酒井順子のレビュー一覧
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鉄道好きでない方も読んで楽しいと思います。まして鉄道好きの人ならば(^-^) 男2人と女1人の組合せによる鉄道旅行、共通点は列車に乗るのが好きなこと。そのお三方は、関川夏央、原武史、酒井順子諸氏です(^-^) とにかく面白いです。原さんの「大宮、鉄道博物館、総本山、伊勢神宮みたいなもの」は大宮に住んでる私、嬉しかったですw。酒井さん「かつては、ミカンとかゆで卵とかホームで売ってましたね」はい、懐かしいですw。駅そば談議も楽しいです。表紙は富山駅「立山そば(サバだし)」だそうです。
酒井さん「誰かと一緒に旅するということは、その人の人生を覗き見するようなもの。旅はその人の人生を凝縮したような時間なのではないか。」なるほどなと思いました。妻と旅すると、新しい妻の人生が見えるでしょうか~~~(爆) -
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タイトルの「ユーミンの罪」とは何か?あとがきまで読めば判明するが,松任谷由実さん本人はおそらく,「私,何か悪いことしたかしら?」と苦笑するだろう。
著者のように,ユーミンに「救われてきた」人も,そこまでとは言わずとも,多少なりユーミンの曲を知っている人にも,読みやすい新書である。著者自身は,1970年代の荒井由実時代からユーミンソングを聴き続けてきただけに,歌詞の解釈には40年の熟成感を味わえる。
その的を射た表現として,「助手席性」という言葉がある。著者によると,それは「ある行為を主体的にする人がいる時,「その行為に参加はしないが,賛同し,共にいる」という姿勢」(64頁)だという。「ロッヂで待つクリスマス」のほか,「中央フリーウェイ」や「ノーサイド」など,80年代の発売曲に登場する女性は,こうした「助手席性」を備えている。ユーミンソングのいま一つのキーワードは「つれてって」(103頁)である。そして,その最高峰が「恋人はサンタクロース」にある点は,人口に膾炙するところである。こうした外見的には受身の姿勢を見せながら,内面的にはオトコとのリードを駆け引きしている女性像は,その結末が幸福であれ,不幸であれ,『逆演歌』(237頁)なのだという。
著者は1991年に会社を辞め,無所属となる転機を迎えると,1990年代には「ユーミンのアルバムを以前のように追わなくなった」。このため,本書の解説は,同年発売の「DAWN PURPLE」をもって終了する。その理由として,「ユーミンの歌というのは所属している女」のための歌」であり,「何らかの集団に所属し,守られている女性が聴くべき歌」(270頁)であるからこそ区切りをつけたかったというニュアンスを残す。ただ,ユーミンの90年代はメディアとのタイアップを強化し,J-POPに組み込まれていく時代でもあった。そういう点では,ユーミンソング自体も,バブル崩壊後の時代に適応した「何らかの集団への所属」を求めていたのかもしれない。 -
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以下、へーっと思ったこと。備忘録。
京都は薄味のイメージあるが普段飯はそんなことはない→天下一品、力餅食堂。普段はユニクロ着てても礼服持っているのが京都人。「東京資本」の店への嫌悪感。贈答文化、セックスと同じ面倒さ。東京には山がない、高いタワーは山の代替物?国道367号で日曜午前にある大原朝市。京都の宗教的雰囲気を高めているのは比叡山。同業者街=清水焼団地、両本願寺の仏具、寺町電気、二条薬、夷川家具、小川通茶道、太秦映画。ミスコンを巡る京大と東大の対応差。恵文社の文化的雰囲気、イノダコーヒーは朝が面白い。綿矢りさと金原ひとみの比較。紫野高は禅門立紫野中が起源で、水上勉が在籍。旅館の御三家は炭屋、柊屋、俵屋。JRの存在感薄さ、東西線から浜大津に直通の京阪京津線が良い。京ブランドの一方、「京都人しか知らない」もブランド化。おじいさんが群れている→女が強い?京女を演じてきた歴史。 -
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素敵なおばあちゃんの見本帳。
ふだん、「あの人(大体有名な人)、けっこうなお歳なのに、どうしてあんなに素敵なんだろう?どうしてあんなに精力的なんだろう?」と気になっている人たちを、酒井さんがタイプ別に分類し、その魅力を解き(説き)明かして行く本。
とでも言いましょうか。
とても大切な事がたくさん書いてあるので、手放せない一冊になりました。
その、有名な人たちとは別に、自身の三人のおばあちゃんたちに対する温かい思いが綴られてもいる。
ここに書かれている素敵なおばあちゃんたちと違い、海辺の砂粒組に入る自分は、どのようなおばあちゃんになって行くか、これからじっくり考えたい。
それと…
『意地悪ばあさん』を、すごく読みたくなってしまった! -
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「小説現代」連載時の題名が「文学としてのユーミン」…でも酒井順子初の新書として「ユーミンの罪」に変更して大正解!パンドラは箱を開け、アダムとイブは林檎を食べ、もう元にもどれない時代をつくってしまう、そんな不可逆過程の原罪こそが彼女の本質、と言っているようです。本文中にもユーミンと社会の関係をミラーボールとその煌めきを映すもので比喩をして、どっちがどっちかわからない、との記述がありますがその共犯関係の一体感こそが取り上げられている時代のときめきだったのだと思います。そこから発せられる甘い香りにわれわれ男子も吸い寄せられたよなぁ…逗子マリーナも苗場プリンスも聖地でした。立川談志の落語が人間の業の肯定といったことに並べてユーミンの音楽が女性の業の肯定といっているところが題名と違って内容は断罪ではなく愛に満ち溢れた記憶の旅になっている理由です。作者もユーミンのいた時代を肯定し、ユーミンに肯定されていた自分を肯定しています。そこにあるのが後悔なのだとしたらパンドラでありイブなのですが、前を見ているだとしたら何回でも挑戦するイカロスでありめげないプロメティウスなのかもしれません。平均寿命が男性より長い国において、これから新しく女性が立ち向かう事態に対して不滅に箱を開け続けて欲しい、とアダムは思います。
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小説において金閣寺を燃やした二人の作家、三島由紀夫と水上勉。
二人の金閣寺(あるいは、金閣寺を燃やした実在の青年僧 林養賢)へのアプローチを、対比させている。
生い立ちも気質も全く異なるふたりでありながら、金閣寺を結節点として、繋がっている。
三島由紀夫の金閣寺は何度か読んだんだけども、水上作品を読んでいない(というか、知りもしなかった)ので、非常に興味深く、これから読んでみたいと思った。
この対比によって、二人が何を描こうとしたのかがより深くなっていると思う。
(三島由紀夫の金閣寺しか読んでいない僕でも楽しめた)
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【内容(「BOOK」データベースより)】
若い修行僧はなぜ火を放ったのか。「金閣寺焼失事件」に心を奪われ、共に事件を題材に作品を書いた三島由紀夫と水上勉。生い立ちから気質まで、すべてが対照的な二人を比較すると、金閣寺の蠱惑的な佇まいに魅入られずにいられない、日本人特有の感覚まで見えてくる。著者ならではの分析眼が生きた文芸エッセイ。
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【目次】
はじめに
・「あの物語」だったのか!
金閣寺
・義満と三島の金ピカ趣味
・なぜ金閣に火をつけたのか
・二人の作家が見た、全く異なるもの
母と故郷
・水上勉の故郷/林養賢の故郷
・三島由紀夫の故郷/表日本と裏日本
寺と戦争
・三島由紀夫の場合/水上勉の場合
・禅というもの
美と女
・童貞小説「仮面の告白」
・水上と養賢の「五番町」
・童貞喪失以降/美というもの
生と死
・「生きようと私は思った」
・「生きて、生きて、生き抜きたい」
・三人の死
おわりに
・「隠す人」三島、「見せる人」水上
・荒野と汁田──日本人の二つの感覚
あとがき
解説(重松清)
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これも再読本。
このカバーデザインは、佐藤可士和さんです。
昔読んで名著!と感激して、どこかの
ビジネス読書会でお勧めしてしまった記憶あるのですが
改めて読んでもやはり名著。
本書で頻繁に出てくるキーワード、「いや汁」とか
「腐臭」など。
例えば、三十路過ぎた女性が親と同居している、と
語ったとき。
20代の女性のちゃんとした感とは違って、その
ちゃんとした部分から、そろそろ腐臭を発してきて
いる、という表現などはお見事。
改めて、酒井さんのうまさ、絶妙さは駄目を
掘り下げるときの微妙なさじ加減。
これ以上茶化したら不快になるという、ギリギリの
ラインでとどめているセンスが素晴らしいです。
本書の刊行は2003年でした
あれから10年。
負け犬はいずこへ、と考えたけど
いまでは”おひとり様”というくくりなのかな。
いずれにしても彼女たち
負け犬はどう進化(退化?)していっているのか。
今こそ、
本書の続編を期待してしまいます。
最後に、単行本ではなかった、男性を交えた対談、
そして林真理子のうまい解説もあるので
文庫版を読むことをお勧めします。