熊谷達也のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
ネタバレ熊谷達也さんは戦争文学も書いていると知って、読んでみました。
17歳で特攻に志願することになってしまった少年の物語。特攻と言っても、よく知られている飛行機による特攻ではなくて、人間魚雷の回天でもなくて、戦争末期、飛行機も潜水艦も燃料も、何もかもが底を尽きている状況で考え出された、体一つで潜水して敵艦を待ち受ける「伏龍(ふくりゅう)」。
飛行機乗りにあこがれて、そうじゃなくてもカッコよく軍人として活躍したいと願って志願した少年にとって、変な形のかぶとをかぶって、歩いて潜水するなんて、「かっこ悪すぎる!」と思えた。
でも、そこで仲間たちと出会い、良い上司も悪い上司も含め、色々な大人に出会い、戦争の -
Posted by ブクログ
夏の音楽小説まつり。
ふと立ち寄ったギターの専門店で、'59モデルのギブソンのレスポールを衝動買いしてしまった50代サラリーマンの巧也。アンプやエフェクター等を買い込み、趣味のつもりで始めたギターであったが、ふとしたきっかけからバンドを組むことになってしまう…。
名作『邂逅の森』の熊谷達也なので、重く暗い話かと身構えて読み始めたが、そんなことは全く無く、軽い人間ドラマだった。
過去にブリティッシュ・ハードロックに傾倒していたが、大学の途中で挫折し、ギターをしまい込んでしまった50代。実際にはそこまでのブランクはなく40代で再開する人が多いのだろうが、実際の楽器の知識や1970~ -
Posted by ブクログ
熊谷達也『ティーンズ・エッジ・ロックンロール』実業之日本社文庫。
文庫で唯一未読だった仙河海市サーガの1作。高校生のバンド青春小説と言ってしまえば、それまでなのだが、田舎の小さな港町を舞台にした夢を追う若者たちの清々しい姿を描いた感動的な物語であった。
舞台は2010年の宮城県仙河海市。東日本大震災の前年の宮城県気仙沼市がモデルである。気仙沼市内に実在する駅や喫茶店、高校、中学校が名前を変えて登場する。
舞台となる年代からして、東日本大震災の描写は必須であり、本作ではどのように描かれるのか興味があったが、作中では大震災当日は直接描かれず、その前後だけが描かれている。東日本大震災の津波と火 -
Posted by ブクログ
熊谷達也『浜の甚兵衛』講談社文庫。
宮城県気仙沼市がモデルの三陸の架空の町を舞台とする『仙河海サーガ』の最初の物語。
時代は明治。海の男が自らの人生を賭け、己の進むべき道を切り開くという力強い物語。終わりなき果てしない道程、それが人生というもの……
作中に登場する地名は現代の気仙沼市周辺の実在する地域を想起させてくれる。
仙河海で妾の子として産まれ、16歳から自らの才覚だけで仲間らと沖買業を営んでいた甚兵衛の波乱に満ちた人生が生き生きと描かれる。明治三陸大津波により破壊された仙河海と周辺の集落。大津波の後、漁業は振るわなくなり、甚兵衛は新たな仕事を見出だし、己の人生を賭ける。
ちなみ -
Posted by ブクログ
昭和の東北を舞台にした短編集。
「少しでも早く先を読み進めたい」とここまで思わせてくれた本は久しぶり。東北の田舎ではある意味当たり前だった”生活文化”を丹念に理解した上で、そんな生活者の一人である登場人物の想いを、派手ではないが丁寧な話の流れで描き、ほっこりとした感動短編や、ちょっと切ない短編として仕上げている。
「想いはあっても、あまりそれを表に出したがらない」東北の人によく見られる考え方も含め、東北出身のこの作者でないと描けない素朴でいて情動的な人物描写が秀逸。そんな人物が丁寧な時代考証・文化考証に裏打ちされた物語の中で、じわじわと躍動する。
堵殺行為も行うマタギ生活者や、川船輸送生 -
Posted by ブクログ
橋本愛主演の映画『リトル・フォレスト』に、母親の本棚にあった本を読もうとした彼女が、「自分で読む本ぐらい自分で選びなさい」と母親から言われ、母親が買った本を娘は読ませてもらえないシーンがありました。私も自分で読む本は自分で選ぶようにはしているけれど、知人友人からなかば無理やり貸された本に感銘を受けるのもよくあること。本作は直木賞受賞作といえども、自分では絶対に選ばない難しそうなタイトル(笑)。半年以上前に貸されて放置していましたが、読んでみればとても面白かった。狩猟で生計を立てる、秋田の「マタギ」の話で、厳しい自然の中で生きる男の人生を描いています。男を取り巻く、肝の据わった女ふたりもイイ。秋
-
Posted by ブクログ
ネタバレ近年のライトノベルでは「異世界転移モノ」が活況だそうで、本作もある意味で異世界転移モノといえる。
主人公は親に倣いマタギとして狩りに出始めた若者であったが、とある事件により故郷を追われ、同じ山でも鉱山という別世界に飛び込む羽目になった。
なんとか鉱夫として独り立ちし、弟分もできて落ち着いてきた頃、その弟分が休みの日に山に入り猟をしていることを知る。
主人公はマタギの世界ではほんの駆け出しであったが、装備も狩りもおぼつかない鉱夫たちからすれば「狩りの達人」となる。
このギャップにより「異世界に転移して無双」へ至るという展開がとても自然であり、その一方で「前奏が長い」みたいなテクノサウンドへの心無 -
Posted by ブクログ
2008年6月14日に発生した岩手・宮城内陸地震で大きな被害を受けた栗原市耕英地区を舞台にした祖父と父親と息子の三世代を描いた物語。
岩手・宮城内陸地震の翌年から東日本大震災を挟んで連載された物語は、多くの被災者に希望の光と生きることへの勇気を与えてくれる内容だった。直下型の地震に見舞われ、苦闘する父親と息子の現在と、祖父の開拓民としての苦難に満ちた過去が交互に描かれる。
開拓移民団として満州に渡った大友耕一は苦難の中、日本に引き揚げ、栗原市の共英地区に新たな開拓の地を求めるが…
ここからは蛇足。
あの日は土曜日だった。下から突き上げるような大きな地震にベッドから飛び起きたのを覚えてい -
Posted by ブクログ
共感覚を持つピアノの調律師の鳴瀬玲司を主人公にした喪失と再生を描いた7編を収録した連作短編集。
東日本大震災という決して忘れられない喪失の日を挟んで描かれた作品であるせいなのか、東日本大震災の前に書かれた最初の2編と後半の5編とでは明らかに味わいが変わる。特に主人公が過去に決別するという最終話には、強い怒りやもどかしささえ感じる。もしかしたら、それは著者が自分自身に向けた想いなのかも知れない。
『少女のワルツ』はオープニングを飾るのに相応しいハートウォーミングな短編。この連作短編集の方向性を示したかに見えたのだが…
『少女のワルツ』、『若き喜びの歌』、『朝日のようにやわらかに』、『厳格で -
Posted by ブクログ
ネタバレピアニストを断念し調律師として働き始めた主人公の物語。
ピアノの音が臭いでわかる嗅聴という不思議な共感覚の持ち主、というちょっとファンタジーな感じ。
物語としておかしいというわけではなく、むしろピアノの音が持つ表情や感情の揺さぶりをとてもうまく表現しているように思う。
ピアノの音がいかに環境に左右されるかなど、その設定などの描写がとても面白い。
音、色、臭い、環境など、4感が刺激される素敵な作品。
最後の2話、東日本大震災をはさんで執筆したとのことで、本来とは施作コンセプトが変わったそうで、執筆途中の苦悩が伝わって来る。
逃げるしかなかったことを仕方なかったと正当化するか、贖罪の意 -
Posted by ブクログ
大正3年頃から昭和初めにかけて秋田の山奥でマタギ(熊を獲る猟師)として活躍する富治の数奇な運命。若い日の地元の名士娘・文枝との恋、そして地元を追放されてからの鉱山夫、また猟師に戻っての日々と小太郎、その姉で妻になったイクとの出会い。そして猟仲間の鉄五郎などの脇役との出会いも魅力的です。小説の終盤での文枝との再会、イクへの愛情。そしてクマの格闘に生涯をかけた富治らしい大クマのヌシとの対面など、息もつかせぬ感動の連続で、泣かされる荒筋であると共に、古いこの時代のおおらかな若者の性などの風俗に驚きです。読後の余韻も快い、素晴らしいドラマでした。