酒井順子のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
「負け犬の遠吠え」やら、独特の世界観で読ませる酒井順子さん。
この本も、てっきりそういう本と思ったが、大間違いだった。
大真面目に「丙午」を調査していた。享保天明弘化明治昭和の300年にわたって。
私の友人の妹さんが丙午。そして、私の長女の二人目の子がもうすぐ生まれる。
丙午の女は男を食い殺す。
ふざけた迷信。
しかしその迷信で、昭和41年の人口が確実に減った。
バースコントロールができることを証明したし、
迷信を信じる人も一定数いることがはっきりしたのだ。
逆にそれを見越して敢えてこの年に子を産み、受験戦争を楽にするとか。
いずれにしてもナンセンス。
単純すぎる。
でもこういう層が一定数いるから、政治は簡単になびくんだろな。
放火して男に会おうとした八百屋お七の物語。
お七が丙午だったかわからんそうだが、当時そのほうが面白いと文楽などで
そうなったようで。
兒玉勝美事件というのは初めて聞いたが、、
女性が気が強い、というのがキーワード。
その何が悪いってんだ。
それにしても家父長制、2600年続いた?男系天皇を守るため、
室町時代、600年前の親せきをもってこようとする政治家の皆さん。
なにがしたいんだ、だ。
大東亜戦争に負けて、天皇制は終わったのだ。
今あるのは象徴天皇。平成から始まったといってよい。男女平等の教育を受けた。
それに逆らう今回の決定。日本が先進国ではないことを認めているようなもの。
統一教会の、そして日本会議の思うつぼだ。
これで余計に少子化が進む。丙午のせいじゃない。 -
Posted by ブクログ
身近なトピックを例に現代のさまざまな差や分断を説明してくれています。単に上下ではなく、時代と共に「主流」となる考えが変化していたり、序列が「上」であるゆえに差別されることもあったりと、どうしても分かり合えない複雑な人間の格差やそれに伴う人間の欲求が見えてくるかも。
序文からの抜粋
「人が2人いればすぐに上下をつけたくなる人間という生き物は今、もしかしたら本能なのかもしれないその「上下差をつけたい」という欲望を内に秘めつつ、「違いを認め合い、すべてのひとが横並びで生きる」という難題に挑もうとしています。」
わたしは特に、「姫になりたい女の子と、姫として生まれた女の子」という章で、皇族に嫁いだプリンセスと、その子供である生まれた時からプリンセス(そして現制度では結婚したら一般人になる)の娘の理解し合えない関係性についてかかれていて面白かった。 -
Posted by ブクログ
#ヨンデルホン
#日本エッセイ小史 #人はなぜエッセイを書くのか (#講談社文庫) / #酒井順子(#講談社)
読めて良かった。
紀貫之『土佐日記』からはじまる。平安から現在に至るまでの随筆・エッセイの変遷が、著者の考察も交えながらまとめられていた。変遷の表層だけにとどまらず、(やはり、随筆・エッセイというものは、それが書かれた時代は無視できず、)社会の流行や風俗も丹念に調べられたことがわかり、読み応え十分。取り上げる本の帯の文言にまで言及されている。すごい。特に80年代の記述は個人的に懐かしくもあり、あらためて特異な時代だったのだと思った。
巻尾には取り上げた本の一覧も五十音順に完備されている。解説は、本文で言及した帯の文言を考えた当時編集者であった作家が書かれていた。
つくづくエッセイはおもしろく、ますますエッセイを好きになった、そんなエッセイであった。
こういったものを書いてみたい。 -
Posted by ブクログ
まず本のタイトルがすばらしい。みうらじゅんさんの本かと思いましたよ、最初は。
さらに表紙カバー挿画は、「東京女子高制服図鑑」の森伸之さんじゃありませんか!表紙の少女の服装をよく見ると、半そでの白いブラウスに紺色のスカート、くるぶし丈の白いソックスに黒の革靴という、少女(処女)のアイコン化としては王道のなかの王道。さすが森さん、よくわかっていらっしゃる。さらに、胸のふくらみと、ヒップのラインと、そして後ろを振り返った顔の表情とを同じ画面に描くなんて、顔の向きは逆だけど、菱川師宣筆の「見返り美人図」の技法ではないですか!
ああ、森伸之さんのイラストに久しぶりに出会えたので少し舞い上がってしまい、肝心の酒井さんの作品のレビューになかなか行きつきませんね。すみません。
さて本書の中身はといえば、これは意外と、結果として日本人の精神史というか、思想史が忠実になぞられているのではありませんか?つまり外国人が日本人とは何か?という論文を書こうと思えば、本書を参考図書にすれば、かなり正確な日本人像に迫れるのでは?
馬鹿にしてはいけない。探偵ナイトスクープの「アホ・バカ分布図」を思い出してほしい。はじめは「アホ」と「バカ」の地理的境界はどこか?という“アホ”な依頼で調査がはじまった。するとアホとバカの間に「タワケ」が見つかり、さらに日本中の様々な「アホ」に類する言葉を徹底追求したら、アホと同じ意味の言葉が、かつて日本の中心だった京都を起点に日本列島を同心円状に周圏分布しているという学説を裏書きする大発見(?)につながったのだ。この本から同種の発見がもたらされてもおかしくはないと私は確信している(笑い)。
だが1つ余計なことを言えば、正直に言って、笑えるところが少ないんだよね。「もしや」と思って著者プロフィールを読むと、やっぱり東京都出身。
別に出身地でどうこう言うつもりはない。だが関西人が好きな、ツッコミを入れやすい書き方じゃないのがちょっと…。BSの通信教育講座で講義をまじめに聞くかのようで、読んでいてなんか疲れてしまう。酒井さんが性という正論や反論などの各論が渦巻くテーマだからこそ曲解や茶化されたりしないように一本筋を通して伝えようとしているのはわかる。でも関西人はこういうネタでこそ思いっきりツッコミながら読みたいものだ。鶴光師匠とまでは言わないけれど、みうらじゅんさんのように読者を巧みにくすぐってくるような小ネタというか、遊びの要素が入っていれば、もっとおもしろかったのにと思う。
一方で真面目な話もすると、過去から現在までの処女(童貞)を取り巻く状況を本書で俯瞰して私が思ったことは、自分が処女(童貞)であることの是非が、他人によって左右されているという状況は相変わらず続いているのでは?ということ。古くは家や世間体が、新しくは友人関係がその「他人」に当たるだろう。しかし現在はそれらの代わりにSNSの支配を受けているのではないか。SNSでの“いいね”を多く獲得することに価値基準を置く人であふれた今の時代は、自分の個性をどこからも束縛されずに完全に独立したスタンスで保とうとする処女や童貞にとってはまだまだ発展途上なのかもしれない。
つまり本書は、処女(童貞)論といいながら、人間がいかに周囲からの束縛から逃れ、意思のままに自己を保つことができるのかという哲学的要素も多分に含んでいる。その他、幸福論やジェンダー論なども含み、その「哲学」ゆえに、本書が表紙の装丁の見た目以上にフォーマルな印象を読者に与えるのだろう。
何年か前、アメリカ映画の「40歳の童貞男」を見た。もちろんエンタテインメントだから面白く見せる場面はあった。でも変にカリカチュアにせず、主人公を含めて誰も否定や卑下がされない。ほっこりとするラストまで1本の良質な作品に仕上がっていて、さすがアメリカ、童貞をテーマに日本人にこういう作り方はできないなと思った。
他方で、この本はエンタテインメントというよりは学術書というほうが近い。先に書いた内容に反するけれど、酒井さんの長所を生かすならば、変に笑いを求めず、今の酒井さんなりの路線で十分かもしれない。