではなくて、純粋に読んでて面白いからである。
というのは、プラトン自身は、いわゆる「プラトン主義」に収まらない過剰なものがある思想家だと思うし、仮にプラトンが「プラトン主義」を主張しているときでも、「いやいや、それは違うんじゃないか」と思考をとても活性化させてくれるからだ。
というわけで、「知識とは何か」という問いを巡る対話篇「テアイテトス」であるが、これは、他の対話篇に比べると、なんだか、すごく難しい。議論の大筋を追う事はできても、ひとつひ