藤野可織のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
久しぶりに、何のためでもなく、「ただ活字を読む」という欲のためだけに読み終えました。時間に追われているときに読む、良質な短篇はこの上ない至福ですが。ああ怖かった。
帯の「史上最も怖い」という言葉は的を得ているからこそ、究極のネタバレというべきか、予感を促しすぎる意味で読者からすれば勿体無いような気もします。
事実、悍ましいと感じる要素が沢山詰まっています。具体的な言葉で分析し始めようものなら自分の世界にピキッとひびが入ってしまいそうな感のある、人の奥底にある不気味な禁に触れてしまっている作品です。
語ることの出来る要素で面白みを感じたのは、やはり「目」の役割です。解説にあった、動物の目の発達の過程の説明を含めて、考えさせられるところ、日頃考えることと繋がるところがありました。物事から恣意的に目を逸らせば、人はその物事を無かったことに出来て、ある種の独裁者になれるということ。でも、、、ということ。「目を閉じれば同じ」という言葉が出てくる宇多田ヒカルさんの歌をふと思い出しました。人は疲れてしまうと思考を停止して、目を閉じて、次に開く頃には状況が変わっていることを期待したりするものです。それは必ずしも現実逃避を示唆しているのではなくて、日常における睡眠も同じでしょう。でも、、、がいっぱいあります。自分の住んでいる世界に見たいものと見たくないものがあるということと、目が開いている限り物事を見続けなければならないこと、をどう理解すればよいのでしょう。自分で一生付き合って戦うしかないのでしょうけれど、戦うのに疲れてしまった人は他の存在を精神で殺してしまうのでしょう。私は目が見えることは尊いと思っていて失いたくありません。それでも、一見「できる」という良い機能に思われるものが、「できることをしない」という選択肢を危険を孕んでいるという事実は心に留めておくべきだと思っています。
久しぶりに、心の向くままに目的もなく言葉を綴った気がします。少し気持ちが休まったのでこの辺りで。 -
Posted by ブクログ
表題作は、どうも世界に入り込めなかったので、特に感想は書かず、併録されている「溶けない」について。
<溶けない>
子ども(小学校低学年)のころ、夜眠っているときに足を引っ張られるような感覚があり目が覚めてしまうことがたびたびあった。あの頃はオバケの仕業かとびくびくしていたのを覚えている。この小説で幼い「わたし」が恐竜に遭遇するシーンを読んだ時の印象が、ちょうどこれに似ていた気がする。
私の「足を引っ張られるような感覚」はもうなくなった。幼少時代の不思議な体験など、大人になるにしたがってそれが何か分かるあるいは気のせいだと思い、雲散霧消していくものだ。
しかし、この小説では終わらない。じわじわと日常に忍び寄ってきて、あろうことか大学生にまでなった「わたし」まで飲み込んでしまう。
周囲の人間の反応からすれば、その体験は「わたし」のもうそうだろうとは思うのだけど、「わたし」の視点が妄想を見ているそれとは到底思えないほどにくっきりしている。
こうしたズレはどうして生まれたのだろうか、この幻想は何かの隠喩なのか・・・そういった疑問は解けないままで心残りだけど、もっと同著者のほかの小説も読んでみたいと思うものではあった。独特の気持ち悪さこそが物語の醍醐味なのだろうか? -
Posted by ブクログ
「いやしい鳥」「溶けない」とショートショートの「胡蝶蘭」の3篇は、いずれも不可解な怪物に出くわす話。不条理な状況に翻弄されつつも、それに抗い立ち向かうラジカルさが更に事態を悪化させるのは、初期筒井作品を彷彿とさせる。
「いやしい鳥」は、お隣に住む主婦を一方の視点に加えたことにより物語に客観性を与えスラップスティックコメディ色が薄れ、筋立ての面白さが増しているように思う。ただ、次々に登場する不快なアイテムがあまりにありふれていてややしらける。三者それぞれの切迫感は感じるのだけど精神的に追いつめられていく様子があまり見られないため全体としてエッジが立っていないように思う。読んでいる間中セサミストリートの曲が頭の中を渦巻いた。
「溶けない」は、著者得意の母娘もの。女性特有のしぐさの描写は素晴らしく、全体として映像的なイメージの作品となっている。「溶けたりしないくせに。どうせ老いて死ぬくせに」というインパクトのあるひと言が本作の全てだろう。
「胡蝶蘭」は、わずか15ページほどの短い作品だが、視覚的描写が際立っているので、3篇中最も強い印象を残す作品となっている。「胡蝶蘭はなにも言わなかった。当然だ」というフレーズに、オチを付けねば落ち着かないという著者の上方気質を感じる。こういうの大好き。 -
Posted by ブクログ
表題作「パトロネ」は一風変わった幽霊譚。中盤過ぎまではイメージの拡大や推測の拡がりができて面白いのだが、その後は終わらせることに意識が向かってしまっているのか、減速してしまうのが残念。皮膚病と心情をリンクさせたのは上手い。イライラ感が伝わってくる。パトロネって何かと思ったがアレだったのね。オジサンはパトローネと習いました。
「いけにえ」は普通さ凡庸さに潜在する執着や狂気といった感じ。普通のオバサンの普通の美術鑑賞がツボにはまる面白さ。美術なんて分からないと言いつつもその観賞力はただ者では無い。コミカルな文章だがこの後の作品と比べるとまだ硬い感じがする。言葉の選び方がまだこなれていないからかな。こういう話は大好き。 -
Posted by ブクログ
7つの短篇が収録されているが、前4編と後ろ3編とではテーマが異なっているように感じた。
「去勢」「狼」「ファイナルガール」に共通する非日常的なモノによる日常の破壊は、筒井の「死にかた」や「走る取的」にも似て、この後の著者の作品にも見られるスラップスティック作品群に含まれるだろう。
異常な事態に見舞われる「プファイフェンベルガー」の閉塞感。「戦争」に於ける記憶と実像の入れ子状況など、かなり重いネタにもかかわらずドライにかつユーモアすら含んだ描き方はさすがだ。
「大自然」はともかく、「プレゼント」だけは良くわからなかった。しかし身体の一部パーツへのフェティシズムにも似たこだわりは、著者の特徴かもしれない。 -
Posted by ブクログ
芸術としての大自然の中でボーイフレンドと過ごす「大自然」
熊の防犯ブザーとストーカー「去勢」
プファイフェンベルガーが好きな女の子はボーイフレンドと映画館の屋上に登る「プファイフェンベルガー」
教え子で彼女である少女と歯を抜きに行く「プレゼント」
彼は狼を恐れている、倒そうとしている「狼」
ハリーとレニーと、そしてサイモンの死「戦争」
「ファイナルガール」は、小さい頃母親のおかげでアパート唯一の生き残りとなった。しかし連続殺人鬼は何度でも訪れる。
彼女は30歳で娘を守り死ぬのだと信じる。
藤野可織は、息を詰まらせる描写がうまいなあ。ホラーでありながらユーモアもあるから、安心して読める。 -
Posted by ブクログ
「爪と目」「パトロネ」に続いて3冊目、相変わらず不思議ちゃん全開の藤野ワールド。
飲み会帰りにひょんなことから転がり込んで来た学生がペットのオカメインコを食ってしまったあげく自らがそのものになってしまい飼い主を攻撃するという荒唐無稽なストーリーなのだがやはり構成が冴えている。
読み手はオポチュニズム然とした隣人の主婦の目線で事件を俯瞰するという設定が面白い。そしてもっと面白いのは藤野さんが書きながらクスクス笑っているのだろうなと思わせる小技の数々。
若いのに曲者、なかなかやるな!が感想でした。
PS…ベリーショートながら「胡蝶蘭」が秀逸!新進気鋭の作家藤野可織そのもののシュールな仕上がりでした -
Posted by ブクログ
いろんな人の性への考え方があって、理解できるものもあれば出来ないものもあった。
自分の性に対する考えをもっと整理したいと思った。
藤野可織さんの話は首がもげるほど共感できた。
特に共感した部分。
「私は自分が子どもを望んでいるのかどうかわからなかった。いくら考えてもわからなかった。私は体力がなくて、だいたい無気力で、まともな生活もできず、一般の人よりも劣っていると言う感覚があった。子供なんて産んでしまったら責任のある決定をたくさんしなければいけなくて大変だし面倒だし疲れるだろうと思った。」
「私は、自分をコントロールできるということに振り回されていた。当たり前でありながら得難い素晴らしい権利に気持ちをぐちゃぐちゃにされ、一瞬ごとに子供がいてもいいと思ったりいたら終わりだと思ったりしていた。自分が情けなかった。」