鎌田浩毅のレビュー一覧
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読書をする人すべてにお勧めできる本です。
理科系の〜とタイトルにありますが文系の人に参考になる内容は多いと思います。
本書で印象的だったのは以下の内容でした。
・読む前に手に入れたい知識を3つに限定すること
・読めなくなってしまっても自分を責めないこと。その代わり、読書のシステムを責めること
・完璧主義は自己満足。不完全主義こそ、効率よく最小限のエネルギーで知的生産を行う早道。
・本に読まれてはいけない。読書家とは持っている本すべてを読まなくても涼しい顔のできる人。
★読書という行為は、読む人に何らかの変化が起きてはじめて意味がある。
『今、ここで』行動を始めてみよう。 -
Posted by ブクログ
然程「理科系の~」という感じはしなかったが、すごく参考になった。
「耳学問(人から新しく聞いた話を自分の知識とする方法)は本を読む前の「心の敷居」を低くするために役立つ。」とあり、テレビなどの解説も役に立つ。「マンガでわかる~」とかも、そうだろう。積極的に活用したい。
また、「「読む」という作業は、ひとり読書にとどまらず、相手の気持を「読む」、あたりの気配を「読む」、将棋の手を「読む」ことにも通じている。つまり、目に見えないものをどれだけイメージできるかという勝負なのである。したがって、読書力の減退はその訓練の場がなくなっていることを意味するので、活字離れの次元を超えた大きな問題。」というのは、印象に残った。
「読む」というのは単に字面を追うことではない。見えないものを見ようとする、云わば想像である。これがベースとしてないと、人間関係もうまくいかない。
なんとも身につまされる話である。。
あと、「知的消費」と「知的生産」の話。これもすごい。
「知的生産とはレポート、企画書、論文、書籍などの文章に知価の高い内容を集積することをいう。それに対して知的消費とは、本を濫読する、将棋を指す、教養ある会話をするなど、知的な活動ではるが直接生産に結びつかない活動を言う。インターネットのサーフィンなどは、現代の知的消費の最たるものであろう。
このように知的生産と知的消費を自覚することを最初に行っていただきたい。
知的生産を目標にすると、最終成果が得られなければすべてが水泡に帰する。したがって、知的生産にならない勉強をしている時間が(楽しくもなく知的消費ですらないから)もっともムダで危険だ。」
実務で使わない資格試験やアウトプットに結びつかない読書も、(知的消費にすらならない癖に、何某かやった気になる)もっともムダで危険なものであろう。
あと戒めとして、以下は覚えておきたい。
「メモを取るのが好きな人が陥りやすい失敗に、ノートという途中の過程ではよく書けているのに、肝心のアウトプットの出来がよくないということがある。書いたノート自体が美しい作品になってしまうと、かえって頭に残らない。」
以上、キレッキレの言説であり、参考になる箇所多し。
知的生産と知的消費の区別、付けてみよう。 -
Posted by ブクログ
まず、タイトルに「理科系の」とあるのは、これまでの著者の本にもよくあった「理系の~」を踏襲した枕詞みたいなもので、特にそこを気にして文系の人間が敬遠する必要はないと思う。
本人もあとがきで「カマタの使った読書術」を書いた本だと言っているし。
「京大式」・「カマタ式」よりはこの方が売れると思った出版社の都合でしょう。
難解な本は書いてる著者が悪いのだ、と主張する一方、言いっぱなしで終わるのではなく、難解に感じるのは著者と自分とのフレームワーク(思考枠組)の違いが原因なのだから、それをすり合わせることを意識して読み方をしていけばよいのではないか、との提案でこれは読書の仕方として参考になる。というかこういう意識で臨むと、これから先難解本に出会っても心が折れなくて済みそうだ。
目的をもって読むのだから全部読まなくてもいいんだ、とか、読んでいてわからない部分は棚上げしろ、細かく要素に分解してみろ、とかいった具体的な読書術が列記された末に、最後には「読まずに済ませる読書術」。
脱帽。というかこれくらいの心持ちで本と向き合えば良い、というその姿勢に救われる。
著者は、読書へのハードルが高すぎて本から疎遠になってしまっている教え子を仮想読者として、彼らへの処方箋として説いているようなところもあるかもしれない。
また、昨今のビジネス書・自己啓発書の不振について、著者は山田真哉氏の『平成のビジネス書』とは違った見解を述べている。
曰くこうした書物の「未来はコントロールできる」という思想の怪しさに読者が気づいてしまったのではないか、と。
「本」という形となったこれまでの「知」を蓄積しても、震災など「想定外」の事態には対応出来なかったという指摘を、愛蔵書にカビが生えてしまったことをきっかけに蔵書の処分を進めた著者自身のエピソードと重ね合わせて論を進める。
よほどの本でも無い限り再入手することはできるので蔵書を処分しても困らなかったという経験談と、そのことで体が軽くなった、読書も未来志向になった、という告白は、震災以降10年代の断捨離、ストックからフロー、所有から利用・共有・シェア、といった指向に通底しているように見える。
10年代が到達した読書術の最終形を提示した本。
今、ここで読む本が、今、ここで生きる自分を変えてゆく。それが読書の終着点、と。 -
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中巻は、生命の誕生と進化が中心で、先カンブリア紀から古生代までが扱われる。その中では、地磁気の発生によって、生命にとって有害な太陽風などの高エネルギー粒子の地表への到達が防がれるようになったといった地学的な要素も絡めて記述されるので、目先が変わったり、地球と生命の共進化という新鮮な考え方が示され、飽きることがない。スノーボールアースと呼ばれる全地球凍結の時代や様々な要因による大量絶滅があっても生命がしぶとく生き延びたことなども記述される。地球環境は、ネガティブフィードバックが働いて恒常性が保たれる場合と、ポジティブフィードバックにより変化が亢進する場合があり、一見強固なようで、実は脆弱なものという印象を受けた。
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著者の鎌田さんは、火山学者にして、勉強法の本なども書いている変わり種だが、地球の歴史という地球物理学や古生物学を含む壮大なテーマを新書三巻という形で書き上げたらしい。
その第一巻である本書は、ビッグバンから説き起こしていて、宇宙論や素粒子物理や太陽系惑星論にも話が及んでいて面白い。しかし、本書の中心は、やはりプレートテクトニクスを含む地球物理の世界で、地球の誕生直後のマグマオーシャンの状況から、地殻・マントル・コアへの文化と、その後のマントル対流による地球規模の熱と物質の大循環だろう。先行する地球物理に関する一般書を更に統合して、そこに地球規模の時間経過という不可逆的な「進化」の視点が盛り込まれていて、これ一冊で何でも分かるような気がする。
中巻以降は、生物に焦点が当たっていくようで、上巻とは毛色が異なるようだが、それでも読んでみたいという気にさせられる。 -
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ネタバレ毎年100冊は本を読みますが、年末になって読んだ本を振り返るといつも、あぁ、もっと古典を読まなくちゃな、。と思います。でも実際はなかなか、敷居が高くて。。
本書は、京大の火山学者である鎌田教授が週刊東洋経済で連載されている古典の紹介をまとめたもの。1冊1冊について、鎌田教授の簡潔かつ的を得た解説がなされていて、これだけでもエッセンスはつかめそうな気さえします。もちろん、ちゃんと1冊1冊を手に取って読んでこそ、自分なりの理解が可能になるのですけど。
良書に出会うコツは、悪書を読まないこと。流行を追わず、長い年月の風雨にさらされながらも生き残ってきた本を優先して読む。来年こそは! -
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「3.11」の後に書かれた、地震を中心とした地学・防災学に関する一般入門書。
「日本周辺でもM9クラスの地震は普通に起こりうる」という、3.11後に常識化した考え方を踏まえた地学一般書。東海・東南海・東海の各地震は、3連動タイプが起こることを前提に被害などを説明していることが特徴的。
また貞観地震(869年)の前後に富士山を含む日本列島の火山活動が活発化したことを踏まえ、火山活動についての説明も入れている。著者の専門が火山学、ということもあり、こちらも踏み込んだ内容まで触れている。
今までの地学系一般書との大きな違いは、防災学についての内容を大きく扱っていること。「帰宅支援マップに従って歩いてみた」というのはフィールドワークをやってる著者らしい一節ですが、他にも防災グッズについての解説もある。
従来の地学一般書であれば「防災情報はなかなか正確に伝わらない」の一行で済まされていたような箇所が、かなり踏み込んで解説されているのも特徴的。昔の「公的機関から市民へ」という情報伝達モデルではなく、双方向的なコミュニケーションや互助的コミュニティを考察した上での防災情報伝達モデルを元に詳しい解説が行われている。
「京大人気講座」という名称から、関西向けな内容が多いのか、と思っていたのですが、関東についての記述も多かったりして読み手の地域問わず読める一冊。
ただし、防災学的な分野に記述を割いている分、地学についての情報量はそれほど多くない。地学により深い興味のある人は、作中で触れられている関連一般書にも触れた方がいいと思う。