あらすじ
戦後日本の憲法体制はいかにして成り立ち,その骨格とはどのようなものか.これを理解するのに欠かせない基本的な文書を集めた.日本国憲法のほか,英文日本国憲法,大日本帝国憲法,パリ不戦条約,ポツダム宣言,降伏文書,日本国との平和条約,日米安全保障条約を収録し,詳細な解説を付す.市民必携のハンディな一冊.
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Posted by ブクログ
長谷部教授による憲法の解説部分が本丸。
全体の3分の2程度は、ネットでも読めるような憲法の条文、日米安保条約の条文などが記載されているため、読んでない。
解説部分はページ数は多くないものの、かなりためになる内容だった。
特に、「押しつけ憲法」というイメージが覆されたのがよかった。
確かに現行憲法は、GHQの改正草案が大もとになっている。しかし、当初、GHQも憲法改正は日本政府のイニシアティヴで進められるべきとの態度をとっていたにもかかわらず、日本政府側が天皇主権の維持などを残した保守的な内容の草案しか作れなかったことがその原因であった。
また、GHQの改正草案に対し、9条の文言や基本的人権の条項、行政組織の規定などについて、日本政府及び帝国議会による修正がかなり入っていた。
こうした事実を知らずに、憲法改正勢力のイメージ戦略にどっぷり浸かったまま憲法の勉強をしていたことを深く反省した。
また、憲法改正については、どのような意味と効果があるのかを考えることの重要性を改めて痛感した。
「我々は憲法典、法律、裁判所に期待をかけすぎてはいないだろうか。それは偽りの期待である。自由は人々の心に生きる。人々の心の中で自由が死んだとき、憲法典も法律も裁判所も、まったく助けにはならない」
ハンド判事の言葉はかなり的を射ているように思った。
一方で、安倍内閣時代の閣議決定による条文解釈の変更を踏まえると、憲法9条のように、実際に解釈が複雑に分かれている曖昧な条文の存在により、いつの間にか国にとって都合のいい主張にすり替えられる危険性もある。
解釈の余地を残さないように文言を改正し、国家権力をより明確に制限したほうが良いのではないか、と思う部分は未だにある。
Posted by ブクログ
217P
憲法前文はいつ読んでも美しいと思う
この本には、
○日本国憲法
○大日本帝国憲法
○パリ不戦条約(戦争抛棄ニ関スル条約)
○ポツダム宣言
○降伏文書
○日本国との平和条約
○日米安全保障条約
が収録。→
長谷部 恭男
(はせべ やすお、1956年[1]10月22日 - )は、日本の法学者。専門は憲法学・公法学。東京大学名誉教授[2]、早稲田大学法学学術院、大学院法務研究科教授。日本公法学会理事長、国際憲法学会(IACL)副会長。広島県出身。芦部信喜門下。広島市中区堺町出身[3]。民事訴訟法学者で学習院大学法学部教授の長谷部由起子は妻である。「立憲デモクラシーの会」の呼びかけ人[4]であり、「国民安保法制懇」のメンバー[5]でもある。集団的自衛権の行使は違憲としている[8]。自民党の推薦を受け、衆議院憲法審査会に参考人として参加した際、集団的自衛権について「憲法違反だ。従来の政府見解の基本的な論理の枠内では説明がつかない」と発言した[9]。
「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。」
—『日本国憲法 (岩波文庫)』長谷部 恭男著
「〔平等原則、貴族制度の否認及び栄典の限界〕第十四条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。 2 華族その他の貴族の制度は、これを認めない。 3 栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。」
—『日本国憲法 (岩波文庫)』長谷部 恭男著
「〔居住、移転、職業選択、外国移住及び国籍離脱の自由〕第二十二条 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。 2 何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない。」
—『日本国憲法 (岩波文庫)』長谷部 恭男著
「〔家族関係における個人の尊厳と両性の平等〕第二十四条 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。 2 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければなら」
—『日本国憲法 (岩波文庫)』長谷部 恭男著
「〔教育を受ける権利と受けさせる義務〕第二十六条 すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。 2 すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。」
—『日本国憲法 (岩波文庫)』長谷部 恭男著
「〔勤労の権利と義務、勤労条件の基準及び児童酷使の禁止〕第二十七条 すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ。 2 賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める。 3 児童は、これを酷使してはならない。」
—『日本国憲法 (岩波文庫)』長谷部 恭男著
「〔皇室財産及び皇室費用〕第八十八条 すべて皇室財産は、国に属する。すべて皇室の費用は、予算に計上して国会の議決を経なければならない。〔公の財産の用途制限〕第八十九条 公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。」
—『日本国憲法 (岩波文庫)』長谷部 恭男著
「3 天皇制 (1)日本国の象徴 憲法一条は、「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」とする。象徴とは、抽象的な存在を表現する具体的なものをいう。ハトは平和の象徴であり、白百合の花は純潔の象徴とされる。 日本をはじめとする諸国家は、国民と呼ばれる人々の集合体が一体として行動するものとみなすという約束事の上に成り立つ抽象的な存在である。銀行や自動車会社のような株式会社と同様、国家も多くのメンバーから構成される法人である。国務大臣や裁判官、警察官等の職務にある具体的な人間の行動は、日本という国家の行動とみなされる。国家そのものは抽象的な約束事なので目には見えない。憲法は天皇がその抽象的な日本国を具体的な存在として象徴すると述べる。 もっとも、ある具体的なものが抽象的な存在の象徴であるか否かは、人々がそう考えるか否かという社会学的事実に依存する問題である。ハトが平和の象徴であるのは、人々がハトを見て平和のことを想起するからである。事実問題として人々がハトを見ても平和のことを想起しなくなれば、ハトは平和の象徴ではない。 同じように、天皇が日本国の象徴なのは、人々、とくに日本国民の大多数が天皇を日本国の象徴と考えるという事実があるからである。その事実が失われれば、憲法の規定がどうであれ、天皇は日本国の象徴ではなくなる。象徴としての地位が日本国民の総意に基づくとする憲法一条は、そうした当然の事理を述べている。」
—『日本国憲法 (岩波文庫)』長谷部 恭男著
「 天皇には、憲法の列挙する国事行為、そして私的行為の他に、象徴としての公的行為を想定することができるという見解がある。ハトや白百合の花と異なり、天皇は人間の行為として理解可能なさまざまな行為をする。国会の開会式で「おことば」を述べ、外国の元首と親書を交換し、第二次大戦の激戦地におもむいて戦没者を慰霊し、大災害の被災地におもむいて被災者と懇談する。これらは、憲法の列挙する国事行為として理解することも、全くの私的行為として理解することも困難である。宮内庁を経て最終的には政府が責任を負うべき公的行為として理解すべきだとの見解である。多くの日本国民が天皇を日本国の象徴と考え続けていくには、天皇がこうした象徴としての数多くの公的行為を果たすことが必要となるであろう。」
—『日本国憲法 (岩波文庫)』長谷部 恭男著
「日本国憲法の基本権条項は、リベラル・デモクラシー諸国の憲法に広く見られる個人レベルの消極的自由、つまり思想・良心の自由(一九条)、表現の自由(二一条)、信教の自由(二〇条)、人身の自由(一八条・三一条等)、財産権(二九条)、職業選択の自由(二二条)等だけではなく、労働者の団結権・団体行動権(二八条)や健康で文化的な最低限度の生活の権利(二五条)、子どもの教育を受ける権利(二六条)等の社会権も広く保障する点に特徴がある。 一三条は、すべての国民が個人として尊重されること、生命・自由および幸福追求に対する国民の権利が、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とすると規定する。国政は公共の福祉、つまり社会全体の中長期的な利益の実現を目的とする。しかし、国政は同時に、何が自分にとっての幸福であるかを国民それぞれが個人として判断し、その判断に基づいて自分の人生を自由に生きることを前提とする。多様な価値観・世界観が並存し、対立・競合する近代以降の世界では、政府の役割は、多様な価値観・世界観を抱く人々が、公平に共存し、人間らしい暮らしを送ることのできる基盤を整備することに限定される。日本国憲法を支えているのも、こうした近代立憲主義の理念である。」
—『日本国憲法 (岩波文庫)』長谷部 恭男著
Posted by ブクログ
日本国憲法
大日本帝国憲法
パリ不戦条約
ポツダム宣言
降伏文書
日本国との平和条約(サンフランシスコ条約)
日米安全保障条約
まで読んだ
長谷部教授の解説以降はこれから
これ読んでいない日本国首相有り得ない