酒井順子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ本年還暦を迎えるヒノエウマの人たちが周りに何人かいるので(自分は違う)興味を惹かれ手に取りました。「負け犬〜」で話題だったサカジュンさんも還暦か…
今年のヒノエウマから60年ごとに遡って300年昔の、ヒノエウマ発端となったのではないかと推測される八百屋お七の事件まで、データや文学や記録をあたりながら辿り着く展開はとても興味深く面白かったですね。
世間というものの個人に対する影響力の大きさというか圧の強さというものをまざまざ感じました。
国が頑張って人口をコントロールしようとしてもなかなかうまくいかないのに、”世間“の声はいとも簡単に、子産みを減らしたのだ(p60)
自分がたとえ丙午の迷信を信じていなくても、周りから圧があれば屈するということはいくらでもあっただろうと思われました。
しかし、こうしてみると国の方針で子どもを増やせだの子供を増やすなたの、思ってた以上に助成は翻弄されていますね。
明治の丙午女性にとって、女が働くということは一種の恥辱。「職業婦人」という言葉にはまだ、「自分で働かなくては生きていけない人」という侮蔑の意味合いが込められていた時代だった(p66)
今ちょうど某局で放送中の、日本初のナースを目指す女性たちの朝ドラを思い出し。
女性が生きるために働くということがおかしなこととはされなくなった世の中になったことを、もっと感謝しなくてはと感じましたね。
夏目漱石の虞美人草ってそんな話だったけと驚きつつも(p89〜)サカジュンさんが冷静にヒロインの生まれ年を分析していき、現実の丙午年生まれなら年齢が合わないから多分誕生日が丙午なのだろうと推測するのが面白いと同時に「誕生日にも干支があるのか」とびっくり。
いや最近見ないけど確かに昔、日めくりカレンダーには干支書いてたなと思い出した。あれは1日1日にも干支があるということだったのかと、ふと自分の誕生日の干支を調べてみたら、何と丙午の誕生日だった!まさか自分も丙午に絡んでたとは…。
サカジュンさんがヒノエウマの生まれでなかったらきっと本書は生まれなかったでしょうね。
これまでも皇室やご自分の好きな文楽や歌舞伎に触れたエッセイがありましたが、本書もそれに触れた箇所が結構ありこれがまた興味深い。
本書に出てくる鈴木保奈美さんのエッセイも連載で読んでますがこちらもなかなか面白いです。
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Posted by ブクログ
酒井順子さんは初めて読む作家さん。
今年、干支が丙午(ひのえうま)ということで著書の酒井順子さんはひのえうま代表としてここ300年にも渡る「丙午の女は男を食い殺す」という迷信をきっちり読み解き、解放してくれました!
江戸時代まで遡ってあの時代はこんなことがあった、明治の丙午の時はこうだったと歴史を紐解いてくれた。
そう、私も丙午です。
この本でも酒井さんが語るように子どもの頃は丙午が特別だとか忌み嫌われて出生率まで激減したことなど分かってなかった。
なんか他の学年よりも1クラス分人数少ないんだなっていうくらいだった。
でも、田舎に嫁いで、義父母は私に何とも思ってないけど、近所で嫌なこと言う年寄りがいるかもしれないから干支を聞かれても言わないでって言われた。
でも、まあそのくらいです。
みんながその年に出産するのを避ける中、
「そんなの関係ない」と古いことや迷信にとらわれない自由でおおらかな両親のもとに、生まれて良かったと改めて思った。
同級生の親たちも当然みんな新しい感覚の人たちばっかりだったから。
でももう干支はきっとみんな気にしない時代になったよね。
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Posted by ブクログ
映画「国宝」鑑賞の流れで読んでみる。
現代の価値観との比較、考察が面白い。
(テクニカルなことではなく、ストーリーに沿った女性人物像を語っているので読み易い)
当時はストーリー作者が男性だったということもポイントかもしれない。(男性から見る女性像、理想の女性像)
当然、現代と当時の社会環境が違い、現代ではあり得ないストーリーもあるわけだが、今でも共感できる普遍的な人間の性もあるわけで、それを歌舞伎を通じて知ることも楽しみであり、感性を豊かにしてくれるのかもしれない。
以下抜粋~
・この作品もまた近松門左衛門の筆によるものであるわけですが、「強い男に従う女」という姿が常識であった時代に、近松は女の本当の強さと、男の本当の弱さを知っていました。その強さと弱さとをうまく芝居として描いたからこそ、観客のここをはもっていかれたのでしょう。
・道成寺もののベースとなるのは、紀州に伝わる安珍清姫伝説です。熊野修験の僧である安珍が、紀州のある家に逗留したところ、その家の清姫が、安珍に惚れてしまう。二人は夫婦の契りを交わしたけれど、とはいえ安珍は修行の身。そっと立ち去ってしまうと、清姫は恨みと嫉妬を募らせ、蛇の姿となって追いかけます。道成寺の鐘の中に身を隠した安珍でしたが、蛇となった清姫は鐘に巻きつき焼き殺してしまう、というストーリー。道成寺ものに登場する白拍子花子は、清姫の生まれ変わりということになっています。
・現代の恋愛・結婚関係のハウツー本においても、「あなたが男性を追いかけてはいけません。追われた途端、男性はあなたを重く感じるものです。女性は常に、男性から追われているべきです」といったことが記してありますが、歌舞伎の中でも「追う女は不幸になる」というセオリーは、守られている。
・「追う女」に限らず、「無理する女」でも「操を立てる女」でも同じことであるわけで、歌舞伎に出て来る女達をじっと見つめる女性客の視線に込められているものは、共感であり、同情であり、そして郷愁なのではないかと、私は思うのです。
・(女形について)好きな人を見る時にも、見たいけれども恥ずかしいという思いを、仕草で表すわけです。隠しながらも、自分は見たいという胸で押していって、ふっと目があうと隠れる。そういうところで優しさや恥ずかしさを表現していくのですが、その動きの中に、色気が出てくるのかなと思います。
・自分でやらせていただいた「女暫」のような、悪を退治して、それも強いだけでなく、最後にははにかみを見せて去っていく巴御前や、「天保遊侠録」の阿茶の局の、みんなをへへーとひざまずかせる強さ、「輝虎配膳」の越路というおばあさんの、理路整然とまくし立てるすごさーそういうおのはお客様にとっても受けている。やはり女性が溜飲を下げられるものをこれからも作れたら、と思います。 -
Posted by ブクログ
すごいタイトル。
確かに我々の年代は青春時代の傍らにはいつもユーミンソングがあり、影響を受けてきた人はたくさんいるよなあ。
アルバム『ひこうき雲』から『DAWN PURPLE』(1991年)までの収録曲の歌詞から分析した解説。(曲調ではなく、あくまで歌詞からの分析)
例えば『14番目の月』(1976年)の収録曲『中央フリーウェイ』は中央自動車道をユーミン実家の八王子まで車で送っていくシーンとして分析すると、『初めて出会った頃は毎日送ってくれたのにこの頃は冷たい』という松任谷さんとの付き合いが少し温度が冷めてきた頃(ラブラブな恋人から良きパートナーへ)かも?と仮定したり、『PEARL PIERCE』(1982年)の『真珠のピアス』は、『ベッドの下にわざと片方捨てたピアスにより、彼と彼女の両方とも確実に殺す、女の特攻精神』と表現し、『DA・DI・DA』(1985年)の曲はこの年に制定された『男女雇用機会均等法』の影響があるのかもと書いている。『シンデレラエクスプレス』『青春のリグレット』など名曲もあるしね。
『ダイヤモンドダストが消えぬまに』(1987年)は、その後のバブル崩壊を暗示していたのか等々、アルバムごとの代表曲の歌詞の描く世界観からの女性の世相を楽しく書いている。(もちろん中には強引な説もたくさんあったけど…)
『ユーミンの歌とは女の業の肯定である。』こんな結論が結びに書いてあった。1970年からバブル崩壊までの女性達の意識と世の中に与えた影響の検証はいったんここまでだったようだ。
これ以降もユーミンは20枚近くのアルバムを出し、年齢は70歳を超えてなお活躍中だ。酒井順子さんには『ユーミンの罪2』を書いてほしいなあ。(誰か中島みゆきの曲でも同じことやってくれないかな…こちらはちょっと怖いかも)