長谷部恭男のレビュー一覧
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ネタバレ憲法改正論議を理解する参考文献として読んだ。
憲法学者の重鎮ということで、この著者の本をとりあえず読まねばという義務感で選書。
全然期待してなかったけど、表題どおり、憲法とは何か を知るために良い教科書的な本で、読んで良かった。
「憲法とは」基本的なことを知ってから改正論議をしないとダメだとわかった。ダイジェストでこの内容を国民みんなに知らせないで改正の是非を投票させるのは、ものすごく問題があると思う。
憲法典とは原理を示すもので、そこに書いてあることは法令で定めないと実行されない。改正して書き込んだことが必ず実行されるものではない。
例:アメリカ南北戦争後、黒人の人権を認めることを憲法に書き込んだ。しかし、実際は公民権運動後に法令ができるまでしっかり実行されなかった。
また、憲法典に書いてあることは、現実に即しておかしいのであれば、実行されていないのが普通である。
例:イギリス議会はオーストラリアの憲法を無効にできる。→実際はどう考えてもできない
日本国憲法も多大なエネルギーを使って変えることのメリットは多くないだろう。憲法に書き込んでも法令を作らないと実行できない。逆に、書き込まなくても法令を作ればできることは、憲法改正してまで書き込む必要がない。
この著者をこき下ろす内容を含む本を先日読んだのだが、憲法9条を改正しなくても軍備に支障はないという点では、その著者とこの本の意見は同じということのようだ。
「解釈改憲」という用語があって、私はこれを「ズルをする」というか、ホンネと建前が違っていて歪なこと、などと思っていたが、解釈で憲法が変わるのは当然のことなのだと理解した。
○本書の内容について
・まず、憲法が絶対王制の権力に制限を加えるために作られたことなど、歴史的な話。
・現代の政治の形(民主主義・共産主義・ファシズム)は憲法の違いであり、それが国のあり方の違いである。
・現代の政治のあり方の違いを簡単に解説。大統領制の弊害など。
・憲法と法令の違い 憲法はおおまかな原理にすぎず、実行は法令による。
・執筆当時2005年における憲法改正問題について。憲法改正に多大なエネルギーを消費しなくても、必要な法令を作れば良い。憲法は解釈で変わる。解釈は社会の変化で変わる。
・裁判所は判決によって解釈の変化を定着させていくものだが、日本の最高裁は政治に対して弱腰?
前半は多分にロマンチックというか文学的な著者の嗜好が盛り込まれていて読みにくかった。さすが岩波の赤、教養本なのである。
しかし、基本的なことを押さえるには必要な本だった。 -
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憲法学者の長谷部恭男と政治学者の杉田敦の対談を収録しています。
おおむね杉田が長谷部の考えに対して疑問をぶつけることで、いくつもの興味深い論点が浮き彫りにされていきます。まずは、「立憲主義」を「価値観、世界観の多元性を前提にした上で、その間の公平な共存を図るための手立てだ」とする長谷部憲法学の根本的な発想が確認され、それに対して杉田は、こうした発想は「相互に対立する利益集団のせめぎ合いとして政治をとらえる」考えに近いものとして受け止め、公共性をめぐる原則的な問題を提出することで、長谷部憲法学が二枚腰、三枚腰の構えで構成されていることが明らかにされていきます。
杉田の問いかけによって、長谷部憲法学の有効性がいっそう明確にされており、興味深く読みました。 -
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小政党の一つに過ぎなかったナチスがいかに権限を拡大して独裁国家を作り上げたかを解説し、日本で審議されている緊急事態条項のナチスの手口との類似点、危険性に言及。この分野は門外漢なのでとにかく難しかった。憲法学者は言葉のチョイスに厳格だなあ。一応理解した中で印象深かったことをメモ。
・ユダヤ人に職を奪われたと感じている貧困アーリアがナチスを支持した構図はトランプ政権に通じるものがあるなあ。
・ドイツでは大統領が緊急事態を規定できる仕組みになっていたことが濫用を招き、いつのまにか主権独裁になっていたと。
・日本の緊急事態条項に関して。緊急事態の判断は内閣総理大臣に委ねられていて緩い。
・そもそも大きな災害等想定される緊急事態があるならばそれに合った法を制定すれば良い。
・緊急事態条項は「安全の保証」ではなく「安心の保証」。不安はキリがないものでそこにつけこんだ条項。いらない。
・緊急事態条項草案は性善説に基づいている。考えうるすべてのパターンを網羅しておらず漏れがある。悪用できる可能性がある。 -
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ネタバレ・近代立憲主義
立憲主義は国家の権力を制限しようとする古くからある考え方。近代立憲主義は多元的な近代を制御するために生まれた考え方で、公私を区別し、国家は私的な領域に踏み込まず、私的信条は公共に持ち込まれない体制。これは人間の自然的欲求に反する。人は自らの信じることが社会全体に行き渡って欲しいと思うものであり、また唯一の明確な正義に従っていたいと思うものだから。近代人は異なる価値観の選択に常に悩む宿命にある。近代立憲主義の前提として、異なる価値観の比較不可能性がある。価値観の比較不可能性を認める論者は、マキャヴェリ、バーリン、ロールズら。認めないのは、レオ・シュトラウス、カール・シュミット、マルクス。
・憲法改正を論じるに当たっては、その改正によって日本が国家の基盤としての思想的にどの陣営に属することになるのか、そしてそれが他国との関係にどういう影響を与えるかを熟慮すべきである。
・立憲主義的憲法は、多元主義を前提とするので、唯一の正しい生き方を国民に強制するものとはなり得ない。即ち、憲法の条文は、強制的なルールではなく誘導的なプリンシプルである。9条を文字通り読んで自衛隊の存在を全く認めないのは、憲法をルールと捉えるものであり誤りである。21条も文字通り読めば表現の制限を全く認めないように見えるが、わいせつ表現の制限は認められるではないか。
・共和制
世襲による君主制に対し,主権が複数者にある政治形態。国家元首や人民の代表者を間接・直接に選出し,主権が人民にある民主的共和制と,少数特権階級にのみ主権がある貴族的共和制・寡頭的共和制などがある。古代ギリシャでは、民主制はネガティブな言葉だったが、共和制はポジティブな言葉だった。
・プレコミットメント
憲法によって国家の権力を制限するのは権力者自身が望むことである。なぜなら権力の一部を自発的に他者に委ねた方が、自分のミスを防いだり、権力の信頼を高めたりするなど、権力の長期維持に資するからである。即ち、無制限の権力よりは制限された権力の方が強い権力である。という考え方。
・大統領制
行政の長である大統領と立法府である議会の議員の両方を選挙で選ぶ。
・議員内閣制
議会の議員のみを選挙で選び、行政の長は議会が選ぶ。
・二元的民主主義
利害調整の通常政治と、身近な利害を超えて国の基本的あり方を議論する憲法政治。憲法政治は必ずしも憲法典の改正のことではない。
・国境を決める明確な原理は存在しない。故に、現状の国境から後退した場合、踏みとどまるべきラインも決定できないので、国家は現状の国境の維持にこだわらざるを得ない。 -
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ネタバレ読書途中。20人の講師による。一人90分の講演会の収録である。一気に読めるはずもなく、じわじわと読んだ。
姜尚中の講演のなかで、夏目漱石が奥さんをなぐっていたエピソードがあった。ノイローゼであったらしい。私は夏目漱石になれないけど、夏目漱石よりましだなと少し思った。考えかたとしてまちがっているのかな?どんな偉い人もほんとうにいろいろな苦しみにもがいていきているのだと思い直した。
20名全て役に立つわけでないが、中には、気に入る人もいるかもしれないとのことだろうか?3.11後の話など考えさせられたり。光触媒の話は興味を覚えた。文学、美術に関心を持った。宇宙論や素粒子の話は、わからないので、もういいとの気持ちであった。こんな講演会を聞けるのは、エリートの家の子供だからいいなとひがみたくなるが、本として出版されているので、誰でも接する機会があるのだと思い直す。マスターキートンにあった、「勉強はどこでもできる。便所でも」を思い出す。 -
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長谷部恭男氏(1956年~)は、憲法学・公法学を専門とし、日本公法学会常務理事、国際憲法学会(IACL)副会長を務める、現東京大学名誉教授。
本書は憲法改正の議論が盛んになった2006年の出版であるが、立憲主義における憲法とは如何なるもので、如何に運用されるべきなのか、そして、それを踏まえて憲法改正についてどう考えるべきなのかを論じている。
本書の主な主張、印象に残った点は以下である。
◆立憲主義とは、この世には、生き方や世界の意味について根底的に異なる価値観を持つ人々がいることを認め、それにもかかわらず、社会生活の便宜とコストを公平に分かち合う枠組みを構築することで、個人の自由な生き方と、社会全体の利益に向けた理性的な決定のプロセスとを実現することを目指す立場である。そのために、公と私の分離、硬性の憲法典、権力の分立、違憲審査、軍事力の限定などの制度がある。
◆立憲主義の考え方に立つ憲法は、政治のプロセスが本来の領域を越えて個々人の良心に任されるべき領域に入り込んだり、政治のプロセスの働き自体を損ねかねない危険な選択をしないよう、予め選択の幅を制限するというのが主な役割である。昨今の憲法改正論議では、この理解が十分でないという懸念を抱く。
◆憲法とは国家の基本となる構成原理で、近代においては、(リベラルな)議会制民主主義、全体主義、共産主義の3つが憲法を決定するモデルとなったが、全体主義は第二次世界大戦において、共産主義は冷戦の終結において、それぞれ消滅した。
◆日本が憲法典を変更しようとするのであれば、①日本の基本秩序たる憲法は何なのかを見定める、②冷戦後の世界において、日本がどのような憲法原理に立つ国家になろうとしているのかを決定する、③国民の生命と財産の安全の確保という国家としての最低限の任務を果たすために、また、立憲主義という基本的な社会基盤を守るために、日本は外交・防衛の面で何をし、何をすべきではないかを改めて確認する、必要がある。そしてこれらは、憲法典の改正云々に関わらず、検討されるべきものである。
◆リベラル・デモクラシーには、大統領制、イギリス型議院内閣制、制約された議院内閣制(ドイツや日本)の3つがあるが、国の根本原理を変革する政治過程・「憲法政治」と、日常的な利害調整に関わる政治過程・「通常政治」の二つの政治過程を区別し、的確に運営するためには「制約された議院内閣制」が最適である。
◆成熟した国家にとっては、「憲法」とは「憲法典」のテクストのみを表すのではなく、テクストを素材に法律専門家集団が紡ぎだす慣行の集まりこそが「憲法」である。即ち、重要なことは、シンボリックにテクストを改廃することではなく、「憲法」を如何に変えるかである。
◆憲法改正の国民投票制度については、①国会による改正発議から国民投票まで最低2年以上の期間を置くこと、②国民投票までの期間に、賛成意見と反対意見とに平等かつ広く開かれた発言・討議の機会を与えること、③投票は、複数の論点に亘る改正案について一括して行うのではなく、個別の論点ごとに行うことにより、有権者が十分な情報と熟慮に基づいて投票が行われるようにするべきである。
憲法改正については様々なスタンスからの意見があるが、改憲の実現を公言する安倍首相の自民党総裁3選が決まった今、自分の立ち位置を確立するために、改めて読んでおく意味のある一冊と思う。
(2007年5月了) -
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安保法案についてはかねてから関心がありましたが、反対派の人たちの意見にはにわかに頷きがたいものが多かったので、不満でした。
たとえば「戦争法案、反対!」と言われても、個別的自衛権だけでも日本が侵略されたら戦争は起こりうるのに……と疑問に思ってしまったりして。
そこで、安保法案の違憲性や不合理性について、個別的自衛権と集団的自衛権の違いを踏まえ、今国会に提出された条文案を参照しながらコンパクトに論じてくれている本を探していました。
(特にポイントだったのが「条文案を参照しながら」のところです。わたしは元法学部生なので、法律を学ぶならきちんと条文に当たらなくてはならないという信条があるのです。)
この『検証・安保法案」はそのニーズに見事に応えてくれた一冊でした。
204ページの本ですが、その半分ほどが資料編に費やされており、資料編の大部分は条文案です。安保法案の主要部分が現行法と対照された形で掲載されています。
本文で条文の具体的な箇所に言及しているところでは、対応する条文の掲載ページが「→資料5頁」といったようにすぐ横に付されているため、簡単に条文を参照しながら読み進めることができます。
欲を言えば、2014年7月1日の閣議決定も、条文案と並んでたびたび言及されていたので、これも資料編に載せてくれたほうが参照しやすかったなと思います。
もっともっと欲を言えば、首相や大臣等の答弁についてもピックアップして資料編に載せてくれればよかったのに、と思いました。
というのも、条文案の解釈について人によって言っていることが全然違うということが、法案の違憲性のひとつの根拠として挙げられているんですね(例:p.31 「存立危機事態」について、「人によって、この条文で想定されている事態というのが全然内容が違っている」「そうなると、今回の法案が憲法違反である理由は、……そもそも内容があまりにも意味不明で曖昧不明確ゆえに無効」)。
資料編に引用すると膨大な量になるというのなら、せめて何月何日のどこでの答弁でそういうことを言っているのか注記してくれれば、本書の信頼性がより高まったのではないでしょうか。
わたしは安保法案について勉強し始めたばかりで、安保法案に関して書かれた他の本との比較はできませんが、11もある安保法案の内容・違憲性・不合理性についてコンパクトにまとめられた本書はオススメできるなと思います。 -
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今や時の人になってしまった感もある長谷部恭男先生の著書。昨年夏に読んだものを再読。しかし難しい。去年読んだときも難しいと思ったが、再読でもなお難しい。この1年間に噴出した様々な憲法がらみの議論と照らし合わたとき、その多くが的外れであると指摘する内容だけに、現実とアカデミックな事実とのすり合わせによけい頭を使うことになる。しかしここには「民主主義や立憲主義やとは何か?」に関する様々なヒントが書かれていて、その豊潤さは汲めども尽きない。
昨年初めて読んだとき、「ソーシャルライブラリー」用に書いた感想が意外にまとまっているので、それを以下に再録しておく。
タイトルのイメージとはだいぶ違う本である。日本の憲法、特に第九条について詳しく書かれた本かと思いきや、憲法や立憲主義の意味について、ロック、ホッブス、ルソーまで遡って考えていく"政治哲学"の本だ。新書の体裁を取りながら、大学の教科書なみの歯ごたえ。「なぜ多数決なのか?」「なぜ民主主義なのか?」など、普段その意味を深く考えず、当たり前のように受け取っている事柄について根本から問い直していく。当然スラスラ読みこなすのは難しい。
しかしこれがすこぶる面白い。目から鱗の連続。立憲主義というものは多様な価値観を共存させるために生まれたものであるため、そこには違う価値観同士の対立が必然的に内包されていること。それ故に、自分が一番大切だと思う価値観を抑制しなければ維持できない不自然なシステムであること…そのような立憲主義の本質と限界を踏まえた上で、日本にとっての戦争と平和について考え直すと、これまでとかなり違う風景が見えてくる。改憲派と護憲派、どちらの立場にも情緒的な動機や、自らのイデオロギーを普遍の正義だと思い込む面が見られるが、それは立場の如何にかかわらず、立憲主義に反するものだということが分かってくる。立憲主義とは「普遍的な正義など無い」という立場から違う価値観同士の共存を目指す、非常にシニカルなシステムなのだ。
終章の「憲法は何を教えてくれないか」の一部を引用しよう。
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立憲主義は現実を見るように要求する。世の中には、あなたと違う価値観を持ち、それをとても大切にして生きている人がたくさんいるのだという現実を見るように要求する。このため、立憲主義と両立しうる平和主義にも、おのずと限度がある。現実の世界でどれほど平和の実現に貢献することになるかにかかわりなく、ともかく軍備を放棄せよという考え方は、「善き生き方」を教える信仰ではありえても、立憲主義と両立しうる平和主義ではない。
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ここだけ読むと改憲派(軍備拡張派)が喜びそうな内容にも聞こえるが、もちろんそんなことはなく、次の下りでは、憲法が定める枠組みは、自然ではなく人為的なものであるからこそ、いったん後退を始めると踏みとどまることが出来なくなってしまうという趣旨が述べられていて、改憲派に冷水を浴びせるような内容になっている。
要するに、改憲派・護憲派双方の議論や活動が、いかに立憲主義の基本理念から外れたものになりがちであるかが、この本を読むとよく分かる。
立場の違いにかかわらず、憲法と平和の問題に興味を持つ人なら、ぜひ一度読んで欲しい本。文章は無駄に難しい部分もあるが、この著者の他の本も読んでみたくなった。 -
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先日おこなわれた憲法審査会での答弁がメディアで広く取りざたされるようになった著者が、立憲主義と平和主義との関係について基礎から考察をおこなっている本です。
著者によれば、立憲主義が前提とする国家は、市民の生に包括的な意味と目的を示すものではなく、多様な価値観を持つ人びとが平和に共存し、社会生活の便益とコストを公平に分かち合う枠組みを作るための限定された役割を担うものとされています。そして著者は、公共性に高い価値を与えて、そこにこそ市民の生きる意味があると考えるアレントの立場を批判します。
一方で、社会契約論の系譜を参照しながら、そこで国家を設立することで平和な社会の実現をめざすプロジェクトについて考察をおこない、立憲主義と平和主義の間にどのような仕方で折り合いをつけることができるかを、あくまで理論的な観点から冷静に考察を進めています。やや議論が簡潔にすぎるような印象もありますが、立憲主義と平和主義をめぐる本質的な議論の地平を示しているところに、本書の一番の魅力があるように思います。
憲法をめぐって左右両陣営が喧しい議論を戦わせている今だからこそ、本書の議論が展開されている地平にまで立ち戻って考えなおすことがますます必要になっているように感じました。 -
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私は「法」についてこれまであまり突き詰めて考えたことが無かった。せいぜい、それは制度のなかに生じるものだから、権力作用の一形式くらいにしか考えていなかった。
けれども、著者ハートは「法とは権威に支えられた強制力をもつ命令である」という従来の定説を徹底的に批判する。
本書はそこから始まって極めて真摯に諸問題を検討し、「法」を「哲学」してみせる。
法学自体が私の普段の興味の対象外でもあるし、これを読んでもすっきりしないところも残る。立法府よりも司法つまり裁判所の力のほうがこの法哲学にとっては重要であるというように話は展開されるが、その辺もすっきりと同意しきれない。しかし理解しきれなかった部分は、私の考えがまだ足りなかったせいだろう。
法というと、カフカの「城」や「審判」に出現するような、それ自体に条理性のない・しかし誰も決して抗い得ないような、反=人間的な何かとしてのイメージが強い。だがそれはあくまでもイメージであって、「法」の複雑怪奇な機能は文学によっては解明しきることができない。
ハートが提起した「法」にまつわる諸問題は、さらに考えを深めていく価値がありそうだ。 -
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筆者は、立憲主義は人間の本性にそぐわないと考えている。誰もが共通の真理や正義を信じ、それにしたがって生きることができる、「正義の味方」が悪を斬る時代劇のような分かりやすい世界に比べ、自分の思うように考えたり行動したりできる「私的空間」と、異なる考え方や利害を異にする立場の者と生活を共にしなければならない「公共空間」を区別し、法によって利害を調整しつつ生きることを選ぶ立憲主義に基づく近代以降の世界は、たしかに中途半端で、すっきりしないかもしれない。
しかし、二度の大戦とそれに続く冷戦の時代を経て、世界の多くの国がリベラル・デモクラシーの世界を選択していることはまちがいのないところだ。憲法が明記されている日本のような国も、明記されていないイギリスのような国も、立憲主義に基づくリベラル・デモクラシーを維持し続けようとしている。特定団体間の利害調整に明け暮れる現代の議会制民主主義は、本来のデモクラシーから見れば頽落した体制であると考えるカール・シュミットのような人もいるが、ファシズムや共産主義のその後の運命を考えれば、現実問題として、今の世界に立憲主義に替わるものを提示することは難しかろう。
しかし、憲法は、ただ我々の生活や安全を保証する有り難いものではない。憲法さえ変えればすべてうまくいくというような風潮が今の日本にはあるようだが、立憲主義の世界で、守るべき「国」というのは、現実に我々が暮らす土地や自分たちの生命を意味していない。「国」とは、その憲法に基づく法秩序の体制である。その意味では、先の戦争は旧憲法下の「国体」を護持するために戦われ、人々の暮らしそのものが成り立たなくなった時点で、旧憲法に代わって新しい憲法を得たのである。
憲法改正問題で最も大きな問題と考えられるのが、九条をどうするか、という点である。日本国憲法の中心とは、言うまでもなく立憲主義と平和主義である。それを大事だと思うなら、憲法はいたずらにいじらない方がいい、というのが筆者の考えだ。法学者らしく、論理的に導き出された結論が、日本国憲法は「準則」ではなく、「原理」であるというものだ。長くなるが大事なところなので原文を引用する。
自衛のための実力の保持を全面的に禁止する主張は、特定の価値観・世界観で公共空間を占拠しようとするものであり、日本国憲法を支えているはずの立憲主義と両立しない。したがって、立憲主義と両立するように日本国憲法を理解しようとすれば、九条は、この問題について、特定の答えを一義的に与えようとする「準則(rule)」としてではなく、特定の方向に答えを方向づけようとする「原理(principle)」にとどまるものとして受け取る必要がある。こうした方向づけは、「軍」の存在から正当性を剥奪し、立憲主義が確立を目指す公共空間が、「軍」によって脅かされないようにするという憲法制定権者の意図を示している。
憲法が主権者の暴走に歯止めをかける役割を果たしているという点から考える時、もし、九条を字義通りにとらえ、自衛権も認めないとするなら、国家に帰属することによって自己の生命や財産を保全しようと考える多くの国民にとって、その解釈はデモクラシーの原則を踏みにじった決定を押しつけるものととらえられるだろう。その一方で、「軍」を明文化し、その存在を明確化しようとする提案は、公共空間の保全を目指す憲法の機能を揺るがしかねないものとなろう。
目下のところ、教育基本法「改正」が国会論議の中心であるが、それが成った暁には改憲論議が高まるに相違ない。思ったよりも過激ではなく見える政府自民党案だが、改正手続きの段階で国会議員の「三分の二の賛成」が必要というところを単純過半数に改訂しようという動きがある。国民投票のあり方も含め、現実に論議されるべき問題は多い。
改憲派にも護憲派にも、自分たちの考え方こそが正しいのだから、という「分かりやすい世界」観の上に立った物言いが目立つ。価値観を共有できない者たちが共に暮らす社会なのだからこそ、難しい問題を易しく解説してくれる、このような本が多くの目にふれることを望む。あまり手にすることのない新書版だが、このような重要な問題であるからこそ、誰にでも気軽に手にとることのできる新書という形態が望ましいのかもしれない。 -
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ネタバレ民主主義と立憲主義についての理解が進む本。「憲法」「法律」は難しくて偉そうでつまらなくて面倒くさいものと刷り込み完了していたが、読後に日本国憲法を一読してみようと思った。
民主主義はその社会で統一した結論が必要な時に、その構成員(国民)全体で合意した結論を出すことが期待される。基本的に多数決で決める。なので、少数派は割りを食う。そして世の中には多数決で統一した結論を出すべきでない問題がある。例えば、宗教とか価値観(どのように生きるべきかとや何を美しいとするか)とか。民主主義で扱うべき問題とそうではない問題の境界線を引き、民主主義の名のもとに行われる多数派による少数派迫害を制限するのが立憲主義の大事な役割である。
「実際は囚人のジレンマ状況なのにチキンゲームと看做して、いつも「チキン」で振る舞う行為は強奪者の存在を合理的にする。」という意見には納得した。