宮城谷昌光のレビュー一覧

  • 史記の風景

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    小ネタ集。気持ちとしては、「中国古典ことわざを読む」とか、そんな感じ。史記に関しての小ネタだったので、史記の横に置いて、雑学補助的に読んだら面白かったのかもしれません。

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    2009年12月07日
  • 三国志 第三巻

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    衰退した漢王室の専横を企んだ董卓に対して、最初に挑戦したのは曹操であったとの事で、横山(コミック)版では、悪役となっていた曹操が、本書では好漢として描かれる一方、横山版で主役であった劉備玄徳に対しては、ずいぶん評価が低い。

    それにしても、曹操が戦争初体験で敗走、貴重な経験を肥やしにして、ようやく頭角を現し始めるといったところで第3巻が完了。一体いつになったら完結するのやら?


    (2009/11/11)

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    2009年11月12日
  • 夏姫春秋(上)

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    宮城谷昌光氏の直木賞受賞作とのことで読破。最初は一女性の話かと思いきや、上巻ではほとんど夏姫のこと以外の、大きな戦国時代の中国の話の紹介。地図が充実していたらもっとわかりやすいのに。

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    2009年10月09日
  • 介子推

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    宮城谷昌光の長編は初めて読んだんだけど、もっと重厚かと思っていたら、空想的な内容が多くてちょっと拍子抜け。2009/8/21 B100 @Sun Books

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    2009年10月04日
  • 小説 伊尹伝 天空の舟 上

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    桑の木に助けられて未曾有の大洪水を生き延びた嬰児の生涯を描く。かつては伝説だと思われていた古代中国夏王朝の末期が舞台。感想は下巻にまとめる。

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    2009年10月04日
  • 三国志 第二巻

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    いったい、この宮城谷版三国志は、第何巻まで続くのでしょうかね。ようやく関羽、張飛という聞き覚えのある名前が出てきました。名前だけです。まだ活躍らしい記述もありません。劉備玄徳も、見かけの印象がこれまで読んだものとは違うような。。。

    宦官対外戚の権力争い。逆境にある時は理想を掲げ、悪を倒すという図式が成立しても、権力側に立ったとたんに、すぐに理想を忘れて腐敗の汚濁にまみれてしまう。これをチェックすることもできない無能な皇帝。もう、これでもかと、くどいほどの繰り返しで、英雄登場までの舞台周りが整えられてきた。。。というのが本書の位置づけか。

    しかし、中国というお国は、三千年の歴史の中で、とんでもない指導者たちが、国の民を目茶苦茶にしてしまったという歴史を、これだけさんざん繰り返してきて、学んだ挙句の結論が今の政権ということなんでしょうかねぇ?


    (2009/3/10)

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    2009年10月07日
  • 太公望(下)

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    著者の後書曰く、やっぱり太公望の史書での記述は相当すくないらしい。しかしそれくらいのほうが作家の想像力も働くし、こちら側としてもそこまで史実に基づいているかなど気にしなくて読めるからうれしい。
    せっかくこの時代の背景、地名を覚えられたので、次は王家の風日でも手をだそうかな。
    そういえば仙人(=商の王子)は結局なんのために出てきたのかはよくわからなかった…彼と箕士との関係も。

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    2009年10月04日
  • 太公望(上)

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    テストが終わってやっと読めた本。
    十八史略では周公を扱う部分は多いが、呂尚のことは全く触れられないので是非読んでみたかった。
    もちろん正史に記述がない=詳細不明なので歴史的に正しいかは怪しいが、彼を羌族の子孫として描いているのが特徴的。幼少期の避難の旅を通じて描かれる成長を見ていると、ふと未知の土地をさまよいたくなる。
    その後仙人のもとで修業なんていうのはいかにも話のつじつまを合わせるだけのシーンであるように思われるが、後々伏線になってくるのだろうか・・・
    上巻は、望が一族と旅を始めるところから、一人になり、本格的な旅立ちを迎えるところまで。彼の幼少期における史実と空想をうまくリンクさせている。

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    2009年10月04日
  • 史記の風景

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    いくらなんでも断片的すぎる。単行本にするときに、もう少しエピソードの数を減らして内容をふくらませるとかできなかったのか。

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    2009年10月04日
  • 華栄の丘

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    前600年。華元の話。宋の宰相。華御事の子。宋は商の遺民が移り住んだ国で礼を尊ぶ。「宋襄の仁」でも有名。宋の襄公が敵が川を渡るまで待って攻撃を開始し,敗れたことをいい,バカ正直という意味をいう。がそれほど戦いの場においても礼を尊んだ国である。華元も嫌戦家で相手が悪かろうが,できるだけ戦いを回避する策をとった。
    華元は自分を殺そうとしている者を殺して生きるということを好まず,自分を殺そうとしている者に殺されないように生きるということを好む。
    華元の最大の功労は戦いに明け暮れていた晋と楚が盟いを交わすという歴史的慶事を実現させたことだろう。

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    2009年10月07日
  • 三国志 第一巻

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    読売新聞で光武帝を読んでいるのだが、三国志の混乱の現況がすでに現れていたとは驚いた。三代目皇帝のあたりからすでに衰退の兆しが見えていたとは。

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    2011年08月21日
  • 春秋の名君

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    たくさんの春秋時代に触れてから、まとめとして読むと楽しいと思う。導入でもいいのかもしれないけど、私は導入に使ったことがないから感覚が分からない……

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    2009年10月04日
  • 晏子(一)

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    全4巻。
    すごく刺激になった。
    これはビジネスマン必読の書。
    ただこんな風に生きられるかどうか。。。
    彼は本当に垂明の人だ。

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    2009年10月04日
  • 子産(上)

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    ネタバレ

    前550年頃。氏は公孫,名を僑,字を子産といいます。鄭の穆公の子供である子国の子供で,鄭の宰相になりました。穆公の子供では夏姫という美女が有名ですが。
    鄭は小国であり,晋・楚という二大国にはさまれていたが,子産はみごとに鄭国を治めました。ただ,子産が鄭国の政治を思い通りにできたのは子産の前の宰相である子皮がいたからと言われています。子皮は子産の行動を理解できないにしても全て認め,その批判に対しては自分が矢面に立つという胆力のある人物でした。
    孔子は弟子に「今の世の人臣で、たれが賢でしょうか」と問われて「斉の鮑叔と鄭の子皮。鮑叔は管仲を成功させ,子皮は子産を成功させた」と言ったぐらい,子皮の方を評価する人もいます。自分より有能な人間を推奨し、自分が一歩も二歩も引き、なおかつ、影でその人を支える、ということができる人がなんと少ないことか。
    『勝つ者には偶然があり,負ける者には必然がある』この言葉好きだ!

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    2013年06月09日
  • 夏姫春秋(上)

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    前590年頃。鄭の穆公の娘。春秋時代を代表する美女。彼女の夫となった者は皆亡くなったり,亡命したりしている。
    夏姫は兄の子夷や鄭の大臣の子宋,子家に通じ,穆公はこの悪い評判を気にして,早く嫁がせようとします。
    夏姫は陳の夏御叔に嫁ぎ,生国の姓を姫といったため夏姫と呼ばれます。
    御叔が死んだ後,兄の子夷も子宋,子家に殺されてしまいます。支えを失った夏姫は,家計を助けるため,大臣の儀行父や孔寧に通じます。さらに,陳公平国の側室ともなり,いわゆる3股のような状態になります。夏姫には夏徴舒という息子がおりましたが,徴舒はこの3股の噂を聞き陳公を殺してしまいます。儀行父と孔寧は楚に亡命しますが,楚は陳を攻め滅ぼし,徴舒は車裂きで殺され,夏姫は捕われました。この楚で夏姫は巫臣(ふしん)と出会います。楚王やその子である子反が夏姫を側室にしようとしたとき,巫臣は夏姫に関係する者は皆死ぬ運命にあると言い諦めさせます。しかし,楚王が夏姫を襄老に与えると言った時はこれを止めることが出来ませんでした。しかし襄老は楚と普の戦いで戦死し,結局最終的には巫臣の妻とりました。

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    2009年10月07日
  • 太公望(上)

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    前1020年頃。商(殷)王朝が滅び周の時代に入る時の話。呂望は羌族の族長の子供として生まれました。姜族は度々商の狩り(人狩り)の対象となり,ましたが,呂望の一族も商に殺されてしまいます。ここで商への復讐を誓うわけです。その後,父の遺言である孤竹を目指しますが,旅の途中では鬼公や受王の叔父の箕子に出会い,影響を受けていきます。孤竹では仙人の元で修行をし剣と文字を習います。当時,剣と文字は高貴な人間しか習得できなかったため,望も次第に名声を得て,仲間が増えていきます。肉屋等の商売を行い身を隠しながら,商を倒す機会をうかがいます。商の紂王は妲己を寵愛し,妲己に言われるがままに炮烙の刑などを行うなど悪徳を行います。それを諌めたのが姫昌(後の周の文王)で,姫昌とともに商を倒そうと決意します。文王は商を倒す目前で死にますが,息子の発(周の武王)が文王の意思を継ぎ,望と周公旦の補佐で商を牧野の決戦で倒します。戦いは周軍4万5千,商軍70万と言われています。商軍兵の士気は低く,負けたのも時勢というものなのでしょう。負けた紂王は鹿台に火を放ち自刃。妲己は周軍殺されました。戦後,太公望は斉王に報じられ,ここから斉の歴史が始まりました。『この世に生まれた者は,かならず死ぬ。だが,死は人生の到着点でありながら,それは願望でも目的でもない。生きると言うことは,すべて途中である。その途中こそが大切なのではないか。』この言葉が好きだ!

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    2009年10月07日
  • 花の歳月

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    宮城谷先生大好きなんだけど、
    これはちょっとハズレでした;
    普段歴史物読まない人には丁度良いかもしれないけど、
    私には物足りない感じです。

    ・・・ところでこの本、やけに字大きくないですか?

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    2009年10月04日
  • 香乱記(三)

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    途中、少しだれます・・・;;
    田横があまり出てこなかった印象を受けたからでしょうか。歴史は大きく動いているというのに。

    そして蘭まで・・・!?と驚愕しました。

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    2009年10月04日
  • 晏子(一)

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    高校の古典の先生が読んでいて、読もうと思った本。面白かった。ここから中国ものに手を出し始めた。→パールバック『大地』

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    2009年10月04日
  • 香乱記(一)

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    幸せな終わり方ではないけれど、個人的にとても思い入れのある小説 
    人を無闇に貶めない田横の態度は尊敬するしかない

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    2009年10月04日