水木しげるのレビュー一覧
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90歳になってフルカラーの漫画がかけるのは脅威。
肩の力がぬけていながら、きちんとクオリティーが保ていている
内容も、飄々として、水木センセイ節も健在。
楽しく、軽やか、決して巨匠然として上からモノをいうことのない。
このブレないスタンスが、いくつになってもフレッシュな状態にしていたのですね。
まさか、この数年後に亡くなるなんて想像もつかない現役ぶり。
散歩の途中でハンバーガーが食べたくなってマックに入ったり
深大寺の鬼太郎ショップでちゃんちゃんこ買ったり、若者と遜色のない身軽さ。
歳をとってもうなされる戦争の状況。
一生つきまとうトラウマの過酷さ。
どんなに歳をとっても、自分の書き -
Posted by ブクログ
妖怪ファン、水木ファンを自認している私なんだが、実際に彼の作品に触れた機会は、その殆どが幼少期に限定される。それ、ファンちゃうやんって話だけど、好きなもんは好きなんだから、ファンという立場を貫くことにする。そんな、なんちゃってな私は、本作を読むのも今回が初めてだったりする。当然、のんのんばあという存在と、彼女がしげさんに与えた影響も知ってはいたのだが、今回読んでみて、ばあのイメージがだいぶ違っていたことを知った。もっと偏屈なばあを勝手に思い描いていたから、ちょっと意外というか、勝手に違和感を持ってしまった。でも、なるほどしげさんに大きな影響を与えただけはあり、不思議な気配のある、魅力的な女性だ
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購入済み
えぐられる
失われた日本の昔。森、川、家。物語も古くさいけれども、僕らの世代には胸のなかにポカーンと開いた穴を更にえぐってもっともっと大きくして、虚しく、寂しい、そんな喪失感を味わわせるようなマンガ。
胸がきゅんとなる。 -
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その昔、中一コースの付録、文庫サイズの冊子『知られざる大天才』で熊楠の名を知った。確か「くまくす」とルビが振られていたように思う。
その後、稲垣足穂『少年愛の美学』や水木しげる短編『快傑くまくす』でさらに親しみを覚え、神坂次郎『縛られた巨人』にも手を伸ばした。
バートン版『千夜一夜物語』の該博かつ下がかった訳注に接した時は「イギリスの熊楠!」と思ったものだ。
『猫楠』の自由闊達な展開、これぞ八十代にして到達する境地(幽仙境)に外ならず。
惜しむらくは、後年の昭和天皇が南紀白浜を訪れた際、熊楠を偲んで詠んだ御製が紹介されなかったこと(御製に個人名が詠み込まれることは極めて珍しい)。 -
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全集版の「化烏」。
『化け烏』(水木しげる著)を最初に読んだのは、1975年。東考社の桜井文庫(A6版)である。
文庫判の漫画本の最初は、1975年のこの本であり、このことは版元も自負していたので間違いない。75年初頭か前年に東京都国分寺市の東考社に、他のと合わせて3冊まとめて予約に行ったら、1冊何か貰った。新書判の『噂の武士』だったかもしれない。東考社は引越先が決まっていたので、できた本の奥付は埼玉県の新住所になっている。
文庫版漫画は、すぐに二見書房が続き、翌年には大手の講談社や小学館そのほかが参入。当時は、作品はすでに定評のあるものを集成したものが主体で、つげ義春、あるいは大島弓子の少女 -
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「屍のような」と読み間違えて借りた。ちょっとかっこいいと思って。家に帰ってよく見ると「屁のような」だった。こっちの方が水木しげるらしい。
京極夏彦は水木しげるの弟子か何かなの?ゲゲゲの鬼太郎の解説を書いたり、水木しげるの自宅のコレクション室の陳列を手伝ったり(笑)。京極夏彦も読んでみようかな。
水木しげるの昭和史を読んで興味を持ったつげ義春を、この間読んでみたら、見事にわからんかった。
でも水木しげるが語るつげ義春を読むと、やっぱりつげ義春を読みたくなってくる。
腱鞘炎になって、石のようにサマーベッドに寝そべっていたら、すずめがつげ義春の体の上に巣作りを始めたって…。つげ義春は地蔵か何かだ
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