夏川草介のレビュー一覧
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テレビで著者のインタビューをみて,興味を持ったのが読むきっかけとなった。
著者が医師として多忙を極めていたときに書いたもので,どちらかというと自分のためで,上梓を目指していたわけではなかったという。医療に関する部分は多分に著者の経験に基づいているというから,地方の中核的な病院の実態−やや古いかもしれないが大変な状況−が描かれている。しかし終末を迎える患者を看る目は暖かい。
著者は漱石をこよなく敬愛する人らしく、文体を見ると,漱石に成りきって楽しみながら書きあげたのではなかろうか。友人関係は随分古めかしい感じがするのも,坊ちゃんあたりの影響か。松本市内の地理もほぼ正確に描かれているようで、本の中で散策するのも面白い。 -
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夏川草介氏の『神様のカルテ2』を読んだ。前作に続き、信州・松本の本庄病院を舞台に、内科医・栗原一止を中心とした医師たちの姿が描かれている。今作では、医学生時代に一止の初恋の相手を射止めた親友・進藤辰也が、東京から本庄病院へ赴任してくる。久しぶりの再会を喜ぶ一止だったが、辰也の様子はどこかよそよそしく、周囲とも距離を置いていた。一止はその理由を知ろうとし、少しずつ辰也の心を開いていく。
辰也が抱えていたのは、妻の育児放棄や家庭の問題だった。患者を救うことに全力を尽くす医師であっても、家族がいれば悩み、病気にもなる一人の人間である。医師だからといって、常に強く、正しく、他人を支え続けられるわけではない。仕事と家族のどちらを選ぶのかという辰也の葛藤を通して、医師もまた自分の人生を生きているのだと感じた。
さらに、突然大病を患ってしまう先輩医師の姿も印象に残った。これまで患者を診てきた医師が、今度は自分自身が患者になる。その立場の変化によって、医療を受ける側の不安や孤独が浮き彫りになる。医師も病気になる人間であるという当たり前の事実を、私は改めて考えさせられた。
本作には、心に残る夫婦の姿も数多く描かれている。七十年間連れ添った妻の亡骸の前で、朗々と木曾節を歌い、その二時間後に自らも息を引き取った九十五歳の夫・マゴさんの姿には、長い年月をともに生きた夫婦の深い絆を感じた。また、古狐先生の奥様が、通夜の弔問客が去った後、棺の前で三つ指をつき、「お疲れ様でした」と語りかける場面にも胸を打たれた。長年連れ添った相手への感謝と敬意が、その短い言葉に込められていた。
ハルさんの姿にも感動した。夫の一止に付き合って酒を飲みながら、「苦しいお酒はイチさんの分まで飲みます。おいしいお酒は、イチさんと一緒に飲みます」と言う場面である。苦しい時も楽しい時も夫と分かち合おうとするハルさんの優しさと強さに、深い夫婦愛を感じた。マゴさんの木曾節、古狐先生の奥様の「お疲れ様でした」という言葉、そしてハルさんの酒にまつわる言葉は、いずれも感涙を誘う場面だった。
特に心に残ったのは、副部長とその奥様との約束を果たすため、一止が屋上から星空を見せようとする場面である。一止は周囲の電気を一分間消すが、その結果、翌日、会議室に呼び出され、事務局長から厳しく問い詰められる。病院の規則や経営上の都合を優先する事務局長に対し、一止は患者や家族の思いを守ろうとする。そして、「医師ではない、人間の話をしているのだ」と反論する。この言葉には、医療を単なる業務や数字として捉えるのではなく、そこにいる人間の人生や感情を見つめようとする一止の信念が表れている。組織の論理に屈せず、人間のための医療を訴える一止の姿に、深い感銘を受けた。
また、一止が常に「患者のために他に何ができるか」と問い続ける姿にも胸を打たれた。病気を治療するだけでなく、患者や家族が最後までその人らしく過ごせるように何ができるのかを考える。その姿勢こそが、医師としての心意気なのだと思う。
『神様のカルテ2』は、医療現場の厳しさだけでなく、友情、家族の問題、夫婦の絆、老いと死、そして人が人を思いやる温かさを描いた作品である。医師も患者も、誰もが悩み、傷つき、支えを必要とする一人の人間である。読み終えた後、「医師の話ではない。人間の話をしているのだ」という言葉が強く心に残った。本作を通して、医療とは病気を治すことだけではなく、人の人生に寄り添うことなのだと感じた。 -
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『スピノザの診察室』と『エピクロスの処方箋』を読み、夏川草介氏の作品をもっと深く読んでみたくなり、本屋で手に取ったのが『神様のカルテ』シリーズだ。
本作は、主人公・栗原一止を中心に、同僚や仲間、そして患者たちとの人間ドラマを描いた作品である。舞台となるのは、信州にある24時間365日、救急患者を受け入れる地方病院。決して恵まれた環境とはいえない中で、一止が目の前の患者と向き合い続ける姿が印象的だった。
栗原医師は、夏目漱石をこよなく愛し、漱石の作品を読みすぎたあまり、話し方までどこか漱石調になっているという、かなり古風で個性的な医師だ。一見すると近寄りがたい雰囲気もあるが、患者に対しては誠実で、その人の人生や家族のことまで考えながら医療を行っている。
そんな一止の心の中には、「人を診る医師」であり続けるのか、それとも医局から声をかけられている大学病院へ行き、最先端の医療技術を駆使して「病気を診る医師」になるのかという葛藤がある。
地方病院では限られた医療資源の中で、一人の患者とじっくり向き合う。一方、大学病院では高度な設備や最先端の医療に触れ、より多くの命を救える可能性がある。どちらが正しいという答えがあるわけではなく、一止が悩みながら自分にとっての医師の在り方を考えていくところに、この作品の大きな魅力を感じた。
『スピノザの診察室』『エピクロスの処方箋』にも通じる、病気だけではなく「人」を診るという夏川氏の医療に対する温かな視点が、本作にも流れている。医師と患者、そして人と人とのつながりを丁寧に描いた、心に残る作品だった。 -
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猫と冒険する心温まるファンタジーかと思いきや、なぜ本を読むのか?という読書への姿勢、観念を問われているような本だった。
「ただただ高く本を積み上げれば、遠くが見えると思っている」
読み終えた本の数だけ、自分の空虚な部分を埋めて成長したような気になっていた自分にとっては、この言葉には刺さるどころか抉ってくるような痛みを覚えた。
けれど、本の力は人を思う力だというひとつの答えが出たように、自分にとっての「本の力」を模索するきっかけも得られた。
三章までは正直、浅くて青臭いなと少しがっかりしていたところもあったが、四章がまさに集大成。
このカタルシスを得るためのあえての軽さだったのか?と思わされた。
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ネタバレ経済と物語と哲学の話。
大人になると感性を、想像力を、共感を忘れてしまいがちだと思います。
それらを忘れないで生きていたいと思っていても、現代社会では難しくて、つまらない大人になってしまうんだと。
前作は大切なものを思い出させてくれる話だとすると、今作はなぜ忘れてしまうのか?という問いの話だったと思いました。
富とは相対的なもの。
だけど、持つものの方が自由に生きられる?勝者は幸せなのか?私もじっくり考えたいと思わされる本でした。
灰色の無表情の世界に色をつけるのは本だと感じます。
読書することで世界が鮮やかになる……こともあります。
信じることが大切なんだとも思いました。
猫が彼女を守ったのか、彼女が猫を守ったのか?という真相は読者に委ねられていて、私的には彼女が猫を守った結果、猫も彼女を守ったというかなんというか。
『読書』という行為について深く考えさせられます。
他の方のレビューを見たところ、共感出来る感情が多く含まれていて、普段本を読まない人は無表情の灰色人にあたるのだろうか、とも深く考えさせられましたね。
「賢者は、歴史に学ぶ」とよく耳にするが歴史を学ぶには読書が不可欠です。
読書無しでは歴史は、学べない。
経験ということについて考えれば生きてさえいればいい。
その上て障害にぶつかるのが経験。
その障害をいかに避けるか学ぶのが歴史だと考えてるんですよね。
最近は少々自己の経験談を美化しすぎている節があるように思いますけどね。
現代に生きる中で9割絶望しかなくても、1割残る希望を胸に生きよう。
綺麗事でもいいじゃん。
闇に飲まれそうになったら、誰かが引き止めてくれる。
君は独りじゃないよ、と言われているような気分になる作品です。
作中に、
「人は年を重ねた分だけ視野が広がるとは限らない」や、「言葉を用いればすべてが伝わるというものではない」と言う言葉が出てくるのですが、本当にその通りだと思います。
大人になったからといって、みんなが広い心や広い考え方を持てるわけではないんです。
ただ言葉を並べるだけではダメで、本当に大切な気持ちを伝えるにはもっと深いものが必要だと改めて感じさせられました。
私も視野を広げ、臨機応変に対応出来るような人間になりたいと強く感じました。 -
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間違いが許されない。それが、医師という職業の何よりも過酷なところ。
患者は一人として同じ人はいない。それぞれ体質も症状も違う中で、過去の症例や経験をもとに最善と思われる答えを導き出していく。それでも、ほんの少し判断を誤れば「医療ミス」と厳しく責められることもある。
一方で、もし自分や家族がその立場だったら、簡単には割り切れないのも事実。風邪だと思っていたものが、実は命に関わる病気だったり。年齢を重ねるにつれ、そんな話を身近で耳にする機会も増えてきた。
だからこそ、この作品を読んで改めて感じたのは、医師という仕事の凄さと、その責任の重さ。
この作品から、『スピノザ』『エピクロス』へと繋がっていったのかと思うと、感慨深いものがありますね。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ一人の医師が、長野の地方病院という過酷な環境の中で、医者のあるべき姿や、友人や家族との向き合い方、そして生と死について、等身大に悩み続ける姿を描いた物語。
作中で、
「『良い医者』にはなりたい。だが何をもって『良い医者』とするのか。これは我が脳中にする至上の難題である。」
という言葉が登場する。
この一節には、本作の姿勢がよく表れているように思う。
「あるべき姿」はあるのか。あるとして、それは何なのか。そもそも正解など存在するのか。
病気や死をはじめ、人生には理不尽な出来事が数多く降りかかる。
本作は、そんな「ままならないもの」を解決しようとする物語ではない。答えのないものに対して、それでも誠実に向き合い続けることの尊さを、等身大の視点で教えてくれる作品だった。
また、長野という土地の描写も本作の大きな魅力である。
雄大な自然の中で、病と向き合う人々の日常が静かに息づいている。その魅力が詰まった一節を引用したい。
(以下引用)
『安曇野の向こうに連なる北アルプスが、乗鞍、常念、爺ヶ岳、鹿島槍、と、名高い名峰ことごとくくっきりと稜線をあらわにし、驚くほど近く見える。絶景と言っていい。(中略)安曇さんは、最初の感嘆の声をあげたあとは、言葉もなく目を細め、まぶしげに北アルプスの山々を見つめている。その心に去来するものは、故郷の記憶か夫との思い出か、我々が知る由もない。ただできることは、黙ってそばについていることだけである。幸い今のところポケットの中の院内PHSは静かに沈黙を守っている。(中略)「最後の最後にこんな幸せな時間が待っていたなんて、本当に人生というものはわからないものです」』
この場面に象徴されるように、本作は病気を治すことだけが人を救うことではない、と教えてくれる。