熊谷達也のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
本書を読みながら、宮下奈都さんの『羊と鋼の森』(ピアノ調律師の青年の成長物語 2016年本屋大賞受賞作)を思い出していました。
本書の単行本は2013年刊なので、『羊と鋼の森』より少し前ということになりますね。
7話からなる連作短編集で、ピアノ調律師・鳴瀬の再生の物語です。
元ピアニストの鳴瀬は、10年前、事故により妻とピアニストとしての将来を失い、以来、音から匂いを感じ取る「嗅聴」という共感覚を得ています。
連続する作中、異なる状況下での微妙な音や匂いの繊細さが上手く表現されています。
鳴瀬は、亡き妻がもっていた「嗅聴」と調律の仕事を辿ることになります。様々なピアノ・依頼主と出会いながら自分と向き合い、少しずつ〝妻の幻影からの解放〟に向かうはずでしたが‥。
執筆(連載)中に東日本大震災が発生し、仙台在住の著者は、途中中断しながらも、第6話から物語を転調することにしたようです。個人的には、震災を物語に取り込むことが、「唐突」ではなく「必然」だったのだろうと思います。
余韻の残る、不思議ととても清々しい読後感でした。暗い印象になりがちな物語に、義理妹の存在が健気で可愛らしく、救われる思いがしました。不謹慎かもですが、ある意味〝胸キュン〟の側面もあり、震災云々を抜きにしても良質の物語だとおすすめできます。 -
Posted by ブクログ
小惑星が地球に激突するというので外宇宙に向けてテラフォーミングを目的として旅立つもの、またシェルターを作り生き残りを賭けるもの、そして意識をサイバースペースに移して生きていくもの、様々な人間模様を描き出すポストアポカリプスなSF小説。
普段SFってあんまり読まないのでたまに読むと新鮮でとても楽しい。設定としてはがっつりとしたSFでありながらも結構生々しい人間ドラマがまたリアルでいいですね。技術はSFでも結局は人間が使うものだしねえ。
「死」という概念が非常にあやふやな感じが興味深い。意識はデータであって、消失してもバックアップから理リロードするし、肉体は凍結保存されていてもなくなったらなくなったでクローン作れば・・・という。登場人物たちもそれを当然としてやっているのがある意味不気味にも思えました。遠い将来にそんな未来が・・・いやどうなんだろうな。
読み応えもたっぷりで満足の一冊でした。 -
Posted by ブクログ
50代半ばの男性が、健康診断の結果に何かしないとヤバすぎる危機的状況に気づくのだが…
スポーツクラブに入ろうかと思っている矢先のコロナ禍。
そんなときに社内で一番若手の水野唯にロードバイクを勧められ、次の日には一緒に自転車屋さんに行く。
結局、一目惚れしたロードバイクを手に入れて走り始める。
ちょうどコロナで緊急事態宣言が出て、会社でもリモートワークを推奨している。
地下鉄やバスでの通勤を避けて、自転車に替えたという人も多かったのではないだろうか。
今や若い人だけに限らず、ロードバイクを乗っている人をけっこう見かけるようになった。
それは、やはりコロナ禍の影響も少しはあるのだろうか?
ロードバイク中心の話だけではなく、コロナ禍での会社の中での立場や状況、仲間など大切なものが何かを伝えている。
同じとは言えないまでも似たような経験をした人もいるのではないかと思った。
しかし、若いのに水野唯ちゃん凄いよなぁと感じた。
性格的に明るいイメージではなく、ちょっととっつきにくい感ありなのだが、仕事のスキルは高い。
ロードバイクでは大会に出場する腕前の持ち主。
だれが主人公⁇って
55歳の本間優一だろうけど。
-
Posted by ブクログ
なんとあの『邂逅の森』の熊谷達也がSF!
半ば怖いもの見たさで手に取った本書ですが、立派なハードSF大作でした。
小惑星の衝突が迫った地球。人類の一部は新天地を求めて太陽系を脱出し、一部は地上が生存可能になるまでの数世紀を地下シェルターで乗り切ろうとし、さらに一部は身体を冷凍保存しサイバー空間での生存を図る。そんな世界を第一部では衝突前から衝突後の混乱や陰謀を、第二部では新たな危機の発覚とスペースオペラ風な活劇が描かれます。
1970年代のビッグ・スリー(アシモフ・ハインライン・クラーク)のストーリー骨格に、最新のサイバー世界を織り込み、登場人物に名作SFアニメ(詳しくないがエヴァンゲリオンあたりか)のキャラを持ってくる。そんな感じで、どこか既視感があるのですが、良く出来てます。
巻末には沢山の参考図書が挙げられているように、ハードSFとしてのリアリティも充分ですし、登場人物のロマンスもあり、久しぶりにビッグ・スリー的な楽しいSF小説を読んだ気がしました。 -
Posted by ブクログ
自転車、コロナ、テレワーク。この三題噺を2020年から21年にかけて、仙台周辺を舞台に小説にしたものがこの本の内容と言ってよい。
小さな印刷会社企画部門の室長である主人公は健康のために、部下の女性のすすめに従い70万円もするロードバイクを購入、その娘に手ほどきを受けながら、泉ヶ岳への挑戦や、泉NTから亘理往復という100kmライドを達成していく。この間の初心者の苦労や半年でひと月に1000kmのトレーニングを乗りこなすまでの喜びが、軽快な文章で書かれていて一気呵成に読み終えてしまう。
一方、テレワークの必要性から会社としてサーバーの構築をしなければならなくなるが、当該部下にはとんでもないハッカー能力があることがわかる。しかし、コロナ不況となった会社からその娘の解雇通告を命令され、合点がいかない主人公も会社をやめてしまう。
この続きまで書くとネタバレになるのでやめておく。著者の出身地でもある仙台に土地勘のある人間には、一層興味が惹かれるようにできているが、ご当地小説というだけでなく、しっかりとした筋立てで読んでいてグイグイ引き込まれる。
理系の著者らしい一面もあって、世代間のITリテラシーギャップや、逆にIT能力だけでDXが進められない一面もさりげなく書かれていて、広く読者の共感を呼ぶことだろう。
この小説は地元の新聞『河北新報』に連載されたようだが、どういうわけか、1970年代に『週刊ダイヤモンド』で連載された、三浦朱門『十三秒半』(文藝春秋 1979)を思い出してしまった。