北方謙三のレビュー一覧
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ネタバレ前半はちょっとのほほんで、後半は激戦な14巻。
前半、盧俊義と宋江が魚を釣ったり、史進が妓楼に通っている時に襲われて全裸で交戦したりしていて、双頭山であんなに熾烈な戦いがあって何人もの人が死んだけど、生きている梁山泊メンバーには時が流れ続けているんだなと思わせられました。
そして後半は、禁軍二十万との戦いが始まりました。梁山泊にとっては、今までで一番苦しく際どい戦。宋と梁山泊がほぼ全ての力をかけてぶつかる戦いの様子は、読んでいてとても熱い!と思いますが同時にハラハラしっぱなしでした。
そんな14巻の中で、一番印象に残ったのは張黄と息子の張平が旅をする話のところ。張黄の盗み癖がある息子をどうにもしてやれないという親心もウッとなったというのもあるのですが、張平が可愛い上に、どこか鮑旭を思わせる雰囲気があって、この子はこれからもしかしたらすごい成長するのかなと思うと、梁山泊メンバーが死んで行く中でのこれからの存在として期待が持てて救われました。張平の成長見守りたいです。 -
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ネタバレまずは恒例の各章のサブタイトルとその星が表す豪傑の名前の列挙からです。
天貴の星: 小旋風・柴進
地雄の星: 井木犴・郝思文
地壮の星: 母夜叉・孫二娘
地数の星: 小尉遅・孫新
天牢の星: 病関索・楊雄
地陰の星: 母大虫・顧大嫂
大戦直後、しかも回復の時を稼ぐための「講和」を模索している真っ只中のお話ということで、表面的には梁山泊 vs. 官軍のお話はちょっとなりをひそめた1巻だったと思います。 こういう時に発生するのは当然のことながら裏工作のお話・・・・となるわけで、晁蓋を暗殺した史文恭が再登場。 隠居生活を送っていたような老人(しかも健康食品やらジム通いで若さを保つ余裕がある現代の老人ではない!)が30代ぐらいの若者に化けるというのは時代的にもちょっと難しいんじゃないかと思わないでもなかったけど、まあお話の世界だからいいでしょう。
で、この史文恭、さすが・・・・と言うべきか何と言うべきか、宋江や呉用には結局手が出せずじまいだったけれど、今では梁山泊の兵站・物資のすべてを担っていると言っても過言ではない序列第10位の小旋風・柴進と第47位の鉄面孔目・裴宣の暗殺をやり遂げてしまいます。 もっともその直後に史文恭暗殺をライフワーク(?)としていた赤髪鬼・劉唐にやられちゃうんですけどね。 「暗殺者」というお仕事はさておき、個人的には敵陣の中でかなりお気に入りの人物だった史文恭の死というのはちょっと・・・・というか、かなり残念な気がしました。
そしてもっと残念だったのは公孫勝による袁明の暗殺でした。 禁軍の元帥・童貫が表舞台に出てきてしまった今となっては青蓮寺の出る幕はほとんどない・・・・と言っても過言ではないわけで、逆に梁山泊とはアプローチこそ違えど「理想国家」を目指して裏組織を牛耳り、業務改革・軍制改革と幅広い分野で大活躍をしてきた袁明にはもうちょっと長生きして欲しかったなぁ。 やっぱり袁明と比較すると李富にしろ聞煥章にしろこの時点では小粒感が拭えません。
特に聞煥章は華々しく登場し、前半ではそこそこの存在感を見せつけたもののここへきてまったくと言っていいほど出番がない印象です。 出てくるたびに扈三娘に執着しているだけ・・・・と言ってもいいような風情だし、もっと言えば彼が青蓮寺と関わるようになったのは宰相・蔡京の推薦という形だったはずなのに、その蔡京との繋がりもほとんど感じられず半ば捨てキャラと化しているような印象です。 強いて言えば少しずつ青蓮寺や李富と距離を置きつつあるということで「潜伏期間突入中」ということなのかもしれませんけどね。
袁明暗殺の決め手となったのは間違いなく通常であれば袁明の護衛として常に側近くに控えているはずの洪清が梁山泊側の体術の熟練・燕青との一騎打ちで忙しかったことがあるわけですが、この一騎打ちシーンは描写が決して長くはなかったものの、かなり緊迫して胸をドキドキさせながら読むことができました。 特にこの洪清には混世魔王・樊瑞が敗れているだけに、燕青の実力がどうであれ決して侮れるような相手ではないことがわかっていましたし・・・・・。
袁明と公孫勝の最後の会話は本巻の中でもっとも印象に残った会話だったと思います。
「袁明殿ですな。 公孫勝と申します。」
「長い、闘いであったな、公孫勝。」
(中略)
「梁山泊には人材が揃っておるな」
「ずいぶんと欠けましたが」
「新しいものをつくろうとすれば、仕方のないことであろうよ。」
(中略)
「私は、青蓮寺が梁山泊を強くした、と思っております」
「いい国を目指せ、公孫勝。 梁山泊が、そうやって闘えば、宋もまたいい国になる」
「袁明殿、おさらば」
この2人のやりとり(↑)からは立場が異なることによる正義の違い、ただ目指すゴールは決してかけ離れたものではなかったことがよく表れていると感じました。
重い話が続く中で決して面白いわけでもないけれどそれでも思わずクスリと苦笑いしてしまったのは、矮脚虎・王英の浮気現場に刀を手に乗り込んでいく一丈青・扈三娘の場面と共に夫を失ったばかりの母夜叉・孫二娘 & 母大虫・顧大嫂の二女傑の酒盛り場面。 豪快でありながらも女性らしい悲しみを感じさせるこれらのシーンは同じ♀で男社会の中で精一杯頑張ってきた KiKi にはどこか甘酸っぱい感傷を呼び起こさせるものがありました。 もしも物語の中に入り込むことができるなら、是非あの酒盛りには参加したかったなぁ(苦笑)
さて、王進スクール卒業生でここまで負け知らずと言っても過言ではなかった九紋龍・史進を相手にあっさりと勝利してしまった宋国最強の童貫軍。 ここの描写を読んだだけで「この戦、梁山泊には勝ち目無し」と思わずにはいられません。 残り3巻でどこまでこてんぱんにやられちゃうのか、読むのが辛いこと間違いなしのラストに向かって次は第17巻です。 -
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ネタバレまずは恒例の各章のサブタイトルとその星が表す豪傑の名前の列挙からです。
天英の星: 小李広・花栄
地煞の星: 鎮三山・黄信
地遂の星: 通臂猿・侯健
天損の星: 浪裏白跳・張順
地察の星: 青眼虎・李雲
地奇の星: 聖水将・単廷珪
前巻から引き続き梁山泊は官軍と総力戦を繰り広げています。 ここまで「やる気的」にも「実力的」にも散々の描かれ方をしてきた官軍ですが、やっぱり正規軍には正規軍の強みがありました。 相変わらず「やる気的」には梁山泊軍の方に歩があるとは言え、物量的にも人材的にも豊富な補給を受けられるうえに、少なくとも上に立つ将軍たちの質がこれまでとは雲泥の差に変貌を遂げている官軍です。 しかもその官軍を裏方で支えている青蓮寺も力を増し、ついでに李富や聞煥章も経験値を積んでいます。 こうなってしまうといくら少数精鋭の英雄豪傑を抱え、一兵卒に至るまでの士気の高さに勝る梁山泊軍と言えども消耗戦に陥っていきます。
そんな消耗戦の必然・・・・・と言えば必然ではあるものの、今回の梁山泊 vs. 官軍の戦では戦死者の数が夥しい。 それらの死者たちの最期が美しければ美しいほど、壮絶であれば壮絶であるほど、根っこのところで死を美化することに抵抗を覚えずにはいられない KiKi はある種の恐ろしさみたいなものを感じる読書体験になりました。
何て言うか、次々と豪傑たちが倒れていく様を「さもありなん」と感じ、そこで「でも生き切ることができて良かったね」「こんな死は悲劇だしあなたの死ぬ姿なんて見たくはなかったけれど、悔いはないよね。」と受け入れてしまいそうになる自分を認識するたびに「いやいや、良くはないだろう、良くは・・・・・」と思うんですよね。
KiKi はね、ただ漠然と時を重ねるような生き方が嫌いな人間です。 そういう意味では「生き様」みたいなものに拘りが強いタイプであるといってもいいと自分では思っています。 と、同時に「死」というのは「生」の延長線上にある必然だとも思っていて、そういう意味では梁山泊の豪傑たちが「どうせ死ねば土に還る」とか「生き様とは死に様とほぼ同義」みたいなことを言ったり考えたりしている部分には頭では同意できる部分もあったりします。 それでも、この物語の中で豪傑たちが「志を持って意味ある戦いをしている。 その戦の中で死ぬのは本望」みたいなことを言うと心の中の何かが「いやいや、それは違うだろう」と感じずにはいられません。
KiKi は「人は誰もが何等かの役割をもって生まれてくる」と考えているタイプで、そういう意味では「志のために戦い、死ぬ」というのは「そういう役割」と割り切ってしまうこともできる考え方の1つだとは思うんだけど、それでもやっぱり「生死の判定を安易に下すこと」には抵抗を感じるのです。 本人が「ここで死ぬことができれば本望」と思うのはある意味個人の自由(?)だし、そうとでも思えなければ「無駄死に」以外のナニモノでもないとは思うけれど、少なくともそれを読者という立場で傍観しているだけの KiKi が「当たり前」と感じるのは間違っていると思わずにはいられません。 まして、「カッコいい」なんていう風に感じるのは論外です。
そういう意味では梁山泊と官軍、どちらの側であれこんな風に夥しい屍を累々と築くのはやっぱりどこか間違っているし(仮にそれが戦がなくても飢えやなにやで同じように屍が築かれるとしても)、早くこの戦に終止符を打ってほしいと願い続けて先を読み進めていた・・・・・そんな気がします。
結局この戦は宣賛によるかなりトリッキーな謀略によりとりあえず一段落。 でも、こんな手があるならもっと早くやって欲しかった・・・・・そう思わずにはいられませんでした。
さて、そんな中、やっぱりほっとできるのは「王進スクール遊学中」の楊令 & 張平のお話だったし、成長の跡著しい水軍預かり見習いの趙林のお話でした。 こんな戦の最中であっても生まれ出づる生命もあれば、成長中の生命もある・・・・・そんなそれこそ当たり前のお話に救われたような気分になったこと数知れず・・・・・。 その一方で戦でこそ命は落としそうもないようでも確実に生命の灯を燃やし尽くしつつある盧俊義の「私の死の使い道を考えてくれたら、ありがたいのだが」には胸を打たれました。
盧俊義ほどのポジションにいる人間であればこそ生まれてくる「死の使い道」であることは百も承知だけど、そうであってもそれが考えようと思えば考えられる「死にざま」になる・・・・・それこそが本当の意味での「生き様とは死に様とほぼ同義」だよなぁと感じずにはいられませんでした。 さて、残すところあと4巻です。