藤野可織のレビュー一覧
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表題作は、どうも世界に入り込めなかったので、特に感想は書かず、併録されている「溶けない」について。
<溶けない>
子ども(小学校低学年)のころ、夜眠っているときに足を引っ張られるような感覚があり目が覚めてしまうことがたびたびあった。あの頃はオバケの仕業かとびくびくしていたのを覚えている。この小説で幼い「わたし」が恐竜に遭遇するシーンを読んだ時の印象が、ちょうどこれに似ていた気がする。
私の「足を引っ張られるような感覚」はもうなくなった。幼少時代の不思議な体験など、大人になるにしたがってそれが何か分かるあるいは気のせいだと思い、雲散霧消していくものだ。
しかし、この小説では終わらない。 -
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「いやしい鳥」「溶けない」とショートショートの「胡蝶蘭」の3篇は、いずれも不可解な怪物に出くわす話。不条理な状況に翻弄されつつも、それに抗い立ち向かうラジカルさが更に事態を悪化させるのは、初期筒井作品を彷彿とさせる。
「いやしい鳥」は、お隣に住む主婦を一方の視点に加えたことにより物語に客観性を与えスラップスティックコメディ色が薄れ、筋立ての面白さが増しているように思う。ただ、次々に登場する不快なアイテムがあまりにありふれていてややしらける。三者それぞれの切迫感は感じるのだけど精神的に追いつめられていく様子があまり見られないため全体としてエッジが立っていないように思う。読んでいる間中セサミスト -
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表題作「パトロネ」は一風変わった幽霊譚。中盤過ぎまではイメージの拡大や推測の拡がりができて面白いのだが、その後は終わらせることに意識が向かってしまっているのか、減速してしまうのが残念。皮膚病と心情をリンクさせたのは上手い。イライラ感が伝わってくる。パトロネって何かと思ったがアレだったのね。オジサンはパトローネと習いました。
「いけにえ」は普通さ凡庸さに潜在する執着や狂気といった感じ。普通のオバサンの普通の美術鑑賞がツボにはまる面白さ。美術なんて分からないと言いつつもその観賞力はただ者では無い。コミカルな文章だがこの後の作品と比べるとまだ硬い感じがする。言葉の選び方がまだこなれていないからかな -
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7つの短篇が収録されているが、前4編と後ろ3編とではテーマが異なっているように感じた。
「去勢」「狼」「ファイナルガール」に共通する非日常的なモノによる日常の破壊は、筒井の「死にかた」や「走る取的」にも似て、この後の著者の作品にも見られるスラップスティック作品群に含まれるだろう。
異常な事態に見舞われる「プファイフェンベルガー」の閉塞感。「戦争」に於ける記憶と実像の入れ子状況など、かなり重いネタにもかかわらずドライにかつユーモアすら含んだ描き方はさすがだ。
「大自然」はともかく、「プレゼント」だけは良くわからなかった。しかし身体の一部パーツへのフェティシズムにも似たこだわりは、著者の特徴 -
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芸術としての大自然の中でボーイフレンドと過ごす「大自然」
熊の防犯ブザーとストーカー「去勢」
プファイフェンベルガーが好きな女の子はボーイフレンドと映画館の屋上に登る「プファイフェンベルガー」
教え子で彼女である少女と歯を抜きに行く「プレゼント」
彼は狼を恐れている、倒そうとしている「狼」
ハリーとレニーと、そしてサイモンの死「戦争」
「ファイナルガール」は、小さい頃母親のおかげでアパート唯一の生き残りとなった。しかし連続殺人鬼は何度でも訪れる。
彼女は30歳で娘を守り死ぬのだと信じる。
藤野可織は、息を詰まらせる描写がうまいなあ。ホラーでありながらユーモアもあるから、安心して読める。 -
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「爪と目」「パトロネ」に続いて3冊目、相変わらず不思議ちゃん全開の藤野ワールド。
飲み会帰りにひょんなことから転がり込んで来た学生がペットのオカメインコを食ってしまったあげく自らがそのものになってしまい飼い主を攻撃するという荒唐無稽なストーリーなのだがやはり構成が冴えている。
読み手はオポチュニズム然とした隣人の主婦の目線で事件を俯瞰するという設定が面白い。そしてもっと面白いのは藤野さんが書きながらクスクス笑っているのだろうなと思わせる小技の数々。
若いのに曲者、なかなかやるな!が感想でした。
PS…ベリーショートながら「胡蝶蘭」が秀逸!新進気鋭の作家藤野可織そのもののシュールな仕上がりでし -
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「汚してみたくて仕方なかった」鈴木涼美
売春が無くならないのは、男側の問題の方が大きいけど、自分に値打ちが付くことに依存する女側の問題もあるのかもしれないと思った。女は性処理として利用されてきた時代が長く続いたせいもあり、完全に無くすことは難しいのだと悟った。
「トイレとハムレット」宇佐見りん
面白かった、、!確かに腹痛と苦悩のポーズは似ている。舞台が好きな理由として「シンプルだから」っていうのはすごく腑に落ちた。たった一つの物語、感情を演じているだけだもんな。現実の方が感情ごちゃ混ぜで騒がしいもの。
「私の三分の一なる軛」児玉雨子
生物は毎日ちょっと死んでおかないと生きられないって興味深 -
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身体や性についてのエッセイ集。この中で柴崎友香さんが呈示していた疑問「なぜ書き手の性別を限っているのか」、私もこれと同じことを思った。もう、このフェーズは終わっていないか。いま、同じテーマで、男性やその他の性の人の語ることも聞きたいし、それらが同じひとつの場所に並べられているところを見たい。
どのエッセイもそれぞれ興味深かったし、色んな方向に心動かされたが、上記の意味で、柴崎さんが「このような疑問を私が持っていることを編集者と共有できたので、書くと返答した」という経緯を書いてくれていたことが、いちばん嬉しかった。もちろん、疑問の詳細は私が書いたこととは違ったけれど。 -
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どんなことをどんな風に語るかは自由なはずなのに、不思議と受ける印象が近い方も多い。圧倒されたのは、自身の自慰について複数名の方が赤裸々に書かれていたこと。もちろん秘めておくべきかどうかは個人の自由だが、同じことを目の前の男性に言われたらきっと眉間にシワを寄せてしまうと思うので、(こんな性差を感じてどうかとも思うが)そうならないのを織り込み済みの、女性性を逆手に取った表現ような気もする。私のお気に入りはセブンルールで見たことのある藤原麻里菜さん。「もし、技術が発達して、アバターを作って仮想空間で生きれるとしたら、私は女の身体を選ばず、カービィみたいなピンク色の球体を選ぶだろうと思うのだ。そうした
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高橋源一郎さんのラジオで紹介されているのを聞いて読んでみた。
同じ状況でも「気づいてしまう人」と「気づかずスルーする人」がいると思うが、
「女であること」で少なからず嫌な思いをした経験は誰にでもあると思う。
痴漢について、本筋からはずれるかもしれないが、これだけ多くの女性が被害に遭ってる、ということはそれだけ痴漢をやったヤツがたくさんいる、ということよね?
もしかしたらそこにいる善良そうなおぢさん、爽やかそうなお兄さん、しょぼくれたおじいさんだって!
それでもみんな知らんぷりして普通の生活をしているんだろう、と思うとものすごく腹立たしい。
またまた話がズレるが最近読んだ大谷晶さんが自分をすごく -