大森望のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレディック、アンドロイド〜と、高い城の男読んで、あれ全然好きじゃないかもと思って敬遠していたのだけど、ユービックは面白かったし、短編集なら読めるかもと思って手に取ったら、めちゃ面白かった笑。もしかしたら今読み直したら面白いかもと思ったり。。とりあえず次は、トータルリコール読もうっと
ディック感といわれる現実と非現実の間で自分がわからなくなる感覚、普通にゾワっと怖いのだけど、ホラーの怖さがスッとやみつきになるような、そんな感覚もある。
それから久しぶりにイーガンを読みたくなった。
アジャストメントも面白かったし、ウーヴ身重く横たわるも面白かったし、にせもの・電気蟻も面白かったし、…
ウーヴ:ウーヴ食べたら船長がウーヴになってて怖…とぞっとした
にせもの・電気蟻:普段人間として生きていた自分が、実はアンドロイドと言われたら?の二作。にせもの、の方では図らずも最後それを証明してしまうというエンド…で、電気蟻は自分のことを調べて最後「彼はそれを見、そして理解した。もう手遅れだ、とさとった。テープは通り過ぎてしまった。神さま、お助けください。テープが、おれの計算よりも速いスピードで、巻きとりをはじめたんだ。そして、とうとういまー」(p350)と間に合わずに終わる、というエンド。最後それさえも人間側が企んでいたというのが、気持ち悪かったというか悲しかったな。
にせものの方で、…「ぼくはオーラムだ」と、またくりかえす。「本人がいうんだからまちがいない。証明できないだけなんだ」(p.104)という時の切なさが半端なかったな…私もそうだし、皆そうじゃんというね。この二作は特に好きだったけど、イーガンを読みたくなった二作でもある。
おお!ブローベルとなりて、は戦争を皮肉った作品として面白かった。結局なりたくない相手の姿に変わったカップルの話。
父祖の信仰も、SFらしいというか、1984ぽさもあり、でも正体が異世界生物だっていうのはとんでも話として、グロテスクな話として楽しみました。そしてそれはこの現実も証明できないしね…
「これが永久につづけばいいのに」と彼はいった。
「つづいたわ」タニアが答えた。「時間の外側で。海みたいに果てしがなかった。カンブリア紀のわたしたち、陸に上がってくる前のわたしたちは、こんなふうだったのよ。太古の原始の海。こうしているときだけ、わたしたちはあの時代へ帰れるのよ。だから、こうすることがとても大きな意味をもつんだわ。あの時代のわたしたちは、まだ離ればなれじゃなかった。大きなゼリーの塊だったのよ。ときどき浜辺に打ち上げられてくる、あのクラゲみたいに」(p.312)
電気蟻、一番好きだったかも。
「きみも実在してないんだ」彼はサラに言った。「きみはわたしの現実テープの上にある、刺激因子の一つにすぎないんだ。ふさぐことのできるパンチ孔の一つなんだよ。きみはほかの現実テープの中にも存在しているのかな、それとも、客観的現実の中に存在しているのかな?」彼にはわからない。想像がつかない。おそらくさらも知らないだろう。おそらく彼女は、おびただしい現実テープの中に存在しているんだ。おそらく、これれまでに製造されたあらゆる現実テープの中に。「もし、わたしがテープを切断すれば」と彼はいった。「きみはどこにも存在し、どこにも存在しなくなる。この宇宙の中のすべてのものとおなじように。すくなくとも、わたしの知るかぎりにおいては」(p.347) -
Posted by ブクログ
・時間移民
・思索者
・夢の海
・歓喜の歌
・ミクロの果て
・宇宙収縮
・朝(あした)に道を聞かなば
・共存できない二つの祝日
・全帯域電波妨害
・天使時代
・運命
・鏡
・フィールズ・オブ・ゴールド
劉慈欣の小説を読むと、中国の文芸らしい「壮大なほら話」さが満載で、楽しい。
「一日千秋」とか「白髪三千丈」とか、とにかく表現のスケールがでかいやつね。
素粒子から無限の宇宙まで、私達の世界はこんなにも可能性を秘めていた。
作者は丁儀が好きなのね。
と言っても名前が同じだけで、同じ世界に住んでいる人ではないけれど。
反転する宇宙を体験する丁儀や素粒子になってしまった丁儀。
ぽんぽんと立て続けに丁儀が出る短い作品が三作。
ここ、楽しかったゾーン。
『時間移民』を読んで、フレドリック・ブラウンの『血』を思い起こしてしまった。
もし最後のオチが「私達は、あなた達の言葉で言うところの、カブから進化した植物人です」なんて言うセリフだったらどうしようって…。
もしそんな落ちならパクリ以外の何物でもないが、当然『時間移民』のオチは、もっと哲学的なものだった。
『朝に道を聞かば』は、科学者とは…と突き詰めたときの、一つの答えなのだろう。
でも私は、QuizKnockの須貝さんの「すべての真理を知っても誰にも伝えられないのなら、知らなくていい。自分の研究が次の世代に繋がって真理に続いていくのなら、自分がその結果を知らなくてもいい。科学ってそうやって進歩してきたのだから」という言葉に感銘を受けたので、丁儀には一歩立ち止まって考えてみてほしかった。
そしてスティーヴン・ホーキングだけが排除されたことの意味。
そういえば『歓喜の歌』にはリチャード・クレイダーマンが出てきたので、脳内で『渚のアデリーヌ』が止まらん。
『全帯域電波妨害』は、ミノフスキー粒子のせいでレーダーがし使えなくなったガンダムの世界のように、電波を使えない世界での戦争を描く。
結局は白兵戦なのね。
『フィールド・オブ・ゴールド』はケン・リュウが好きそうな話だなあと思って読んだのだけど、アメリカでは彼が翻訳したものがアンソロジーで紹介されたらしい。
直接この本を読んでの感想ではないけれど、ケン・リュウの『紙の動物園』や劉慈欣の『フィールド・オブ・ゴールド』を読んだとき、自分の命が尽きた後にも何かを繋いで残していこうという気持ちの強さが、したたかな中国という国と重なった気がした。
最近のアメリカや日本のように目先の得ばかりを考えるのは、実は脆弱な思考なのではないかと思っている今日この頃。
自分ではない人たちに、何を残せるのか。