星野智幸のレビュー一覧
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1.著者;星野氏は小説家。大学を卒業後、産経新聞記者になったが、会社を退職し、メキシコに私費留学。ラテン文学の影響を受けた。現実と幻想を掛け合せた小説を書き続けている。植物・水をモチーフにした作品や社会問題を問う作品が多い。「目覚めよと人魚は歌う」で三島由紀夫賞、「焔」で谷崎潤一郎賞などを多数受賞。
2.本書;永野均(主人公)は、些細な事で他人の携帯をポケットに入れオレオレ詐欺をする。それを契機に自分によく似た俺が大量発生。家電量販店で働く俺、公務員の俺、大学生の俺、・・自分だけの世界を作ってゆく。しかし、それは長く続かない。やがて俺同士の殺し合いへと発展。文庫あとがきより、「他人との違いが消えた、100%の単一世界から、同調圧力が充満するストレス社会を笑う小説」。大江健三郎賞を受賞。
3.個別感想(印象に残った記述を3点に絞り込み、感想を付記);
(1)『第二章 覚醒 』より、「お父さんもいぃつも、まだ大丈夫だ、休むわけいかないって言って、少しずつ悪くなって気が付いたら取り返しつかなくなってたんだから。ちりも積もれば山となる、だよ」「体が弱るとね、心も弱るんだよ。体だけなら休めば治るけど、心まで弱ると、そんなつもりはないのに、自分から人生諦めたりするんだ。人間は弱いんだよ」
●感想⇒「体が弱るとね、心も弱るんだよ」という言葉には、身につまされます。私事です。会社に入った頃から働き盛りの頃まで、無茶をしていました。企画業務が長く、この仕事は時間軸で成果を出すのが難しい職種です。上司に、「スタッフ仕事は24時間勤務、有給休暇は万一の際の保険」と鼓舞されました。自分も、“自身と現場の人達”の為に、良い仕事をしなければならない、という使命感がありました。早朝出勤・遅くまでの勤務・ストレス解消の為の暴飲暴食・・が祟り、体を壊し精神的に落ち込む事が間々ありました。心と体の健康は車の両輪なのです。私は、ある事をキッカケに、生活態度を変えました。業務の生産性を上げ、休日は休養日と割切りました(=読書・散歩・家族団欒を楽しむ)。今は働き方改革で、私のような愚行はないと思います。しかし、“上司の労いに対する感動”や“仕事に役立つ勉強”は掛けがえのない財産になったのも事実です。
(2)『第二章 覚醒』より、「一人前の社会人になれなかった奴に、自力で切り開いていかなきゃならない仕事ができるかっていうの」「税理士だとか会計士だとか弁護士だとか、会社を辞めてから試験勉強始める人って、大抵が逃避なのよね、私の経験からすると。本当に受かる人って、仕事と勉強両立させてでも受かるもんよ」
●感想⇒人生の節々には選択すべき岐路があります。進学・就職・結婚の選択は重要です。知人の中に一旦は企業に就職したものの、会社の風土が思い描いたものとは違った事もあり、学生時代の理想を実現すべく退社し、再勉強して目標達成した人がいます。名門企業に勤務していただけに、周囲の人は「働きながら勉強した方が良い」とアドバイスしました。しかし、当人曰く「仕事と勉強を両立した方が万一の際の保険になるが、自分を追い込まないと、良い結果にならない」と言い、勉強に専念し見事に成功しました。こういう人は稀かもしれませんが、何が何でも目指した事を成就したいという信念に感服です。「本当に受かる人って、仕事と勉強両立させてでも受かるもんよ」は決め付けだと思います。
(3)『第四章 崩壊』より、「おふくろは一人で働き続けて、俺と姉貴を育ててくれた。・・・自分はもう諦めた、その分、あんたが写真の道を極めなさいとハッパを掛けてくれた。でもカメラマンとしての就活に失敗してフリーターを始めたら、あんたは自分の夢どころか人の夢まで壊したと罵られた。何のために、あれだけ無理して働いてきたんだ、息子をフリーターにする為なんかじゃない、だったらお姉ちゃんみたいに地道に大学目指せばよかったんだ、まったく情けない、恥だ、と言われ続け、俺はいたたまれなくなって家を出た・・・」
●感想⇒親の責務は、“世の為人の為”に少しでも貢献できる子供を育て、社会に出してあげる事です。片親家庭が大変な事は十分理解出来ます。子育ての過程では、人に言われぬ悩みもあると思いますが、人格を否定するような言葉だけは慎むべきです。所で、社会問題となっている“引き籠り”を持つ家庭は大変でしょう。色々事情があると思いますが、一つには親の子への接し方に問題があったのかも知れません。人格は2~3歳で基礎が出来るそうです。子育ては片親に任せる(特に精神面)のではなく、父母両方で愛情を注ぐ事が基本と考えます。自責の念を込めて。
4.まとめ;オレオレ詐欺から始まり、自分にそっくりな俺が至る所に増殖する、という話の展開は奇想天外で、理解するのに一苦労です。人は様々な顔を持って生活しています。親、子、夫、妻、上司、部下・・・という顔で、様々な役割を演じています。人は他人と関係を持ちながら生きているのです。良きも悪しきも一人では生きてゆけません。そうした時に、本書の様に周囲がみんな“俺”だったら生き易く、心地よいでしょう。しかし、現代人はマスコミに踊らされ、個性が埋没。お互いを排除しようとする人もいます。本書は、奇抜な発想で青年の心の葛藤を描き、現代社会に警鐘を鳴らす秀作だ、と思います。(以上) -
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ネタバレ12編のアンソロジー。
どの作品も変愛の名に相応しかった。この一冊に密度濃く詰め込まれたそれぞれの変愛。愛と一口に言っても当たり前ながら1つも同じものはない。
その中でも特に好みだった2つについて書きたい。
『藁の夫』
2人の間に嫌な空気が流れる、その始まりはいつも些細なことなのだと思い出させる自然な流れだった。あんなに幸福そうだったのに、藁に火をつけることを想像させる経緯、鮮やかな紅葉にその火を連想させるところがたまらなく良かった。
『逆毛のトメ』
シニカルでリズムのいい言葉選びが癖になる。小説ってこんなに自由でいいんだと解放して楽しませてくれた。躊躇なく脳天にぶっ刺す様が爽快だし、愚かな人間の頭に邪鬼の形相のトメがいることを想像してそのコミカルさに取り憑かれる。気づけばトメのことが好きになっていた。 -
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短編が10.最初の「避暑する木」を読んで、意図がつかめなかったので、「あまりの種― あとがき」を読んでみると、作者の思いが何となく分かったと感じたので、最初から読み返した.植物化する人間がテーマではあるが、発想が飛んでおり、出てくる言葉も異様だ.「からしや」のコンセプトが全体にはびこっている感じだが、個々の作品自体は独立している.題名も飛んでいる.「ディア・プルーデンス」「記憶する密林」「スキン・プランツ」「ぜんまいどおし」「植物転換手術を受けることを決めた元彼女へ、思いとどまるよう説得する手紙」「ひとがたそう」「始祖ダチュラ」「踊る松」「桜源郷」「喋らん」.理解の範囲を超えた発想には驚いた.
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少し前の新聞に中村文則の「掏摸」が紹介されていた。中村さんは今や海外でも名を知られた作家だが、そのきっかけになったのが大江健三郎賞を受賞した本作が、賞の特典として翻訳されたからだ、という内容だった。
大江健三郎賞は聞いたことがあったが、選考委員は大江健三郎さんひとりで、賞金の代わりに海外に翻訳されて紹介される、賞は八年続いて既に終了しているということも知らなかった。
で、その賞の始めから終わりまでの受賞作の紹介とそれぞれの著者との対談を収録されているのが本作。
なかなか手ごわい本だったがおもしろかった。
受賞作のどれも読んだことが無いが、長島有の本は読んでみたいと思った。対談も一番楽しかった。
大江さんも最後の方で言及されている。
大江健三郎もよく知らなかったが、ご自身のことに触れられている部分も多く、知ることができた。
大江さんの文学に対する誠実さで成り立っていた賞だった。それを支えていた優秀な編集者も。 -
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「恋愛」ではなく「変愛」…変わった形の愛が描かれたアンソロジーです。
面白かったです。
ディストピア文学が大好きなので、「形見」が好きでした。工場で作られる動物由来の子ども、も気になりますが、主人公の子どもがもう50人くらいいるのも気になりました。色々と考えてしまいます。
「藁の夫」「逆毛のトメ」「クエルボ」も良かったです。藁の夫を燃やす妄想をしたり。クエルボはラストは本当に名の通りにカラスになったのだろうか。。
多和田葉子、村田沙耶香、吉田篤弘は再読でしたがやっぱり良いです。
岸本佐知子さんのセンス好きです。単行本から、木下古栗さんの作品だけ再録されなかったようですが。
表紙の感じに既視感が、と思ったら、多分小川洋子の「不時着する流星たち」の単行本の絵と同じ方でした。あったかいような不安になるような、好きな絵です。 -
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ネタバレ自分は役に立たない、自分はクズだという思い込みは多くの人が持っている。
図領の意見は最初は正しい。
ー理不尽なクレーマーに屈してはいけない。毅然として戦う。
その軌道が少しずつ逸れていく。
ークレーマーや人に迷惑をかける者は失格だ、クズだ。クズの使命は何か。積極的に前向きに死ぬことでこの世の中をよくすることだ。だから一人で死ぬのではなく、できるだけ多くのクズを「覚醒」させ集団自決する。クズ道とは死ぬことと見つけたり。
新興宗教のように人々を洗脳し、自分に邪魔な者、いらない者を排除しようとしていく図領や栗木田。日本の社会は、成功できない者を努力の足りないクズとして追い詰め、居場所をなくしているのではないか。図領の掲げる、居場所としての商店街という理想が皮肉に響く。 -
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ファーストフード店で、たまたま隣り合った男が携帯を「俺」のトレイに置き忘れていった。なんとはなしに、その携帯の持ち主になりすまして、その携帯の持ち主の親からお金の振込もしてもらい、俺俺詐欺のような話になったところで異変が起きる。金を振り込んでくれた「親」がアパートにやって来て、まるで最初から「俺」が息子だったかのように振る舞う。自分の実家に帰ると、同じ顔をした「俺」が応対に出て、この頃似たような「俺」が訪ねてきてトラブルになったという…
「世にも奇妙な物語」風味に話が進んでいく。途中から「自分と他者の違い」「自分の中に潜む凶暴性、凶悪性」が引き出され、職場でのいじめや、多数の「俺」が互いの腹の内を知りながら互いを「削除」していき、輪廻転生(?)とでもいうか手塚治虫の「ブッダ」のような世界観も挟みつつ「自分とは何か」を考えさせられる。どんなに嫌な奴に見えてもそのどこかに自分と同じような部分があって世の中は反面教師だらけ、と言いたいのかなと感じた。