星野智幸のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
オムニバス形式。
大切な人を亡くして悲しいときに、自分自身と死者にどう向き合うかという視点と、
悲しみの真っ只中にいる他人とどう関わるのかという視点があると感じた。
宇多田ヒカルの「夕凪」という曲の原題は「Ghost」なのだが、あの曲の理解が少し深まった気がする。私は悲しいことがあったとき、「夕凪」を聴けなくなったため、本を読めなくなったエピソードに共感を覚えた。今まさに自分で物語を書いているから本が読めないのなら、あの曲が聴けなくなったのはその時まさに自分で言葉を書き連ねていたか、詠っていたからなんだと思った。
もっと深く話を聞き進めたいところで章が終わる。共著者の本を読みたくなった。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ俺が携帯を盗んだことにより、俺は別人として扱われる。
自分の実家へ帰ると、そこには俺がいた。
そして、知らぬ間に俺は、別人として生き始める。
そして、俺が次々増殖し始める。
俺は、俺らとつるむことにより、初めて俺を必要とされていると感じ、生きている意義を見いだす。
いつの間にか、周りは俺だらけになり、・・・
この本の広告で当初俺俺詐欺に絡めて宣伝されていたと思う。
読み始めて、俺がどんどん増殖して行く場面は面白く、どんどん読み進められた。
が、物語は、増殖した俺が俺俺詐欺に関係するのかと思っていたが違った。
また、俺が増えていくというのは、シュールな世界ではあるけれども、シュールレアリズムとも違う。
俺が俺とつるんで、楽しくやっている場面迄は面白く読めたが、俺の世界が崩壊して行く時点から物語に違和感を感じた。
"何で話すかというと、あの悪夢みたいな俺俺時代を覚えておいてほしいからだ。"
物語の最後ら辺からの引用である。
読み終えて、僕は、解説の中島岳志の社会での役割を演ずる現代人の姿ではなくて、似た者同士でつるんでばかりいる現代人を批評している物語として受け取った。
が、文学とは暗喩、メタファーの世界である。
本書の後半部分の直接的な物語の推移は、いただけない。
俺らの世界が崩壊せずとも、似た者同士世界を批評することは可能ではなかったか?
"いつでも喜怒哀楽を一致させ、考えることも同じで、まるで自分は一人の大きな自分の一部であるかのような感覚に浸っていたかった。"
対立や違和のない人達ばかりと付き合っている人の究極の理想は何か?
それは、全く過不足なく、まるで自分自身と何ら変わらない人達との付き合いかも知れない。
俺は、そこで、"自分が必要とされているという感覚"を得て自己充足を見る。
"何百人集まったって、俺は同じなんだから、一人の俺がいるのと変わんないんだよ“
しかし、それは違いが存在しない退屈な世界かもしれない。
物語の俺たちは、そこで充足してはいるが。
"あいつらにとって法政大生の俺は、ヴィトンのバッグとかみたいなもんなんです』"
この世界にいる僕達は、誰かにとっては取り替え可能な存在かもしれない。
着想は、面白く、であるからに、表現として、後半の物語が、とても残念だ。
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Posted by ブクログ
寂れゆく商店街に現れた若きリーダー図領。商店街を再建すべく、廃業店舗には若い働き手を斡旋、独自の融資制度など店舗側に立った様々な施策を実行。頭脳明晰、巧みな弁舌、スマートな容姿、カリスマ性をもって、たちまちにして人心を掌握、一躍商店街の実力者となる。
ある日図領が経営する飲食店に、一人の客が来店。不当な扱いを受けたとトラブルに。怒りは収まらずネットに投稿するや炎上。それは図領の店にとどまらず商店街にも波及。来街者は激減。図領の辣腕ぶりをよく思わないアンチ図領の幹部らは好機と見て反転攻勢に。窮地に陥った図領はトラブった客に対し、ネット上で極めて冷静かつ理性さを保った反論を展開。それが功を奏し「現代のサムライ」ともてはやされ、彼の回りに自然発生的に賛同者が集い始め、商店街のシンパとなり、商店街の治安を守ろうと自警団結成に至るまで発展。
この小説は、突然トラブルに見舞われた商店街。解決に向け奮闘する若きリーダー。彼の働きぶりを見てひとりふたりと賛同者が加わり、バラバラ状態だった商店街は次第に団結し、トラブルを解決へと導く。その結果、商店街は活気を取り戻し、かつての賑わいのある商店街に見事復活…という大団円を迎える。
そんな明朗かつ安穏とした話ではない。ノアールな世界を主戦場とする星野智幸がそもそもそんな安穏な小説を描くわけはなく、客とのトラブルに対峙するころから話は大きく転調する。
著者は「商店街」という小さなコミュニティを舞台に現代の日本が醸す「いびつな環境」-我こそが正義と自認する者によるヘイトスピーチ・ネットいじめ・リア充と格差・改革に付いて来れない人を容赦なく排斥-の象徴の場として捉え、中盤から話は一気に加速度を増し、過激化と混沌が交錯する。
商店街再建のリーダーが強権になり、ファシズムに昇華。話の視点は、リーダーを崇める非リア充の自警団と改革に逡巡し抗い懊悩するサンドイッチ店店主に移る。はたして図領は結局何をしたかったのか?その目的が不明確。またリーダーがファシズム化に導くほどの教祖には到底感じられず、ただただ消化不良に終わったのが残念の一言。長い間積読だったのが、文庫本化で再購入し一気読みしてしまったが、読後感としては、どっ散らかしたプロットを整理回収してほしかったな。
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Posted by ブクログ
人身御供のようにポツリポツリと店舗が消えてゆく。そんな寂れた商店街に活気を取り戻すために、さて何をしますか?
クレーマー退治から、集団自決へ。
というと、その飛躍に「は?」となるはず。
キッカケは、一軒の居酒屋に寄せられた、動画付きの激しいクレームだった。
情報は瞬く間に広がり、商店街は更に閑散とするのだが、そこで店主は毅然とした対応を取る。
経緯を説明した上で、店側にもダメなものはダメというポリシーがあって良いのではないかと説く。
店側の主張に世論は逆転し、商店街はかつて以上の賑わいを得る。
そして、店主を中心に商店街自衛団を結成。
店と客の選別が始まるのであった……。
とまあ、あらすじはこんな所で。
中盤からの、「未来系」暴走から話は崩れ始める。
一つのコミュニティが、「正しさ」を身に纏うと、アッサリと暴徒と化すのかな、と思った。
ネットにおける罵詈雑言の数々だって、憂さ晴らしと思っている人はまだ「マシ」かもね。
自分のコメントこそが正義で、その正義は何らかの形を持って体現されなければならない、と本気で思っている人はきっと沢山いる。
自決をして、周りに覚醒を。
私には、やっぱりこの流れが、日本にも実際にあったこの流れが、イマイチよく分からない。
けれど、死を賭して訴えることには、相応の重みがあることも、否めない。
誰も居なくなった商店街は、どこに向かうんだろう。 -
Posted by ブクログ
なりゆきでオレオレ詐欺をしてしまう俺。
気付くと別の俺に。上司も俺、母親も俺、俺ではない俺、俺俺。見渡す限り、俺だらけに。
ある日、家に帰ると知らない人間、いや俺がいた。どう見ても俺にしか見えない。他人なのに俺だ。いや、俺なんだが他人だ。そして、母もそれに気づいていない。
右も左も俺だらけ。やがて、俺が俺同士を削除し合う。肉体を切り刻み、俺同士がその人肉を食べ始める。しかし、俺が淘汰し合うとその先には...
初めて読む著者だが、衝撃的な一作でした。
アイデンティティの崩壊かー。荒唐無稽ではあるが、随分と哲学的というか厨二病的というか。
精神異常犯罪者とかこんな感じだろうなと思っていたら、やはり後書きで、秋葉原無差別殺人事件の件に触れられていたな。