酒井順子のレビュー一覧
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大好きな清張作品。大好きなのだが、何がどう好きなのかうまく説明できずにいたのを、酒井さんが言葉にしてくれた。「お嬢さんだからといって、全てが清いわけではない。エリートだからといって、常に正しいわけではない。どんな人の中にも、黒い欲望、黒い傷、黒い不幸が隠れている。これは、全ての清張作品を貫く確信である」「白そうな人の中にある黒さを見抜いたのと同様に、清張は黒そうな人の白さをも見逃さなかった。多数派の意見に流されることなく、かつ少数派や弱者が必ず正しいわけではないことを知っていた」。自らの目を信じ、その目で人間の中身をグッと見定める公平な眼差し。その視点が好きだ。立てた仮説をたくさんの例証で明かしていく酒井節は前半ちょっとくどい感じがしたが、後半になって「セクハラ全盛期の女」「覗き見る女」「清張が描く母」など新しい見解が次々と出てきて、最後まで楽しく読めた。あと、美しき新珠三千代さんと、新珠ファンのデレっとした清張さんの表紙カバーが秀逸!
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松本清張と酒井順子の組み合わせ、って塩辛と生クリームぐらいの食べ合わせ?って新聞広告でびっくりしました。「ユーミンの罪」「オリーブの罠」の系譜に「松本清張の女たち」ですよ。でも酒井順子が生クリームはちょっと言い過ぎで過去の作品に忍ばせている酒井ならではの辛口成分は確かに松本清張が描いた高度経済成長時代の物語の切り口として非常に有効だったのでありました。むしろ「女の物語」が松本ワールドを成立させるキーファクターだったのではないか?という本格的な松本清張論とさえ思いました。新しい視点ですがど真ん中の作品論の思ました。振り返ると「ゼロの焦点」久我美子からの広末涼子、「霧の旗」倍賞千恵子からの山口百恵、「黒革の手帖」山本陽子からの米倉涼子…数えきれない女優の世代交代によって松本作品群は時代を超える文学になっているかもしれません。この本でも取り上げられている「一年半待て」「地方紙を買う女」…これらの短編を中学の頃にたまたま手にした文庫本で読んで、その頃まったく未知の世界だった「女」というものに触れた気がして恐ろしくなった記憶が蘇りました。ついついコンプレックスの文学とフレームに入れられる松本清張ですが、もしかしたらジェンダー文学としてものすごく先駆けていたのかもしれません。それもこれも生まれたばかりの女性週刊誌への連載というチャレンジがあってこそ、の結果だと思うのです。現在の日本の女性作家の大活躍の源泉のひとつに松本清張がいた、という妄想もあり得なくはないかもしれない、なんて。それにしても松本清張のミューズが新珠三千代だったとは!(表紙の写真の美しさ!)松本作品ではありませんが「女の中にいる他人」という映画で新珠ファンになった自分としては、なんかうれしい!
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京都はたくさんの優れた女性たちの生きた町。
あちこちに、ゆかりの地や建物、石碑が点在する。
彼女たちの面影をたどりながら、ちょっと甘味で一休み、という旅のエッセイだ。
しかし、途中からコロナ禍でステイホームを余儀なくされ、旅するエッセイの大ピンチ!
ストリートビューと脳内の記憶を駆使しての旅も多くなったが、逆に、自由に表に出ることが許されなかった平安貴族の女性の気持ちに寄り添えることもできた。
自由に会いに行けないからこそ、強くなる思い。それは身のうちから魂が「あくがれいづる」ほどに。
天皇の娘や妻でない限り、女性は系図に名前も残らない。
ここに取り上げられている女性達は、それでも爪痕を残した人たちだ。
平安時代などは有名人も多いが、個人的には近世になるほど名前だけおぼろげに知っている、または聞いたこともないという人たちも増える。
著者の筆は時代が進むに従って、生き生きと冴えてくる気がした。
特に、『21 信念に従って幕末に生きるーー大田垣蓮月、松尾多勢子、若江薫子』の女性たちは印象的だった。
中でも、パワフルおっかさん、松尾多勢子(まつお たせこ)には度肝を抜かれた。
信州の農家の嫁だった多勢子は、10人の子供を育て上げた後、52歳で討幕運動に参加するため京都に上り志士たちの母親的存在となる。
幕末にそんな女性がいたなんて驚きである。
続く、『23 女子教育の礎を築いた女人たちーー九条武子、大谷籌子(かずこ)、新島八重』も素晴らしい女性たちだ。
京都は今でも大学が多く、学生たちの街である。
それは京都が、戦後の教育に力を入れてきた証である。
新しい国を作るためには「学ぶ」ことが何より大切である。それは女性たちも同じ、と京都人は知っていた。
そういえば、平安時代に有名だった女流文学者たちも、男子に憚らず漢文などを貪欲に学んでいた。
知性と勇気にあふれた彼女たちから、生き方を学べたらと思う。
追伸。
「京都」ときたら、女性、女、おんな、より、やっぱり「女人(にょにん)」がしっくりくるし、歴史的なものを感じる。 -
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言葉についてのエッセイ
以下、公式の説明
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陰キャ、根暗、映え、生きづらさ、「気づき」をもらった……あの言葉と言い方はなぜ生まれ、なぜ消えていったのか。「ことば」にまつわるモヤモヤの原因に迫る、ポリコレ時代の日本語論。古典や近代の日本女性の歩みなどに精通した著者が、言葉の変遷をたどり、日本人の意識、社会的背景を掘り下げるエッセイ。以下、章題。
・Jの盛衰・「活動」の功と罪・「卒業」からの卒業・ 「自分らしさ」に疲弊して・「『気づき』をもらいました」・ コロナとの「戦い」・「三」の魔力・「黒人の人」と「白人」と・「陰キャ」と「根暗」の違い・「はえ」たり「ばえ」たり・「OL」は進化するのか・「古っ」への戦慄・「本当」の?っぽさ・「生きづらさ」のわかりづらさ・「個人的な意見」という免罪符・「ウケ」たくて。・「You」に胸キュン・「ハラスメント」という黒船・「言葉狩り」の獲物と狩人・「寂しさ」というフラジャイル・「ご迷惑」と「ご心配」・「ね」には「ね」を・「だよ」、「のよ」、「です」
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普段は気にせず普通に使っているけれども、言われてみれば確かに気になる言葉
「卒業」は色々と使い勝手がいいのでしょうねぇ
印象に残っている「卒業」発言と言えば、松岡修造が、「引退ではなく卒業」と言っていたのを覚えている
テニスから離れるわけでななく、次のステージに行くという意味合いだったと思う
そして、実際に後進の育成の道に進んで、錦織圭とかにも教えてたなぁ
あと、アイドルで引退や脱退ではなく卒業と言い出したのは、おニャン子クラブが私の知る中で一番古い
多分、放課後のクラブ活動という体裁でやってたので、引退ではなく卒業と言い換えたのだろうな
それが今や違う意味合いを持って使われているように思える
引退なら芸能活動自体を辞める
脱退だと事務所との関係で意見の相違があった
卒業だと円満といったところだろうか
「気づき」や「感動」をもらったり与えたり
能動か受動のの違いなのだろうけど、面倒な時代になったものですね
動詞が名詞化する事で、授受可能なものになるという発想は確かにと思った
スポーツ選手のインタビューも方方に気を遣わなくてはならなくなったわけで
その結果としての「与える」化
後でも言及されている「そうですね」発言にしても
何かといちゃもんを付ける人が増えたのだろうなぁ
陰キャ、根暗、陽キャ
追われてみれば、ネクラは根が暗いのであって、表面上は明るいという可能性もあるわけで
表面上は陽キャだけど根暗というのが元々の意味か
でも、昔も表面上も暗い人を根暗と言ってた気がするんだけど……
「生きづらさ」問題
自己の問題や課題を「生きづらさ」と表現する事で、社会に問題があると他責化する事ができる
これも言われて初めて気付いたなぁ
ただ、私としては社会に問題があるのは前提として、個人の問題もあるというような意味で認識していたわけだけれどもね
多様性を受け入れる社会へと変容しつつある現代では、個人の特性に応じて社会がそれをどう受け入れるべきかという風潮になっているのは決して悪いことではないと思う
社会構造の変化してきて、様々な方面に配慮が必要になった結果、表現が曖昧化したり、自責ではなく他責化する方向に言葉が変化している傾向がある
それと、著者の言葉に対する深堀りや類型を引いてくるところとか、言葉に対する着眼点がすごいのだろうなと思える
ただ、著者も現代社会で必要となった配慮を理解しつつ、まだ全時代的な価値観を持っているように見受けられる
まぁ、そもそも「負け犬の遠吠え」なんてエッセイで有名になっているわけだし
その辺の自虐を込めた表現なのだろうとは理解しつつ、気に障る人もいそうだなとも思う
今作でいうと、既に「彼女」「彼氏」ではなく、性別を区別しない「パートナー」という言葉が適切な風潮があるわけだし
その前段階として、せめて「恋人」という言葉くらいがちょうどよいのかもしれない
(などと私も曖昧な表現の感想を述べてみたり)
そして解説は穂村弘
短歌で用いられている言葉遣いから、今作の類型を引っ張ってきているあたり、この方も言葉に対する知識が広いと感じる -
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酒井順子さんは「はじめに」の冒頭をこう書きました。
「京都は、誰もが惚れてしまう美女のような街である。」
「それも、「あるがまま」系の天然美女ではありません。」
「それは、メイクもファッションも、そして声の出し方すらコントロールした、人為の結果としての美女。」
そして、こう進めます。
「そんな美女の魅力は、若者にとってわかりやすいものではないようです。」
「たとえば私は高校の修学旅行で初めて京都に行ったのですが、その時の感想は、「茶色いっぽい建物をたくさん見た」というものでした。」
さらに、
「自らの心身が古びると共に、古い都への共感が深まってきたのです。」
「かくして私は京都へ足繫く通うようになったのですが、、、、」
で、
「そんな京都の中でも、京都らしさを最も濃厚に抱いている存在は、名所旧跡でも食べ物でもなく、京都の「人」なのではないかと私は思います。」
「京都には女性に関係した史跡も多いことがわかってきました。」
「歴史の中の女性達に出会うことは、なぜ自分達が「今、ここ」にいるかを知ることでもある。」
と、本書の執筆経緯を語っておられます。
それぞれに章のはじめには、史跡場所の地図も書かれていて、散策の折の目安にもなります。
なにより、かなり調査をされたであろう内容が、分かりやすく読みやすく書かれていて、理解しやすいのが本書の特徴です。
読者の理解を優先するために、いろいろな書物で調査したであろううんちくを割愛している配慮を感じます。
この文庫版では、巻末に「文庫版特別対談 磯田道史(歴史学者)×酒井順子」が載っています。京都在住の歴史家から語られる知見は、本書の女性達や史跡の背景を補ってくれます。
天皇がおはします都としての京都、徳川幕府が首都を江戸に移してからの京都、天皇不在となってからの京都。
それぞれの時代に女性たちは活躍し苦悩し時代に翻弄されてきました。
歩いてみるとそれほど大きくはない京都の街ですが、刻まれた歴史はとてつもなく深いです。
夏はむせかえるほど暑く、冬は身体の芯から冷える京都。その風土にも文化を形作った歴史がありました。
いにしへからの先輩女性たちの足跡をたどり、彼女たちの気持ちに寄り添ってみませんか。
わたし(みのり)は、「13 『平家物語』哀しみの舞台へ ― 祇王、小督、大納言佐、建礼門院徳子」の章が特に好きでした。時の為政者との間で女性同士の関係が切なく語られる『平家物語』の祇王の章は何度読んでも涙してしまいます。
彼女たちを受け入れる嵯峨野の地は旅情満点で、一度は訪れたい場所ですね♡ 本書でぜひお読みください♡
《目 次》
1 古代のお后達、アウェイとしての京都 ― 光明皇后、高野新笠
2 神に仕えた皇女「斎王」達のドラマ ― 有智子内親王、選子内親王、済子女王
3 美女の信仰、美女への復讐 ― 檀林皇后、小野小町
4 平安初期の悪と愛 ― 藤原薬子、藤原高子、伊勢
5 『源氏物語』誕生の背景は ― 中宮彰子、紫式部
6 『枕草子』の裏にある悲劇 ― 皇后定子、清少納言
7 受領の娘達は、なぜ書くのか ― 藤原道綱母、和泉式部、菅原孝標女
8 院政期に揺れる女人達 ― 讃岐典侍、待賢門院璋子、美福門院得子
9 平安と現代、「伝染病が蔓延する世」を生きる
10 自粛の日々で知った「憧れる」想い
11 女人にとって「籠る」とは
12 日記は何を受けとめたのか
13 『平家物語』哀しみの舞台へ ― 祇王、小督、大納言佐、建礼門院徳子
14 鎌倉時代の旅する女達 ― 阿仏尼、後深草院二条
15 鎌倉時代に、夫を想う ― おかめ、中宮禧子
16 室町時代の、できすぎる女 ― 日野富子
17 秀吉の女達の連帯 ― 北政所、淀君
18 芸の花を京に咲かせる ― 出雲阿国、吉野太夫
19 江戸時代、庶民の女人達 ― 桂昌院、祇園梶子、おさん
20 アズマ男に恋した幕末の京女 ― 豚姫、お龍、和宮〔ほか〕
21 信念に従って幕末を生きる ― 大田垣蓮月、松尾多勢子、若江薫子
22 天皇不在、明治の京都は ― 上村松園、九条武子、モルガンお雪
23 女子教育の礎を築いた女人達 ― 九条武子、大谷籌子、新島八重
旅を終えて
文庫版特別対談 磯田道史(歴史学者)×酒井順子 -
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ネタバレ一 迷惑をかけたくない──『楢山節考』 姨捨山
二 いつか、自分も──『恍惚の人』 認知症
のストーリーから入りいろいろ懐かしく思い出す。
恍惚の人では、認知症の親の世話をする嫁、そしてその高校生の息子が母をみてお父さんお母さんは長生きしないでね というらしい。
姨捨山では、主人公は自ら口減らしのためにためらう息子に姨捨山行きをせがむらしい。
老人をどのように扱ってきたか、認知、痴ほう、ボケは昔からあったもの。
男性の老い本ははじけていて、女性の老い本は身の丈に合わせているらしい。しかし実際には男は庭で草をむしり散歩をして、女性は趣味を持ち友人と旅行する。 -
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酒井順子(1966年~)氏は、東京都生まれ、立教女学院小、中、高を経て、立教大学社会学部卒。高校時代から雑誌「オリーブ」にエッセイを寄稿。博報堂勤務、生活総合研究所客員研究員を経て、フリーランスのエッセイストに。『負け犬の遠吠え』で講談社エッセイ賞(2004年)受賞。
本書は、松任谷由実(ユーミン)の楽曲を通して、高度成長期の1970年代から、バブルが崩壊した90年代初頭までの、日本の女性の生き方や価値観の移り変わりを読み解いた評論的エッセイ集で、アルバム「ひこうき雲」(1973年)から「DAWN PURPLE」(1991年)までの20作品が取り上げられている。
私は、酒井氏とほぼ同世代の男性で、所謂ニューミュージック(今でいうシティポップ)の全盛期に学生生活を送ったが、(男性なので、ユーミンよりも山下達郎や角松敏生を好んで聞いたが)たまたま新古書店で本書を目にし、手に取った。
ひと通りページを繰って、様々な意味で懐かしさが込み上げてくると同時に、「なるほどね」、「確かにね」と首肯すること数多であった。
まずは、帯にもデカデカと書かれている「ユーミンの歌とは女の業の肯定である」という点。ユーミンの歌の歌詞は、恋愛、結婚、自己愛、自立、嫉妬などの女性の内面や社会的な立場について、赤裸々に描きつつ、それを肯定してくれたのだという。著者があとがきで紹介した、ある四十代の独身女性の「ユーミンは、救ってくれすぎたんですよ」という言葉(よって、本書の題名は「ユーミンの“罪”」なのだ)は、目から鱗であり、衝撃的ですらあった。
また、「中央フリーウェイ」(1976年)に象徴される「助手席」(ユーミンは、その後結婚する松任谷正隆氏の運転する車の助手席に座って、中央高速を競馬場やビール工場を見ながら、八王子に送ってもらっていたのだ、と著者は語る)、「恋人がサンタクロース」(1980年)に象徴される「つれてって文化」等のキーワードは、まさに当時の社会・文化の一面を強く映し出したものである。
当時の(東京の)若者の流行や消費文化を描いた象徴的な文学作品としては、田中康夫の小説『なんとなく、クリスタル』(1980年)が思い浮かぶが、ユーミンの歌は、そこに登場する若者の等身大の心の内を代弁したものとも言えるのかもしれない。
更に、本書の特色の一つとして、著者自身がユーミンと同じ女子中・高出身(ユーミンは立教女学院から多摩美術大学へ進んだ)ということがあり、考察における具体性・リアリティを高めている。
ユーミン・ファンは言うまでもなく、当時の社会文化に関心がある向き(特に、当時をリアルタイムで生きた世代)には、興味深い一冊と思う。
(2025年5月了) -
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言葉は生まれ消えていく。改めて言葉は変化していることを実感しました。
生まれ消えていく言葉についての考察が分かりやす、「そうか」「そうなんだ」と思いながら読みました。
冒頭の「J」の盛衰
Jリーグが開幕した1993年から日本の事をJで表す者が増えた。J-WAVE、J-POP、企業の名前にもJが使われた
JR、JT、JFE.
当時を振り返るとJという文字がカッコよく感じたのは確かだった。
しかし、当時選手の事をJリーガーと呼んでいたが、今はJリーガーと呼ぶ人は少ない。
平成の初期には眩しかった「J」という文字が放つ輝きが薄れつつある。一つの文字や言葉は時代の空気を変える力を持ち、またその言葉には寿命があることを、伝えてくれるのでした。
「生きづらさ」のわかりづらさ
「バファリンって、飲み込みづらい」「なんかこの小説、読みづらい」「この靴、履きづらい」
このように、「~づらい」という言い方は、その「つらさ」の原因を他者に置く傾向があって、もちろん「生きづらい」にしてもそう。生きづらさを訴える側はあくまでも被害者であり、その人の生きやすさを阻害している要因を誰からに取り除いてほしいものだ、という響きを持つ言葉です。
「生きづらさ」は周囲のせい、という響きをもたらしているのは他ならぬ「周囲」、と言うこともできます。
もちろん、本当に他者のせいでつらい目に遭っているひとはたくさんいます。そういった人々に対しては、きちんとした支援や援助が必要なのですが、しかし「生きづらい」が流行語となってからは、「それ、本当に他人のでいなの?」という事例も増えた気がしてなりません。
ほかにも沢山の言葉についての考察が書かれています。
もっと言葉は意識して使いたいと実感しました。言葉の生まれた背景や歴史も分かりやすく楽しく読みました。